二十一歳の春、共存生活も九年目になる。
それだけの月日があれば、言葉の通じない猫だろうと行動くらいは読めるようになる。
その時の俺は、分かった気でいたんだと思う――。
『ヘイト、プリンが食べたい!』
精神に寄生された謎の生物のわがまま。
今さらアイに体を貸したところで何の問題もない。味覚の楽しみがなくなるだけで腹には入る。
そうは思うものの、デザートは楽しみたいので二つは買うようにしている。
「アイ、まずは飯を食ってからな」
『あいあい』
食事が終わると何時ものようにメールを確認する。個人の仕事といっても出来る事はたかが知れている。
既に仕事を始めて三年目だが、現実は厳しく依頼は一年前の1件だけだ。
「問題は知名度か」
いつもの悩みと共に携帯電話をカパッと静かに閉じる。
暗殺者という肩書そのライバルは以外と多い。裏社会の住人といっても、蓋を開ければ世間と何ら変わらない個人事業主なのだ。
しかし、暗殺者はライバルと差を付けるための企業努力はしない。プライドといえば聞こえはいいが問題は別にある。
“信用という言葉の概念”
やろうと思えば、プランやオプションといったサービスの提供は可能。
表企業ならそれは信用へと繋がるだろう。だが、裏社会では必死乙くらいにしか思われない。
それが許されるのは世界から認知されているゾルディック家くらいだろう。
「他の電脳サイトに掲載するにも金はかかるし、支払いも後7年は残ってる……はぁ」
後先を考えずに契約したシークレットプラン10年(5億ジェニー)。
それは若さ故の過ちとしか言えず、利益だけでみても膨大な赤字である。
裏社会を利用するのは憎悪の塊のような者ばかり。そんな連中は値段よりも確実性を選ぶ。
つまり、この世に存在しない人間の闇サイトは圧倒的不評なのだ。
「プライドを捨てて、何でも屋にでもなるべきか」
そう考えていると、ミルキからの入金の知らせを思い出す。
足取りは軽くなり夕食の献立を考えながら、歩き慣れた山道を降りて最寄りの銀行へと向かう。
「嘘……だろ?」
聞き慣れない機械音と目に入るのは残高不足という表示。
通帳の残高はまさかの三桁。先月までは遊んで暮らせるだけのお金が確かにあった。
記憶を遡るが心当たりはない。通帳の記帳を済ませて履歴を辿る。
「ヒミツノハナゾノ、ジョウホウサカバ、セカイノシンリ……はぁ?」
残念な事に全てが記憶にある名前だ。
引き落とし先は信用度の高い有料情報サイトばかり。呆けたのか、そんなはずはないと急いで家に帰る。
「まさか、パソコンが感染したのか?」
心当たりがあるとすればそれくらいしかない。これが最新ウイルスの仕業なら譲って欲しいくらいだ。
「暗黒大陸――って、何だ?」
パソコンの履歴を辿ると、そこには見慣れない文字が並んでいる。その全てが寝ているはずの時間に集中している。
まさかと思い意識を精神に集中すると、何かを察知した謎の生物はうつ伏せで動かない。
先程まで、プリンを食べて踊り狂っていたはずだが……。
「俺は馬鹿か、アイにも欲がある。そこに気付いていれば、もっと早くアイの行動にたどり着いていた……!! いや、お金の大切さを教えなかった俺が悪いのか?」
運命共同体ではあるが納得はしない。不貞寝したい所だがアイの罪と向き合う事にする。
「さて、どうするか」
盗み、物乞い、流石にそこまで落ちぶれてはいない。ここは流星街ではなくジャポンなのだ。
「よし」
結論、ゾルディック家の青狸に相談するしかない。
目覚まし時計でしかない携帯電話を取り出し、登録されている唯一の相手に掛ける。
『お前が仕事を欲しいなんて、投資にでも失敗したのか?』
「まあ、失敗……にはなる。兎に角、サクッと出来るバイトが欲しい」
『ヘイト、今は情報社会だぜ。最新の情報くらいは仕入れておけよな。戦争が起きそうな小国のデータは送る、紹介料は“ツケ”でいいぞ。ふんッ!』
聞き慣れた鼻息に危うく携帯電話を壊しそうになる。
