旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第四十五話 蟻の女王

 ハンター協会の会長が決まると世界中のメディアは一斉に暗黒大陸の情報を速報で伝える。

 その情報はアイザック=ネテロの息子であるビヨンドにも届いていた。

 本来なら数十年越しの悲願で心躍るはずが、ビヨンドの心にしこりのようなものを残す。

 

 カキン帝国と新世界を目指す隊長ビヨンド=ネテロ。

 十二支んを抜けたパリストンは仕掛け人の顔を珍しそうに見つめる。

 

「そんなに彼が気に食わないですか?」

「……チッ、顔に出ていたか。ナスビ=ホイコーロからの手紙に舐めたことが書いてあった。俺の夢を壊してきた老いぼれ親父と暗黒大陸を目指せ、だと……死んでも嫌なこった!」

 

 そう言いながらもビヨンドは自身を鼻で笑う。

 それは何十年も忘れていた感情であり、未だに稚気のようなプライドがあったことに驚く。

 

「あのタヌキオヤジめ」

 

 暗黒大陸の渡航はビヨンドが念入りに準備したもの。

 本来なら優先されるべきはビヨンドのはずなのだが、メディアの動きを考えればナスビ=ホイコーロが他者に気を遣っているのが見え見えである。

 ただ、ビヨンドが怒れないのは、面子を重んじるカキンとまったく同じ状況に置かれてたためである。

 

 ビヨンドはヘイト=オードブルに関する報告書を受け取ると頁をめくり目を通していく。

 そこにはパリストンが会長代行の力を使い世界中から集めた機密情報が書かれていた。

 

「ビヨンドさん、彼は各国の非公式の部隊を全滅させたみたいですよ」

「らしいな、親父が成功を確信している時点で親父よりも強いのは確実だろう。V5を丸め込んだのには驚いたがな」

 

 暗黒大陸の渡航許可を特務渡航課から正式に許可を出させる、それがどれだけ難しい事かをビヨンドが一番に分かっている。

 

「底が見えない者を見るのはいつぶりだろうな」

 

 それよりもビヨンドが恐れるのはヘイト=オードブルの目的がはっきりしていないことである。

 この男からは野心や欲望というのを全く感じないのだ。

 何が目的で暗黒大陸に挑もうとしているのか、ビヨンドが思うにアイザックは単なる付き添いでしかない。

 

「目的は俺と似ているかも知れねェな。パリストン、お前は何故にヘイト=オードブルを選ばないんだ?」

 

 ビヨンドの鋭い視線がパリストンに向けられる。

 

「そうですね、1つあげるとすれば……楽しみを奪っていくからでしょうか。私はヘイト=オードブルが嫌いなんです、心の底から」

「へー、お前の好きなタイプかと思ったが……なら、あいつは世界中から嫌われているな」

 

 ビヨンドの以外な言葉にパリストンは目を細めると、ハッとし何かに気付く。

 

「世界の嫌われ者……彼が嫌いな理由が分かりました。私は彼が羨ましいのかもしれません」

 

 パリストンの心に宿る柵のような感情、恐らくこれは同族嫌悪。

 憎まれるほどに幸せを感じる特殊な感性、愛しいものを無性に傷つけたくなる衝動。

 パリストンの表情は霧が晴れたかのように明るくなる。

 

「それと、彼は国際人民データ機構に出生記録はありません。どうやら流星街の者のようです」

「国無しか……存在しない人間は5大国でも相手にしにくいわな。それでも暗黒大陸の植民化(ビジネス)が成功すれば、手柄は横取りできるから都合は良さそうか」

 

 存在しない人間、成功したとしても世界の記録に残ることのない。

 歴史に名が残るとしたらアイザック=ネテロのみで、それが特務渡航課の許可を出した理由でもある。

 結局のところ世界の各国が欲しいのは歴史という面子なのだ。多くの歴史を知るビヨンドの表情は険しくなる。

 

「――だが、注意は必要だ。下手したら薔薇をばら撒かれるからな」

 

 流星街と薔薇という言葉の組み合わせにパリストンの表情は変化する。

 

「……あのような辺境にもあるのは驚きですね」

「薔薇はあそこの特産品だ、これは世界の常識だぜ? パリストン、やつに触れないように部下に伝えとけ。渡航まえに爆発されてもこまるからな」

「……分かりました。彼のおかげで暇になったので、退屈しのぎの種を1つ残してきました。テラデイン=ニュートラルがどのように動くか、今はそれが花咲くのを静かに待つだけです」

 

 カキン帝国が提示した4か月後という出航準備期間。

 本来これは乗船の人選期間であり、ビヨンドが行うⅤ5との交渉を設けるための時間だった。

 その交渉も渡航許可によって必要がなくなってしまったのだ。

 

