旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第三十七話 情勢

 第1王子ベンジャミン=ホイコーロの私設兵であるヒュリコフとバビマイナは休暇を満喫していた。二人の乗る四輪駆動の自動車は道路をストレスなく進む。他とは違う軍専用のナンバープレートは一般人を退ける。

 

「バビマイナ、当たりだったか?」

「まあ普通だな。ヒュリコフは気に入った女はいたのか?」

 

 助手席に座るヒュリコフは小さく首を横に振る。独身である男達の休暇は下世話な話で盛り上がる。

 

「いつになったらベンジャミン様は王になられるのか」

 

 車の外を眺めながらヒュリコフはぼやく。

 その悩みはバビマイナにとっても同じで、王子に仕える者の共通の悩みといえるだろう。

 

「ヒュリコフ、聞いたか? ナスビ国王の面会も増えてるし、次期国王を選ぶんじゃないかって噂らしいぜ」

「何回目だよ、その噂は……それにしても不公平だよな。国のために尽しいてるのはベンジャミン様とハルケンブルグくらいなものだろ? 他の王子連中なんて、何してるかもわかんねってのにな」

「馬鹿、お前ッ! ハルケンブルグ様だろ!?」

「誰も聞いてなんかいねェーよ。ベンジャミン様が国王になったら他の王子達は駆逐してくれるだろうしな」

 

 まじめな性格のバビワイナと違い尖った性格のヒュリコフ。そのヒュリコフは何かを見つけ笑みを浮かべる。

 

「ヒュリコフ、いい女でも見つけたか?」

「……ああ、とびっきりのいい女だ。そこで降ろしてくれ」

「ったく、門限までには戻れよ?」

 

 人間観察に優れているヒュリコフは、人混みに紛れている第2王子の私設兵隊長であるサラヘルを見つける。車を降りたヒュリコフは絶を使いサラヘルに近づいていく。

 

 王子達には外出禁止令が出されているはず。ヒュリコフはサラヘルの立ち位置から状況を把握していく。

 

「休暇にしては不自然だな」

 

 警護の動きをしているサラヘル。隣にいる男を意識し平行に並んでいる。普通の警護なら対象の僅かに前を歩くのが自然。第2王子の私設兵の特徴を知っているヒュリコフはさらなる疑念を抱く。

 

「あいつらの警護は決まって後方のはずだ。となると本命はあいつ――まさかッ!?」

 

 全身を一枚布で纏う人間。ヒュリコフからすれば体つきで男か女かはすぐに分かる。その者が何度か会った者なら尚更だ。

 

「これはこれは、サラヘル殿。休暇ではなく警護任務中ですかな?」

 

 後ろから声を掛けられたサラヘルは思わず振り返る。その瞬間を狙ってヒュリコフは死角をつき警護対象と思われる人物の前に出る。 

 

「ヒュリコフ、貴様ッ!!」

 

 共に私設兵のサラヘルとヒュリコフ。その二人の大きな違いは国王軍兵士であるか、ということ。第1王子ベンジャミンはカキン帝国の軍事最高副顧問であるため、仕えてる私設兵も正規国王軍と同じ扱いになる。私設兵とはいえ力でいえば圧倒的にヒュリコフが有利なのである。

 

 ヒュリコフが一枚布に手をかけた瞬間だった。

 

「ナッスビィィ!! ホイコォ~~ロォ!!」

 

 笑いの欲に溺れたアイの一発ギャグは周囲の時を止める。すべりにより盛大に落ち込むアイ。そして、この無意味な行動がサラヘルとヒュリコフの格差を埋めることになる。

 

 意味不明だからこその動揺。ヒュリコフはアイの存在をしっかりと認識する。服装と髪は普通だが顔だけは明確に違った。顔は霧のように黒く覆われており、僅かに見える口が不気味な笑みを浮かべている。

 

「そいつは念獣か」

 

 ヒュリコフが手を止めてしまう程に驚いたのはアイの喋りである。

 念獣は自動操作型、操作型ともに喋りに関して制限がされていることが多い。そもそも自然に喋る念獣自体が希少である。そのためヒュリコフはアイが例外の念獣であると推測する。それは……ある条件を満たすためだけに作られた操作系念獣の可能性。

 念獣が動いたという事は何かを発動させるだけの条件がすでにあるということ。無理に行動しないほうが無難であり、ヒュリコフに対するタイミングと発言内容を考えれば、その可能性が最も高いのだ。

 

 ヒュリコフは布から慎重に手を放すと距離をとる。

 カミーラとヒュリコフが距離を置いたことによりサラヘルは冷静さを取り戻す。

 

「サラヘル殿、お連れの方はどなたでしょうか?」

「ナスビ国王の大事な客人だ。こちらはプロハンターのヘイト=オードブル様である。ヒュリコフ、貴様の態度は万死に値するぞ、すぐに謝罪しこの場を立ち去れ!」

「それは失礼しました。では、そちらの方は?」

 

 ヒュリコフのギロリとした視線は布で姿を隠すカミーラに向けられる。言葉に詰まるサラヘルは助けを求めるようにヘイトに視線を送る。

 

「自分の連れが何かしましたか?」

 

 カキン帝国の政治情勢を知らないヘイトだが、一連の流れでサラヘルとヒュリコフの立場を理解する。ヘイトが選んだのはヒュリコフではなくサラヘルだった。そのヘイトの敵対行動はヒュリコフに怒りという感情を植え付けた。

 

「――ほう、連れだと?」

 

