旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第三十六話 カキン帝国

 ここは欲望の成れの果て流星街とは真逆の世界。

 ヘイトとネテロが訪れたのは世界中のセレブが集う小国。無犯罪証明書が必要で特別な者だけが住める場所。

 

「暗黒大陸には、それはそれは巨大な――」

 

 暗黒大陸を知る半世紀も前の権力者達、その一人である傘寿を迎えた老人も英雄譚に心躍る。

 伝説のハンターであり世界最高峰のスペシャリスト達の長。アイザック=ネテロのこれまでの輝かしい功績に人々は尊敬し魅了される。

 

「――分かりました、息子達にも伝えておきましょう。貴重なお話、久々に童心に戻ることが出来ました」

 

 ネテロは厳しい時代を共に生き抜いた権力者達の親を味方に付けていく。

 ビヨンド=ネテロを縛っている親の力。これが今の権力者達に一番有効な方法である事をネテロは誰よりも知っていた。

 

「再び、希望(リターン)を持ち帰ってみせますよ!」

 

 アイザック=ネテロは傘寿を迎えた老人と堅い握手を結ぶ。

 

 近代5大陸、その通称は“Ⅴ5”と呼ばれる。

 それらはクカンユ王国、ベゲロセ連合国、サヘルタ合衆国、オチマ連邦、ミンボ共和国の五大国からなる。

 そのⅤ5によって200年以上も昔に締結された不可侵条約、人類最大禁忌の絶対不可侵領域。

 

「心から成功を祈っていますよ、ネテロ会長。いや、アイザックさん。……その、サインを頂けますかな?」

「はい、よろこんで」

 

 ネテロは書き慣れたサインをして笑顔を見せる。

 不可侵条約に小さな穴を開ける。ネテロは1年をかけてその穴を広げていった。

 

「ネテロさん、ずっとこんなことをしていたんですか?」

 

 まるでアイドルのような扱い。ネテロの営業スマイルを見飽きたヘイトは愚痴をこぼす。

 

「ヘイト、何事にも流れというものがある。これは暗黒大陸に行くには必要なことじゃからな」

 

 にやりと悪い顔をするネテロ。

 交渉も一段落すると綺麗な街並みを見ながらのんびりと歩く。

 ここの住人は笑顔で生活をし寿命を全うする。欲望を失った者達の溜まり場である。

 

希望(リターン)とか言ってましたけど、資料には厄災と指定されてませんでしたっけ?」

「なにを言うとるか。ワシにとってアイは希望そのもの」

 

 飄々とした老獪がやっていることは厄災を使った詐欺まがいのセールストークである。

 

「それにしても金持ちの欲望ってのは随分とちっぽけなものばかりなんですね。流星街の方がよっぽど欲に塗れてますよ」

「人間の欲など金で済むものばかりじゃからな」

 

 権力者の全てがネテロ信者という訳ではない、中には渡航を反対する者もいる。

 そんな時は希望(ヘイト)の出番なのである。

 

「では、希望の年齢まで戻しますね」

 

 “特別”という言葉とお金で買えないものを提示する。

 欲を刺激し脅しではなく願いを叶える。それだけで人間というものは簡単に考えを変える。

 年老いた者達の願いは単純で、家族やペットの治療と美を求める若返り。金持ちの行きつく欲望はそんなものばかりだった。

 

「ゾルディックも根回しは終わったと連絡が入っとる。残るはカキン帝国じゃな」

「え、まだ行くんですか!?」

「安心せい、ナスビ=ホイコーロに会いに行くだけじゃ」

 

 表と裏からの用意周到な根回し。

 失敗すればハンター協会を窮地に追い込むことになる。それは手を貸したゾルディックも同じ。

 これはハンター協会が先駆者でなければならないというネテロの願望。

 

 ヘイトは仲間の小さな願いを叶えるべく動く。

 一羽の鳩がヘイトの頭上をクルクルと回りながら降りてくる。それは見覚えのある紙だった。

 

「ネテロさん、どうやら次期会長選挙の日が決まったみたいですよ。そういえば、二次試験の合格者達は何者なんですか?」

「あれはビヨンドの駒じゃな。大方は金で雇った連中といったところかのォ」

「金の繋がり……ですか。ネテロさんの息子なら歓迎しますけど仲間には誘わないんですか?」

「息子の夢を何十年も邪魔をしたからのォ……警戒されて話すら聞いてくれんかったわい」

 

 ネテロは珍しく落ち込んだ表情を見せる。

 

「何となくですけど気持ちは分かりますよ」

「息子は息子で頑張ってるようじゃからな。無理には誘わんし、忠告をする気もないわい」

 

 ネテロの言葉にいつもの覇気は感じられない。

 

「仲間の多さが心配ってところですかね?」

 

 ヘイトの指摘にネテロは黙り込む。

 二次試験でギリギリではあるがヘイトの憎悪に対応できたのはミュヘルという男だけだった。

 適応のできるスペシャリスト達を集める、その行為は言い換えれば仲間の数だけ弱点があるということ。

 

 それでは暗黒大陸では通用しないだろう。  

 厄災も馬鹿ではない、そんな人間達は利用されるに決まっている。アイでさえ人間の欲望を利用してくるのだから。

 

 全てをこなせる集まりでなければ暗黒大陸の攻略は不可能。

 ヘルを持つミルキでさえ料理の練習をしている。これは当然の準備なのだ――。

 

 

☆★☆★☆

 

 

