AERIAL TAIL   作:研輔

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第一話 リート・クラネル

 小柄な体躯が木々の間を跳び交っていく。

 木々の太い枝をトン、トン、と跳んでいく度に、母譲りの綺麗な金髪が風に揺れて光の薄い森の中でも存在を主張する。髪と同時に首に巻かれた赤いマフラーが尻尾のように靡く。戦闘服(バトル・クロス)もまた、マフラーと同じ赤を主調としたものだ。

 何かに追われるように少年は、ちらりと後ろを深紅(ルベライト)の瞳で確認。

 そして、森の闇に溶けるような黒を基調とした戦闘服(バトル・クロス)を着ている猫人(キャットピープル)の少女を視認する。少年より年上の彼女は身軽な体躯を生かして徐々に少年との距離を詰めていく。『敏捷』は少年の方が高いが、彼女の『スキル』によって、鬼ごっこは少女の方が有利だ。

 内心で舌打ちをしつつ、少年は自分に使用する事を唯一許された『魔法』の詠唱を唇に乗せる。

 

「――【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 ふわり、と。

 疾風の衣を纏った少年は、深紅の矢となって一気に森を抜け、土と砂しかない広場へ出た。

 無色の突風は少年を空中に滞在する事を許可する。決戦と言わんばかりに、左腰と右腰のそれぞれに装着されたから白銀の双剣《アークティックス》を引き抜き、そこで少女が来るまで待つ。

 そして、その挑戦状に彼女も乗った。

 

 やがて少女が、得物である純銀の長剣《リーガルフォース》を抜きながら森から飛び出し、跳躍して頭上から剣を振り下ろした。

 ギィンッ! と耳をつんざくような無機質な音を立てて噛み合う二つの白刃。

 当然、少女に飛行機能など備わっていない。状況的に有利な少年が刃物を横薙ぎに一閃、少女は凄まじい衝撃い盛大に吹き飛ばされ、ドゴッと無骨な音を響かせて付近の茶色の崖に叩き付けられた。

 

 しかし、少女は諦めはしない。今だ光の消えぬ黒色の双眸で、猛烈なスピードで接近してくる少年を見据える。

 少女は地面に着地した後、少年と再び白刃を交えた。空は飛ばさせない。このまま白兵戦へと移行する。

 

「――……ッ!」

「――!!」

 

 されど、踏み込めない。

 確かに絶え間なく剣戟を重ね続ければ空中へは飛べない筈だ。総合的な『アビリティ』も少女の方が高い。しかし彼の剣術は少女と肩を並べるものだ。

 少年も決して余裕がある訳じゃないのに、先程から無表情でいる事に若干イラッとした。

 このままではジリ貧だ――、と双方が思い始めた頃。

 先に『仕掛けた』のは、少年だった。

 

 まず彼は一旦『魔法(エアリアル)』を解除。一驚した少女に追い打ちをかけるように、その小柄な体躯から想像もつかない膂力で、足元の地面を力の限り踏み、砕いた。あまりの力に右足首が埋まってしまう程に。

 僅かに少女の身体が浮き、体勢が崩れる。その隙を逃さず、片方の剣で少女の白刃を絡めとり、カンッと宙へと放り上げた。

 そして、地面に埋まった右足を支点として、容赦なく猫人(キャットピープル)の少女に容赦なく左脚の蹴りを放った。

 

「がッ!?」

 

 防御すら碌に出来ずに、岩石さえも粉々にする脚撃を真面に、しかも女の顔に喰らってしまい、数十M程吹き飛ばされる。

 Lv.4の『頑丈』で何とか失神こそ免れるものの、地面に滑り込むように倒れた。

 

 ドンッ、と嘘みたいな轟音を立てて、少年は接近、そして少女の身体に跨り、双剣を首元へと到達し、頸骨を両断させる――

 

 

「――ちょっと!! やり過ぎでしょリート!?」

 

 

 ――前に。焦ったように端整な顔立ちを歪ませて、少女の抗議が少年の動きをピタリと静止させる。

 リートと呼ばれた金髪の少年は、白銀の双剣を引いて鞘に収めたが、以前表情は欠片も変化していない。

 

「もう、本当に()る気だったの? 眼が割と本気(ガチ)で怖かったわよ」

「……少なくとも、僕は本気でやってる。そうじゃないと実戦に生かせない。……キアラだって本気だった」

「貴方のそれと私のを一緒にしないで? てゆーか、いつまで跨ってるの!」

 

 邪魔! とキアラという猫人(キャットピープル)の少女がリートを押し飛ばす。あっさり飛ばされたリートは服の砂埃をぱんぱんと払いながら立ち上がった。

 キアラも、今だに表情を不満そうに頬を膨らませながら立ち上がった。

 

「おい、終わったのか?」

「あ……。レイノ」

 

 底冷えするような冷たい声が二人の耳に届く。

 鮮血で染め上げたような赤髪、人間らしさを感じない無機質な緑色の目。赤髪の少年の名をレイノ。

 そしてレイノの傍らには、極東の人間らしい着物で身を包み、左目を黒髪で隠してる少女がいた。如何にも大人しそうで内気だという事がわかる。

 

「ごめんなさい、リート……。負けちゃった」

「うん。別にLv.が一つ上のレイノに勝てとは言わない」

 

 申し訳なさそうに頭を垂れてリートに謝る少女、璃桜(リオウ)

 さらっと気にしてない事を告げるリートの発言に、益々萎縮してしまう璃桜。

 あれ、台詞間違えたかな? と、じぃーっと璃桜を無言で見つめるリート。何やってんだこいつら、みたいな目でレイノは二人を見ていた。

 

「ところで、リート、キアラ」

「ん?」「なに?」

()()はどうするんだ?」

 

 レイノが後方を指差し、え? と揃ってリートとキアラが背後を振り向くと。

 

