青い空を漂うハンター協会の飛行船。
行先は今だに未定の二次会場である。本来なら乗船しているのは一次試験合格者と最低限の関係者なのだが――。
「さすがに丸二日食わねェと腹減ったぜ! ビーンズ、オレにも食事をくれよ!」
「カンザイさん、ここにある食事は一次試験を突破した合格者達のものです。勝手に食べたら横領になりますからね?」
「お前だって食べてるじゃねーか!」
「私は関係者ですから食べますよ。あなたはそもそも部外者なんですから!」
ネテロ会長の秘書であるビーンズは毅然とした態度でカンザイを突き放す。
飛行船内の食堂にはビーンズの他に亥と子を除いた十二支んが揃っており、カンザイ以外の全員が食事をしている。
「それなら他の部外者がなんで普通に食ってんだよ!」
「カンザイさんを除いた十二支んの方達は、事前に協力スタッフとして申請がありましたので問題はありません」
ビーンズはため息をつきながら説明する。
食事中のクルックはカンザイではなく、雇い主のミザイストムに不機嫌な表情を見せる。
「ミザイ、あんたのボディガードなんとかしなさいよ!!」
その不機嫌はミザイストムにも伝染する。
ミザイストムの機転により乗船を許されているカンザイは警告により扉の外に追い出される。
「ひさびさにマズイ飯だな」
この食堂には負の空気が漂っている。根本の原因はカンザイではなく、とある大事が決まったことだ。
「ネテロ会長の辞任が正式に決まりました!」
大事を告げたのはハンター協会副会長であるパリストン。これがいたずらならどれだけよかったか。
「今年の288期ハンター試験を最後に長きに渡る会長という役目を終えられます。事前に指示されていたハンター試験の後に次期会長選挙を行うことになります」
それからというもの十二支んは数か月もの間この調子でなのである。
皆を見守る存在だと思っていたネテロ会長がトリプルハンターを持つアイザック=ネテロに戻るのだ。
起点となるネテロ会長が指示を出した日。
まるで地獄耳で聞いていたかのように戻ってきたネテロが告げた言葉は――。
「言い忘れていた事があったわい。288期、ハンター試験の試験官にヘイト=オードブルを推薦する、よろしくのォ」
287期ハンター試験から始まった点と点が線となる。
ネテロ会長がヘイト=オードブルとの繋がりを自ら認めた。その事実はあまりにも衝撃であり、あの日のパリストンの顔は今でも十二支んの目に鮮明に焼き付いている。
「ヘイトさんと――え、ジ、ジンさん!?」
その出会いは突然だった。
突如としてビーンズの前に現れた二つの存在。ビーンズの驚きと共にその場にいた十二支んの思考は停止する。
大蜘蛛クート盗賊団と流星街、幻影旅団との噂――。
ヘイトに関する情報を他者より多く持つミザイストムでさえ例外ではなかった。
――どういうことだ!?
パリストンの推測は間違っていたのか。
ミザイストムの頭の中で組み上げていた情報というパーツの全て崩れていく。
ジンとヘイトの繋がりは確かにあった。
それはジンの死を主軸に置いたときの憶測。破綻したのならシーラ前副会長と共に消息不明となっていた4年間に何をしていたというのか。
ヘイトはビーンズに目的の場所を示したメモを渡すと姿を消す。
「パドキワ共和国ですか、ここからすぐの場所ですね」
ビーンズは急いで操縦士の元に向かう。
残されたジンは十二支んがいたことに驚くも、怒りの視線だけは理解していた。
「まぁ、なんだ……落ち着けよ、な?」
真っ先に口を開いたのは戌のチードルだった。
「ジン、十二支んである説明責任を果たしなさい!!」
「未だにオレが十二支んだったのは驚きだが……説明の前に今の副会長が知りたい」
「今の副会長はパリストンよ!」
「――パリストン=ヒルか、
チードルは怒りの表情を見せ返答を待つ。しかし、小さな違和感がチードルを怪訝な顔に変化させる。
それは返答の僅かな間。
パリストン同様に弁の立つ男にしては不自然、一緒に仕事をした者ならすぐに気付く違和感である。
「チードル、記憶喪失ってことにしてくれねェか?」
「いいわ、なんとなくだけど察したわ」
チードルが怒りの矛を収めたことにより十二支に緊張がはしる。その違和感に気付いたミザイストムも情報を詰めていく。
「ジン、ヘイト=オードブルと出会ったのはいつ頃だ?」
特定できる言葉ではなく、“いつ頃“とミザイストムも言葉を選ぶ。
「いつだったかは覚えてねェよ」
ジンはあえて曖昧な表現を選んでいるように見える。そこに理由があるとすれば何か。
