旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第十一話 悩み

 アイが叶えられる“お願い”に限界はない。そんな欲望を誘う甘い蜜にネテロは唆される。

 この取り引きが常識外れな事は百も承知。

 ネテロにとって暗黒大陸は3回目の挑戦。後が無いからこそ全てを利用する。

 厄災の力の応用による“悪魔”の取り引き。

 

「ヘイト、ワシの肉体を戻せるか?」

 

 ネテロが“悪魔”と出会ったのはハンター試験だった。

 第四次試験での荒らし行為。長年続いているハンター試験から見れば珍しい事ではない。

 念能力による一瞬の承認欲求だろう。

 

「ふむ、どうやら鬼が潜んでおるな」

 

 番号プレートに念能力が使われた形跡。

 埋め込まれている発信機を壊す過程を考えれば、どの程度の念能力者なのかは把握できる。

 

 問題なのは――。

 “証拠”を残しても問題ないと考えている短絡的な者か、“証拠を利用してハンター協会の力を特定しようとする注意人物か。

 

「思ったよりも、可愛らしい小鬼じゃな」

 

 ネテロの評価は後者だった。

 第一印象は個性のない凡人という印象。だからこそ自己主張の集まりであるハンターからすると不気味に見えてしまう。

 

「はい、暗黒大陸について調べています」

 

 ネテロは今でもはっきりと覚えている。

 オーラを纏わぬ者に初めて身体が震えた。知識を得た今ならはっきりと分かる。それが魂が怯えだと。

 

「暗黒……のォ。それは想定してなかったわい」

 

 ネテロが会長を就任する決定的な理由でもある暗黒大陸。

 プロハンターが最終的に辿り着く場所。そう仕向けるのがハンター協会の隠された目的でもある。

 その前提として、攻略出来るような人材を見極めるのも会長としての一つの仕事。

 

「オードブル、といえば分かりますか?」

 

 その一言は、まるで封印を解くかのように昔の記憶をネテロの脳裏に蘇らせる。

 人類の限界を見せつけられた場所。

 その暗黒大陸にいる生物と共存体となった人類が目の前に現れた。

 運命、偶然という言葉はあまり好きではない。必然性から考えるネテロは旧友の面影を持つ者と話す、そして……。

 

「へー、いいですね。ネテロさんも一緒に暗黒大陸に行きましょうよ!」

 

 本来なら即決のできない事案。しかし、ネテロは暗黒大陸に呼ばれていると確信する。

 そうは思うものの、長年押し殺してきたプロハンターとしての葛藤が姿を見せる。

 会長になって数十年、肉体はやせ細り寿命もいつまでもつか分からない。

 今さら、とはならなかった。

 

「お前がいれば暗黒大陸を攻略できるかもしれねェ、三度、三度か……!」

 

 暗黒大陸の危険性を忘れた訳では無い。

 ただこんな老体(ハンター)に光をくれるのか、という気持ちの方が大きかった。

 誘い、この甘い蜜だけで枯れ果てたはずの心が満たされていく。

 武でしか満たされないと思っていたがそれは違った。

 本人に欲しかったのは、この歳になっても対等で見てくれる存在。

 

 “ヘイト=オードブル”

 

 それが今のネテロにとってどれだけありがたい事か。たとえそれが悪魔だと分かっていても。 

 もしかしたら、この誘惑は暗黒大陸に踏み入れた者の罰なのかもしれない。渡ったら最後、人間大陸で死ぬことは許されないだろう。

 

「ヘイト、アイ、心から感謝するぜ。これで今一度、さらなる高みを目指せる」

 

 過去の自分が作り上げた努力の結晶。完璧な肉体美がそこにはあった。

 ヘイトは“仲間”ですねと笑顔を見せる。ネテロの願いという名の“欲望”は容易に受け入れられた。

 

 “肉体の逆行、知識を持っての若返り”

 

 誰しもが一度は思う。

 あの時こうしていれば……という後悔。武を極めることのできなかったネテロも例外ではない。

 ネテロはそれを欲望(アイ)によって帳消しにした。

 

 一つの願いに一つの対価。

 どっかの物語ならあるだろうがヘイトからはそれがなかった。   

 ないからこそ生まれる不の感情。しかしネテロは既に対価を払っていたのだ。

 

 ミルキは蘇生という死から逃れる行為――。

 ネテロは逆行という時の否定――。

 