「「あ」」

 

 先程リートがキアラを蹴り飛ばした崖が、ガラガラと音を崩れていた。

 更に、崖の上には巨大な岩石。しかもあの崖より下には集落がある。あの崖をあのまま放置しておいた後の未来など最早語るべくもないだろう。

 

 それを瞬時に察したリートとキアラの二人は、『敏捷』に物を言わせて崖の方向へ短時間二人マラソンを行った。

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

『隻眼の黒竜』討伐から、もう十年の月日が経とうとしていた。

 

 オラリオはとうとう、男神(ゼウス)女神(ヘラ)を超えて世界の癌を討ち滅ぼしたのだ。

 

【ロキ・ファミリア】団長、【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。Lv.8の最優の小人族(パルゥム)

【フレイヤ・ファミリア】団長、【猛者】オッタル。Lv.9の最恐の豪傑。

【ヘスティア・ファミリア】団長、【英雄(アルゴノゥト)】ベル・クラネル。Lv.10の最強の英雄。

 

 彼等の率いる冒険者たちは英雄として崇められ、そして戦死者は英霊として讃えられた。

 

 黒竜討伐後の一番の転機と言えば、ベル・クラネルとアイズ・ヴァレンシュタインの婚約だろう。

 二人がお互いと結婚したいと言った際は、オラリオはおろか世界中大騒ぎになった。

 当然、大反発。主に双方の主神が。戦争遊戯(ウォーゲーム)まで起こりそうな状況であった。

 

【ロキ・ファミリア】団長のフィン・ディムナと副団長のリヴェリア・リヨス・アールヴはかなり寛容な対応を取り、アイズの【ヘスティア・ファミリア】の入団を許可し、【英雄(アルゴノゥト)】と【剣姫】の二人はめでたく結ばれた。双方の主神(+山吹色の妖精(エルフ)と栗色の小人族(パルゥム))が筆舌にし難い程に大暴れしたのだが、結局は婚約賛成派に窘められ、渋々承諾した――ヘスティアとロキの二柱は結婚式でも全然納得してない顔だった――。

英雄(アルゴノゥト)】と【剣姫】の婚約。この一件によって、他派閥の冒険者の関係性による規約が随分と緩くなったのも、一つの影響だ。

 

 黒竜を倒しても、怪物(モンスター)共の進撃は止まなかった。それどころか黒竜を撃破した影響で、新種まで大勢現れた。加えて、これを好機と見て闇派閥(イヴィルス)までも進出し始めた。

 このままでは、再びモンスターに人々の血と悲鳴を代償に世界を売り渡してしまうだろう。

 そして彼等が選んだのは『教育』だった。

 冒険者になる為の学び舎、『冒険者学校』を設立したのだ。『学区』とは違い、将来は冒険者になる事を約束された『学校』だ。

 Lv.2以下の生徒は第三等級生、Lv.3以上の生徒は第二等級生として、四年間在学する。尚、Lv.5以上の生徒は一握りなので第二等級生と共に分類される。更に異端な力を持つ生徒は特等級生と分けられる。

 神の恩恵(ファルナ)は大抵の場合、『学校』に協力してくれる神から貰う。最初から何処かの【ファミリア】の主神か団長に勧誘(スカウト)を受けて、卒業したらその【ファミリア】に入る事が約束されたものもいる。

 

 リート・クラネルもその一人だ。彼はクラネル家の長男として生を受け、十四歳でLv.4という異例の実績を残している。

 現在は『冒険者学校』に入学して三度目の夏――。父同様に数々の難関へと少年は足を踏み入れることになる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

「はい、戦闘訓練お疲れ様。……特にリートとキアラ」

  

 生徒の成績を刻まれた羊皮紙を片手に、リートのクラスの担任であるダフネ・ラウロスは、ぜーはー肩で息をしているリートとキアラの哀れみの眼差しと、皆に労いの言葉を贈った。

 

「リートが遠慮なくぶっ飛ばすから……」「キアラが簡単にぶっ飛ばされるから……」

 

 ぶつくさ文句を言う二人。あの後、岩石を粉々にしたり二次災害が出ないようにと大変だった。しかも他の生徒は一切手伝ってくれなかった。

 キアラ・オータム。【貴猫(アルシャー)】アナキティ・オータムと【超凡夫(ハイ・ノービス)】ラウル・オータム(旧姓:ノールド)の娘。髪を少し短くしたアナキティ、という印象の彼女は、リートより一つ年上なのだが、全く年上扱いされない事と女性扱いされない事に苛立っていた。

 

「そして、勝ったのはリートと、レイノと……、シンね」

 

 訓練の勝者の確認をするダフネ。

 

「あれ……。フィルリア負けたの?」

「……黙れ」

 

 意外そうにリートが呟くと、赤薔薇のロゼットを着けた濡れ羽色の髪に、赤緋の瞳の妖精(エルフ)が不満を隠す事もなく少年の隣から応答した。

 フィルリア・ウィリディス。【千の妖精(サウザンド・エルフ)】レフィーヤ・ウィリディスの義理の娘だ。彼女は第二等級生でありながら、特等級生の称号も持っている。

 

「フィルリアの『魔法』の弱点を突いたんだ。彼女はまだその場の地理を生かすのが苦手のようだね」

「ああ……。()()()()不味いからね」

 

 フィルリアの対戦相手の聡明な金髪碧眼の小人族(パルゥム)はにこやかな微笑を崩さぬまま、フィルリアに助言した。

 アーシン・ディムナ。【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナの息子。通称『シン』。父譲りの優秀な頭脳で、亜人最弱(パルゥム)であるにも関わらず、他に物怖じない強さを得ている。

 カシマ・璃桜。カシマ・桜花とカシマ・千草の長女。見るからに内気な性格で、前髪で左眼を隠している。

 

