旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第三十九話 疑心

 第9王子であるハルケンブルグは落ち着かない様子で時刻を確認する。

 

「はぁ……そろそろか」

 

 自室に鳴り響く電話、仕事で聞き慣れているはずがノイズ音のように聞こえる。

 

『カミーラ様がお見えになりました』

「ああ、話は聞いてるよ。通してくれ」

 

 見下すことしかできない哀れな人間、母ドゥアズルと同じく折り合いの悪い姉のカミーラ。

 幼少期から不遇な扱いを受け、こちらの意思は否定されるばかり。

 

「民の血税で生きているというのに、どうして私の家族は皆こうなのだ……」

 

 ハルケンブルグの悩みの種は尽きない。

 ナスビ国王による外出禁止令、それが解けたと思ったらカミーラによる拘束。

 趣味であるアーチェリーにもいけず体は鈍るばかり、これも腐敗した王族に生まれてしまった運命か。

 

「久しぶりね、何も変わってないようで安心したわ」

「驚いたな、カミーラ姉さんのことだから僕の顔も忘れているかと思ったよ」

「カミィが弟の顔を忘れるはずないでしょ?」

 

 こちらの予定では絶対に動かない身勝手な姉。さっさと要件を済ませて帰ってもらうのが吉である。

 

「カミーラ姉さん、すまないが時間は有限なんだ」

「随分と嫌われているみたいね。まあいいわ」

 

 ハルケンブルグを他所にカミーラは自室にある多くの書物を勝手に漁り始める。

 興味の持たれなかった書物は本棚から床に捨てられていく。

 

「ねぇ、ハルケン。人体に関する医学書はないのかしら?」

「残念だけど、僕は物理学専攻だからね。医学ならツベッパ姉さんの方が詳しいと思うよ?」

「あいつは駄目よ。気に入らないもの」

 

 どうやったらこの身勝手な姉を早く追い出だせるのか。

 世界最高峰のミワル大学に15歳で飛び入学したハルケンブルグでも解けない難問である。

 何故にカミーラは医学に興味を持ったのか。そこから打開し、解決するための糸口を見つけるしかない。

 

「医学の知識が欲しいなら主治医にでも話を聞けばいいじゃないか!」

「まったく、小さい頃から変わってないわね。あなたは私がここに来た意味も考えられないの?」

 

 ハルケンブルグは初めてカミーラからの言葉に納得をする。

 思想のせいか焦燥に駆られていたのかもしれない、ハルケンブルグは医学と自分に関係するものを考える。

 

 ――重要なのはカミーラ姉さんがここに足を運んだ理由だ。最近だと父に求める謁見が多い事くらいか……。

 

 もしそれがフェイクであって秘密裏に世界から優秀な医者を呼んでいたなら可能性はある。

 なにより王族政治に批判的な者の耳には入らないだろうし、姉であるカミーラが直接伝えに来るしかないはずだ。

 

「父さんは何かの病気なのか?」

「なにそれ、あなた馬鹿なの?」

 

 ハルケンブルグは笑顔で拳を握りしめる。

 ここに“マイボウ”があったなら間違いなく姉を的にしていただろう。ハルケンブルグは静かに心の中で矢を射る。

 

「ハルケン、昔から変わらないその作り笑顔はやめなさい。素直に生きることは大切よ?」

「自由なカミーラ姉さんと違って、僕は素直に生きるために今を頑張っているんだ! そのためにはこの国のあり方を変えなければいけない!!」

「その考えも大切かもしれないわね」

「――えっ!?」

 

 ハルケンブルグはカミーラの正気を疑う。

 罵声の一つでも浴びせられると思っていたが返ってきたのはまさかの王政批判の同意。

 

 第9王子のハルケンブルグと第2王子のカミーラでは発言価値は全く違う。

 ハルケンブルグでは国内にいる僅かな支援者と国外の支援者が反応するだけだが、カミーラならばカキン国民の半分以上は動かせるかもしれない。

 

「……カミーラ姉さん?」

 

 ハルケンブルグが驚いたのはそれだけではなかった。突如としてカミーラから王の威厳を感じたのだ。

 

「ハルケン、あなたにはこれが見える?」

 

 カミーラが見せたのは手に纏ったオーラ、念を習得していないハルケンブルグにそれを知るすべはない。

 

「その手がどうかしたのかい?」

「ハルケン、よく聞きなさい。あなたが今持っているものは紙に書かれた知識でしかないわ。真の学びは書物以外で得るものなのよ」

 

 カミーラは床に落ちている書物を拾い、それを背表紙から二つに引き裂く。

 

「ありえない、そんな馬鹿なッ!?」

 

 ハルケンブルグが見た念の世界はまるで一つのマジックショーである。

 

 ――厚さ3cmはある書物を指だけで切断するなんて……。

 