「たしかに生きるのに楽しみは大切なこったな。今はあいつに感謝しといてやるか」

 

 ビヨンドから言わせれば、暗黒大陸の渡航をできるだけの準備は出来ていた。

 そこに敵がいるか、いないかの違いでしかなく、敵がいるなら全力で潰せばいいだけ。

 

 ビヨンドは長く伸びた黒髭に手を当てると今後の火種を考える。

 

「やつが敵になる可能性があるとしたら……リングは暗黒大陸になるだろうな」

 

 パリストンはビヨンドの言葉が理解できず、一瞬キョトンとした表情になり無意識に手を口に当てる。

 

「そうでしょうか、彼は争いを好まない性格のようなので大丈夫だと思いますよ?」

「お前にしては珍しい冗談だな。あいつは護衛されているナスビ=ホイコーロの顔の皮を剥ぐようなやつだぞ? そんな感情あるわけねェだろ、あいつの念獣はそれを被って遊んでたらしいからな」

「……なるほど」

 

 パリストンはヘイトの片鱗を知ると頭の情報を修正する。

 感性の歪んだパリストンでもそんなことをすればどうなるか、得られる幸福感より代償の方が遥かに大きいと分かる。

 あの男は何かがずれている、その何かが今のパリストンには分からない。

 

「親父が間にいなけりゃ、今頃はハンター協会とカキン帝国は戦争している最中だぜ? 俺の夢も踏み潰されてな。ナスビ=ホイコーロはヘイト=オードブルを信じてはいない、この俺自身もな」

 

 ビヨンドとパリストンは人間大陸で残された時間を謳歌する。

 

 ☆★☆★☆

 

 季節は5月の下旬、カキン帝国の暗黒大陸渡航まで2か月を切っていた。

 

「ヘイト様、只今帰りました」

 

 役目を終えた戦闘人形ヘル=ゾルディックは約4か月という長旅を終える。

 任されていた暗黒大陸と愛のある部屋(パンドラボックス)を繋ぐという重大な任務。しかし、この暗黒大陸からの帰還が思わぬ方向に世界を動かすことになる。

 

「魔獣族の話とはだいぶ違ったようだな、ヘルの飛行速度なら2か月程で済むと思ったが」

 

 魔獣族の測量が適当だったのかは分からない。

 休憩を必要としないヘルが時速160キロで2か月間も飛び続ければ、距離にして約23万キロ越える移動が可能となる。

 

「ヘイト様、任務成功を確認。飛行データは全て保存してますので安心してください」

 

 ヘルが行ったのは暗黒大陸の最南端である最短ルート。

 ヘルだからこそ出来る自力ルートは、門番と呼ばれる魔獣族の力を借りない唯一の方法である。

 このルートの確保によって、案内役である門番からの厄災のリスクを大幅に軽減できたことになる。

 

「さすがにヘルも無傷では済まなかったか」

「動作に問題ありません。内部メモリーと連結を確認しました、映像記録はそちらのパソコンで確認をお願いします」

 

 ヘルのメイド服はミルキの黒いオーラで纏われてはいるものの、暗黒大陸という環境のせいか傷があり汚れている。

 

 ヘイトが気になるのは一番の深傷である腕の損傷である。

 

「これからヘルには隔離室で2週間程待機してもらう。損傷状況はミルキに伝えておくよ」

「それについては問題ありません。ミルキ様のパソコンとは内部共有していますので、体の損傷データは既に送信しました。ヘイト様は、ミルキ様がお持ちになる着替えの受け渡しだけをお願いします」

 

 ヘルの対応は暗黒大陸にいっても変わらない。

 

「へー、便利なんすね」

 

 当然だが念空間に電脳ネットは存在しない。ヘルに気を利かして一緒の隔離室に入ったが必要はなかったようだ。

 ヘルにその気がなくても、特務渡航課の基準があるため隔離室に入ることは決まっていたのだ。

 

「まあ、ここで俺も過ごすから、ヘルの長旅はいくらでも聞けるよ。データじゃ分からんこともあるだろうしな」

「ヘイト様、仕事をサボるためと推測されますが?」

「ええ、修行馬鹿が二人もいるんで、サボるために理由を付けて入りましたが何か?」

 

 純粋なヘルの言葉にヘイトは開き直る。しかし、これは単なるヘイトの茶番であり嘘である。

 

「ヘイト様の逆ギレを確認しました」

「これも暗黒大陸の重要な課題だからいいんだよ!」

 

 偽りの発言から精査してしまうのが人工知能を持つヘルの弱点である。

 ヘルは矛盾の世界で生きる人間の偽りも気付けるようにならなければいけない。

 

「……ミルキ様から無視していいと言われているので無視します」

 