「じゃあ、訓練後のお互いに反省点を――」

「キアラは、もう少し剣を薄くしていいんじゃないかな。軽くした方が扱い易いと思うんだけど……」

「えー、これママの御下がりだからあんまり弄りたくないわ」

「璃桜、お前『眼』ぇ使う時機(タイミング)選べ。お前の場合、『相手を追い詰める時』じゃなくて『自分が危ない時』に使う方がいい」

「は、はいっ」

「シン……。お前は低い視点に頼り過ぎだ。あとあまり樹とかは投げないがいい。『力』や『敏捷』が高い相手は構わず突っ込んでくるときがあるからな」

「ああ、肝に銘じておくよ。そういうフィルリアはもっと積極的に周囲の物体を利用したら、戦術の幅が広がる筈だよ」

「リートは剣術も体術も強いけど――」

(この子たちに、担任(わたし)いるかしら……)

 

 勝手に各々で反省会を始めている天才少年少女に、ダフネは若干やる気の種が消えかけていた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 つまらない。そう口から漏らしたのは猫人(キャットピープル)の少女だった。

 

「どうしたの、キアラ……?」

 

 リートがキアラの隣で小首を傾げながら言葉を返した

 放課後。現在【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)に住んでいる、というか卒業後は【ロキ・ファミリア】に入団することが決まっているリート、キアラ、フィルリア、シンの四人は肩を並べて帰路についていた。正確には一名だけ並んでいなかったが。

 

「だって、つまんないじゃない」

「『学校』が?」

「ええ。私たち一応Lv.4よ? 冒険者で言えば第二級冒険者。まぁ今のオラリオは第二級冒険者も珍しくなくなってきたけど、別に冒険者として認めてもらってもいいような気がするんだけど」

 

 今のオラリオは非常にLv.が高い冒険者が多い。二十年前に比べれば、強大になり過ぎたぐらいだ。故に、その圧倒的暴力によって他国との友好関係を結んでいる。

 

「ンー、確かにキアラの言う事も一理あるね」  

「Lv.4と言えば『下層』でも単独で周れるからな……。ダンジョンに行く事を禁止されてる訳じゃないが」

 

 シンとフィルリアがキアラの意見に同意を示す。

 一方リートは、黄昏に身体を焦がしながら、何処か漠然としていた。彼がぼーっとしているのはいつもの事だけ言えばそこまでだが、今のリートは生気が抜けたような眼をしていた。

 

「ね、リートはどう思う?」

「え……?」

「だから『学校』の事」

「……。僕は」

 

 リートは僅かに悩むように瞳を上へ向かわせる。そして噛み締めるように答えた。

 

「僕は……『学校』、楽しいよ?」

「えー、リートが『学校』で楽しそうにしてる記憶殆どないんだけど……」

「楽しいよ? 皆と学べるのは……。それとも、キアラはダフネ先生嫌い?」

「いや、私だって別に先生が嫌いって訳じゃないけど。あ、でも、まぁカサンドラ先生はもう少ししっかりしてほしいけどね。強いて言うなら」

「それに関しては……同感する」

 

 キアラが肩を竦めながら後半を付け加え、リートが賛成を示した。

 ダフネ・ラウロスとカサンドラ・イリオンは一応Lv.5の第一級冒険者なのだが、ダフネは兎も角、カサンドラはいつもオドオドしていて覇気というものがない。実際リートやキアラと戦えば彼女は敗北を喫するだろう。

 

「キアラは、『学校』は楽しくない?」

「そうね。ま、何か普通過ぎるなってのがあるんだけど」

 

 尚、六年の冒険者人生の中で、三度の命懸けの修羅場を潜り抜けた少女の台詞である。

 

「じゃあ、楽しい事しよう」

「「「え?」」」

 

 リートのあまりに唐突な、要領を得ない発言に、不思議そうな疑問符を少年たちは浮かべた。

 

 

「みんな、『冒険者学校の七不思議』って知ってる?」

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

「――はい。知ってますよ」

 

 翌日。

 リートとフィルリアは昼休みに、一つ年下の後輩の第三等級生に『七不思議』について訊き込みに行った。

 

「本当か? シエナ」

 

 フィルリアの確認に、第三等級生の少女――シエナは「はい」と微笑みと共に頷いた。

 シエナ・エトホーフト。【ヘスティア・ファミリア】の有望株でもあるLv.2の第三等級生だ。淡い金髪に曙色の瞳、庇護欲をくすぐられるような可憐な美少女で、リートたちとは学校に入学した時からある程度面識がある。

 シエナは耳にかかった金髪をすっと上げながら、不思議そうに返した。

 

「しかし……、何でそんな事を……?」

「キアラがこの『学校』に面白みがないっていうから、刺激を探しに来た」

「私はこれの付き添いだ。放って置くと暴走するからな」

「成程」

 

 フィルリアが人差し指でこれ(リート)を指差しながら嘆息した。()()()特殊な奴等が多い今期の第二等級生は、常識人のフィルリアやシンが手綱を握っている状態だ。特に、この天然モフモフ物体は。

 

「私の知ってる話は六つだけですが、構いませんか?」

「……? どうして六つなの? ()不思議なんだから、七つじゃないの?」 

「えっと、私が聞いた限りだと、七つ目を知ると死んでしまうそうです」

「死ぬ……」

「またなんとも眉唾な話だな。まぁいい。取り敢えず一つ話してくれ」

「はい」

 

 七つ目の怪談は一先ずこの場では置いておいて、まずは一つ目から聞く事にした。

 シエナ曰く、『午前二時に西校舎三階の扉の数を数えると、三つしかない扉が四つに増える』――というものだった。

 

「……それは、誰かが確認した事実なのか?」

「はい。五年程前の先輩方が」

「その増えた扉を開けた人がいるの?」

「すいません、私はそこまでは……。というか、この話自体風の噂で耳に入っただけですから、あんまりあてにしない方が……」

 

