旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第四十七話 悪意

 キメラアントに転生したジャイロは自身の念能力を確認していた。

 

「蟻共の声が聞こえなくなるまで、ざっと2時間程度か」

 

 歩幅と速度を考えれば半径10キロが能力の対象範囲。

 キメラアントになり念能力である【悪意の囁き】がより向上したのは明白だった。

 弊害としての雑音も慣れてしまえば気になる事はない。

 

 歩き続けて数日、ジャイロはキメラアント種の肉体の強さに驚いていた。

 服を着なくても気候変動を容易に耐えられる。浅い睡眠でも体力は回復し、食事も人間のように欲望のまま食べる必要がない。

 気に入らないのは見た目の変化くらいだろう。

 

「方角は間違っていないはず」

 

 ジャイロは記憶を頼りに流星街を目指す。果てなき荒野を歩くも辺りに人間の気配は一切なく目印もない。

 

「――聞こえるな」

 

 小さな心の声が届く。

 蟻ではなく聞き慣れた人間の言葉。目的の方角は間違っていなかったようだ。

 

 “――ン、――イトが、――リン

 

 人間が考えることはくだらないものばかり。

 腹が減った、眠たい、疲れた。己を不幸にする言葉と異性に金といった欲望。

 それがNGLで多く感じた国民の声である。

 隣国の街にいっても似たようなものばかりで、幸せな者など誰一人としていないと感じる程に、人間とは不満と欲望で出来ている。

 幸せの作り方を知らない、それが人間。不満を打ち消す快楽を渡せば永遠とそれにしがみ付く。

 

「心の声は子供か?」

 

 ジャイロは静かな荒野で心の声に耳を傾ける。大人のノイズよりはマシである。

 

“プリン、プリン、ヘイトがプリンを食べました!! プリ――”

 

 ジャイロは思わずため息をつく。

 永遠と連呼される知能の低い声、流星街までのサウンドとしては最悪である。

 

 ジャイロが好みなのはもっと悪意に染まった心の声だ。

 

「うるせえな」

 

“うるせえな”

 

 復唱されたジャイロは思わず辺りをキョロキョロと見渡す。

 盗み聞きをしていたのがバレたのか。誰もいない荒野でジャイロは足を止める。

 

“プリンをヘイトが“後でいいやつ買ってやるから”やったー!!ったく。”

 

 独り言にしては奇怪な心の声。

 ジャイロが一番に驚いたのは心の声が二重に存在している事、多重人格者を思い浮かべるもそれとは雰囲気が違う。

 

「それぞれに別の意思を感じる。こいつは一人で会話をしているのか?」

 

 NGLにも多重人格を持つ人間はたしかに存在した。

 多重人格者と違うところは会話の反応速度が速すぎること。人格は複数作れても存在は一つでしかない。

 会話は基本的に1つの脳が処理するため、声が重なって聞こえることはないのだ。

 

「――ヘイト」

 

 ジャイロはその名に聞き覚えがあった。パリストンがよく口に出していた人物である。

 

「まさか、あのヘイト=オードブルか?」

 

 国の上に立つ者なら誰もが知っている人物。

 裏で繋がりのある国から超危険人物として指定されているプロハンター、ジャイロですら警戒していた人間。

 

“ヘイト、あっちになんかいる!”

 

 ジャイロは不気味な焦りを感じていた。

【悪意の囁き】の能力は検証済み、心の声から10キロほど離れているのに額からは嫌な汗が流れている。

 この体は気候変動にも動じない。つまり、この汗は本能によるもの。

 

“そう言ってプリンの専門店まで行かされたからな……流星街にそんな場所はないはずだが、とりあえず行ってみるか”

 

「本当に、ヘイト=オードブルなら――」

 

 1つだけ分かることは心の声が大きくなっている。この声の主は間違いなくこちら側に向かっている。

 

 “なんか見られてるね。へー、キキョウさんと似たような能力者か?”

