旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第十話 理想と現実

 ヒソカは神経が研ぎ澄まされ、時の流れをゆっくりと感じていた。

 狩る者としては優秀だが、だからこそ到達できない領域。到達条件は対等または上位の存在。

 

 ――素晴らしい、流麗かつ緩やかな所作♠

 

 先程までミルキの動きを見切ることはできなかった。しかし、今ははっきりと認識することができる。

 祈りから放たれる正拳突き。それは一種の円舞でも見てるかのような感覚。

 

 ――ああ、そういうことか。

 

 ヒソカはギド戦で見た謎の感動がこれだと気付く。

 本能が自然と体を動かしていく。無意識にミルキの拳につけられた伸縮自在の愛に命令をする。

 他者が入り込むことのできない互いの領域。ヒソカとミルキだけの世界でそれは行われていた。

 

 ――【伸縮自在の愛(バンジーガム)】、最速で縮め。

 

 殺気と同時に行われた命令がミルキの攻撃の軌道を変える。胴体に打ち込まれるはずの感謝の正拳突きが、ヒソカの手の方へと引き寄せられていく。

 そのまま手を犠牲にすれば逃れることのできたであろうミルキの技。

 それは心の奥底に眠っていた本物の好奇心。ヒソカは感謝の正拳突きを自身で受け止めようとしていた。

 この緩やかな時の世界で本能が選択したのだ。

 

 ――硬!!

 

 タイミングは完璧だった。

 ヒソカは圧縮された体感世界で成し遂げたのだ。感謝の正拳突きを初手から対応してみせたのだ。

 

「やはり、ボクが最強……さあ、反撃の開始だ♠」

 

 ヒソカは自分に酔いしれた。究極の自己愛、興奮状態は最高潮に達していた。

 

「【伸縮自在の愛(バンジーガム)】、全て纏え!」

 

 【伸縮自在の愛(バンジーガム)】がリングから離れると、一瞬でヒソカとミルキを包み込む。

 分厚い【伸縮自在の愛(バンジーガム)】の球体は、ヒソカが子供の頃に好きだったチューインガムのように赤く丸い。

 

 ミルキの動きを完全に止めたヒソカの最後の策、そして最後の命令。

 

 ――もっと、縮め!

 

 空中に浮かぶオーラの球体がヒソカとミルキを圧縮していく。纏うオーラを消せば瞬時に体は手の平サイズになるだろう。

 

「さあ、これから(ミルキ)を消して見せましょう!!」

 

 死を呼ぶ赤い球体の中で行われる我慢比べ。

 一気に会場から歓声が沸き起こる。ヒソカは何よりもこの試合(ショー)が楽しかった。

 他人を驚かせ、自分が最も輝く。まさに最高の時間。相手がミルキだからこそ作ることのできた試合(ショー)

 

 ――さあ、最高のパフォーマンスを見せよう!

 

 

☆★☆★☆

 

 

 愛のある部屋(パンドラボックス)でのミルキの修行。その合間で話し合われるのは暗黒大陸での役割について――。

 

「なあ、ジイさん。俺の役割ってなんだ?」

「なんじゃ、仲間外れにされるのが心配かのォ?」

 

 ネテロに劣る攻撃と万能なサポートもできない。ただ暗黒大陸に正解はない。

 

「なーに、心配したところでワシとヘイトしか仲間がおらん状況じゃ。やれることは全部やってもらわんとこまるぞい」

「役割だよ、ジイさんならアタッカーとか」

「アタッカー、それはなんじゃ?」

 

 ネテロは腕組みをして表情を曇らせる。世代のズレを感じたので思わずミルキに指摘をする。

 

「世の中の全てがゲーム用語で伝わると思うなよ? ミルキ、お前は暗黒大陸行くまでに一回バイトしてこい。そして、お金の大切さを知れ!」

 

 答えのない指摘にミルキの眉間には皺がよる。

 

「ただ、目安が知りたいんだよ。敵は全てがデカイんだよな?」

「威力の目安か……ざっとワシの数十倍、いや数百倍はあるじゃろうな。まあ、心配はいらん」

 

 暗黒大陸はこちらの世界と同じく食物連鎖と似たような弱肉強食の世界らしい。人間のような進化ではなく生物自身の持つ個の力とのこと。

 

「即死じゃな」

「クソゲーかよ!」

 

 ミルキは不貞腐れた表情でため息をつく。

 そもそも人間が道端の蟻を気にしないのと同じで、暗黒大陸の巨大な生物達は人間を相手にしないということだ。

 暗黒大陸の生き証人であるネテロが言うのだから間違いはないだろう。だが、万が一にも敵対した場合に命の優先度を考える必要がある。

 軽さの序列だけで言えばミルキは最初になるだろう。つまりミルキは盾、悪く言えば囮ということになる。

 ミルキは役割を見つけたのか感情を捨て思考する。

 