パソコンに送られてきたメールを確認すると、聞いたことない国名が並んでいる。
「ミルキ、知ってるか? ジャポンにはな、お年玉って金銭譲渡をする文化があるんだ。驚くことに、ゾルディック家は何年も未納なんだわ」
『それはガキが貰うやつだろ? 元は御歳魂だったか、歳神を迎えるための供え物。まあ、ジャポンらしい文化だな』
「こいつ、無駄にジャポン通かよ……ん?」
通話先から何やらバタバタと音がする。僅かに執事ツボネの声も聞き取れる。
「ミルキ、騒がしいけど大丈夫か?」
『ああ、脇腹を刺されて部屋が血だらけなんだ。何を血迷ったか、キルアがハンター試験を受けるみたいでさ』
「……ふーん、最近流行りの勇者アニメでも見たのか? あいつ、魔法使いゼーリエとか好きそうだもんな」
アニメオタクの弟だし、別に不思議ではない。
悪党を捕まえるアマチュアやプロと呼ばれるハンターの存在。
キルアから両親の愚痴は何度か聞いた事はあったし、ゾルディック家の悪事を世間に伝えようとしているのだろう。
「観光客が増えるだけな気もするが……」
裏社会の人間でプロハンターを好きな奴はいない。
普段からキルアをいじってるので、真っ先に標的にされそうな気もする。
「まあ、年頃だからな。キルアも反抗期に突入したって事か」
『丁度いいや、ヘイトがキルアを見てきてよ。依頼なら、そっちにとっても都合がいいだろ?』
「依頼は嬉しいんだが、ハンター試験の受け方は分からんし会場も知らんぞ?」
『場所はデータで送るから、登録もこっちで済ませる。ハンター試験が終わるまでは、ゾルディック家で費用を持つからさ』
「さすがは相棒、助かるぜ!!」
『まあ、貸し1つだ。そうそう、登録名はヘイト=オードブルでいいよな?』
ミルキとの通話を終える。
可の有名なゾルディック家からの依頼、知名度は爆上げするに違いない。
これでひとまずは安心だろう。ハンター試験の間は問題なく生活ができる。
「ハンターか」
すっかりと忘れていた言葉。
昔から犬猿の仲だと思っていたが、ハンターとはただの資格らしい。
★☆★☆★
ハンター試験の当日、サバン市のとある食堂はいつものように賑わう。
「ここか」
狭い店内に入るとカウンター席へと誘導される。見た所、常連客と思われる連中が食事をしているだけ。
とても試験の会場には見えないがミルキの情報を疑うことはしない。違っていたら許さないけどな!
「いらっしゃい! ご注文は?」
「えーと、ステーキ定食の――」
気さくそうな店主は商売人とは別の笑顔を見せる。
反応からして合言葉は正解のようだ。そのまま個室に案内されると体が振動に反応する。
「へー、そういう仕組みか」
個室自体がエレベーターの構造になっているらしく、B100の表示で振動は停止する。
扉の奥から聞こえてくるのは騒がし雑音。どうやらハンター試験の会場に無事到着したらしい。
「店の地下深くに、こんな施設があるとはな……」
この会場には既に多くの参加者が待機している。
建築構造から察するに、街の災害を想定した巨大な地下シェルターなのだろう。
辺りを見渡すがキルアの姿はない。
「仕事をしてなさそうな連中ばっかりだな。まあ、俺もだけど……」
自信に溢れた表情の参加者達はどんぐりの背比べに勤しんでいる。
「はい、番号札をどうぞ!」
敵意のない声に自然と視線は下に向く。
手渡されたプレートを確認すると“406”という数字が目に入る。
殺伐とした空間でも笑顔を絶やさないハンター試験の関係者。
「私はビーンズと申します。時間的にあなたが最後の参加者ですね」
「つまり、今回の受験者は406人って事か」
参加者の質を確認していると周囲がざわざわと騒がしくなる。どうやら参加者同士の喧嘩らしい。
「お、俺の……腕が!!」
「あーら、不思議♥ タネも仕掛けもございません♠」
そんな訳……と、思いながらも喧嘩を静観する。
攻撃したのは対峙している大道芸人か。そもそも参加者を減らすのはありなのか?