 アイジエン大陸、その中央に位置するカキン帝国。

 革命により帝国社会主義から議会民主主義に変わった国である。しかし、変わったのは表向きだけで今だに国王軍を中心とした階級社会が存在している。

 そのため、カキン王国には不可触民と呼ばれる存在がおり、公職につくことすら叶わず生涯不変の差別を受け続けている者達がいる。

 

 それは一つの国の中に流星街が存在しているようなもの。

 

“失うモノなど何もない持たざる民”

 

 その者達にも革命により一つの光が訪れる。この国に疑問を持つ第2王子のカミーラ=ホイコーロである。

 ドゥアズル王妃の第一子であり高貴な雰囲気の美女。

 願いが実現されないこの国の理不尽さはカミーラと不可触民の互いの欲望を結び付けた。

 

 元不可触民であるカミーラお付きの執事長フタカタ。

 その老婆は温厚でカミーラの行動に一切の口を挟まない。しかし今日だけは違った。

 

「カミーラ様、ナスビ国王より外出禁止令が出されております。どうか――」

 

 カミーラは食べかけの食事をテーブルの下に払い落とす。

 

「また御父様の客人かしら、ほんと不愉快だわ!」

 

 片付けを強制されたフタカタに止める手段はなくカミーラは自分の意思で外に出ていく。それを見ていた私設兵隊長であるサラヘルも静かにその後を付いていく。

 もしこれがナスビ=ホイコーロの耳にでも入れば死罪は免れないだろう。だがサラヘルはその心配をしていなかった。

 なぜならカミーラの行先は街のはずれにある不可触民の住むエリアだったからだ。

 

 カミーラは絶を習得している。

 全身を隠す一枚布を纏うだけで一般人がその存在に気付くことはない。

 

「どうして、カミィが従わなければいけないのかしら!」

 

 カミーラの目的は私設兵の厳選であり、不可触民の住むエリアは国王軍が介入しない人材の宝庫となっている。

 

 カキン帝国でカミーラの願いが叶う唯一の場所。

 ここの住人に死ねと言えば相手は喜んで死ぬ。人ですらなかった不可触民に階級を与え、意思を宿したカミーラは女神のような存在なのだ。

 

「カミーラ様、お下がりください!!」

 

 住人以外の存在に気付いたサラヘルは罰を受ける覚悟でカミーラの前に立つ。

 念の気配はサラヘルに今までにない脅威を感じさせた。

 サラヘルが念を使えるといっても限られたものでしかなく、ハンターのように深い念の知識があるわけでもない。

 

「貴様は何者だ!?」

 

 サラヘルが見たのは不可触民を介抱する一人の男。

 怪我した者を治してはいるが念による治療、隣には明らかに人間ではないと分かる黒い少女の姿。

 

 振り返った男の目をみた瞬間にサラヘルは死を覚悟する。しかしそれは幻覚だったのか男は静かに立ち上がった。

 

「アイがここにあった物を盗んだみたいで……」

「盗みだと?」

 

 サラヘルは男の言葉に疑問を抱く。

 このエリアに金になりそうなモノは存在しない。しかしよく見ると黒い少女は年季の入った小道具や洗濯に使う板を持っていた。

 

 不気味すぎる存在、しかし――。

 

「あなた、お名前は?」

 

 興味を示したのはカミーラだった。黒い少女の存在がどうしても気になったのだ。

 

「ヘイト=オードブル、プロハンターをやっています」

「……プロハンターね、生態調査を依頼している方の一人かしら?」

 

 カミーラの好奇心はヘイトの元に足を進める。

 決して絶は怠らない。迎撃型の念獣、死後発動し攻撃してきた者の命を以って蘇生する。

 カミーラの鉄壁の防御、念能力【百万回生きた猫(ネコノナマエ)】あるからこそできる行動だった。

 

 サラヘルは黙って見守ることしかできない。この場に緊迫した空気が流れる。

 

「いいえ、この国に来たのは知人の付き添いです。今はナスビ国王と会っている頃だと思います」

「あら、御父様の客人でしたか。でしたら――」

 

 警戒するサラヘルとカミーラは突然の出来事に驚く。

 

「ナッスビィィ!! ホイコォ~~ロォ!!」

 

 二人の緊迫した空気をぶち壊した黒い少女。

 両手を上げ渾身の一発ギャグを披露するアイ。緊張と緩和、それを見たカミーラは笑いを堪えきれず爆笑する。

 

「あなた、最高ねッ!! 御父様そっくりだわッ!!」

 

 カミーラの中で警戒という緊張がなくなる。

 ここの住人は騒ぎを起こせば死ぬ事を分かっている。そのお陰か騒ぎになることもない。

 プロハンターとの出会いはカミーラにとって念を深く知る貴重な機会。自身の念獣とさらに深く繋がることができる切っ掛けになる。

 

「お話が聞きたいわ、カミィの屋敷にいらして頂戴。ご馳走させて頂くわ」

 

 上機嫌になったカミーラは念の知識を深めるべく行動をする。しかしそれはカミーラの願いであってヘイトからすれば時間の無駄でしかない。

 

「すいません、カミィさんの――」

「馴れ馴れしく呼ばないでくれるかしら!!」

 

 怒号と静寂――。

 ヘイトはカミーラの突然の変化に真顔になる。それを黙って見ていたサラヘルは静かに頷く。

 断るタイミングを失ったヘイトはアイと共にカミーラの後を付いていく。

 




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