旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第四十九話 共有

 蟻との対話を選択してしまったことによる悲劇。

 ネテロとミルキは空中で待機していたヘルの元に飛ばされる。そこで2人が目にしたのは閃光の後に現れる火球だった。

 

「衝撃波まで10秒です」

 

 ヘルは冷静に分析を終える。

 役割を理解したヘルはミルキではなくネテロを空中で掴むと全速力で離脱を試みる。

 音速を超える熱線と衝撃波が迫る中、【愛のある部屋】に転移を試みるものは誰もいない。

 貧者の薔薇(ミニチュアローズ)の破壊力はヘイトの生存を想像させるにはあまりにも無理があった。

 

 肌に感じるのは高速移動による強風、無駄な時間は1秒たりとも許されない。

 そんな緊迫した状況でネテロは困惑していた。

 

 “キメラアントと貧者の薔薇”

 

 百戦錬磨のネテロですら予想できなかった攻撃。

 この攻撃に対して何ができたのか。それはネテロが暗黒大陸で感じた虚無と全く同じだった。

 全てが無駄な時間と思わせる兵器による圧倒的な力の差。この場で見捨ててくれれば、どれだけ気持ちが楽になるか。

 

「ワシはなんてことを……」

 

 全身を縛り付ける自己嫌悪と罪悪感。

 纏っているオーラの乱れが今の感情を物語っていた。だが、この乱れがネテロに違和感を覚えさせる。

 疾うの昔に無くしたはずの感情、繊細な念の修行をしてきた者にとっては何よりも異常なこと。

 

「――くっ!?」

 

 誰かに心臓を鷲掴みにされたような感覚。

 ネテロは咄嗟に胸を抑えると自身の手に無数の皺が増えていることに気付く。

 

「この力は……」

 

 それは紛れもない老化現象だった。

 ネテロの脳裏に浮かんだのは“怨”という文字。不透明だった違和感が確信に変わる。

 

 “怨能力”

 

 それは念能力の対極にあり怒りや憎悪を源とする力。

 ジャイロの言葉による感情の起伏は、自身に怨の力が宿っていたのなら納得がいく。

 ネテロの体内に宿る黒いオーラはじわじわと体を蝕んでいく。

 

「まさか、魂の力は念と怨の……」

 

 高揚感によって増幅する力、だが逆も同じ。

 負の感情は黒いオーラによって増幅し、強靭な精神を持つネテロに闇を植え付けていた。

 

 ネテロの呼吸は荒くなる。

 パリストンの話が出た時から心は侵食されていたのだ。このままでは消えない黒いオーラによって、肉体、精神ともに破壊されるだろう。

 

 ネテロは一つの選択を迫られる。

 

 “一番強い念だけを願え、生きる意味は考えるなよ”

 

 気が付かなければ虚無に呑まれていただろう。

 修行中に言われた弟子の言葉。その本当の意味を理解したネテロは人間を辞めた。

 

 

☆★☆★☆

 

 

 【愛のある部屋】で行われていたのはジャイロから得られた情報の共有。

 討伐隊の指揮をとるヘイトは、魂の記憶から読み取った情報を紙に書き出していく。

 

「ジャイロの記憶によれば、師団長を中心とした部隊と特別は護衛軍と呼ばれる存在がいるようですね」

 

 その紙を見たネテロは表情を曇らせる。

 人間大陸で確認されている“小さなキメラアント”と生態が同じならば女王の取る行動は推測できる。

 

「既に護衛軍がいるとなると……王を産む準備が整った可能性は高い。時を考えれば“王”の存在も考慮すべきか」

「そうですね、今後の方針としては狙うべきは“王と女王”になりますかね」

 

 キメラアント討伐隊の共通認識。

 王を仕留めたとしても、第2、第3の王が生まれる可能性もある。何より女王だけは確実に始末しなければならない。

 

「3人一組の部隊で二手に分けましょうか。ミルキ、ネテロ、ヘルを王討伐部隊とし、俺とアイ、残りのジンを女王討伐部隊としましょう。巣の発見が鍵になるので、ハンター協会からの応援として索敵部隊は欲しいところですね」

 

 ネテロは納得したように頷も気になるのはミテネ連邦の被害である。

 別名、美食の蟻とも呼ばれるキメラアント。

 ジャイロが喰われている時点で人間を標的にしているのは間違いない。ばら撒かれたのが選挙だとしても最長で5か月程は経っている。

 

「繁殖力を考えてもNGLの被害だけで済むはずはないのォ」

 

 【愛のある部屋】に響いていた硬質の不協和音が止む。しばらくするとヘルが姿を見せる。

 

「ヘイト様、こちらがキメラアントの分析結果になります」

 

 ヘルの速筆で書かれた報告書にヘイト達は目を通していく。

 ミルキとヘルが確認していたのはジャイロから剝ぎ取った皮の強度と耐久値。

 キメラアントという捕食交配から生み出される無限の可能性を秘めた素材の利用価値は計り知れない。

 研究室から姿を現したミルキの荒い鼻息がその価値を物語る。

 

「鱗だけで鋼鉄以上の強度だ! それに力を吸収する多孔質層による複合構造、外部から強い力が働いても全体破壊を免れる仕組みになってやがる。その上、人間のような柔軟性まであるぞ!!」

 

 キメラアントは暗黒大陸でしか手に入らない未知の素材。ヘイトもミルキの鼻息レベルから優秀性を理解する。

 

「ミルキ、加工はできそうなのか?」

「心配するような問題はない、この素材が優秀すぎるんだ。工程も最低限で済むし、伸縮部位と硬化部位もはっきりと分かれている。一番は職人のような目利きが必要ない事だな」