 見え透いた嘘だと言わんばかりにヒュリコフはヘイトに向けてガンを飛ばす。ヒュリコフはアイと関わらないように自分の意思だけで慎重に攻める。

 

「不審者を調べ国を守るのが軍人である私の仕事です。ただ姿を確認させて頂きたいのですよ、そこの不審者をね」

「……不審者だとッ! いますぐ発言を取り消せッ!」

 

 カミーラに対する冒涜はサラヘルにとって一番許すことのできないこと。

 

「感情のコントロールすらできないとは……。所詮は不可持民上がりの軍人か」

 

 焦る必要はない。今のヒュリコフにとってはこの場にカミーラがいたという事実さえあればいいのだ。目的は第2王子のカミーラをナスビ国王の命令を背いた反逆者にすること。

 第1王子のベンジャミン陣営からすれば、一番の脅威である第2王子カミーラの不祥事は王位継承の有利な交渉材料になる。しかしヒュリコフがベンジャミンに報告したところで意味はない。

 このカキン帝国には王子だけではなく王妃の力も存在している。一人の発言では簡単に揉み消されてしまう。そのためカミーラを潰すにはこの事実を民衆に晒す必要がある。民衆が騒げば勝手に拡散され、いずれはナスビ国王の耳に入る。

 

「これは任意ではなく義務ですよ、サラヘル殿。そんなことも分からないとは、カミーラ様の教育がなってないのか……」

 

 次第に集まる民衆を横目にヒュリコフはサラヘルを嘲笑う。そんなヒュリコフに対しサラヘルは暗殺呪詛を使うか悩んでいた。

 自死によって発動する呪い。暗殺対象を強く思い、近い距離で死なければ発動はしない。サラヘルもこの状況が晒されればカミーラの立場がどうなるかは分かっている。窮地に立つサラヘルが一歩踏み出せないのは理由があった。

 

 ヒュリコフに対する強い思い。暗殺呪詛を成功させるには時間が足りなすぎる。

 

「……ヘイト様」

 

 冷や汗を流す打つ手のないサラヘル、ヒュリコフの優位は変わらない。だがその優位がヒュリコフに僅かな隙を作ってしまう。

 ヒュリコフはヘイトの放つ殺気に反応してしまう。それは簡単なトリックであり単純な視線誘導。

 

「ヘル、悪いがアイと一緒に買い物をしてきてくれるか?」

 

 僅かな一瞬……。ヘイトの捲る布の下の顔はカミーラ王子ではなく見知らぬ少女だった。

 

 姿形はたしかにカミーラ王子だったはず。驚くヒュリコフを他所に命令を受けたヘル=ゾルディックはヘイトの指示に従う。

 

「アイ様、あちらに行きましょう」

「あいあい!」

 

 周囲の民衆が仇になる。ヒュリコフが僅かな身長の変化と体つきを指摘したところで見分けられる者はいない。ヒュリコフは完全に後手に回ってしまった。

 

「ヒュリコフさん、まだ何かありますか?」

「……いいえ、協力に感謝します」

「ナスビ国王に面会したらあなたを優秀な方だと伝えておきますよ。その時まであなたの顔を覚えていればですが」

 

 ヒュリコフは己の失態に嫌な汗を流す。

 告げ口されれば上司であるベンジャミンの評価は落ちてしまう。それどころかベンジャミンから切り捨てられる可能性もある。そうなれば殺されるか不可持民として生きていくしかない。ただの休暇が最悪の日となる。

 

 ヒュリコフが姿を消し安堵の表情を浮かべるサラヘル。

 

「ヘイト様、助かりました。このお礼はいつか必ず」

「別に礼はいらないですよ。これからご馳走になる立場ですし、そのお返しの先払いとでも思って頂ければ」

 

 ヘルとアイの戻ってくる姿を見たサラヘルは笑いを堪えきれず下を向く。二人のナスビ=ホイコーロが手を振りながらこちらに向かってきていたのだ。カキン帝国の定番のお土産であるかぶりお面。ヘルの手には大量の荷物が抱えられている。

 

「ヘル、さすがにこれは買いすぎだろッ!」

 

 ヘルから財布を受け取るヘイト。不良在庫としか思えない大量のナスビ国王のかぶりお面に使い道はない。

 

「アイ様が必要というので全て買わせて頂きました。鑑賞用、保存用、遊ぶ用だそうです」

「ヘイト、ヘルとの思い出だよ!」

「はい、アイ様との大切な思い出ですね」

 

 ヘルはアイの意見を尊重する。

 

「こんなお面が思い出なわけねェだろ!」

 

 最近は拾ったモノまで思い出といい張る厄災。ミルキの入れ知恵もありそうだ。

 

「どんたけ保存するきだ! そもそも印象に残る出来事を思い出っていうんだよッ!」

 

 どうせヒュリコフに一発ギャグがすべったからに決まっている。その証拠にいまのアイはモノボケを習得し自信がみなぎっている。

 

「アイが調子にのるので、サラヘルさんもそんなに笑わないでください。この顔は国王なんでしょ?」

「……クスッ。す、すみません、笑ったのが久しぶりだったもので」

 

 買ったばかりのお土産を店主に突き返したら絶望してしまうだろう。さすがにそれは人道的にできない。これがゴミになるのは必然。ならばハンター試験に協力してもらったお礼にゾルディックの執事達とゼブロにお土産として押し付けるしかない。それでも余るなら流星街の子供達でも拾ってもらおう。

 




読んでくれてありがとうございます。

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