 後半は弱気な口調で、吹けば消えそうな声であった。口には出してないが、彼女はこの怪談を信じてはいないのだろう。当然だ、人は目に見えないものを信じない性質なのだから。

『学校』の設備は昔使われていた『学区』のものを運用している。五十年程の歴史があるそうなので、確かにそれぐらいの噂が立つ事はあるだろう。

 

「……誰かが『魔法』とか『スキル』で悪戯してるって可能性も……」

「在り得る。それか、デマの可能性が現状最も有力な説だろう」

 

 廊下の壁に寄り掛かったフィルリアがリートの一説に賛同する。「私もその可能性が高いと思います」とシエナが続けた。

 実際に【ステイタス】を使った悪戯はあった。そういう時は大抵先生が止めに入るか、生徒が自主的に、学校の秩序を乱す輩を罰するグループを作っている。因みに主に生真面目なエルフが組織の一員だ。更に付け加えると、リートのクラスの第二等級生はそういう類には殆ど興味を持っていない。

 

「……でも。多分キアラの暇つぶしぐらいにはなるんじゃないかな」

「戦闘狂いみたいな思考してるからな、あの女は……」

 

 別に『剣と殺傷だけが友達さ』とか常軌を逸した台詞を言ってる訳ではないが、戦闘を楽しんでいる節はあると思われる。

 

「……じゃあ、キアラ達に話してから解決しに行こう」

「そうだな。今日にでも決行するか」

「ちょっ、ちょっと待って下さい!?」

 

 何なら今からでも七不思議解決を乗り出そうとしている先輩二人にシエナは慌てて待ったをかける。敬愛する先輩たちが危険な目に遭ってしまうかもしれない――。後輩の彼女にとってはそれは許容出来ないものなのだろう。

 

「ほ、本当に行くんですか!? 七不思議を解き明かすなんて……」

「うん」

「いや、そんな不気味なものに先輩が態々行く必要は――」

「あるよ」

 

 シエナの言葉を断ち切るように、リートは言い放った。その時の彼の表情を見て、シエナは思わずぐっと言葉を喉に詰まってしまった。

 

「キアラ云々は置いておいて……。僕には……どうしても、どうしても……。認めて欲しい人がいるんだ」

「それって……、ベルさんとアイズさんですか?」

「違う」

 

 頑固として譲らない。リートのその姿勢に、シエナは困惑するように顔を歪めた。

 リートの『認めて欲しい相手』を知ってるフィルリアは、呆れた、あるいは()()()ような視線を少年に向けた。

 口を閉ざすリートに、シエナは、敵わないですね、と言う風に微笑んだ。

 

「じゃあ……先輩。一つだけ、約束して下さい」

「いいよ。なに?」

 

 シエナはその白魚のような両手で、縋るようにリートの右手を包み込んだ。少女の淡い温もりが、リートに言葉に出来ない想いを伝えていた。

 

「――生きて、帰って来て下さいね。必ず」

「うん――わかった」

 

 リートには、シエナの想いが伝わっても、気付かれてはいなかった。

 ――シエナは、今はそれでいい、とリートの深紅(ルベライト)に瞳に、熱を孕んだ視線を絡ませた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

「ねえ、これバレたら怒られるよね?」

「ううん。殺される」

 

 夜。

 リートとフィルリアは他の【ロキ・ファミリア】組の生徒に七不思議の事を話し、早速行動に到った。

 即ち、真夜中の学校に忍び込んだのである。

 宿直の先生は寝入ったら中々起きないカサンドラ先生であることは確認済みだし、宿直室と西校舎は正反対の方角に存在する。

 

「リートたちの行動の速さには毎度毎度感服しているよ」

「ありがとう」

 

 シンが溜め息混じりの苦笑と共に呟く。それにリートが大真面目に返した。皮肉だよ、とシンは心の中だけで囁いた。

 因みに璃桜やレイノは誘ったが、璃桜は【タケミカヅチ・ファミリア】でレイノは【フレイヤ・ファミリア】なので主神が許さなかった。

 

「夜の学校って久々ね……。何だかドキドキするわ」

 

 キアラはやる気満々で、魔石灯まで既に持ち歩いている。全員戦闘服(バトル・クロス)こそ着ていないが、武器は各々装備しているので、生半可な敵では相手にならない。学校の制服もそれなりの耐久力はあるのだが。

 

「今から調べるのは、確か……」

「『四番目の扉』」

 

 一応概要はシンとキアラの二人に話している。シンも好奇心は高い方だ、リートやキアラに呆れていても、結局は自分の知識欲に従って同行した。キアラは言わずもがなだ。

 今期の第二等級生は天才(優等生とは言ってない)だらけだが、人格に難アリな奴が多いので、先生らには呆れらている。

 

「取り敢えず行ってみよっか」

「うん。『午前二時に西校舎三階の扉の数を数える』――だったっけ?」

「ああ。魔石灯を貸せ。私とリートが先を行こう」

 

 ――斯くして、【ロキ・ファミリア】組は真夜中の校舎へと出発した。

 

 

「――着いた……けど」

 

 お化けが出る訳でもなく、闇派閥(イヴィルス)の残党が襲ってくる訳でもなく、当たり前のようにリート一行は西校舎に到着した。

 

「普通に三つしかないわね」

 

 そう。

 まだ直接触って数えたわけじゃないが、少なくとも正面の少し埃っぽい廊下には三つの扉しか鎮座しておらず、その先は突き当りでデカい窓が一つだけ堂々と腕組みしている。

 

「デマだった……?」

「どうだろう。今はまだ二時だけど、もう少ししたら出てくるかもしれない」

「もう二時一分だがな。直接数えてみるか」

 リートが先頭に立って、部屋を扉を開けて確かめる事にした。

 