 

「――ッ!?」

 

 間違いなく念を知る者。

 相手に知られた焦りよりも、ジャイロの心にはヘイトに対するファンにも似た高揚心が湧き上がっていた。

 

 誰もいない世界で自分に興味を示そうとしている。

 

「――クソ、会いたいッ! ……けど相手はプロのハンターだ、こんな姿じゃ、下手すら狩られる!」

 

 顔は人間だが体は鱗のようなもので覆われている。今のジャイロは魔獣と人間の中間のような姿なのだ。

 ジャイロは【悪意の囁き】を遮断し辺りを見渡すが隠れられそうな場所はここにはない。あるのは砂煙と地平線がただ続くだけ。

 

「干渉したのが攻撃と判断されかねない。直接会うのは危険すぎるか……せめて、優秀な駒がいれば」

 

 ジャイロは咄嗟に地中に姿を隠す。しばらくして荒野の地中に僅かな振動が響く。

 理想の悪意とも呼べる存在が近くにいる。その興奮を押し殺して息を潜める。

 

 出来るなら共に世界を悪意に染めたい。

 まるで精神が人間に戻ったかのように、欲望が心の底から溢れ出す。

 ここで【悪意の囁き】を発動すれば場所を特定される可能性がある。ジャイロは慎重に野性特有の達人的な絶で身を隠し続ける。

 

 ヘイトはジャイロの近くまで来ていた。

 

『ヘイト、へんな魂きえた』

『ん?』

 

 ヘイトは対象が消えたことよりもアイの表現に疑問を持つ。

 アイは念能力を使う存在を綺麗な魂と表現している。この“へんな”と呼ぶ第三の表現は何を意味しているのか。

 

『アイ、皆を呼んでもらえるか?』

『あいあい!』

 

 干渉してきた“へんな”と表現された魂だが、アイは共存した人間の魂しか見えないはず。

 この二つが意味することは、アイと同じ魂を蓄えることができる生物の可能性があるということ。

 

「アイの感知能力が向上しただけならいいんだが――」

 

 既に結構な時が経っている。

 地中生物の生態能力を引き継いだジャイロは地中に長く留まることができていた。

 地中を進むのも選択としてはありなのかもしれないが確認が先である。

 目的の場所にプロハンターがいたら意味がないのだ。もし、そうなれば新たに別の場所を探す必要がでてくる。

 

 我慢比べをしてる訳ではない。

 地上からも気配を感じない。確信したジャイロは静かに地中から顔を出す。

 

「――そんなッ!?」

 

 ジャイロの呼吸が完全に止まる。

 目の前にいたのは気配を絶ったヘイト=オードブル、そして自分を囲うように他の存在も……。

 

「やっと出てきたか」

 

 選択を間違えたのか。

 【悪意の囁き】を発動していてもバレていた可能性はある。他の者はいったいどこから現れたのか。

 

「魂持ち、ですね。注意してください」

 

 ヘイトの静かな声を聴いたミルキとネテロは無言で戦闘態勢に入る。それを見たジャイロは咄嗟に叫ぶ。

 

「待って――ッ! 私は敵じゃないわ!!」

 

 予想外の声色にネテロの表情が変わる。

 魔獣の呻き声ではなく人間の言葉、ネテロは異質なオーラを感じ取りながらも質問をする。

 

「お主、人間ではないな?」

「そうよ、アイザック=ネテロ」

 

 ネテロは見知らぬ目をした魔獣に眉をひそめる。

 ハンター協会と関りのある魔獣凶狸狐(キリコ)のような存在ならばオーラで判断はできる。だが、この魔獣に似たオーラ系統に心当たりはない。

 それよりも魔獣がアイザック=ネテロと認識できたのが奇妙である。この姿は身内の十二支んでさえ見せたのは最近なのだ。

 疑問は残るものの、名を知っているということは人間社会に少なくとも理解があるということ。話し合いのできる存在なのはたしかである。

 

「ヘイト、こやつのオーラからは敵意を感じないが……」

 

 ネテロは視線を向けるもヘイトは黒く染まった目でじっとジャイロを見つめているだけ。

 

「いや、こいつの魂をアイに喰わせます。記憶はその時に見るので殺していいですよ」

 

 ヘイトの殺意に怯えることなく、ジャイロは深く被っていたフードを外す。

 

「ヘイト=オードブル、私を殺せばハンター協会は終わるぞ?」

 

 強い瞳を宿した20代くらいと思える女性、首には薄っすらと鱗が見えている。

 そのハッタリにも似たジャイロの言葉には確かに魂が込められていた。その偽りではない言葉にネテロは嫌な胸騒ぎを覚える。

 

「嘘をいっとらんようじゃ。ヘイト、時間を貰えるか?」

「……ネテロさん、相手が女だからって油断はしないでくださいね?」

「せんわい――ッ!」

 

 ジャイロはこの場にアイザック=ネテロがいたことに安堵していた。アイザック=ネテロさえいればこの場を切り抜けられるからだ。

 