 嘘の答え合わせはアイとさせているため、ヘルに冷たくされるのは必然なのかもしれない。

 

「ヘイト様、これから私は実験用マウスの監視に移ります。新しいデータが必要な場合はお申し付けください」

 

 そして、ヘルは何故かモジモジし始める。

 

「……1つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「ヘルには無茶をさせたからな、出来る範囲なら何でもいいぞ」

「では、ミルキ様の昔話をして頂けると嬉しいです。私にはミルキ様の15歳以前の情報がありませんので」

「……2週間もミルキのことを話し続けるとか地獄だな。愚痴が多くなるかもしれんが、それでいいなら。まあ、暗黒大陸の情報を確認しながら少しずつ話すか」

「ありがとうございます、ヘイト様!!」

 

 ヘルは可愛い仕草のガッツポーズをする――。

 そんな出来事が遥か昔に感じる程に、終わることのない情報の確認が続く……。

 

「ヘル、次のデータを頼む」

「分かりました。次の記録を記憶装置(ストレージ)にコピーします」

 

 ヘルが持ち帰った暗黒大陸の情報とネテロが持つ情報の照らし合わせる。

 映像のほとんどは巨大湖メビウスの低空飛行をしているヘルの目線。

 

「……ずっと同じ映像だな」

 

 人間大陸から約12万キロ離れた最短の暗黒大陸までの映像。ビヨンドレポートにも記載されている南の最短ルートである。

 

「確実に隔離期間以上はかかるな」

「ということは、それだけミルキ様のお話が聞けると言う事ですね!」

「おい、同じ話を周回することになるぞ?」

「ミルキ様の話なら、何回でも何百回でも聞きます!」

「もう録音して勝手にリピートしてくれ……」

 

 ヘイトはアイと同じ黒い目で映像を見続ける。

 脅威がないか映像を隅から隅まで見なければいけない。小さなミスが命取り、それが暗黒大陸。蘇生があるとはいえ、アイのような魂を抜き取る生物がいたらそこでお終いなのだ。

 

「――ふぅ、やっと岩壁の映像か。余裕でククルーマウンテンの高さを越えてそうだな」

 

 暗黒大陸に降り立つヘルの目線映像。そこには巨大な植物と広大な土地が広がっている。

 

「ここが暗黒大陸の最短の地……映像とはいえ壮大だな」

 

 ここから南東の場所にあらゆる液体の元となり得る三原水がある。

 ミンボ共和国とハンター協会が協力して挑んだルートであり、ガス状生物アイが確認されている場所。

 これは最も信頼できる情報の1つであり、アイザック=ネテロが持つ安全の確認されたルートが存在する場所。

 

「三原水の次は、オチマ連邦が確認している究極の長寿食ニトロ米が自生する沼地のルートの確保か」

 

 そんな事を考えているヘイトに緊張が走る。映像を巻き戻すとたしかに映っている。

 

「……これは!?」

 

 ミケのような魔獣に似たオーラの光。一瞬だが植物に潜んでいるのを確認できる。

 

「俺の目じゃなきゃ見逃してるな」

 

 謎の生物がヘルを意識しているのが分かる。問題はヘルがそれに気付かないことか。

 

「今後の課題だな」

 

 ヘルは指示通りに転移ゲートである念具を地面に埋めている。その目に映し出される暗黒大陸で初めての敵の存在――。

 

「ヘルの腕をやったのはこいつか。随分とデカい蟻だな」

 

 人間大陸とは比べ物にならないほどの大きさだが、謎の生物の攻撃は目で追えない速さではない。

 

「堅いな、プロハンターでも簡単に潰れるくらいの威力はあるはずだが――」

 

 謎の生物の攻撃と同時に、ヘルによる高速タックルのカウンターが決まる。

 敵の鈍さからしてダメージは確実に入っているようだが――。

 

「うるさ――ッ!?」

 

 パソコンから大音量の音声が響く。

 メイド服を汚されたヘルは怒り狂ったかのように謎の生物に向けて永遠と暴言を吐き続けている。

 驚いたのか敵は陸ではなく巨大湖メビウスへと逃げていく。

 

「蟻の姿で水陸両棲生物なのか? いや、暗黒大陸特有の環境のせいかもしれないな」

 

 そこからヘルは巨大湖メビウスを背に上空から岸壁を念入りに確認している。

 

「映像はここまでか。ヘルが遅れた理由は理解した、後は実験マウスに変化がないことを祈るだけだな」

 

 数か月後、暗黒大陸に踏み入れた代償なのか、その種の生物達は厄災となって人類に襲い掛かることになる。

 

“死ぬわけにはいかない、王を産むためにも――”

 

 ヘルから逃れたキメラアントの女王は、念能力を宿し人間大陸に流れ着く。

 




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