「一」

 ――一つ。

「二」

 ――二つ。

「三」

 ――三つ。

 

「……何にもなかったね」

 

 拍子抜けしたように、リートが僅かに声を落胆に落とす。結局、扉は三つしかなく、その奥には窓があるだけだ。

 

「え~……。ホントに何にもないの? つまらない……」

「まぁ何もないならそれでいいんだけどね。これだけで、終わるなら……」

「こいつ等はそういう話じゃないだろう。全く、人騒がせな怪談だ」

 

 キアラは心底つまらなさそうに、シンは苦笑しつつも何処か退屈そうに、フィルリアは嘆息して呆れていた。

 ――そんな中。リートは。

 

「……」

 

 一人、考えに耽っていた。

 ――シエナは『三つしかない扉が四つに増える』って言ってた……。『部屋が増える』とは言ってない……。()()()()()()()()()()()()()()()? 或いは()()()()()()()()()()()()()()()()()? ――いや抑々。

 ここの突き当りに、窓なんてあったっけ?

 

「……? リート?」

 

 それに最初に気付いたのはフィルリアだった。

 リートが窓に近づき、バンッと音を立てて広げたのだ。当然、その先は真夜中の暗雲に包まれて部屋はおろか光の一つも存在しない。

 

「リート、まさか――」

 

 シンがリートの奇行に異変を感じ、何か言おうとしたが、それはリートの滅多にない叫喚によって遮られた。 

 

「――ぅわぁっ!?」

 

 グン、と。

 上半身を窓から出した瞬間、見えない手のようなものが突然眼前に飛び出し、リートの小柄な身体を引っ張ったのだ。

 あっという間もなく十四歳の少年は校舎から消えてしまった。

 

「リート!!」

「お前らは此処に残れ! 私が行く!」

 

 友人の危機に、後を追おうとするシンとキアラを制して濡れ羽色の長髪を靡かせながら、窓の外へと飛び出した。

 フィルリアもリートと同じく視界から唐突に消え去ってしまった。

 

「私達も行きましょう!」

「いや……。もう遅いようだ」

「え?」

 

 シンが小人族(パルゥム)の視力を生かして、宵闇の窓の下を見つめる。キアラもシンに倣って魔石灯で照らしながら外を見ると――。

 

「え……」

 

 そこには、ただ苔と砂利の地面が存在するだけで、二人の友人の影すら見えなかった。

 

「空間魔法……!?」

「いや、二人しか行けなかったとなると、恐らく結界魔法の類だ。それも条件付きの」

 

 シンが親指を顎に当てながら考察した。先程までの失望感はどこへやら、シンとキアラは友の無事を祈る事しか出来なくなった。

 

「リート……! フィルリア……!」

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 すたっと、リートは両の足に力を込めて鮮やかに床らしき地面に着地した。

 次の瞬間、フィルリアがリートの隣へ着地。Lv.4の身体能力(ステイタス)は伊達ではなく、二人の身に安全を約束した。

 

「此処は……?」

「――結界の類か。如何やら別の空間に飛ばされたようだな」

 

 普通に飛び降りれば、三階分の衝撃が訪れるだろうが、明らかに今いる場所は校舎の外の敷地外ではなかった。もっと言えば、相当に年季の入った教室のような場所だった。

 

「シーン! キアラー!」

「……聞こえないようだな。二人にはあそこに残れと言ったんだが、声が聞こえれば顔ぐらい出すだろう」

「先着二名様限定?」

「そんな言い方をしてもお得感はない。……此処に入るには、恐らく何かしらの条件があるようだ」

 

 天井へとリートが珍しく大声を張り上げた。しかし彼等の返答はない。

 一先ず武器を抜いて、現状の確認へと急いだ。

 

「僕たちだけで脱出するしかないのか……。まず、ここはどこだろう?」

「教室……か?」

 

 机や椅子の一切ない珍しい教室。黒板などを見てみるが、何も書かれていない。当然ながら天井に付いてる魔石灯は当てにならなかった。Lv.4の視力で何とか辺りを見回せる程度だ。

 その辺を歩き回ってみても、特にこれと言った異常も見られない。

 

「何もない……。外に出てみる?」

「……お、おい。リート。あれを……」

「? あれって、――」

 

 フィルリアが僅かに震える声と手で教室の奥を示し、リートも首をそちらへ向けて、硬直した。

 

 ガリガリガリガリガリガリガリガリ。

 

「「!!」」

 

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ。

 

 木の板を針で傷つけているような、耳障りの悪い音が教室に響いた。

 

 まだ年半端もいかないような、黒い服を被った幼い少女が、地面にクレヨンで呪詛じみた文字か絵か判別のつかない何かを書いていた。

 

「~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」

「おいっ、リート!?」

 

 一瞬で顔を病気のように青ざめたリートは、即座に近くにいたフィルリアに、骨を複雑骨折させるかの如くの『力』で縋りついた。

 

 ガリガリガリガリガリガリ、と少女が発生させる不協和音は未だ絶える事はなく、一層リートの恐怖に油を注いだ。その恐怖に比例してフィルリアを抱き締める力も強くなる。

 

「リート!? いい加減に離れろ!! ええい、動きづらいっ」

「や、やだっ」

「何でだ!」

「お、お化けは斬れないっ!」

 

 母と同じ言い訳を口にする、最早涙目にすらなっている年下の少年に、フィルリアは思わずうっと小さく唸った。普段はぼーっとしている幼馴染が、こうもお化けなどの『怖いもの』に耐性がないとは。いつものフィルリアなら格差(ギャップ)を楽しむ、あるいは面白がるだろうが、生憎とそんな余裕もなかった。加えて、フィルリア自身もそこまで『怖いもの』が怖くない訳ではなかった。ここにキアラが居れば録晶(アウリス)で即刻この無様な光景を記録しただろう。彼等は非常に運が良かった。

