旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第十一話 悩み

 アイが叶えられる“お願い”には限界はない。そんな欲望を誘う甘い蜜にネテロは唆される。

 

「ヘイト、ワシの肉体を戻せるか?」

 

 暗黒大陸3回目の挑戦、そのきっかけは単純なものだった。

 ヘイト=オードブルの力の応用による悪魔の取引。ネテロがこの悪魔と出会ったのはハンター試験。

 毎年行われるその行事は、ネテロの中で当たり前のものとなっていた。才能ある者と触れ合う多く機会、それ故に人間観察に優れていた。

 ヘイト=オードブル、その者の第一印象は人間よりも人間らしい。個性がない平凡という印象だ。

 だからこそ自己主張の強い者の集まるハンターからすると不気味に見えてしまう。

 ネテロは今でもはっきりと覚えている。オーラを纏わぬ者に身体が震えた。知識を得た今ならはっきりと分かる、それが魂が怯えだと。

 

『暗黒大陸について調べています』

 

 ネテロが会長を就任する決定的な理由でもある暗黒大陸。

 プロハンターの終着点であり、誰もが最終的に辿り着く場所。そう、仕向けるのがハンター協会の隠された目的でもある。

 ヘイトの一言は固い封印を解くように、何十年もの昔の記憶をネテロの脳裏に蘇らせる。

 人間には力がなさすぎるという現実を見せつけられた場所。その暗黒大陸にいる生物と共存体となったヘイト=オードブルが目の前に現れた。

 ネテロは運命、偶然という言葉はあまり好きではない。必然性から考えるネテロはヘイトと話す、そして……。

 

「いいですね、ネテロさん一緒に暗黒大陸に行きましょう!」

 

 本来なら即決できるはずのない事案。

 恐らくは長年押し殺してきたハンターとしての葛藤。ネテロは暗黒大陸に呼ばれていると確信する。

 会長になって数十年、肉体はやせ細り、寿命もいつまでもつか分からない。

 

 いまさらとはならなかった。

 むしろ、こんな老体(ハンター)に光をくれるのかという気持ちの方が大きかった。

 もしかしたら、これは暗黒大陸に踏み入れた者の罰なのかもしれない。たとえそうでも、今のネテロにはどうでもよかった。

 誘い、この甘い蜜だけでネテロの枯れ果てたはずの心が満たされていく。

 武でしか満たされないと思っていたが、それは違った。

 この歳になっても対等で見てくれる人物、それが今のネテロにとってどれだけありがたい事か。たとえそれが悪魔だと分かっていても。 

 

 過去の自分が作り上げた努力の結晶。完璧な肉体美がそこにはあった――。

 

 ネテロが再び手に入れた自慢の肉体。しかしヘイトは“仲間”ですねと、笑顔を見せるだけだった。

 

 ネテロの願いという名の欲望、それは容易に受け入れられた。

 

 “肉体の逆行、知識を持っての若返り”

 

 人間の誰しもが一度は思う、あの時にこうしていればという後悔。

 武を極めることができなかったネテロも例外ではなかった。それをネテロは欲望(アイ)によって帳消しにした。

 

 一つの願いに一つの対価。

 どっかの物語ならあるだろうがヘイトからはそれがなかった。   

 ないからこそ生まれる不の感情。しかしネテロはすでに対価を払っていたのだ。

 

 ミルキは蘇生という死から逃れる行為――。

 ネテロは逆行という時の否定――。

 

 共に失った代償は人間を辞めるというものだった。魂を捧げた者の末路、もう戻ることのできない人の道。

 

 いつもと変わらない愛のある部屋(パンドラボックス)

 ネテロはミルキの修行とは別にヘイトに時間を貰っていた。自身の修行の課題である、武の極みを他者の目線で知りたかったのだ。

 

「無理を言ってすまんのォ、ヘイト」

「いいですよ、ネテロさん」

 

 ネテロと呼んでいたヘイトだが、ジャポン暮らしの影響なのかすぐに“ネテロさん”に戻っていた。

 