 失った代償は共に人間を辞めるというものだった。悪魔に魂を捧げた者の末路、もう戻ることのできない人の道。

 

 いつもと変わらない愛のある部屋(パンドラボックス)

 ネテロは弟子の修行とは別にヘイトに時間を貰っていた。自身の課題である武の極みを他者の目線で知りたかったのだ。

 

「無理を言ってすまんのォ、ヘイト」

「いいですよ、ネテロさん」

 

 しばらくとネテロと呼んでいたヘイトだが、ジャポン暮らしの影響なのか元の“ネテロさん”に戻っていた。

 

 ネテロの全てを以てしても届かない武の極み。

 足りないものは何なのか。それを知るためにネテロが選んだのは全力で挑むことだった。

 

「10分くらいでいいですか?」

「ありがてぇ、感謝してもしきれないぜ!」

 

 言葉通りの厄災との死合いが出来るのだ。

 ただヘイトの返事はいつもあっさりとしている。考えなしなのか、考えるまでもないのかネテロには分からない。

 

「アイ、攻撃はなしだからな」

「あいあぃ……」

 

 とぼとぼと、【黒い人形】がネテロの前を横切るとヘイトの元に戻っていく。

 

「しゅぎょう、きらい!」

 

 アイはハッキリと一言つぶやき影に消えていく。ネテロはこの10分という僅かな時間を全力で挑む。

 合図として用意されたコインが宙に舞い地に触れる。

百式観音(ひゃくしきかんのん)】の“(ゼロ)”も試す覚悟だった。

 

「オーラを纏わずともワシの全力を防ぐ気か、舐めんなよ?」

 

 ヘイトの肉付きで最低限度の修行と推測する。

 暗殺術の使い手に見られる拳を握らない構え。経験則だけで十分に対応は可能な相手ではある。

 ゾルディック暗殺術、その波系ではあるが基礎は変わらない。指を武器とする、何度も見て来た旧友ジグ=ゾルディックと同じ構え。

 

 にやりと笑うネテロは祈りの所作から手を僅かに上げ振り下ろす。

 背後に現れし無数の手を持つ観音像がヘイトに向けて真上から一つの手を振り下ろす。

 鈍い音が辺りに響き、愛のある部屋(パンドラボックス)が大きく揺れる。

 肉体、知識、経験、感謝。

 ネテロの全てがここに集約する。全盛期だった頃を遥かに凌駕する威力。

 

「手応えはあり……たが、アイが出てこないとなると」

 

 飛び散る鮮血の匂い。ネテロの予想通りただの肉片が高速で再生していく。

 

「させねェよ……百式観音参乃掌(ひゃくしきかんのんさんのて)

 

 10分間、殺し続ければ倒せるかもしれないという淡い期待。それを否定するのが現実。

 

「まあ、想定内だわな」

 

 ネテロは祈りの所作から手を交差させる。

 標的であるヘイトは音速を越える観音像の手によって再び潰される。

 一秒間に30発以上は撃ち込まれているであろう技の数。ネテロが動く限り、観音像もひたすらに手を動かし続ける。

 そして、ネテロは跳躍する。

 

 「百式観音(ひゃくしきかんのん)九十九(つくも)()

 

 観音像の無数の手が時間差で上空から交互に振り下ろされる。地鳴りと共に再生を許さない手の平による高速連打が光輝く。

 まだ一分も経っていない。にしては、あまりにも長すぎる時の流れ。

 

 ――何故、足りない。何が足りない。

 

 一つの感情がネテロの脳を侵食していく。

 攻撃をすればするほど体が感じてしまう虚無感。強い意思で払拭するが止め処なく心から沸いてくる。

 刹那に繰り返される自問自答。

 全ての修行が間違っていたというのか。ネテロは強く願う、ただ届けと。

 猛撃は数分続く、だが――。

 

「ネテロさん、もういいですか?」

 

 そこに慈悲はなかった。

 ヘイトは百式観音をあっさりと止めて見せた。その言葉だけでネテロの心を折るには十分だった。

 人生を賭けて積み上げた全てのものが否定されたのだから……。

 

「最後の攻撃は良かったですよ」

 

 気付けばネテロは攻撃をやめていた。

 分かってしまう強さ、“(ゼロ)”ですら否定してくるだろう。

 肉体が全盛期に戻ったところで厄災からすれば所詮は人間ということ。

 

