旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

49 / 69
第四十八話 転生者

 空の裂け目から現れたガス状の巨大な腕。ジンは自身の命を奪った攻撃を目にすることになる。

 

「――まさか!?」

 

 同じものが見えていたネテロも想像を超える存在に驚愕する。

 暗黒大陸の生物、黒いガス状の巨大な腕は一瞬でジャイロを掴み魂を引きずりだそうとする。

 

「ふーん、なるほどね」

 

 ヘイトは冷静に魂の分析をしていた。

 ジャイロが持つ人間とは違う魂。魂のないヘルと同じアイが干渉することのできない存在。

 だが、今回はジャイロを地に押さえつけるだけの拘束効果はあるようだ。

 

 “ジャイロを殺せばハンター協会は終わる”

 

 脳裏を過るジャイロの悪意はネテロの心に苛立ちを生む。

 

 ――何故、攻撃をした。

 

 ハンター協会を深く愛する者だからこそ自然と沸いてしまう。

 それはジンも同様であり、二人の憎しみにも似た鋭い視線をヘイトに向ける。

 

「――ッ!?」

 

 ネテロは慄然と唾を飲み込み、気付けばジャイロと同じように謎の黒いガスが体を包みこんでいた。

 ハンター協会に興味のないミルキは師であるネテロを抑止する。

 

「ジイさん、ヘイトは間違ってないぜ?」

 

 ミルキの作った僅かな時間は、悪意に染まりかけたネテロとジンを正気にさせる。

 ネテロは弟子のミルキに一生の感謝をすることになる。

 

「転生なんて、あるわけないでしょ?」

 

 ヘイトの低く威圧感のある声に全員が恐怖し、集約した殺意に死すら恐れないジャイロですら動揺をする。

 

 世界にはいろいろな念能力者がいる。

 監視を専門とした能力者も可能性としては存在するだろう。そんな可能性がある状況でネテロとジンは何をしたのか。

 

「転生……」

 

 ジンは言葉が生み出す歪みを理解する。

 そもそもの間違いはジャイロを否定できなかったこと。それは転生を現実に存在するものだと知っていたからだ。

 普通の人間でなくても疑う、転生なんてあるはずがないと……。

 

 ネテロとジンはただ黙って下を向く。

 本来これはヘイトではなくジンの役目、なぜならジンはジャイロと同じ転生者なのだから。

 

 転生者は存在する。

 ジャイロは転生者であり、【悪意の囁き】という念能力に関しても嘘はないのだろう。

 

 転生を否定した理由。

 ヘイトの偽りのない殺気、二人はそれだけの馬鹿をしてしまったのだ。

 

「表と裏、どんな社会でも尻拭いは常識ですよ?」

「――すまぬ、ワシが間違っていた」

 

 初めから道は一つしかなかったのだ。

 ジャイロを逃がすという行為、それはパリストンがばら撒いた悪意よりも恐ろしいこと。

 これはキメラアントの女王から生まれてしまった副産物ともいえる。

 

 ミテネ連邦に巣を持つ人類の敵であるキメラアント。そのジャイロという転生者が世間に知れ渡ったらどうなるか。

 

 “転生を求めて自らキメラアントの餌になる”

 

 ジンの予想した被害人口は数十億を超える。

 そして、その行きつく先は人類の滅亡。病気や寿命といった転生を望む者の理由はいくらでも思い付く。

 

「――永遠を望む人間の恐ろしさ、か」

 

 悔いのない幸せな人生を送っている者がどれだけいるのか。それは、人生のやり直しを望む人間よりも遥かに少ないだろう。

 

 100人にも満たない大富豪が全世界の半分の富を持つ。

 そのあまりにも異常な世界の現実、そんな世界に転生というパンドラの箱が空けばどうなるか。

 

 “人類は間違いなくリセットを選ぶだろう”

 