 ――その時、混沌(カオス)と化した教室に、がららっと扉を勢い良く開いた音がした。

 

「「!?」」

 

 これ以上なにが、と一気に顔を更に真っ青にするリートとフィルリア。特にリートは勢い余って『魔法』で吹き飛ばしそうであった。

 ガタガタと効果音が聞こえそうな程に身体を震わせ、リートは懸命にフィルリアに抱きつき、フィルリアは警戒しつつもリートの情けない恐怖が自身にも伝播して、指は僅かに振動していた。

 ついに、扉の方から大きな影が広がって――

 

 

「……何をヤッテイルノダ。オ前タチハ」

 

 

 呆れるような、或いは何処か拍子抜けするような無機質な声が教室に響いた。

 

「……ふえっ……?」

「この声……」

 

 聞き覚えのある機械的な声。それを聞いて緊張の紐が緩んで、漸くリートもフィルリアから離れた。地面に落ちていた魔石灯を拾い、おおずおずと声の主に近づく。そして、正体が判明した。

 

「もしかして……グロス?」

「アア」

 

 リートの問いかけに、黒い影――石竜(ガーゴイル)のグロスは鼻を鳴らしながら返答した。

異端児(ゼノス)』。

 意思を、人の心を持った怪物(モンスター)

 彼等の存在は長い時間を懸けて公然のものとなった。今だ拭い切れぬ確執はあるが、少なくとも全ての怪物(モンスター)が暴虐の使徒ではない事が証明された。

 リートにとって怪物(モンスター)とは母方の祖父母を殺した相手であるが、特にこれといった恩讐はない。

 

「な、何故お前がここに……?」

「ソレハコッチノ台詞ダ、リート、フィルリア。オ前等コソドウヤッテコノ結界内ニ入ッテキタ」

「窓から飛び降りて……?」

「何ヲ言ッテイル……?」

 

 双方共に落ち着いた所で、お互いに説明を始めた。

 ――曰く。

 この結界は随分と昔の魔道具(マジックアイテム)が誤作動して造られたものらしい。一定の魔力量を満たして結界を造るという特殊な魔道具(マジックアイテム)で、持ち主がいなくなってから長い年月をかけてこの時代に結界が生まれたと。

 しかしどのような手段で壊す事ができるのかわからず、中にはモンスターが居るかもしれない。そんな不確定な状況で、()()()()()()()第一級冒険者が向かう事は出来ない。そこで異端児(ゼノス)が派遣されたそうだ。彼等は件の魔道具(マジックアイテム)を元に侵入経路を絞ったとの事だ。もう何日もいるらしい。

 尚、今は姿が見えないが、一角兎(アルル)黒犬(ヘルガ)達もここに来ているらしい。という事は、さっきの絵を描いていた少女は竜女(ウィーネ)か。絵に熱中していたせいか、こちらに気付かず仲間の元へ去ったようだ。

 フィルリアがこの結界に辿り着いた経緯を話すと、心底呆れた声で堅物の石竜(ガーゴイル)は言った。

 

「馬鹿ナノカ、オ前タチハ」

「…………」

 返す言葉もない、と二人揃って口を閉ざした。因みにリートの醜態はグロスも見ていたが、空気を読んで黙っていた。

 二人は所謂天才という奴だが、まだ十年か幾らかの年しか生きてない、子供である。つまるところ、リートとフィルリアは天才だが、それ以上にまだ幼かった。

 少年少女の好奇心とは大人の思うよりも強いもので、中々に制御するのは難しい。それを理解したグロスは、黙って帰るよう進言しようとした、その瞬間。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

 空間が、揺れた。

 ビリビリと肌に突き刺さるような感覚。それはさながら階層主(ゴライアス)のようで、彼等をダンジョンの中にいるのかと錯覚させた。

 明かに一角兎(アルミラージ)黒犬(ヘルハウンド)のものではないだろう。つまり、ここに住んでいるモンスターか。

 

「――!? この咆哮(ハウル)は……!?」

派遣された異端児(ゼノス)ではないな……」

「……倒した方がいいよね?」

 

 リートの戦闘狂じみた発言に、グロスは今回何度目かの溜め息を吐いた。

 

「……アァ、ソウダナ。――仕方ナイ。協力ヲ頼ム」

「うん」「ああ」

 

 斯くして少年たちは。結界に巣食う怪物を撃滅せんと走った。

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 先頭を走るリートが、精霊を風を呼び起こす起句を呟いた。ふわりと浮遊感と共に疾風を纏う。

 加えて、『スキル』へ()()

 

「――【狂飆統唱(シンフォリア)】」

 

 その『スキル』を繋げた途端、風の流れが変わった。

 リートの傍ら、そこに風が集まり――、やがて魔導書(グリモア)のような書物へと姿を変化させた。

 

走る者に追い風を(コア・ドライブ)

 

 一歩、大きく踏み込んで、更にそう付け足す。パラパラと自然に紙がめくれ、ある頁で止める。すると、何とフィルリアとグロスにもリートと同様の疾風の鎧が付与された。

狂飆統唱(シンフォリア)】。

 魔導書(グリモア)型の特殊スキル。風魔法を単に付与(エンチャント)するだけでなく、周囲の風を()()()()する『スキル』だ。今のように近くにいる他人にも風を与えることが出来る上に、鎌鼬が如く風を剣に纏わせて斬撃を放ったり、渦のように風の形を変えることさえ可能。

 リートをLv.4までのし上げた力の一つだ。

 

「相変わらず、便利な『魔法』だな」

「フィルリアも便利だと思うけど……」

「私のは使い勝手が悪い」

 

 今期の第二等級生は『学校』の戦闘訓練でよくリートの風で弄ばれてるので、完璧と言わないでも、要領を把握している。グロスにはリートが意図的に調()()しているので、難なく飛べている。

