旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第十九話 咎人

 

「ミルキ様、火を消したらすぐに向かいます!」

「そんなのほっとけ、閉じ込められたら終わりだぞ!」

 

 愛のある部屋《パンドラボックス》を襲う大きな揺れ。

 ミルキとヘルは念空間から脱出するため出口に向かう。ヘイトとアイが喧嘩している時とは明らかに違う不安定な揺れ。

 

「――この揺れは!」

 

 南の住居区域にいるネテロも瞬時に危険性を理解する。

 次の瞬間には無に帰すかもしれない念空間、最短の脱出を考えるならハンター協会に繋がる出口か。

 

 しかし、ネテロは考えを改める。

 

「最悪を想定するべきか」

 

 異常性を考えれば脱出したところで人類が滅亡している可能性すらある。ならばとネテロはヘイトに繋がる出口に向かう。

 

 最初に脱出したミルキが外で見たのは異様な光景。ヘイトと敵対していると思われる集団と返り討ちにあった者が2名。

 

「ヘイトを相手に生存者がいるってことは訳ありか」

 

 考えつくは一部の裏切りで、ミルキは消去法で生存者との状況を理解する。

 残りの者は多少なりとも話が通じる相手なのだろう。

 

「ヘル、生存者で分かるやつはいるか?」

「――データを照合しました。ヒソカ=モロウ、クロロ=ルシルフルと確認、2名は判別不可能、他の者はデータにありません。幻影旅団、蜘蛛と名乗る組織と推測できます」

「幻影旅団……こいつがクロロか」

 

 イルミが受けた依頼はゾルディック家を通じて連絡は貰っている。訳があるとしたらそこなのだろう。

 

 ミルキが考えているとネテロが後から姿を現す。

 

「幻影旅団か、まあ世界が平気なようでよかったわい」

「じいさんも運がないな、せっかくの休暇だってのに」

「まったく、さて――」

 

 武人ネテロは生存者をひと睨みし、ヘイトの側に向かう。

 黒い眼に黒い口、ヘイトではなく厄災のアイにネテロは思わず息を呑む。

 

「ネテロ、どうしたの?」

 

 ネテロはゆっくりと深いため息をつく。

 飛び起きて脱出したというのに当の本人は敵を前にして無警戒。人間相手に厄災が警戒するはずもないが。

 アイが表に出ている状況で念空間の異常性を考えれば思いつくのは一つしかない。

 ネテロはシャルナークの刺したアンテナをアイの手から引き抜く。

 

「ヘイトと変われるか?」

「うーん、ヘイトはね……あっ!」

 

 ヘイトの視線は肉塊と横たわるシャルナークに向けられる。

 目と口が人間に戻ったのを確認するとネテロは安堵の表情を浮かべる。

 

「しっかりしてもらわんとこまるぞ、アイにも念を教――」

 

 ネテロは心臓を鷲掴みされた感覚に陥る。

 誰にも気付かせないヘイトの殺気を宿した視線は幻影旅団ではなくネテロに向けられていた。

 その重圧に耐えた武人の肉体にネテロは心の底から感謝する。もし立っていなければ殺されていたと分かる程にヘイトの殺意は本物だった。

 

「アイに難しいことは無理ですよ?」

 

 ヘイトの言葉は酷く冷めていた。

 アイに関しての指図のせいか。いや指摘なら今までにしたことは何度かある。

 つまりこれは別の何か。明確な殺意はネテロに真実の姿を見せる。

 

「――そうか」

 

 ネテロは平然を装い、そして気付く。ヘイトは何時か仲間を切り捨てると。

 殺意の意味、それはヘイトが示した明確な優先順位。

 今のネテロにヘイトの導くだけの力はない。ならばこれは人間として伝えておかなければならない。

 

「ヘイト、人間は厄災一つで簡単に滅ぶ。人類を敵と認識したらそこでワシらはお終いなんじゃ」

 

 とはいえ、仲間を信じていなかったのはネテロも同じ。

 百式観音すら見切るヘイトが野盗ごときに操作されるはずがなかったのだ。

 この場は全てがアイのためにヘイトが用意したもの。

 それが分かったとて、アイが人間というカテゴリーを敵と認識してしまったら終りなのは変わらない。

 今のネテロはただ厄災を恐れていることを伝えるしかない。

 

「お願いだ、ヘイト。分かってくれ」

 

 頭を下げるネテロを見ていたミルキは何かを察する。そしてミルキの発言が幻影旅団を救うことになる。

 