「輝きがちょっと足りなかったですけどね」

「ほう、輝きとな?」

 

 ネテロは肉体を収縮させ会長時代の姿に擬態すると感想戦を始める。

 

「それは、まさか」

 

 ネテロは驚愕する。

 なぜならヘイトが平然と【百式観音】を真似して見せたからだ。

 

「物理的な攻撃で受けた念能力ならだいたい真似出来ます」

「トレースできる念能力か」

「いや、魂の償いみたいなものです。アイはもっとえげつないですけど」

 

 そう告げられたのは、喰った魂の一つにそういう個性を持った人物がいたということだけ。

 

「振り下ろしてからの挟み、そして連打。威力も十分ですけど“念”だけが思ったよりも弱いです。ネテロさんの場合は“感謝”の方が伝わりますかね?」

 

 そんなはずはない。

 今までどれだけ感謝をしてきたか。心からの感謝はネテロの祈りがそれを体現している。

 念は心を映す、何万回も口にした言葉。師範として、心源流の教えとして長年伝えてきた。

 まさかそれを若者如きに諭されることになるとは、なんとも滑稽なことか。

 

「【百式観音】でしたっけ。その観音像、攻撃をする時だけ泣いてますよ?」

 

 ヘイトの言葉にネテロは目を見開く。

 他者に言われて初めて気づく。百式観音を認識できる者にしかできない指摘。

 背後から現れるが故に、ネテロは自身の心に気付くことができなかった。

 

「魂ではなく……心に感謝が足りないに、なるんですかね?」

 

 無言で聞くしかなかった。

 心から感謝をするが心に感謝はしたことはない。肉体には何万回としている感謝。

 では、なぜに念の映しである心に感謝しないのかと、ヘイトはそう言いたいのだろう。

 

「心に感謝か……念は体現するだけじゃねェってことか」

「魂を持つ者として感じたのは魂の輝きの弱さですね。鍛えた肉体を使わない【発】、たぶんですけど【百式観音】は“弱さ”の表れだと思います」

 

 仁王像を思わせる肉体、人類最高ともいえるその肉体を使わないヘイトの疑問。

 

「弱さ、か」

 

 ネテロもどこかで感じてはいた。

 だが疑いたくはなかった。なぜなら、【百式観音】はネテロが見つけた一つの境地だからだ。

 

 “武術と肉体”

 

 その限界はネテロにとって地の底よりも深い悩み。

 地獄から抜け出す小さな希望。悩みと共存してきた“感謝の正拳突き”という一つの蜘蛛の糸。

 

「たしかに……限界を感じてはいた」

 

 その時から――。

 気を整える、拝む、祈る、突くという動作を毎日1万回繰り返した。太陽がでているうちはさらに祈りに捧げた。

 それを数年間、繰り返したことによって生み出された念能力。【百式観音】はネテロの集大成といってもいい。

 

「だが、感謝の正拳突きでそれを乗り越えた……はず」

 

 ネテロは認めたくないと足掻く。しかし、ヘイトの目はじっと魂だけを見ていた。

 

「そうか、あの時からワシは……止まっていたのか」

 

 ネテロは悩みを打ち明けた。

 半世紀以上も前の悩み、誰にも言えなかった。いずれ肉体が老いていき“念”に縋る。

 心の奥底にあった武人の悩み。

 そして発現したのではなく、してしまった【百式観音】。その心はずっと泣いていた。

 ネテロは素直に仲間であるヘイトの言葉を受け入れた。

 

「なら、進むしかねェな」

 

 他者の前で弱さを見せる強さ。頂点だからこそできない。

 それが出来ていれば、今頃は武の極みに到達できていたのかもしれない。

 ネテロは本当の“真心”に向き合うことができた気がした――。

 

「武の極みが近づいた。お前らにはホント感謝するぜ!」

 

 そこには満面の笑みで肩をたたくネテロの姿があった。

 身に纏う光り輝く白のオーラ。それはヘイトも初めて見るオーラの色だった。

 ネテロは到達したのだ、念の境地に。

 

「ネテロさん、輝いてますね。アイも綺麗っていってますよ」

「そりゃ嬉しいな。さて、愛弟子の面倒でも見てやるかッ!」

 

 ネテロの肉体は今日も絶好調。

 そして、いつものように愛のある部屋(パンドラボックス)にはミルキの叫びが木霊する。

 




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