 

「モウスグダナ。近クニアルゾ」

「便利だね、その魔道具(マジックアイテム)

 

 グロスの地図のような腕輪の反応を見てリートが言う。名前は……忘れたが、【万能者(ペルセウス)】考案、開発の魔道具(マジックアイテム)を探す魔道具(マジックアイテム)と説明された。網目状の地図に赤い点滅で魔道具(マジックアイテム)を示すそうだ。不審人物を探す際にも役立っている。

 そこで、ん? とフィルリアが気付く。

 

「どうしたの、フィルリア」

「いや……、この魔道具(マジックアイテム)、動いてないか?」

「え?」「ナニ?」

 

 その場で全員がピタリと静止し、走る者に追い風を(コア・ドライブ)も解除した。

 止まってからよく見ると――確かに徐々にだが何かを探すようにゆっく動いているのだがわかった。

 というか……、こっちに向かってる気がする。

 

「上だ!!」

 

 フィルリアが逸早く勘づき、仲間へ警告を促した。問い返す愚は犯さず、バッと三者三様にその場から離脱する。

 瞬間――影のような色合いの天井が、ドゴッ、と。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

 折り紙のように突き破られ、巨大な黒い狼の顎が覗いた。

 唖然とする二人と一体を置いて、狼は強引に身体を押し込み、やがてその巨躯をリートたちの下へ曝け出した。

 軽く3Mは超えているだろうか、黒い毛並みは雄々しさを感じさせ、金色の瞳が爛々とどの獲物から喰おうかと待ち望んでいる。

 

「成程、つまりこいつが件の魔道具(マジックアイテム)を食ったわけか」

 

 得物の短剣(カーマ)を右手に握りながら、冷静にフィルリアが分析、考察する。如何やら、そういう事らしい。そう考えれば魔道具(マジックアイテム)が動く不思議現象にも説明がつく。

 武器を構え、各自で戦闘体勢へ移った。

 先に動いたのは、狼だった。

 

『ゴオオオオオオッ!!』

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

 詠唱式を唱え、再び颶風を纏って後方へ跳び出す。強靭な爪はいとも容易く廊下をガラス細工のようにバラバラに壊した。真面に受けたら不味いな、と認識を改めた。

 天井に()()、ドンッと疾風の弾丸となって双剣(アークティックス)を右の前足の腿に向かって振り下ろした。

 しかし、通らない。

 

「硬い……!」

 

 鋼のような黒い毛は其の身を侵す剣を許しはしない。ギロッと殺人的な金色の視線が少年を睨みつける。

 バクンッと巨大な大顎によって捕食しようとし、間一髪グロスがリートを引き上げた。

 

「ごめん、グロス」

「気ヲツケロ。……シカシ、相当硬イナ、奴ハ」

 

 どうしようかと、策を練っていると、その空間に銀鈴のような涼やかな詠唱が響いた。

 

「【言詞(ことば)詩歌(うた)を愛する金色の妖精よ、虚構の泡沫に(しん)なる力を授けてくれ】」

 

 呪文をスラスラと詠唱したのは、フィルリア。

 フィルリアは詠唱しつつ、左手の人差し指に装着している指輪から、とても小さいナイフを飛び出させた。

 そのままナイフで親指を傷つけ、ぷちっと僅かに出血させた。そして親指に付いた自身の血で、唇の近くの左右に三本ずつ緩やかな曲線を描いた。

 最後に、魔法名を告げる。

 

「【ヴァンヤール・バラッド】」

 

『魔法』の詠唱が終わっても、()()()()()()()()()()()

 狼は、警戒するだけ損した、とばかりにグルルと鼻を鳴らし、たかだか短剣一本しか持ってない少女へと歩み寄り、グワッと文字通り大口を開けて喰らい付こうとした――、

 その、瞬間。

 

 

「――【()()()()】」

 

 

 ドゴンッ!! と。

 フィルリアがその命令を口にした途端、盛大な破壊音と共に、怪物の巨体が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 狼はピクピクと痙攣し、何が起きたのか把握し切れていないようだ。その事象を起こした当の少女は、慢心した怪物に向かって、ふんっと苔にするように鼻を鳴らした。

 

「相変わらずだね、フィルリア……」

 

 地面に着地して滅茶苦茶な幼馴染にリートはそう溢した。

 

『言霊魔法』。

 ()()()()()()()()()()()()()()()義母(レフィーヤ)に負けず劣らずの反則(チート)魔法。

 幾つかの制限はあるものの、魔力量の低い相手なら第一級冒険者にも引けを取らない。彼女が特等級生の称号を得る所以だ。

 

 狼の息の根がまだ残っている事を確認すると、腰から小型のマスケット銃、《ニゲル》を取り出した。火薬の代わりに魔力を込めて魔弾を放つ第二等級武装だ。

 カチッとロックを解除し、魔力を注ぎ込む。

 

「私とグロスで奴を追い込む。お前は腹を捌いて中の魔道具(マジックアイテム)を切り裂け。料理は得意だろう」

「狼は調理した事ないけど」

「つべこべ言うな。やるぞ」

 

 グロスが、ブンッと大きく翼をはためかせ、空中へと躍り出た。空中を旋回し、怪物の注意を引き付ける。

 バッとフィルリアが左方へと躱し、呪文を呟く。

 

「【毀れろ】」

 

 ガクンッ、と狼の右の前足の足元の地面が、毀れて巨大な身体が手前に倒れる。《ニゲル》を狼に向けて、ダンダンッと魔弾を連発して片目を潰した。

 怪物の状態が、崩れる。

 そして、それを見逃さないリートではない。

 

「ふッ!」

 

