旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第三十八話 百万回生きた猫

 執事長のフタカタは料理を運び続ける。

 野菜で作られた龍や鳳凰の飾り切り、アートのような豪華な高級料理は食欲を刺激する。

 

「さあ、お好きなのを召し上がって」

 

 上機嫌のカミーラとは違いアイは龍を指で突くだけ。

 

「プリンがない!」

「フタカタ、プリンをすぐに用意しなさい!」

 

 多くの要人を持て成してきたカミーラにとって満足しない相手は自尊心に傷をつける。

 カミーラのこのような振る舞いも支配欲の一つであり、自己満足を押し付けるものである。

 そんな王族や貴族の文化ともいえる慣れ合い。流星街生まれのヘイトにとっては不要なもの。

 

「気にしないでいいですよ、カミーラさん」

 

 ヘイトはテーブルに敷き詰められた料理を小皿に取り分け、箸で一口ほどの大きさにしてアイの目の前に置く。

 

「ほら、プリンよりも美味いかもしれないぞ?」

「ほんとに!? これプリンよりも美味しいの?」

「かもって言っただろ」 

 

 親が子供にする当たり前の行動は王族であるカミーラにとっては新鮮であり、その無償の愛はカミーラを笑顔にする。

 

「カキンの料理はお口に合うかしら?」

「本場の料理は初めてですが、さすがに美味しいですね」

「それは良かったわ!」

 

 カミーラはヘイトをじっと見つめる。

 念獣に対する愛、手段や道具としてではなく一つの存在として認めている。それはカミーラがヘイトを認めるのに十分な理由だった。

 

「まずは礼を言うわ。あなたがいなければベンジャミンに弱みを握られるところだったわ」

「ベンジャミン……先程の軍の方ですか?」

「あいつは私設兵の一人ね。ベンジャミンは腹違いの兄、第1王子というだけで御父様に贔屓されている男なの」

「第1王子……?」

「カミィは第2王子、これはホイコーロの血を持つ一族のしがらみね」

 

 国王ナスビ=ホイコーロの正室の子。

 王子と呼ばれる者達であり、王になる事を信じて疑わない王の子。

 その全員が王を継承する権利を持ち、いつか来るであろう継承の時を待っている。

 

「御父様の正妻である子供達は生まれた順番でそう呼ばれるの、他の王子なんて無駄でしかない存在なのよ。あら失礼、客人のあなたに愚痴をこぼしてもしょうがないわね」

「へー、王になるのも大変そうですね。お礼はお気持ちだけで十分なので、アイも喜んで食ってますし」

「……そう、ならいいわ」

 

 人間の形に慣れていないアイは自身の指を見つめながら箸を何度も持ち直す。その不慣れな食事作法はカミーラの好奇心を掻き立てる。

 

「カミィはあなたの念獣に興味があるのだけれど、失礼を承知で聞いてもいいかしら?」

 

 ヘイトはカミーラに対して頷く。

 王子が念に触れる機会はそう多くない。軍事最高顧副顧問である第1王子のベンジャミンが特別なくらいで、念の存在を知らない王子がほとんどでなのである。

 

「アイがそんなに気になりますか?」

「アイ、いい名前ね。カミィにも似たような子がいるの」

 

 カミーラの不要な発言にヘイトは未熟さを感じ取る。

 この人間世界の機密ともいえる念能力、その開示は心の隙ともいえる。

 

「似たような子、ですか」

「ええ、それにしてもほんとに仲がいいのね。あなた達が羨ましいわ」

 

 縛りのない念獣はカミーラの理想ともいえる関係。

 今より深い知識を求めようとするカミーラに対しヘイトは冷静な口調で助言をする。

 

「カミーラさん、念能力は無暗に公言しないほうがいいですよ。自分の弱点を晒すようなものですから」

「ふふっ、念獣を連れ歩いている方に言われても説得力がないのではなくて? それにカミィに弱点はないわ、あの子は絶対に私を守ってくれるもの」

 