「となると、タンク役か……操作を考えても俺が適任だよな。攻撃はジイさんとして、索敵はヘイトとアイだな」

 

 ミルキの意見に反対する者はいない。たが、案には補足をする。

 

「サポートを含め、蘇生や治療だけなら魂の力はほとんど必要ないからな」

「ワシもそれでかまわんぞ」

「あいあい!」

 

 無謀ともいえる人間3人と厄災1匹の暗黒大陸捜索隊。

 盾としての最低条件はネテロの攻撃を防ぐこと。もし、敵に操作された時に防げなければ意味がないからだ。

 ネテロの速さと時間を稼げるだけの耐久力は必須。ミルキの修行と暗黒大陸の対策は同時進行で行われる。

 

「ジイさんの対策か……」

 

 ネテロが持つ光輝くオーラの正拳突き。それを防ぐのが今のミルキの課題である。

 肉体では無理と判断し、ミルキは体の数か所に特製の合金を埋め込んだ。その合金に“絶対に防ぐ”という強い念を何度も纏わせのだ。

 

 ――そして、ついに開花する。

 

「ミルキ、上出来じゃねぇか!」

「やった……、やったぞ!!」

 

 合金と共に肉体的な死を何度も経験し、やっとの思いで身につけたネテロの攻撃すら防ぐ強度。

 それはネテロが持つ光と対局の黒いオーラ。ようやく辿り着いた未知の領域であり最低条件。

 そしてネテロとの修行は終わりを告げた。しかし――。

 

「体に合金と? それはずるいのォ」

「ジイさんは武人だろ。いいのかよ、それで!?」

「死んだら何の意味もないわ! 肉体の限界なんぞ全て把握しとる。愛弟子からのプレゼントなら最高じゃ、人間が行き着く先は進化じゃ!」

 

 人外の拳を得たネテロはミルキにとって理不尽でしかなかった。そして、ミルキの修行は振出しに戻る――。

 

 

☆★☆★☆

 

 

 ――現実、その言葉を嫌いな人も多いだろう。

 ヒソカもその一部になる。【伸縮自在の愛(バンジーガム)】による強大なオーラの球体はあるが、実際は空中ではなくリングの上。

 悲鳴にも似た観客の声と球体を染めるのはヒソカ自身の血。

 

「審判が手を交差させました!! 勝者はミルキ選手だーーー!!」

 

 ヒソカの現状、それは重症そのものだった。

 腰から下が【伸縮自在の愛(バンジーガム)】の圧縮によりつぶれている。辛うじてオーラに守られた上半身が残っているだけだ。

 残された片手も脇腹と共に感謝の正拳突きによって全ての肉がえぐり取られていた。

 

 ヒソカの硬は完璧だった。それはミルキが一番わかっている。

 ネテロとの修行で何百と体を失って辿り着いた境地にヒソカも立っている、ただ――。

 

「ヒソカ、初見で対応したお前を尊敬する。だけどな……それじゃ足りないんだよ」

 

 武人が限界の先に辿り着いたのが感謝の正拳突き。たかが硬くらいで防げるようなものをネテロが追求するはずがない。

 これはネテロが最強の肉体を取り戻してから全ての経験と思いを積み上げた技。言うなれば心源流最終奥義。

 ネテロ曰く“心”の一撃。ヘイトならば“魂”の一撃。ならばミルキ自身はどうだろうか。

 

“死念”

 

 言い方はそれぞれ違うが人間が辿り着く最終地点。

 そこに到達できる者しか防ぐことはできない。ゲームでいえばチート技、今のヒソカが到達することはないだろう。

 ヒソカの興味は強者の人間。所詮は人間止まりと言う事――。

 

「人間相手なら問題はなさそうだな。まあ、ジイさんは例外だが」

 

 ミルキ達の目的は暗黒大陸にいる強大で未知の敵。故に終わりの見えない最終地点(ゴール)

 終わりが無いからこそ進化し続ける。そこにヒソカが気付かなければ差が縮まることはないだろう。

 

「ヒソカ、人間を辞めるならお前もこの景色が見えるかもな」

 

 ミルキは拳の黒いオーラ(死後の念)を見つめる。合金に宿るそれは【隠】により他者が見ることはない。

 

「気絶したか」

 

 ミルキはヒソカを見て人間の弱さを改めて感じとる。

 修行がなければ勝てなかった相手。それと同時に人間に差などあまりないのだと実感する。

 ヒソカを不運だとは思わない。暗黒大陸にいけばミルキが同じになるかもしれないのだ。

 

 ミルキは身を引き締める。明日は我が身なのだから――。

 




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