気になる点は、ヘイトはジンとの繋がりを見られても気にしていなかった事。
――言論の縛り、か。
ここにいる誰もがヘイト=オードブルは操作系か具現化系だろうと推測をする。
ジンに制限をかけるような念能力、これ以上はジンの命に関わる可能性がある。
「詮索はやめておくべきだ。チードル、二次試験で分かることだ」
「たしかに、その方が良さそうね」
ヘイト=オードブルを警戒しての措置。だが実際に言論を縛っていたのはジン自身である。
何故そうなったのか。
それはジンがヘイトの念能力を認識してしまっているせいである。
“ヘイトの“念人”という言葉”
これが念獣と同じ扱いなら高い確率で制約が存在しているからである。
人間ではなく念人となってしまったジン。そのジンにヘイトは制限なく行動をさせている。
この自由こそがジンにとって一番の敵なのである。
ジンが思うにヘイトの念能力は初期段階特有のもので完成されてないように思える。
なぜなら、自由意思を持つ念人に使い道はなく、使い捨ての可能性が高いからだ。
意思を持つ念人を自由にするための必要な制約があるとすれば――。
“ヘイトに関する不利な情報を告げてはならない”
恐らくそれには自身の存在証明も含まれる。ジンの行きつく当然の思考で自由故の自縛。
消滅覚悟で十二支んに伝えたところで変わることはない。ヘイトは転生すら許さない死神なのだから。
ただジンは知らない。
この念人という念能力を勝手につくったのは野良猫と遊びたいだけのアイであるということに――。
☆★☆★☆
十二支んが監視する中、二次試験の内容がヘイトから告げられる。
「二次試験の内容はマラソンです。あそこの樹海の麓に見える“黄泉への扉”がゴールです。正式名称は試しの門といいまして、力がないと開かない仕組みになっています。制限時間は1時間、残りの体力を考えて走ってください」
短距離マラソンの最後に待つのは最低4トンを押す力がないと開かない扉。
地形を把握しているキルアからすればぬるすぎる試練で、山頂にある家から試の門のある麓まで30分程度しかかからない。
「試しの門が“黄泉”と呼ばれているように、制限時間を過ぎると死ぬ可能性が出てきます。スゥー……おーい、ミケーぇぇぇ!!!」
響き渡るヘイトの声に反応するかのように樹海からは遠吠えが聞こえる。
受験者達が慌てる中、地を鳴らす素早い足音と共に何かが向かってくる。
僅か数分でヘイトの前に姿を現したのは大きな魔獣であり訓練された狩猟犬。
「ミケ、お座――」
ドンッ! という轟音。
岩壁に叩きつけられるヘイトを見た受験生達は恐怖に慄く。
ヘイトに覆いかぶさるミケの鼻息は荒く捕食しているかのように見える。
「待て、毛が口に……涎が、うわ! キルア、た、助けて!!」
ミケはベロベロと舌でヘイトの顔を舐めまわすもキルアの一言で冷静さを取り戻す。
涎でベトベトになったヘイトはゆっくりと起き上がる。
「……こんな感じで制限時間が過ぎると食べられちゃいます。無理と判断したら近くにいる黒服か、麓にいるゼブロという方に棄権の意思を伝えてください。それでは黄泉からの脱出を頑張ってください!」
ここで終わっていれば傭兵のミュヘル達やキルアにとっては簡単だっただろう。
「――それと、いまから呼ばれる番号の方はこの場に残ってください」
ヘイトに呼ばれた者はカモフラージュをしていた念能力者達の全員だった。それには当然キルアも含まれている。
ミュヘルは何食わぬ顔で残された受験者達を見渡す。
「試験官、これは平等ではないように思えるが……これがハンター試験のやり方なのか?」
既に他の受験者は試験が開始されている。
ミュヘルの不満は当然であり、この場に残された45名も同じ意見である。
「たしかに“念”が使えるのは平等ではないですね」
平然と念について話すヘイト。念能力者だということがばれていてもミュヘルに焦りはない。
「念とは何だ? さっぱりなんだが」
「気にしないでいいですよ。これは試験であり、ここにいる全員は必然的に使うことになりますから」
「ほう、面白い」
ミュヘルの演技は自然で嘘と見抜くのは難しい。認めない限り証明することは試験官でも不可能。
「念を使わないのは自由ですが、使わないと死にますよ?」
「念、それは何かの専門用語か? 生憎、こちらはハンターではなく傭兵なんでな」
一般人と念能力者の差をなくすための
だとすれば、ミュヘルは知らないふりをする方が得策なのである。
認めてしまった場合に、試験官が理由をつけて念能力を見せろと言いかねないからだ。
