旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第四十三話 フェイク

 ビーンズはヘイトがエレベーターに乗ったことを確認すると1つのカードを胸ポケットから取り出す。

 

「ヘイトさん、これより先は機密レベル5の場所になりますので注意してください。ハンター協会でも信用ある方が入れる場所になります」

「ハンターライセンスを没収されたばかりですが……」

 

 ビーンズがカードをかざすと、あるはずのない階層のボタンが現れる。

 エレベーターの着いた先は他の階層と変わらないフロアの光景が広がっている。念色の見えるヘイトにはこの場所が念空間であることはすぐに理解できた。

 

「機密レベル5……この場所が?」

 

 転移のタイミングを考えればエレベーターはフェイクでしかない。

 現実に偽装した念空間には扉が4つ存在し、それぞれの扉はフロアの光と念色が違う。つまり、この場所は2人以上の人間で創られた相互協力型(ジョイントタイプ)の念空間である。

 

 ――多重念空間か。

 

 珍しいものではあるが利用価値などたかが知れている。

 普通の人間なら念空間に踏み入れたことにすら気付かない。

 現実に偽装した念空間に、さらに別の空間へと二重空間移動をさせる構造になっている。となれば現実に偽装しているこの場所が中枢ということだろう。

 

 ――ハンター協会にも念空間の壊し方を知っている人間がいたとは……。

 

 念空間はアイと出会った思い出の場所であり、閉じ込められて死を覚悟した場所でもある。

 それはヘイトの念能力が念空間になってしまう程に強い印象を与えた。

 

 念空間を壊されないための多重構造。

 念空間は強靭な力で殴っても壊れることはない。そんな念空間も“ある方法”であっさりと破壊できるのだ。

 

 “他人の念空間を支配する”

 

 これが念空間を破壊する方法である。

 一番手っ取り早いのは纏と練の応用技、体の纏っているオーラの間隔を故意的に広げる高等技術の円だろう。

 操作系が対象をオーラで侵食するように、念空間の面積を50%以上をオーラで侵食すると念空間は跡形もなく消え去るのだ。

 

「この多重念空間を創った人間と、生きてる間に会ってみたかったですね」

 

 ビーンズはヘイトの呼びかけに驚き後ろを振り返る。

 

「ここが念空間だと……ジンさん以外で気付いたのはヘイトさんだけですよ」

「自分は念空間に嫌な思い出があるんで、他よりは詳しいと思いますよ。僅かに早かった転移を考えれば……カードはフェイクで、トリガーはビーンズさんの意思ですよね?」

「そこまで見破られるとは……まさにその通りです。その観察力も魂の力なんでしょうか?」

「ええ、魂の力が使える人間はオーラをより深く見ることができます。もちろん、凝のような修行は必要ですけどね」

 

 ハンター協会の機密を守るための部屋。

 ハンター協会会長と信用された秘書のみがアクセスできる念空間。

 この場所はハンター協会が代々使ってきた魂の力(死後の念)を利用した念空間である。

 

 ヘイトは念空間にある1つの扉のドアノブを回すが扉が開くことはない。

 

「さすがに無理か……」

「ここにある扉には誓約がありハンター協会の会長と秘書のみがアクセス権限を持ちます。秘書である私も、ヘイトさんが触っている扉と出口の扉しか開けることができません」

 

 ヘイトはゆっくりとドアから手を放す。

 扉の先にあるのもが何かは分からない。さすがのアイでも他人の四次元世界に転移はできない。創った人間が死んでいるなら尚更である。

 

「昔の人が考えそうなことですね、リンネの婆さんも神字を使った似たような念空間を持ってましたから。まあ、閉じ込める手っ取り早い方法ではありますけどね」

「過去にそのようなハントの使われ方もしていたみたいですね。安心してください、今から入る場所は単なる書類の倉庫ですよ」

 

 文明が発達していない時に創られたもの。当時は最先端の保管場所だったのだろう。

 

「今の時代は電脳ネットがありますからね……。ビーンズさんもオーラを無駄に使われて大変ですね」

「これも仕事ですから」

「ハンター協会も古の産物なんか捨てて、最新を取り入れるべきですよ」

「……ヘイトさん、ここは先人たちの知恵の結晶ですよ? 大切に守っていくべき遺産です」

 

 倉庫のアクセス権限を持つビーンズはドアノブに手をかけるが――。

 

「え、あれ?」

 

 ビーンズは驚きの表情でヘイトと顔を合わせることになる。

 でてきた場所はまさかのヘイトの後ろにある出口の扉からである。

 

「そ、そんな!?」

 

 ビーンズはバタバタと扉を開け、出口と倉庫であるはずの扉を行ったり来たりしている。

 

「ビーンズさん、顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」

「ヘイトさん、申し訳にくいのですが……閉じ込められたかもしれないです」

「えっ、マジですか!?」

 

 わざとらしく驚く素振りを見せるも焦っているビーンズが気付くことはない。

 ビーンズは扉を殴ったり蹴ったりするが念空間はびくともしない。極限状態というのは行動や思考が露わになる。

 

「どうすれば……他の扉も開けることはできないみたいです」

「ビーンズさんは知的に見えて、焦ると強化系タイプになるんですね」

 

 ゼノなら脱出できる可能性はあるが普通の人間では円の発想はまずでないだろう。

 答えを導き出したとしても、念空間を支配するだけの円が使えなければ意味はない。

 

「ビーンズさん、まずは落ち着きましょう。ここは念空間です、何かパズルのようになっているかもしれません。世の中に非常口があるように、先人達も何か考えているはずです!」

「た、たしかに……そうかもしれませんね!」

 