 曇っていたネテロの目に光が戻る。

 今できることは、ジャイロを殺しミテネ連邦に生息するであろうキメラアントの全て殲滅する。

 それしかネテロのできる尻拭いはないのだ。

 

「ヘイト、すまんが寄り道させてもらうぞ?」

「では、情報収集ですかね」

 

 まずはジャイロが持つキメラアントの情報を引き出す。

 そして、ミテネ連邦の被害状況の確認。今すぐにでも調査を始めなければならない。

 

 魂を押さえつけられながらも地を這うジャイロはヘイトを睨む。

 

「ヘイト=オードブル、邪魔をするなッ! 貴様はこちら側だろッ!!」

「こちら……何か勘違いしてないか?」 

 

 暗黒大陸を想定した理想の予行演習。ネテロやミルキ、ジンにとっても貴重な経験となる。

 だが、ここにいる全員がヘイト=オードブルという存在を知っているようで知らなかったのだ。

 

「あいあい、あい、あいあいあい」

 

 謎の言葉を話し始めるヘイトを見て、ジャイロは不気味な行動を理解しようと【悪意の囁き】を発動する。

 

“あいあいあい、あいあい、あいあいあい”

 

「なんだ、こいつは!?」

 

 読めない意思にジャイロは焦りの表情を浮かべる。

 【悪意の囁き】は能力を知られたとしても対策されることのない力。しかし、暗号のようなジャイロの理解できない言語では打つ手がない。

 

「あい、あいあいあい」

 

 アイの成長と同時にヘイトも成長している。

 アイが人間の言語を学習したように、ヘイトも数年という長い月日をかけてアイの言語を理解できるようになっていたのだ。

 人間の言語を話させていたのは環境に適応させるためでしかなく、暗黒大陸に行けばヘイトがアイに合わせることになる。

 

「――凄まじいオーラ、これが本来の……」

 

 ここが暗黒大陸でなかったのは救いか。

 この場にいる誰もが体が鉛のように重くなっていくのを感じる。

 溢れる恐ろしいオーラと共にヘイトの全身が徐々に黒く染まっていく。

 ミルキとネテロは魂の力を使う者として、その先にあるものを目にすることになる。

 

 純黒なオーラを完全にコントロールしている。

 体に感じる息苦しさ。本来の調子を保てないネテロとジンはその純黒なオーラの恐ろしさを知る。

 込められた念の底が見えない。感情のリミッターが外されているのか、“制約と誓約”とは比べ物にならない深く濃い念。

 

 ジャイロは沈黙の時間を見逃さなかった。それがジャイロにとっての生き残れる唯一の道。

 

「オエェ……」

 

 ボトッ、ジャイロは口から何かを吐き出す。念を纏った一つの塊が地に落ちるとジャイロは静かに笑う。

 

「悪意を受け取りなさい」

 

 ヘイトは咄嗟に手を放し念空間を閉じる。

 この場でジャイロの悪意を理解できたのはヘイトだけだった。見た目だけでは決して分からないジャイロから吐き出された悪意の塊。

 その悪意から放たれる強い閃光と轟音、生み出される周囲を焼く黒煙。一瞬で生物を消滅させる人間の生み出した悪意。

 

 国によって見た目の変わる貧者の薔薇(ミニチュアローズ)

 小国に好まれる貧者の薔薇(ミニチュアローズ)をジャイロは体内に保有していたのだ。

 国を無くし、何も失うものがないジャイロにとっては念能力よりも遥かに強力な武器。

 ジャイロが流星街を目指していたのも薔薇を多く確保するため。今のジャイロは現代の究極生物兵器と化していたのだ。

 

「私の勝ちのようね、ヘイト=オードブル」

 

 僅かな可能性に賭けたジャイロ。ヘイトの拘束が解けなければただの自爆になっていたところだ。 

 隣国で兵器実験をしていたジャイロの起爆のタイミングは完璧だった。

 爆風の方角や規模の理解と知識、最も被害のすくない場所の選択。その地中という強固な鎧でジャイロは生き延びていた。

 