「ヘイト、そこにいるクロロだけは見逃してくれないか? イルミ兄の依頼人なんだ、頼む仕事が終わるまでいい」

 

 ミルキの申し出によりヘイトはクロロの存在に気付く。

 

「あれ、ヒソカさん?」

「やあ、ヘイト♠」

 

 ヒソカはヘイトと目の合う。

 ヒソカにとって怪物からヘイトに戻ったことは救いでしかなかった。

 怪物がいなくなったとしても後から姿を現した3名。全てが異質なオーラを纏っている。それにその内の一人は敗北を教えられたミルキ。

 

「信じてもらえないかもしれないが、クロロ以外のメンバーはこの事を知らされていない」

 

 ヒソカは偽りの蜘蛛。幻影旅団ではないが仲間であると正直に話す。

 

「そのようですね。攻撃されていたら殺してましたよ」

 

 ヒソカは静かに頷く。

 傍観せずに怪物に攻撃していたら今頃はボノレノフのような肉塊になっている。怪物が去っても落ち着くことはできない。

 

 武人の眼に込められた殺気は強烈な死をイメージさせる。ここにいるアイザック=ネテロは明らかに違う風貌をしている。

 

 ――ハンター試験の最終面接で見た姿とは別人か……完成されている。

 

 ボノレノフの勇士によって十分な距離はとることはできたはずなのに、背筋を流れる汗がネテロの間合いであることを明確に示す。

 

 どうしたらこの場から生還できるのか。

 選択権は強者が握っているのはヒソカ自身が一番知っている。今は強者(ヘイト)の言葉を待つしかない。

 

「特に興味もなくなったので、互いの落としどころを考えましょうか」

 

 ヘイトは少し沈黙しクロロを見つめる。

 

「攻撃をしてこなかった方達は見逃しましょう。ヒソカさんはハンター同士の仲ですしね」

 

 ヒソカは免罪符を得る。

 ここにはハンター協会会長のネテロもいる、ハンター十か条に救われた形か。

 

「ですが条件があります、クロロさん」

 

 ヘイトに指名されたクロロは選択を迫られる。

 見逃す条件、それは蜘蛛にとっては簡単な事であり流星街の人間としては辛いもの。

 団長クロロがシャルナークを殺す、蜘蛛が蜘蛛を殺すという禁忌。

 

「できないなら、全員この場で仲良く死んて貰います。ヒソカさんも含め、もちろん残りの手配書のメンバーも。どうしますか?」

 

 この選択は団長クロロのプライドに傷をつける。蜘蛛の生死、頭であるクロロの選択は一つしかない――。

 

「クロロがやらないなら、ボクは生きるために君達を殺すよ♠」

 

 シャルナークに残された時間を考えれば殺したところで差ほど変わらない。

 しかし友を殺すという躊躇い。それはクロロが流星街の人間であるという証だった。

 

 それを黙って見つめていたパクノダが静かに口を開く。

 

「ねぇ、クロロ。それがあなたの望んだ蜘蛛なの?」

 

 パクノダも流星街の人間。“我々から何も奪うな”という流星街の強い意思は受け継いでいる。

 仲間を奪うくらいなら共に死んでもいいとパクノダは考えていた。それを選択したらクロロに何も残らない事も分かったうえで……。

 

 弱りきったシャルナークの見ながらクロロは手にオーラを纏う。

 

「すまない、シャル」

「い……いいさ、蜘蛛のためだ」

 

 シャルナークの最後の言葉。それが叶わないのは禁忌を犯したクロロが一番に理解していた。

 その場に泣き崩れるパクノダと切り離されたシャルナークの頭部。

 蜘蛛の存続ではなく仲間を守るための選択。すでにヘイトの姿はない。怪物の去った場所でクロロは静かに涙を流す。

 

「終わり……だな」

「そうね、でも――」

 

 パクノダは涙を拭き優しくクロロに触れる。

 禁忌を犯すのはクロロだけではない。誓約を破ったパクノダは静かに【記憶弾(メモリーボム)】を打ち込む。

 それは罪人クロロに辛い思いをさせたくないというパクノダの身勝手な最後の願い。

 

「罪を知らない咎人、それがあなたよ。さようなら、クロロ」

 

 蜘蛛だけは存続させる。

 パクノダがクロロの記憶を消すのはこれで二度目。再び悪夢が訪れるとは思いもしなかった。

 パクノダはこの場に起こった悪夢を封印する。そしてクロロの中に存在する自身に関する記憶を全て消した。

 

「ヒソカ、この状況はなんだ?」

「君の選択した世界、それだけだよ♠」

 