 一瞬で黒狼の横っ腹へと到達、双剣を並列に構えて力の限り突き刺した。

 ――やっぱり(ここ)は柔らかい。

 行動で確信し、グッと剣を傾けて容赦なく疾走した。

 

「はあああああああああああああっ!!」

 

 リートのLv.4の『力』と『敏捷』に物を言わせる走り。刹那の内に腹を掻っ捌き、狼を戦闘不能へと至らせた。

 

「【斬り裂け(テンペスト)】」

 

 白銀の刃が鎌鼬と化した。

 手を真上に伸ばして、双剣を頭上で並列に合わせる。そしてそのまま真下へと叩き落した。

 処刑宛らに振り下ろされた剣は、ズバンッと怪物の肉体が綺麗に真っ二つにし、地面までも斬り込みを入れた。

 少年の断罪から逃れた魔石が宙に舞う。サンッと十字の斬撃を放って粉々に刻んだ。ざふっと呆気なく怪物の肉体は灰になった。

 

「終わったのか」

「いや、まだ魔道具(マジックアイテム)を壊してない」

「――イヤ。コレデイイノダ」

「え?」

「まだ例の魔道具(マジックアイテム)は破壊してないぞ」

 

 決着だというグロスに、疑惑の表情に変わった二人。

 

「コノ狼ガ魔道具(マジックアイテム)ダ」

「え……?」「なに?」

「正確ニハ、コイツノ魔石ラシキモノガナ。――コノ魔道具(マジックアイテム)ハ結界の中ル動ル回ル()()ガアルラシイ。魔力を固めてサッキノ狼ノ姿ニナッテイタダケダ」

「何で狼の姿なんだ?」

「恐ラクハ、形を造ロウトシタ時ニ一番最初二目二入ッタノガアノ狼ナノダロウ。大方絵トカ何カダロウガ」

「……最初に言って」

「ム……。スマナイ」

 

 結果的に解決したから良かったが、そういう事は最初に言って欲しかった。

 

「じゃあ、これで解決だね」

「アア。スグニココカラ立ノ去ルゾ。コノ結界ク長クハモタン」

「うん。――そういえば、グロス」

「ン?」

「ウィーネと会いたいんだけど、いい?」

「……?」

 

 種族を越えた友に久々に会ってみたい、と言うリートに、グロスは心底不思議そうに首を傾げた(恐らく)。

 

「今回ハウィーネハ連レテキテナイゾ」

「え?」

「事実ダ。アイツハ戦イニハ向イテイナイ。今ハダンジョンニ潜ッテ同志(ゼノス)ト遊ンデイル筈ダガ」

「……え」

 

 グロスの淡々とした応答に、思わずリートとフィルリアは目を見開いて、ぽかんと口を開けた。

 ――確かに。言われてみれば、あの時あの状況でウィーネがこちらに気付かないとは思えない。あの明るい竜女は身内がいるとわかればすぐに話しかけるだろう。

 じゃあ――、あの時の女の子は一体――

 

「……」

「……」

 

 ぶるりと背筋を震わせた恐怖に従ってリートは咄嗟にフィルリアと手をつないだ。今回はばかりはフィルリアは何も言わずにそれを受け入れた。

 

「?」

 

 何かを恐れるような二人の態度に、唯一状況を把握し切れていないグロスは不思議そうにまたも首を傾げた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

「……って事があった」

 

 翌日。

 リートはレイノとシンの二人に七不思議の一件を学校近くの駄菓子屋で解説していた。自分の晒した醜態は全て取り除いて。

 あの後。リートたちが結界から脱出した後に、シンとキアラと合流、即刻本拠(ホーム)へ帰った。

 異端児(ゼノス)の三体には自分がここに居たことをしっかり口留めする事も忘れなかった。

 

「また面倒ごとに巻き込まれたのか。……いや、今回は自分から首突っ込んだのか」

 

 リートの正面に座るレイノが呆れた風に発言。ぐうの音も出なかった。

 

「しかし……その結界ってのは何だってんだろうね?」

「どういう事?」

「いや、それは何で学校のような風体していたのかな、って思ったんだ」

「それは……」

 

 それについては結局わからずじまいだった。というか、説明がつかない現象が多くあった。中でも不思議だったのは、あの女の子の存在だが――。

 

「……まあ。それはもういいんじゃないかな」

 

 リートが『ラムネ』なる水色の炭酸飲料を飲んでから言った。

 

「ふむ。つまり?」

「この世には知らなくてもいい事がある……って、父さんが言ってた。だから、これ以上詮索しても意味がないかなって思った」

「成程ね」

「それ、お前が知りたくないだけだろ、リート」

「……そんなこと、ないよ?」

 

 誤魔化すようにぐいっとサイダーを飲み干し、ふと脳裏に引っ掛かった疑問をそのまま口にした。

 

「そういえばさ、レイノ……」

「あん?」

「レイノの両親って……誰?」

 

 ああ、と思い出したように呟き、空っぽの『コーラ』のビンをゴミ箱へと投げ込んだ。それなりに距離があるのに見事に入った。

 父親はいないんだがな、とレイノは前置きした。リートとシンはその言葉を『既に故人なのか』と解釈した。

 シンも知らないのか、興味深そうに耳を傾ける。

 そして、何の躊躇いもなくすんなりと答えた。

 

 

 

「――レヴィスだ」

 

 

 

 




教えてダンまち!

問:何でリートは【ロキ・ファミリア】に入団したの?
答:フィルリア達がいたからです。他にも色々と理由はあります。

問:何でラウルは婿養子になったの?
答:貴猫とか呼ばれてるし、アキってもしかして、いい所のお嬢様なのでは? って妄想してそうなりました。ごめんねラウル。

問:フィンの妻、シンの母は誰?
答:オリキャラです。設定としてはつくってますが、出すかどうかは未定。

問:最後どうしたレイノ!
答:どうしたんでしょうか。後々明かすと思います。

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