 ヘイトの助言はカミーラからすれば指図でしかない。

 命を何度も狙われてきたカミーラにとって、今生きている事が力の証明なのだ。

 

「カミーラさんを守ってくれる存在ですか」

 

 カミーラの念獣に対する絶対的な信頼は意見の対立を生む。

 殺しの世界で生きてきた者と身を守るために生きてきた者の意識の違いであり、これは攻めと守りの互いの主張。

 

「念獣を信じるのは能力を高める意味でいい事だと思います。けど、その完璧な守ってくれる念獣もカミーラさん次第で変わります。足を引っ張っている可能性も考えた方がいいですよ?」

「……カミィが足を引っ張る? 何が言いたいのかしら」

 

 カミーラは鋭い目つきで睨むがヘイトは気にすることなく会話を続ける。

 

「カミーラさんの念能力を当ててみましょうか?」

「へー、面白いわね。当ててみなさい!」

 

 カミーラは安物のショーを楽しむようにヘイトを蔑む。

 念能力者にとって最も重要なのは観察力であり、相手の力量を瞬時に見抜けなければ死につながる。

 それは暗黒大陸を目指すヘイトにとっても変わらないことであり、プロハンター達の理念なのである。

 

 行動の全てが念能力の手がかりであり、積み上げた経験によって答えは導き出される。

 

「発動条件は絶でしょ?」

 

 念に精通する者なら簡単に気付く変化、そのカミーラの僅かな動揺にヘイトは呆れたような笑いを浮かべる。

 

「ただの引っ掛けです、ほんとは発動条件なんて知りません。ナスビ国王は念に対する心構えは教えてくれなかったのですか?」

「心構え、御父様は……」

 

 カミーラは自身の勘違いに気付く。

 ヘイトはカミーラを通してナスビ=ホイコーロを見ていたのだ。

 先程の笑いもナスビ国王に向けられたもの。

 それを証明するようにアイに対して表情は変えるものの、カミーラに対しては一度も表情を変えていない。

 

「まあ、今の反応で大体は把握できました」

 

 カミーラは考えを改める。プロハンターの意見は貴重なことには変わりない。

 

「念能力者は戦闘の癖で自身との相性を探ります。カミーラさんの場合はちょっと情報が多すぎますね」

「カミィに情報?」

 

 カミーラは食事を中断し不思議そうな顔でヘイトの指摘を聞き入る。

 

「戦闘に向かない体つきと強い信念のある性格。これらは念に最も反映されてしまう可能性のある情報になります。華奢な体の人間は強化系のような技は使わないし、仮に強化系ならオーラの影響で自然と筋肉が発達していますからね」

「なるほど、まずは見た目で判断するということね。続けて」

「性格は表裏あるのでそこまで重要ではないですが、一番の情報となるのは行動です。そのためプロハンターは常に無駄のない動きを心がけます。カミーラさんの場合、情報が最も出ていたのが不自然な状況での絶です。会話中にも絶を続けていましたからね」

「……不自然な絶」

「不自然さに気付けない未熟さも情報の一つですね。どうして不自然な絶をする必要があるのかって考えるわけですよ。それが先程の引っ掛けです。カミーラさんの念能力に関係があるのかどうかを確かめました」

 

 多角的な視点、カミーラが他者よりも劣っている部分である。

 心のどこかで感じているからこそ自然と怒りがこみ上げてしまう。アイという存在がいなければ黙って耐えてはいなかっただろう。

 この僅かに黙って考える時間がカミーラを成長させる。

 

「とても勉強になるわ」

 

 王子としての立場、誰からも助言をされない地位。

 戦闘は主に私設兵である部下の仕事であり全てを考えればそうなるのは自然なこと。

 否定的な意見に対するカミーラの思考は冷静に見つめれば言い訳ばかりだった。

 

 ヘイトは未熟さから来る手がかりを繋ぎ合わせていく。

 

「念獣の発動条件は絶状態で攻撃を受ける迎撃型」

「そうよ、あなたの見る目は確かなようね」

 