「私はジャイロよ、念能力は他人の心の声を聴く【悪意の囁き】。どうやら驚かせてしまったみたいでごめんなさいね」

 

 ジャイロは頭の中で慎重に話を組み立てていく。これは国のトップに立つ者のスキルといったところか。

 

「私が貴方たちの名前を知っている事が疑問? ね、ジン=フリークス」

 

 心で思っていたことを言い当てられたジンは小さな笑いを浮かべる。

 

「おもしれェ念能力だが、オレの姿と名前が一致している人間は少ない。ネテロを言い当てたのも別の能力の1つか?」

「それは違うわね、あなた達は今じゃ有名人よ。そこのミルキ=ゾルディックも当然知ってるわよ? 国の上に立つ者なら誰でもね」

 

 自身をジャイロと呼ぶ異質なオーラを持つ女にネテロとジンは疑問を浮かべる。

 本当に国の上に立つ者ならばこちら側が知っていてもおかしくはないはず。考えはするが一致する人物が一人もいない。

 

 ただ、ジャイロという名にジンは心当たりがあった。

 

「NGLの建国者、ジャイロ=マリスは人間で男だったはず」

「あら私の存在を知ってるなんて、さすがはプロのハンターね。たしかに死ぬまでは男だったわ、性別なんてのは別にどうでもいいのよ」

 

 ジャイロは険しい表情をしたネテロに視線を向ける。

 

「わお、さすがはプロハンターを束ねていた元会長さんね。あいつの名前を出さなくても分かるなんて……それとも、心当たりが1人しかいなかったのかしら?」

 

 心の声を聞いていたジャイロはネテロの理解の早さに驚いていた。事の出来事を全てを的確に当てている。

 

「そう、あなたの思っている通りよ。パリストンが全ての原因、この悪意をばら撒いたのは彼よ」

 

 NGL、機械文明を一切排除して自然の中で生活する人々が暮らす国。その国の裏の顔はDDと呼ばれる飲む麻薬を違法製造する国。

 ――だが、そんなものはジャイロからしてみれば表でしかない。

 

「私達が創り出したのは巨大なキメラアントの女王、神の駒を潰すには素晴らしい悪意でしょ?」

 

 意味不明な言葉を口にしたジャイロは裏の顔を見せ不気味に笑う。

 違法麻薬で得た莫大な資金でハンター達と巨大な蟻という新たな悪意を創り出す。

 蟻の女王さえ管理できれば、その強大な悪意はハンター達の仕事となり、狩り(ハント)だけで金や麻薬のような名誉という快楽が得られる、はずだった――。

 

「まったく、ハンター協会とは長い付き合いになると思ってたのに、残念よ」

 

 全てを理解したネテロは深いため息をつく。

 

「ジャイロとやら、この件に関わっているプロハンターは……」

 

 ネテロは声に出さずに心当たりのあるプロハンター達を思い浮かべる。 

 

「正解よ、パリストンの他に18人のプロハンターが関わっていたわね。まあ、私みたいに消されているでしょうけど。NGLは消滅し、今の私はキメラアントよ」

 

 国の壊滅という言葉にジンは事の重大さに気付く。

 

「まずいな、パリストンが巨大なキメラアントをばら撒くとしたら手薄になる選挙の時だ。既に数か月以上も情報なしで放置状態、ミテネ連邦は全滅しているかもしれねェぞ!」

 

 まさにこれはハンター協会のせいなのだ。

 当時、副会長のパリストンがばら撒いたということは、任命したネテロの責任になってしまう。

 ジャイロを殺せば、ハンター協会がNGLを壊滅させ口封じをしたことになる。

 

 「どう転ぼうと言い逃れはできないのォ」

 

 動けぬネテロを前に、ジャイロはあっけらかんとした態度でこの場を去ろうとする。

 

「多くの大国に監視されてないことを祈るのね。それじゃ、私はもう行くわね」

「ん、何処に?」

 

 ヘイトはパンッと手を合わせる。

 それと同時にジャイロの上空に時空の裂け目のような巨大な亀裂が生まれる。

 

 “愛憎の棺(アビスコフィン)、魂を喰らえ”

 

 ヘイトの手の平に刻まれている神字を合わせることによって生まれる念空間。異界の扉のような亀裂から黒く緑がかった巨大な腕がジャイロに振り下ろされる。

 

 ヘイトの悪意に染まった心の声にジャイロは感激していた。それでこそ理想の悪意である。

 




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