そう疑問に思っていると、缶ジュースを手にした小太りのおっさんが近づいてくる。
「新顔だね、おれはトンパよろしくな!」
「あ、えっと……ヘイトです」
「なんだ、アレを見て緊張しているのか? まずはこれでも飲んで落ち着いて」
“新顔”というからには、トンパはハンター試験の経験者らしい。
ミルキ曰く、死人がでる試験。
情報をペラペラと喋るおっさんでも生き残れるのなら、この依頼は案外と楽なのかもしれない。
トンパから貰ったジュースを飲み干して仕事に戻る。
「トンパさん、イキってそうな目つきの悪い銀色頭の子供を見ませんでしたか? 知らなければいいですけど」
「……いや、おれは見てないよ」
額から汗を流すトンパは小さく首を横に振ると、そそくさとこの場から去っていく。
「嘘をつく人間を久々に見たな」
キルアと思わる人物は参加してるようなので静かに待機をする。
ベルの音が辺りに鳴り響くと参加者達の視線は一人の男に集中する。
「第一次試験担当官のサトツと申します。405名、全員参加ですね」
「えっ?」
そんなはずはないと貰った受験番号を確認する。
そうだった……と、大道芸人と喧嘩をしていた参加者を思い出す。
試験官の説明を遮ってしまったためか、多くの視線が向けられる。そのまま後ろを振り向き、背後にいたトンパに視線を誘導する。
こういう時の【絶】は便利である。
【絶】に反応した試験官サトツと目が合うも、こちらの意図を理解したのか直ぐに視線を逸らされる。
こういう単純なトラップは熟練者程に引っかかりやすい。
大道芸人に至っては、【絶】の前から見つめられているが気にはしない。
「では皆さん、私についてきてください」
試験官サトツの言葉で参加者が一斉に動き出す。
第一次試験は試験官サトツに付いていくだけのシンプルなマラソンとなっている。
暫く走っているとスケートボードに乗る銀髪の少年を発見する。
【絶】を知らないキルアに冷えきった手を背中に入れる。
「うおッーー!」
見事なまでに尻餅をついたキルアは、真っ赤な顔で小さなお尻をさすりながら睨んでくる。
「なんだ、ヘイトかよ!」
「なんだとはなんだ。数年振りなんだから、もっと喜べよな!」
頭をわしゃわしゃと撫でるとキルアは無駄な抵抗を続ける。反抗期まっしぐらなキルアに伯母のキキョウも大喜びだろう。
「ヘイトが来たってことはブタくんの差し金か。鬱陶しいから、こっちについてくるなよな!!」
「残念、却下!」
これは正式なゾルディック家の依頼。
つまり、ハンター試験が終わるまでは、キルアにいたずら仕放題なのである。
「ん?」
キルアを小馬鹿にしていると、何やら背後からカタカタと不気味な音が近づいてくる。
キルアに逃げられ振り向くと、そこには試験官サトツ、大道芸人以外で【絶】に反応した参加者がいた。
胸には301番のプレート。見知らぬ男だが、頭に刺さっている複数の針には覚えがある。
「変装までして、イルミさんは何を?」
「あれ、ばれたか。ここではギタラクルで頼むよ」
「……なるほど、心配性は変わってないですね」
「ヘイト、心配性って遺伝するのかもね」
イルミの目的は聞くまでもないが、邪魔になりそうな存在は視線で知らせておく。
「依頼してくれれば消しますけど」
「あれは気にしないでいいよ。ヘイトは何が来ても楽勝でしょ?」
「まあ、そうですけど」
ギタラクルと共に大道芸人の後ろを並走していると虚無の終わりが見えてくる。
「キルアの奴、もしかして帰ったか?」
後ろを振り向くがキルアの姿は何処にもない。性格からして一番にゴールを目指しそうだが。