「では、あなた達にしてもらうのは、マラソンではなく別の試験です」
「別の試験だと?」
無理やり落としにきたか、と温厚のミュヘルも理不尽さに怒りを見せる。
「はい、45人の中で1人でもクリアした場合、この場の全員がハンター合格となります」
「ん、それはハンター試験が終わるということか?」
聞き間違いか、ミュヘルは一瞬だが己を疑う。
「はい、ネテロ会長からの許可は貰っています」
「――アイザック=ネテロの指示か!?」
ミュヘルは思わず唇を噛みしめる。
ネテロは
違和感があるとすればキルアの存在か。
キルアがスパイだとしても、試験官と認識のある者の動きが理屈に合わない。
「では、こちらへ」
ヘイトは45人を並ばせると囲う形で地面に円を描いていく。
「ジャポンという島国の国技にスモウというのがあります。地につかず最後まで立っていた者が勝者というシンプルな競技です。今から皆さんにはスモウと同じ、この円から出ずに最後まで立っていてもらいます」
立っているだけでハンターの資格が取得できる。これはミュヘル達にとってもおいしい話。
「制限時間は1分です」
マラソンが1時間に対しスモウは1分。このあまりにも短い時間がミュヘル達に疑念を与える。
「――1人でも立っていれば合格なんだな?」
「はい、1人でも立っていれば全員合格です。他に質問がなければ5分後に試験を開始します」
ミュヘル達は腕を組み考える。
予想される試験内容と陣形、範囲制限のある円と45人が争わないという内容。
沈黙を破ったのはキルアだった。
「ヘイトは念をぶつけてくる」
「そんなものが試験になるのか?」
本当だとすれば、それは念の初歩でしかない。
キルアの考えは未修得者なら成立する試験であり、ここにいる全員は既に念を取得している。
「傭兵のあんたらも覚悟だけは方がいいよ」
「そもそも試験官はこちら側の練度は知らないが?」
ぶつけられたところで倒れる者はまずいない。ただ念を使わされるという点では筋が通っている。
「あいつは馬鹿みたいに見えるけど、この場いる誰よりも数段イカれてる。元殺し屋だしな」
キルアの鋭い眼は説得力を感じさせる。
それを肯定するかのようにヘイトがオーラを纏うと、ここにいる45人と飛行船から見ていた十二支んでさえ反射的にオーラを纏う。
「この禍々しいオーラはなんだ!?」
オーラの密度が人間とは明らかに違う。体の異変、危険を察知したミュヘルは力強く叫ぶ。
「――来い、キルアッ!!」
発をする余裕は恐らくない。
ミュヘルは即座に陣形を組み上げ中心にキルアを配置する。出来上がったのはキルアを中心とした三重の円陣。
キルアなら僅かでも恩恵があるかもしれない、ミュヘルなりの浅はかな考え。
キルア自身も役割と意味を理解したのか、ヘイトの念に対抗する練を始める。
――これが今できる最善の手。
受験者45人による錬と纏、キルアを守る堅による三重の強大なオーラの壁が出来上がる。
ミュヘル達は背を向けているため試験官の姿は見えない。
ただ、視界に映る円陣の全員の足が震えており、各々が必死に最大限の錬を行い未知の恐怖を待っている。
これはアイザック=ネテロの嫌がらせではなく、むしろ愛情といっていい。
『――ふむ、次のハンター試験にはビヨンドの駒が紛れて来るじゃろうな』
会長をやめることで起こる出来事などネテロからしてみれば手に取るように分かる。
パリストンやビヨンドの行動、暗黒大陸という道筋があるのならやることは皆同じなのだ。
“無理だと言っても人間は必ず挑戦する”
暗黒大陸での失敗は過去149回の公式渡航のデータだけでいえば渡航者の約7500人。
その99.9%が厄災や未知の生物、精神倒壊を起こし適応ができずに死しんでいる。
生還後の帰還率はたったの0.04%で、これが暗黒大陸の現実なのだ。暗黒大陸に行ったところで適応できなければ意味はない。
「時間なので始めます」
ハンター協会の存在する意味。
それは5大厄災などの未曾有の大災害が起きた時の人間という種の保存である。
人類として誰かが生き残っていればいい。その可能性が最も高いのが生命エネルギーの念を扱える者。
“暗黒大陸の適応者”
簡単に言えば人類の選別であり、新世界になったときの新人類として選ばれた人間がハンターなのだ。
今の世界がいつなくなるかは誰にも分からない。ただ現実として世界を破壊できるものは確実に存在しているということ。
厄災であるヘイト=オードブルのように――。
読んでくれてありがとうございます。