 平常心を失った豆は犯人が目の前にいるというのに気付くことはない。

 これはライセンスを没収されたヘイトの単なる嫌がらせである。倉庫の扉と出口の扉の前に新しい念空間ゲートを創っただけの簡単なトリック、メビウスゲート(無空間ゲート)である。

 

 古の念空間に男2人が閉じ込められてから1日が経過しようとしていた。

 

「ごめんなさい……ごめ――」

 

 寝言でも謝り続ける疲弊したビーンズの側にアイが姿を現す。

 

「知恵の輪とご飯もってきたよ!」

 

 何も言わずともアイが食事を持ってきたことに驚く。

 最近のアイの脅威的な成長、暗黒大陸の渡航を決めてから人間の魂を多く喰い続けているせいだろうか。

 ガス状の黒い塊から姿を変えて顔以外は完全な人型になっている。キルアよりも少し上のお姉さんと言えるくらいまでに成長を遂げている。

 

「――きっと、俺はこの瞬間のために生まれて来たのかもしれない」

 

 無償の愛、目には薄っすらと涙が浮かぶ。大げさではない、成長とは尊いものなのだ。

 

「ヘイト、これ!」

「これが……ご飯?」

 

 天空闘技場バトルチップス・カード付き、だがカードはない。アイが暗黒大陸の非常食としてお小遣いで選んだものである。

 

「賞味期限切れてるし、涙が引っ込んだわ……」

 

 ビーンズを横目にアイが持ってきたもので食事を済ませる。

 既に睡眠も食事もいらない念体たが、生まれた頃からの習慣というのはなかなか変えられないものである。

 

 アイは扉の前に立ち、じっとトアノブの念を見つめている。

 

「アイ、何か分かりそうか?」

「扉の2つはどっかに繋がってるみたい。1つは知ってる、アイのいた念空間だね」

「リンネの念空間かよ! 2つは転移ゲートか、この世界でゲートが必要な場所となると……地下シェルターってとこか。リンネの念空間があるってことは、残りの扉は暗黒大陸かもな。ネテロさんも二度目の渡航は安全なルート確保って言ってたような気がするし」

「ネテロ、呼んでくる?」

「いや、会長を辞めたネテロさんはアクセス権限がない可能性がある。別に急ぐ必要もない、嘘がなければヘルがもうじき暗黒大陸に着くだろうしな」

「そっか、楽しみだね!」

「ああ、楽しみだ。アイの故郷だからな」

 

 暗黒大陸の渡航準備は順調であるが問題は魂の供給方法。

 アイの寿命は分からない。少なくとも閉じ込められていた期間も考えれば70年以上は生きている生物である。

 神のように永遠と生き続ける存在の可能性すらある。暗黒大陸にアイが吸収できる魂があれば良いのだが――。

 

 朝、日の昇らない念空間。

 ここはハンター協会のビルと変わらないため居心地はそこまで悪くはない。

 

「ビーンズさん、おはようございます」

「おはようございます、ヘイトさん」

 

 ビーンズは特にすることもなく、自分語りや仕事の愚痴を話し始める。二日も過ぎればそれくらいしかやることがないのだ。

 

「ほんと、パリストンのやつは気に入らないんですよ! ネテロ前会長は何であいつを副会長にしたんでしょうかね……」

「仕事をしてる良い人に思えますけど」

「はぁ……ヘイトさんは分かってませんね。あいつからはハンター協会への愛を感じないんですよ!」

「愛ですか、俺もハンター協会に愛はありませんよ?」

「ヘイトさんはネテロ前会長が認めた人ですから」

「それはパリストンさんも同じでは?」

「いや、違います。絶対に――ッ!」

 

 愚痴を永遠と話す愛の戦士ビーンズ。静かな人ほどストレスをため込むのだろうか。

 

「そういえばビーンズさん、ここに来た目的って何だったんですか? たしか、やってもらう事があるって言ってましたが」

「私としたことが、すっかり忘れていました……。書類確認とヘイトさんのサインが必要でしたので」

「へー、書類ですか」

「ここには機密書類が保管されています。王族や国のトップである大統領など、権力を持つ人物からの依頼はここで厳重に保管されるのです。とある国からヘイトさん宛に依頼が多くありまして」

「少し前に依頼じゃない依頼がいろいろとあったな……ちなみにどこの国からですか?」

「カキン帝国からの依頼がほとんどですね。第1王子ベンジャミン様と第8王子ハルケンブルグ様から、主に念の訓練といった名目で依頼がきていました。ハンター協会としては念の訓練は了承できないのでお断りさせていただきました」

 

 カキン帝国でヘイトが知るのは国王であるナスビ=ホイコーロと第2王子くらいである。

 

「自分が知っている王子はカミーラくらいしか……」

「それですよ、ヘイトさん――ッ!! 第2王子のカミーラ様から、毎日のように食事のお誘いがきてるんです! こちらとしては機密書類が増えるだけなので困っていたんですよ。会長選挙を理由に断り続けていたのですが、さすがに限界だったので……」

「そうでしたか、カミーラには俺の方から依頼を止めるように言っておくので」

「そうして頂けると助かります。王族の食事会に依頼費用なんて請求できませんからね……」

 

 ビーンズの目的も知れたので、この念空間でやることはない。ならばさっさと終わらせるだけである。

 

「ビーンズさん、この念空間にあった非常用の知恵の輪は解いたのできっともう大丈夫です」

「え!? 脱出できるんですか?」

「はい、ビーンズさんが寝ている間に解いておきました」

 

 ビーンズは泣きながらヘイトに感謝をする。後にネテロから“そんなパズルはない”と言われヘイトに激怒するのだった。

 




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