捻くれて帰宅したのか、それともハンター試験の難易度を見て無駄だと悟ったか。
「ギタラクルさんはどうします?」
「僕は資格が欲しいから残るよ」
「では、自分はキルアが来なかったら帰りますね」
多くの参加者達は彼方此方で息を荒げている。
アマチュアの基礎すらない連中ばかりでは、個人の仕事にも繋がる事もないだろう。
汗をかいていないのは大道芸人くらいで、これだけで合格と判断されてもいいような気はする。
暫くしてキルアは姿を現すが、何やら親しげに見知らぬ者達と会話をしている。
「スケボー、遅くて草ッ!」
野次を飛ばしていると試験官と名乗る人猿が現れる。
殺意を感じ振り向くと、大道芸人がサトツと人猿に向かってトランプを投げはじめた。
「くっく……なるほど、なるほど♠ これで決定♦」
「次からはいかなる理由でも……反逆行為とみなして失格にしますよ?」
サトツの指摘で大道芸人はあっさりと引き下がる。
そもそもサトツの後を走ってきたのだから間違えるわけがない。他の参加者達もドン引きである。
「では、ついてきて下さい」
サトツから言い渡されたのはまさかの延長戦。
今度は魔獣が生息する湿原のマラソンで、足元はぬかるみ霧も立ち込める。
マラソンするような環境ではないのは明白。
先の尖った靴が走りにくいのか、大道芸人が周囲に殺気をばらまきはじめた。
大道芸人に視線を向けるとギタラクルに呼び止められる。
「ヘイト、追加料金でいいから殺しは無しで頼むよ」
「……あいつは使える側の人間ですよ?」
「キルに何かするなら、僕が殺るから」
ゾルディック家からの追加依頼では仕方がない。
ギタラクルに軽く頷き、ハンター試験の間は参加者を殺さないようにする。
キルアも大道芸人とは離れているし問題はないだろう。
「そういえば、ギタラクルさんと一緒に行動するのは初めてですね。なんか新鮮です」
「そうだね、そういえば父さんも褒めていたよ」
「褒められるのは嬉しいですね。相棒は相変わらず指示ばかりですけど」
ツボネを長年見てきたせいか、試験官サトツの動きが気になってしまう。
サトツも試験官である以上は、列記としたプロハンターではあるのだろう。
「ギタラクルさん、あの試験官どう思います?」
「ただの協会専門のハンターじゃないかな」
「なんかイメージとは少し違いますね。プロハンターって、バリバリの武闘派ばかりかと思ってました」
「まあ、殺るのは簡単だと思うよ」
さすがは生粋の暗殺一家。
大道芸人でもあるまいし別に殺るとかは考えてない。依頼でもこない限りはね――♥
ギタラクルがポケットから小型の機械を取り出すと、何やら連絡を取り始める。
「ヘイト、用事があるから先にいっていいよ」
「では、また後で」
「うん、バイバイ」
ハンター試験でチーミングはありなのか?
ギタラクルの罰則を心配するもお咎めはないようで、小屋のある公園らしき場所で再び合流をする。
この場所が第二次会場になるらしい。美食ハンターの試験官に変わると選考内容もまるっきり変わる。
「今度は料理か、テーマは寿司ね」
手に入れた食材で各々が寿司を作る。
暫く食事をしていなかったので、審査そっちのけで寿司を胃袋に詰め込む。ついでにおにぎりも作ってタッパーに入れる。
そうこうしている内に、デカい鳥のゆで卵を食べて第二次試験は終わっていた。
「そういうことか」
試験を終えて分かった事は、各試験官の得意分野で判断するということ。
そうと分かれば、ある程度の試験予測はできる。
この後も同じような選考が続くと思っていたら、高い塔の上に降ろされた。
読んでくれてありがとうございます。