 プロクライマーのような強力なピンチ力がなければ引き裂くことはできない。書物はハルケンブルグの自室にあったものであり背表紙に切れ目は存在しない。

 

 カミーラは床に散乱している書物を踏みつける。

 

「これが人間の本来持つべき力なのよ。床に散らばっている知識より価値があるとは思わない?」

 

 ハルケンブルグは頭を下げていた。

 それは教えを乞うためではない、信念で動くハルケンブルグの偽りのない謝罪である。

 姉を見下していた愚かな弟、学力があるというだけで天狗になっていたのだ。

 

「カミーラ姉さんのメリットはなんだい?」

「カミィはあなたの持つ支援者を借りたいの」

 

 カミーラの目的は分からないが少なくともこれは善意、無知な弟のために知識の提供をしようとしているのだから。

 

「あなたもこの国の生態調査を依頼しているハンター達の存在は知っているでしょ? 見せた方が早いかしらね」

 

 カミーラは用意していた生態調査をしているハンター達のリストをハルケンブルグに渡す。

 

「――カイトにゴン……この子はまだ子供じゃないか!?」

「子供だけどプロのハンターよ。そのハンター達は念と呼ばれるオーラを使うの、あなたに見せた力がそれよ」

「念……それが力の正体。カミーラ姉さんはどうしてそんな秘密を僕なんかに教えたんだ?」

 

 ハルケンブルグはカミーラの変化に動揺していた。

 感情的で自己主張型の彼女が強制ではなく協調を求めているのだ。

 

 念についてカミーラが告げていることは全て真実なのだろう。

 カミーラは嘘を付く必要のない生活をしてきたため真実を否定する場合は拒否以外にない。

 

「逆よ、ハルケン。何故に御父様はカミィ達に念の存在を教えないのかしら」

「……たしかに」

 

 ハルケンブルグはカミーラがここに来た理由を理解する。

 カミーラは父であるナスビ=ホイコーロに疑心を抱いたからここにいるのだ。

 

「カミィは初めて御父様に違和感を覚えたわ。プロハンターの彼は御父様に対して“念の心構えを教えてくれなかったのか”と言っていたけど、カミィ達は念の存在自体を知らされていない。おかしいとは思わない? この力は才能さえあれば子供でも使えるの、何より念は扱うのに多くの時間が必要とされる」

「王族政治を批判している僕だけなら分かるが、カミーラ姉さんにもというのは確かに引っかかるな。王子の中で念を使えるのはカミーラ姉さん以外にはいるのかい?」

「晩餐会でオーラを感じたのはベンジャミンくらいかしらね。御父様はベンジャミンに王を継がせる気かもしれないわ」

 

 軍を支配するベンジャミンが王になる。それはハルケンブルグが今までしてきた行動の全てが無意味になるということ。

 

「まさか、僕達には王を継承する権利すらないということか!?」

「可能性は高いと思うわ。そこでお願いよ、あなたの外の支援者達にカミィとヘイト=オードブルの恋仲の噂を流してほしいの。念を扱うハンターとの噂が広まれば御父様にも何かしらの変化があると思うの」

「何もできない僕からすれば有難い話だ。でもそんな噂が広まったら、カミーラ姉さんに迷惑が掛かりそうだけどいいのかい?」

「カミィの王配が何人いようが気にしないわ。御父様だってそうなのだから」

「――なるほど、カミーラ姉さんにも気になる男ができたのか」

 

 家族であるカミーラがハルケンブルグをよく知るようにハルケンブルグもカミーラの性格は知っている。

 

「僕も権利(チャンス)があるなら王の席を譲る気はない。だけど、いまは家族として協力させてもらうよ!」

 

 恋の噂すらないカミーラが男を認めるのは初めてかもしれない。ならば弟として出来る事をしてあげるべきだろう。

 

 

☆★☆★☆

 

 

 十二支んはハンター協会の会議室で空席が埋まるのを黙って待つ。

 これはミザイストムの要請であり、ハンター協会会長不在での初めての会議となる。空席の一人であるパリストンが遅れて姿を現す。

 

「やあー、お待たせ!! 本っ当に申し訳ない!!」

 

 空席の常連だったジンは座り、子と亥は対峙する。

 

「おや、ジンさんじゃないですか! こうして向かい合うのは初めてですね。どうもパリストンです」

「おう、副会長だってな。話は聞いてるよ」

 

 会議を承認したパリストンの目的はあっさりと達成される。

 ミザイストムの緊急議題よりも重要なのは障害となりえる者の情報。パリストンにとっては選挙前に手に入れられる有益な会議なのだ。

 

「今日は皆さん、元気なようで何よりです!」

 

 パリストンは笑顔で残りの十二支んを確認する。

 その笑顔はジン以外の十二支んを不快にする。何故なら空席はまだ一つ残されているのだ。

 ミザイストムは苛立つ気持ちを抑えパリストンを抑制する。

 