「さて、また薔薇を手に入れないとね。彼はこの程度では死なないでしょうけど」

 

 これは暗闇を進むジャイロにとっての時間稼ぎ。心の声は消えているが恐らく相手は死んではいない。

 ヘイト=オードブルが危険人物と指定されているのには理由がある。

 既にジャイロ以外にも貧者の薔薇(ミニチュアローズ)を使った国が存在するのだ。だが、現実としてヘイトは生きている。

 

 ジャイロの予想は当たっていた。

 爆発により吹き飛ばされたヘイトはガス状の霧となり空中を漂っていた。爆心地よりも数キロ離れた場所で念体は元通りの姿になる。

 

「ヘルを残して正解だったな。もう出てきていいぞ」

「あいあい!」

 

 ヘイトの影からアイが姿を現す。

 

「これで相手の底は知れたな。アイ、薔薇の黒煙と毒を消してくれ、あの場所だとジンを復元できないからな」

「ジン、あちちだもんね!」

「俺はジャイロを始末してくる。まだ遠くには行ってないだろうからな」

 

 アイの力はジャイロのような未知の生物には相性が悪い。

 魂の消費によって発揮される力は、人間に対してなら無限大にもなるが、価値ある物や未知なるものには発揮できない。

 

 それは欲望の対価ともいえる魂のせいである。

 アイの力をお金で表すなら、1億ジェニーを得ることに対して約20人程の魂を必要とする。

 そのため、価値があるモノに何かしようとすれば、それに見合っただけの膨大な魂のコストが必要になってしまう。

 価値の分からない未知の存在や完成された価値あるモノに対しては、ヘイトが直接戦うしかないのである。

 

「ヘイト=オードブル、やはり生きていたか」

 

 地中を静かに進むジャイロは、安全と思われた地中で不気味な気配に気付く。

 たが、これは想定内。今の地上は地獄と化していて、このまま地中を逃げれば何の問題もない。

 

 バキッ、ジャイロの自慢の爪が悲鳴をあげる。

 

「――な、堅い!?」

 

 貧者の薔薇(ミニチュアローズ)から守った最強の鎧ともいえる地中が突如として牢獄となる。

 

「あー、いたいた。結構離れてるな」

 

 ヘイトは地中に腕を突き刺すと黒いオーラで辺り一帯を黒く染め上げる。

 貧者の薔薇(ミニチュアローズ)のお返しと言わんばかりに、ヘイトからのジャイロに対するプレゼントである。

 

 広範囲の周により地盤の全てが金属のように固い。掘り返した土でさえ鋼のような強度である。

 ヘイトはジャイロの真上に転移すると、そのまま金属のような地中を掘り起こしていく。

 

 悪意に染まった本当のヘイトの顔を見たジャイロ。

 

“死ぬまで死ぬなよ”

 

 心の声がどこから聞こえたのかは分からない。

 自身がNGLの国民に対し言い続けてきた言葉。死にゆく自分にもう一人の自分が語り掛けてきたようである。

 

“宇宙はオレに興味がない“

 

 興味を示さなかったのは自分のほうか。

 悪意なんてのはジャイロが生まれる前から存在している。ヘイトとアイに生きたまま解体されるジャイロは、消えゆく意識の中で真の悪意を目にする。

 

「この魂うまいッ!!」

「おお、喰えたか。これは新しい可能性だな」

 

 これはただの食物連鎖であり走馬灯。無邪気に笑う少女が魂を喰らい喜んでいる。

 全ての終わり、そんなものはジャイロが勝手に決めていた事。無限にある世界でジャイロは本当の世界を知ることになる。

 

 たしかに、死んだはず――。

 ジャイロの目の前には知らない人間の女性が立っていた。

 

「欲望の世界にようこそ。私はシーラよ」

 

 転生者ジャイロは新たな世界に足を踏み入れる。底なしの絶望の世界に――。

 




読んでくれてありがとうございます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。