 さすがは念の専門家であるプロハンター。だがこれはカミーラの失言によって生まれたもの。

 ここで終わっていればカミーラの関心はそこまで大きいものではなかっただろう。

 

「それを最大限に生かそうとするなら――」

「えっ、まだ何かあるの?」

 

 カミーラは初めてプロハンターの本質を理解する。

 何かを見つめるヘイトに対しカミーラは心が読まれていると思うほどに動揺していた。

 

「“死後の念”を使った念獣……とかね」

 

 ヘイトの一言でカミーラの表情は消えさる。

 これまで死に関連する言葉は一度も口にはしていない。ヘイトは不自然な絶だけで答えにたどり着いたということ。

 

「……あなたには何が見えているの?」

 

 カミーラは念能力者としての自身の立場を完全に理解した。

 自身に足りないものを持つヘイト。カミーラは心に湧き上がるざわつきを感じる。

 

「人間の欲望ですかね」

 

 魂の輝きの色で念能力の系統まで判別できてしまう特殊な力。カミーラが絶対に知りえないヘイトだけの情報。

 

 ヘイトがカミーラに対して助言をするのは理由があった。

 それはカミーラが普通の人間とは違った魂の輝きを持つ者だったからだ。

 

「ねぇ、ヘイト。あなたはカミィを殺せる?」

「ええ、殺せますね」

 

 恐怖、感動、驚き。あらゆる感情を掻き立てる力強い言葉はカミーラの全身に電流を走らせる。

 一点の曇りもないヘイトの目はカミーラに本当の死というものを意識させる。

 

 他者によってもたらされる理不尽な死。王になる宿命の背負った者にとってそれだけは絶対に許されない。

 

「――あの子にとっての弱点はカミィ自身」

 

 冷静に考えれば無敵なんてものは存在しないことくらい分かる。そんな存在は人間ではないのだから。

 カミーラは冷静に【百万回生きた猫(ネコノナマエ)】を見つめ直す。

 

「確かに、気づかれたら終わりね」

 

 絶という条件は変えることはできない。

 無防備ともいえる絶の状況で弱点となるのは精神破壊や操作系だろうか。

 殺されて発動する念能力、不自然な絶が情報となってしまっている。生かされてしまえば【百万回生きた猫(ネコノナマエ)】は無力化される。

 

 答えを見つけられず悩むカミーラ。そんなカミーラにヘイトは助け船を出す。

 

「カミーラさん、1つアドバイスしましょうか?」

 

 ヘイトは料理に添えられていたサクランボを一つ手に取ると念の技術である周を行いそのまま飲み込む。

 

「これならお腹にあるサクランボは絶状態でもオーラで守られていますよね?」

「絶状態でもオーラは使えるということね!」

「そうです、体の表面に纏うオーラはなくとも内部にオーラを留めることは念の技術で可能。金剛術と呼ばれる内にオーラを纏う技術ですが、カミーラさんの制限である絶状態でもこれは可能です」

 

 それを聞いたカミーラはすぐに念を纏い口からオーラを流し込む。しかし――。

 

「ゲホッ、オェェェ!」

 

 激しい嘔吐、カミーラは気品の欠片もなく噎せ返る。口から溢れ出たのは流し込んだオーラと口にした料理だった。

 

「心源流の秘術らしいので簡単には扱えませんよ」

 

 オーラで強化された内臓はどうなるのか。それはオーラを纏った筋肉同じで本来の機能をより活発化する。

 

「内臓の構造を把握しないと血管とか破裂して死にますからね。体内操作を意識した念を覚えてからがいいと思いますよ。覚えてしまえば絶状態でも精神破壊や操作系には対応できるようになると思いますので」

「……ハァ、ハァ、こんな無様な姿を見せたのはあなたが初めてよ。ヘイト、あなたのことは絶対に忘れないわ!」

 

 カミーラはこの男を絶対に逃してはいけないと本能で感じ取る。熱狂にも似た感情はヘイト=オードブルに向けられる。

 




読んでくれてありがとうございます。
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