 ネテロの全てを以てしても届かない武の極み。

 足りないのは何か、それを知るためにネテロが選んだのは全力で挑むことだった。

 

「アイもミルキの面倒で疲れているので、長くはできないですけど……10分くらいでいいですか?」

「ありがてぇ、感謝してもしきれないぜ!」

 

 これから言葉通りの死合いが出来るのだ。

 ヘイトの返事はいつもあっさりしている。考えなしなのか、考えるまでもないのかネテロには分からない。

 

「アイ、ネテロさんの修行だ。攻撃はなしだからな」

「あいあぃ……」

 

 とぼとぼと、黒い人形がネテロの前を横切るとヘイトの元に戻っていく。

 

「しゅぎょう、きらい!」

 

 アイはハッキリと一言つぶやき影に消えていく。

 ネテロは10分という僅かな時間を全力で挑む。【百式観音(ひゃくしきかんのん)】の“(ゼロ)”も試す覚悟だった――。

 

 合図として用意されたコインが宙に舞い地に触れる。

 

 ――肉付きは普通、最低限度の修行ってとこか。

 

 ヘイトの暗殺術の使い手に見られる拳を握らない構え。経験則だけで十分に対応は可能な相手ではある。

 

 ゾルディック暗殺術、その波系ではあるが基礎は変わらない。指を武器する、何度も見て来た旧友ジグ=ゾルディックと同じ構え。

 

「オーラを纏わずともワシの全力を防ぐ気か……さすがは厄災。対峙するだけで身体が震えるわ!」

 

 そして、ネテロは最速で動く。

 祈りの所作から手を僅かに上げ振り下ろす。背後に現れし無数の手を持つ観音像がネテロの動きを真似る。

 その観音像はヘイトに向かって真上から一つの手を振り下ろす。

 

 鈍い音が辺りに響き、愛のある部屋(パンドラボックス)が大きく揺れる。

 

「手応えはあり……たが、蘇生すらしてくる相手」

 

 肉体、知識、経験、感謝。ネテロの全てがここに集約する。全盛期だった頃を遥かに凌駕する威力。

 飛び散る鮮血に血の匂い。ネテロの予想通りヘイトの肉片が高速で再生していく。

 10分間殺し続ければ、もしかしたら倒せるかもしれないという淡い期待。それを否定するのが現実。

 

「させねェよ……百式観音参乃掌(ひゃくしきかんのんさんのて)

 

 ネテロは祈りの所作から手を交差させる。

 標的であるヘイトは音速を越える観音像の手によって再び潰される。

 一秒間に30発以上は撃ち込まれているであろう技の数。ネテロが動く限り観音像はひたすら手を動かし続ける。

 

 そして、ネテロは跳躍する――。

 

 百式観音(ひゃくしきかんのん)九十九(つくも)()

 観音像の全ての手が時間差で上空から交互に振り下ろされる。地鳴りと共に、再生を許さない手の平による高速連打が光輝く。

 

 まだ一分も経っていない、あまりにも長すぎる時の流れ。しかし、ネテロの一つの感情が脳を侵食していく。

 

 ――何故、足りない。何が足りない。

 

 攻撃をすればするほど体が感じてしまう虚無感。強い意思で払拭するが止め処なく心から沸いてくる。

 繰り返される自問自答。全ての修行が間違っていたというのか。

 

 ネテロは強く願う、ただ届けと……。猛撃は数分続く、だが――。

 

「ネテロさん、もういいですか?」

 

 そこに慈悲はなかった。

 ヘイトは百式観音の攻撃をあっさりと止めて見せた。その言葉だけでネテロの心を折るには十分だった。

 積み上げた全てのものが否定されたのだから……。

 

 分かってしまう強さ、相手は零ですら否定してくるだろう。

 ネテロは攻撃をやめていた。肉体が戻ったところで厄災からすれば所詮は人間ということ。

 

「最後の攻撃は良かったですよ。輝きがちょっと足りなかったですけどね」

「ほう、輝きとな?」

 

 ネテロは会長の姿に擬態すると感想戦で驚愕する。ヘイトの恐るべき力、平然と百式観音を真似して見せたのだ。

 