「パリストン、いいから早く座れ!」

「や、これは失敬!」

 

 ミザイストムは辰の席を見つめ議題を話し始める。

 

「288期、ハンター試験の報告書は各自確認してるとおもうが去年と明らかに違う。知っての通り合格者は過去にない47名だ。ヘイト=オードブルによってその内の45名が二次試験で合格をしている。これについて、まずは皆の意見を聞きたい」

 

 ミザイストムに対しパリストンは手を上げ意見を述べる。

 

「ハンター十か条にもあるようにハンターライセンスを持った者は取り消されることはありませんよ?」

「お前は黙ってろ!」

「やだなー、皆って言ったじゃないですか!」

 

 ボトバイ=ギガンテの死は多くの者の心に深い傷をつけた、ミザイストムもその一人である。

 

「今一度、考えるべきだと俺は思う。ヘイト=オードブルの危険性は想像を遥かに超えていた」

 

 ミザイストムの言葉に誰もが悩む。

 その危険に人生をかけて踏み込める者はいるのか。停滞では意味がないとチードルは進行役を買って出る。

 

「意見ではなく、イエスかノーにしましょう。……そうね、関わるかどうか、それでいいのではなくて?→全員」

 

 チードルの意見に反対する者はいない。

 

「では、イエスの者は挙手で」

 

 挙手したのは子、亥、丑の三名のみ、残りの十二支んはアイザック=ネテロに任せるという判断になる。

 

「まだ他に言いたいことはあるかしら→丑」

「お前らに正義がないことが知れただけでも十分、俺のやり方であいつに罪を償わせる」

 

 ミザイストムの罪という言葉に反応したのは、以外にも同調したパリストンだった。

 

「ミザイさん、罪とは何でしょう?」

「ボトバイ=ギガンテについての報告書は提出したはずだが?」

「報告書は見ましたよ? いやー、次期会長とまで言われたボトバイさんが選挙前に行方不明になってしまったのは本当に残念ですね」

「行方不明だと? 俺の提出した報告書とは違ってるみてーだな、パリストン!!」

「ええ、ミザイさんにしては珍しい間違いでした。報告書はボクのほうで訂正しておきました。疲れているのならお休みをおすすめしますよ?」

 

 今にも怒りを爆発させそうなミザイストムを止めたのはチードルだった。

 

「落ち着きなさい→丑。ハンター試験で死体がでないものは行方不明、それはハンター協会における決まりよ。過去の受験者達がそうであったように十二支んも例外ではない。これについてはパリストンの方が正しいわ」

「ですよね、チードルさん。存在しない死体をいちいち確認していたら試験官が何人いても足りませんよ。その点、今年は優秀なヘイトさんのおかげで仕事が少なくて済みました。ボクが会長になったらチードルさんに副会長をやってもらおうかな!」

「絶対にお断り→子」

 

 ミザイストムの失言をパリストンは10倍にして責め立てる。

 

「そもそも二次試験官であるヘイト=オードブルを邪魔したのはミザイさんとボトバイさん、それにサイユウさんですよね? あなた達は船員の臨時スタッフとして乗船していたはず、試験官でもないのに飛空船を降りたのは何故でしょうか? 受験者に対する念による脅威とありましたが、合格者達は全員健康そのものでしたよ。ボトバイさんに至ってはヘイト=オードブルに対して行動まで起こしたそうじゃないですか。ルーキー初の試験官だというのに、これでは弱い者いじめですよ。それに――」

 

 喋り続けるパリストンに痺れを切らしたジン。

 

「お前らはごっこ遊びがしたいのか?」

「おや、ジンさんからの意見を聞かせてくれるのですか?」

 

 パリストンは笑顔でジンを見つめる。しかし、ジンの視線はパリストンではなくミザイストムに向けられていた。

 

「ミザイ、今はヘイトよりも重要な事があるだろ。お前らが話すべきはこれから起きる暗黒大陸の対策だ」

 

 暗黒大陸、想像すらしていない議題からかけ離れた内容に虚をつかれたような表情になる十二支ん。

 

 “100歳を超えた老人が挑戦者なんて思うのか”

 

 ネテロの目的に気付くことのできた十二支んがどれだけいたのか。

 

「ネテロが会長を辞めたってことは準備が整ったってことだ。ネテロも鬼じゃねぇ、辞めることは事前に伝えていたんじゃないのか?」

 

 虚に呑まれなかった数名の十二支ん。

 ジンの言葉に理解を示すことができたのはボトバイ=ギガンテの傍でヘイトの言葉を聞いたサイユウとミザイストム、それを除けば笑顔のパリストンのみ。

 選挙のことしか考えられなかった者と動き始めている者との違いは明らかだった。

 

「へー、さすがはジンさんだ。退屈せずに済みそうですね!」

 

 ネテロが会長を辞めると告げた日、言葉を理解し意思を継いでいたのはパリストンただ一人だった――。

 




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