 

 暗黒大陸では適応できている生物の装備が必須になる。この研究はそのための第一歩といったところ。

 これがゲームなら金を積めば装備はできるだろう。しかし、ここは現実世界――。

 

「ヘイト、先に言っとくが実用化には時間が必要だ」

 

 ミルキは素材の断面をヘイトに見せる。

 そこには細い亀裂が無数に広がっている。周の強化によって生まれてしまう極度の蓄積疲労。

 これは念による弊害であり、外を強固にすればするほど内側から破壊されてしまう。

 

「これは未知の素材だ。火や水に濡れただけで耐久値が0になる可能性もある」

 

 ミルキの手にあった素材は風化した砂岩のようにぼろぼろと砕け散る。

 

「疲労テストは必須、当然劣化の確認もだ。限界値を長期的に確認しないと実用化はまず無理だ」

「……時間がかかりそうだな」

「防具の実用化はヘルと協力して早急に終わらせるつもりだが、武器の利用は時間がないから考えるなよ? 暗黒大陸でも同じことの繰り返しになるだろうからな」

 

 第一目的である未知の素材を使った装備開発、暗黒大陸で入手する素材の加工と販売。

 ここまではV5を相手にした商業的な話。一般的な念能力者でどれだけの耐久装備ができるのかというもの。

 

「ヘイト様、こちらが確認できた耐久値のデータになります」

 

 ヘルが渡したのは別に纏められた報告書。

 討伐隊のヘイト達にとってはここからが本題。ヘイトの周によって強化された素材の耐久テスト結果が敵の指針となるのだ。

 

「ヘル、このレベル2とレベル3のデータは中堅ハンターを想定した周だったよな?」

「はい、キメラアントの兵隊長、師団長クラスを想定したものになります」

「レベル1の雑魚兵で金属並の耐久値、強化系の相性は最悪か。ジャイロの記憶だと、師団長に4、5匹の兵隊長と戦闘兵が15匹の部隊構成だったか」

 

 ジャイロから読み取れた記憶では師団長が全体で30匹程。

 そこらか部隊構成を考えれば、ジャイロが巣を離れた時点で約600匹のキメラアントが活動していたことになる。

 

「データを見る限り、プロハンターでも狩りは難しいかも知れないな」

 

 想像以上に巨大なキメラアントは厄介なのかもしれない。

 金属並の強度に野生の念が加われば、対処はさらに難しいものとなるだろう。対策は早めにするべきである。

 

 ミルキは静かに腕を組むとキメラアントの討伐効率を考える。

 

「お前の想定したレベル4とレベル5の護衛軍と王はヘルの射撃にも余裕で耐えるぜ? 物理的なダメージを与えられる可能性はないと見たほうがいいぞ」

「となると、ヘルは援護でミルキは盾としてサポートに徹するのがいいだろうな。このデータはテラデイン会長と共有するつもりだが、期待はしない方がよさそうだな」

 

 調査を初めて数日、ネテロはあらゆる情報網を使い調査結果をまとめた。

 

「ヘイト、アマチュアハンターの依頼履歴も確認したが、蟻に繋がりそうな討伐依頼はない。ミテネ連邦のメディアも関係しそうなニュースは一切報道してなかったぞ?」

「うーん、静かすぎて不気味ですね。潜伏されたら打つ手はないんですよね……」

 

 ジャイロの記憶では人間を標的にしているは間違いない。

 被害が報告されていないということは、操作の可能性も考えるべきなのかもしれない。

 NGLのような甚大な被害がでれば、少なくとも国連に連絡の1本はあるはずなのだ。

 

 ジャイロ以外にミテネ連邦外でのキメラアントは確認されていない。逸れたジャイロがたまたま特別だったのか。

 

「どちらにせよ、潜伏の可能性が高いのは起点となったNGLですね」

「うむ、女王の巣はNGLで間違いはない。念による操作を考慮するなら、ワシらは東ゴルトー共和国からのローラー作戦になるかのォ」

「それでいきましょうか。テラデイン会長の方はどうでしたか?」

「協会からはブシドラ=アンビシャスの部隊が派遣されることになった」

 

 ヘイトも聞き覚えのある名前である。

 テラデイン=ニュートラルの右腕であり、十二支んの“子”として選ばれた男である。

 

「部隊構成は、ブシドラ=アンビシャスと新人ハンターの2名のようじゃな」

「新人か……テラデイン会長は黒ではなく白よりか」

 

 新人という言葉にヘイトが驚くことはなかった。

 少人数の索敵部隊。吸収や操作の可能性を考えた場合に、一番の安全策が新人ハンターである。

 隊長との力の差もそうだが、練度の低いオーラは情報収集がし易いのだ。部隊の壊滅を防げる単純な人選である。

 

「今年の新人となると……感のよさそうな傭兵連中は受けないでしょうから、ポックルとポンズあたりですかね?」

「そうじゃな、この件にパリストンが関わっている以上はハンター協会も苦渋の選択じゃろうて」

「分かりやすくていいじゃないですか。プライドの育ってない新人なら扱いやすいですしね」

「まあ、やつらが欲しいのは清凛隊としての評価じゃからな」

 

 目的は巣の発見なので、絶が使えなくても最低限の隠密行動できるとの判断だろう。

 仮に死んだとしても英雄という名誉は残るし、必要最低限の犠牲で済む。捨て駒も視野にいれた人選といったところか。

 

「ブシドラさんの強さも確認したいので、巣を見つけるまでは新人と一緒に行動しましょう」

「感謝するぞ。これで心置きなく暴れることができるわい」

 

 世界が暗黒大陸に熱狂する中、キメラアント討伐作戦は決行された。

 




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