 そして告げられたのは魂の一つにそういう人物がいたということだけ。厄災は人生という人間の結晶である魂を飲み込むのだ。

 

「振り下ろしてからの挟み、そして連打。威力も十分ですけど念が思ったよりも弱いですね。ネテロさんの場合は“感謝”の方が伝わりますかね?」

 

 感謝が足りない、そんなはずはない。

 今までどれだけ感謝をしてきたか。心からの感謝はネテロの祈りがそれを体現している。それでも足りないのかとネテロは頭を悩ませる。

 念は心を映す、何万回も口にした言葉。

 師範として、心源流の教えとして長年伝えてきた。まさかそれを若者に諭されることになるとは、なんとも滑稽なことか。

 

「百式観音でしたっけ。その観音像、攻撃をする時に泣いてますよ?」

 

 ヘイトの言葉にネテロは目を見開く。

 ネテロは他者に言われて初めて気づく。百式観音を認識できる者にしかできない指摘。背後から現れるが故にネテロは自身の心に気付くことができなかった。

 

「魂に感謝じゃなくて……心に感謝が足りない? に、なるんですかね」

 

 無言で聞くしかなかった。

 心に感謝、心から感謝はするが心に感謝はしたことはない。肉体には何万回としている感謝。

 では何故、念の映しである心に感謝しないのかと、ヘイトはそう言いたいのだろう。

 

「心に感謝か……念は体現するだけじゃねェってことか」

「ネテロさんは感じないでしょうが、魂を持つ者として感じたのは魂の輝きの弱さ。何故、発が鍛えた肉体を使わない攻撃なのか。たぶんですけど、その百式観音は弱さの表れだと思います」

 

 仁王像を思わせるネテロの肉体、人類最高ともいえるその肉体を使わないというヘイトの疑問。

 ネテロもどこかで感じてはいた、だが疑いたくはなかった。なぜなら百式観音はネテロが見つけた一つの境地だからだ。

 

 “肉体と武術の限界”

 

 それはネテロにとって地の底よりも深い悩み。

 その地獄から抜け出す小さな希望。感謝の正拳突きという一つの細い蜘蛛の糸。

 

「たしかに……武術と肉体の限界を感じてはいた」

 

 その時から気を整える、拝む、祈る、突くという動作を毎日1万回繰り返した。太陽がでているうちはさらに祈りに捧げた。

 それを数年間、繰り返したことによって生み出された念能力。

 感謝の正拳突きから発現した発。百式観音はネテロの集大成といってもいい。

 

「それが弱さだというのか。だが、ワシは感謝の正拳突きでそれを乗り越えた……はず」

 

 ネテロは認めたくないと足掻く。しかし、ヘイトの目はじっと魂だけを見ていた。

 

 ――見透かされている。

 

 ネテロは悩みを打ち明けた。

 半世紀以上も前の悩み、誰にも言えなかった。いずれ肉体が老いていき念に縋る。

 心の奥底にあった武人の悩み、そして発現してしまった百式観音。その心はずっと泣いていた。

 

「――そうか、あの時からワシは……止まっていたのか」

 

 ネテロは素直に仲間であるヘイトの言葉を受け入れた。

 他者の前で弱さを見せる強さ。頂点だからこそできない、それが出来ていれば今頃は武の極みに到達できていたのかもしれない。

 ネテロは初めて本当の“真心”に向き合うことができたきがした。

 

 数日後、ネテロは光り輝く白のオーラを身に纏っていた。

 それはヘイトも初めて見るオーラの色だった。ネテロは到達したのだ、念の境地に。

 

 ネテロは満面の笑みでヘイトの肩をたたく。

 

「お前らにはホント感謝するぜ! 武の極みが近づいた!」

「輝いてますね、アイも綺麗っていってますよ!」

「そりゃ嬉しいな。さて最後の弟子の面倒でも見てやるかッ!」

 

 ネテロの肉体は今日も絶好調。そしていつものように愛のある部屋(パンドラボックス)にはミルキの叫びがこだまする。

 




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