 記憶を失ったクロロは去っていく名も知らない女性を見つめる。どこか懐かしさだけを感じて――。

 

 

☆★☆★☆

 

 

 十年以上も前に消されたクロロが10歳の時の記憶。きっかけは“D・ハンター”と呼ばれる300年以上も前の本。

 この本は世界に数冊しか存在しない貴重なもの。世界の大国が隠し持つ核以上に大切にしている存在。

 

 表向きはハンターをしている主人公の冒険活劇。だが実際は――。

 

 流星街に隣接する一つの国、世界から多くの本が寄贈される世界の図書館と呼ばれるシュウエイ国。

 流星街を認めていた唯一の国で行われていた一つのイベント、そこでは多くの書物が展示されていた。

 

 このシュウエイ国では全てが平等で差別は許されない。

 貴重な本を閲覧するため観光客も各国から大勢押し寄せる。一部の流星街の住人もここに集まっていた。

 

「ねぇ待ってよ、クロロ!」

「パク、猫なんてほっといて早くこいって!」

 

 毎年このイベントを楽しみにしている流星街の住人クロロとパクノダはシュウエイ国を駆けまわる。

 長老達の親族としての参加。だが実際は流星街に存在する抑止力である“大蜘蛛”の子供達として特別に参加させてもらっていた。

 

 そんな場所でクロロとパクノダは大蜘蛛のメンバーと出会う。

 

「クートのとこのガキか。なんだ一丁前にデートか?」

「そんなんじゃないよ、トガシさん!」

「パクちゃんはしっかりとおめかししてるぞ? って、そんなことより、リキョウとうちのガキを見なかったか?」

「リキョウの姉貴なら、向こうの方でキキョウさんと話してたよ」

 

 クロロは来た道を指さす。頬を赤く染めたパクノダは黙ってクロロの手を握る。

 

「うげぇ、キキョウもいんのかよ。あいつのことを考えたらなんだか腰が……」

「親父が招集してたし蜘蛛の皆は来ていると思うよ。パクも見たい物があるみたいだし俺達はもう行くから、またね!」

 

 クロロは手を振るとパクノダを目的の場所に連れていく。

 そこは禁書が保管されている大聖堂。二人は器用に木を登り屋根に飛び移る。屋根の覗き窓から見えるのは片付けられた多くの書物。

 

「見ろよパク、祭壇のあの本」

「すごーい、大聖堂の中ってこんな風になってるんだ!」

 

 魅了されているパクノダは覗き窓から見えるステンドグラスや天井に描かれている絵画に感動していた。

 パクノダにとっては流星街に存在しない建物の全てが新鮮だった。

 

「おい、あの本だよ! この時にしか保管庫から出されないらしいぞ!」

「クロロ、本なんてどれも同じだよ」

「はあ?」

 

 納得のいかないクロロをパクノダは気にしない。

 この時期のクロロは本のことで頭がいっぱいなのは何となく知っている。

 

「誰もいない、いまなら盗めるかも」

 

 祭壇に置かれているD・ハンター。その本は不思議とクロロを引き寄せた。

 ここに監視者は誰一人としていない。この国が平和な証である。しかしその平和も流星街の住人にとっては当たり前の隙としか認識されない。

 

 確実に盗める。

 

 その好奇心が平和をしらないクロロを動かした。窓から侵入し、祭壇に置かれた本を手にする。

 

「――逃げろ、パクッ!!」

 

 それは本を開いた瞬間だった。

 突如クロロの額に刻まれる十字の刻印、それはこの平和な国にとっての罪人を意味する。

 

「か、体が熱い!!」

 

 クロロはこの攻撃によって体の精孔が開いてしまう。

 体から溢れ出す生命エネルギー、そのオーラを止める方法をクロロは知らない。

 大の大人なら全身疲労で済むかもしれない。子供なら最悪、死が待っている。

 

 そんな状況で不思議とクロロは笑っていた。

 

「体が軽い、すごく力が湧いてくる」

 

 クロロはこの力を利用した。今なら空すらも飛べる気分。

 未知の体験はまるで本の中の世界、不思議な力を与えるD・ハンターはクロロを念能力者に仕立て上げる。

 

 クロロはパクノダを抱きかかえ大聖堂から逃走する。

 盗みを終えたクロロは満面の笑みでシュウエイ国を後にする。この時のクロロは流星街に存在しない技術というものをまだ何も知らない。

 

 大聖堂を映す一つの視線。シュウエイ国の監視カメラには罪人クロロがしっかりと記録されていた。

 




読んでくれてありがとうございます。
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