旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第五十二話 開戦

 バルサ諸島の東端に位置する東ゴルトー共和国。

 ミテネ連邦に属さず、総帥マサドルディーゴに統治された独裁国家であり、約500万の住人が生活する小国である。

 だが、今は蟻の第二被害国であり、キメラアントの王であるメルエムに制圧され国家は乗っ取られている。

 

 ――暴力こそ、この世で最も強い力!!

 

 世界を統べるメルエムの信念となるはずだったもの。それは1人の棋士の少女によって捻じ曲げられる。

 

 強さとは何か。

 優れた特徴を繁栄するキメラアントが、何故に人間の言葉を吸収したのか。

 暴力がこの世で最も強いのなら、人間の要素は必要ないはずである。

 

 王、メルエムは目の見えない少女によって何度も敗北を味わうことになる。

 

「1-5-1(スイ)

 

“9―9―1(スイ)

 

 軍儀とは9×9の盤上で白と黒の駒を使い(スイ)を奪い合うゲーム。互いに(スイ)を含む25個の駒を使い、競技は2人で行われる。

 

「2-7-2(ツツ)

 

“7-1-2(ヒョウ)

 

 メルエムが唯一、王でなくなる軍儀という盤上。挑戦者でしかないメルエムは一切の迷いなく駒を打ち進めていく。

 

「2-6-1騎馬(キバ)

 

 パチッ――。そこでメルエムは打つ手を止める。

 

“ワダすはきっと、この日のために生まれてきました”

 

「恐ろしい女よ」

 

 生涯、忘れることのない一戦。

 少女の小さな手から放たれる美しく絶望的な一手。2人の満ち溢れた幸せな時間(戦い)は終わる。

 

“逆新手返し”

 

 メルエムは相手のいない軍儀盤の前で同じ棋譜を繰り返し並べる。

 

 

☆★☆★☆

 

 蟻の記憶持ちによる反乱。

 護衛軍シャウアプフによって念能力を授かったウェルフィン(ザイカハル)が寝返ったことにより、王の情報は共有されていた。

 

 元師団長のコルトは決意の眼差しで王のいる宮殿に向かう。

 

「これはどういうことだ」

 

 東ゴルトーの上空を飛行するコルトに不思議な光景が映る。

 通過した村や街に作業をしている人間が誰一人としていないのだ。女王が生存していた時でさえ、そんなことは一度もなかった。

 

「王が虐殺したのか?」

 

 コルトは死体のない静かな街の光景に胸騒ぎを覚える。この世界だけ人間が神隠しにあったかのようである。

 

「白い山……それに綿花畑か?」

 

 地上に降りたコルトは事の重大さを知る。

 そこには人骨で作られた多くの骨塚があり、周囲の広大な土地には不思議な樹木に多くの繭が括り付けられている。

 

「――なんだ、これは……」

 

 何十本とある樹木の1つに繭が500程、吊るされた繭には薄っすらと人影らしきものが見える。

 ドクン、ドクンと鼓動をする繭。広大な土地に敷き詰められた繭の真実にコルトは絶望する。

 

「これ全部が、王の兵だというのか!?」

 

 王が“つがい”を見つけるまで問題はないと踏んでいた。

 コルト達は3か月をかけて600匹以上の女王兵を壊滅させた。その時間で王は5万を超える兵を増産していたのだ。

 

「繁殖方法を確立していたのか……」

 

 全てが水の泡。

 強大な王兵に対してキメラ=ヒューマン(ネオ・ミュータント)は30匹程しかいない。

 ここで終わるのかと内心弱気になるも、コルトの精神を支えたのはシドレ(レイナ)の存在だった。

 

 ――まだ機会(チャンス)はある! 王を倒し、イカルゴが死骸を利用すれば止められるはずだ!!

 

 あるのは限りなくゼロに近い可能性。

 今やれることは前段階である護衛軍を倒すこと。護衛軍の死骸さえ手に入れば可能性を作りだすことができる。

 

「クソッ、一刻も早くピトーを探さねば――」

「僕がどうかしたかにゃ?」

 

 誤算に次ぐ誤算にコルトは言葉を失う。

 円をしていない鋭い目をしたネフェルピトーが目の前に立っていたのだ。

 

「ピ、ピピ……ピトー殿!」

「ピが3つも多いにゃ。お前はたしか、師団長の……」

「コ、コルトです――ッ!」

「ココルトが何の用かにゃ?」

 

 コが多いことはどうでもよく、コルトはピトーの言葉で作戦を思い出す。

 理想とも言える護衛軍との1対1の状況は、絶望な現状において希望の光となる。

 

「ピトー殿、女王軍が人間の手によって壊滅状態にあります。残る兵は僅か30匹程、助けをお願いしたく参りました!」

 

 コルトは地に膝をつき頭を下げる。

 

「うーん、助ける? 人間なんかに負けるような兵を?」

「――ッ!?」

 

 コルトは感情に出せない程に絶望する。

 ピトーの言う事はもっともであり、兵として生み出されたことをコルトはすっかりと忘れていたのだ。

 背中を伝う嫌な汗を感じながらも、コルトは必死に現状を変えるだけの言葉を探す。

 脳死とも取れるコルトの繰り返されるだけの脆弱な言葉。

 

「プロハンターと呼ばれる人間達に、我が兵は……」

 

 作戦の失敗という絶望だけがコルトの精神を支配する。

 演技では絶対に不可能なコルトの表情が、幸運にもピトーの関心を揺り起こす。

 その弱者の言葉が生み出した1つの可能性。

 

「ふーん、プロのハンターか。それ、面白そうだね!」

 

 護衛軍であるピトーも兵として生み出された存在であり、自身の強さを知りたくなるのも自然なことである。

 その戦う本能とピトーの置かれている現状が運命を動かすことになる。

 

『お前の円、王がうざいってよ』

 

 これは護衛軍であるユピーから言われていたこと。

 理解はするも円での索敵がピトーの役割であり、王に拒絶されたとしてもやらなければならない役目だったのだ。

 

『聞け、ピトー。これより、宮殿の周辺地域は1万の兵に警護をさせる』

 

 突然に王から告げられた拒絶の言葉。

 役目であっても必須ではない、それが今のピトーの現状だった。名目は休暇でも、王にストレスを与えるピトーの円は実質解雇のようなものだった。

 厄介払いされたピトーの心情を一言で表すなら退屈であり、ただ遊び相手が欲しいのである。

 

「ココルト、そのプロのハンターのところまで案内してくれるかにゃ?」

 

 今は選別によって生まれた第1王兵が護衛としてピトーの代わりをしている。ピトーがいなくとも人間相手なら戦力は十分なのだ。

 ピトーの休暇は王の世界征服がうまく進んでいる証でもある。

 

「感謝します、ピトー殿。それと、これを――」

 

 ピトーはコルトに渡された鈴を見つめる。

 ピトーの気まぐれに驚くコルトだが機会(チャンス)だけは逃さなかった。

 

「……何かにゃ?」

「人間を欺くための知らせの鈴でございます。既に我々の信号(言葉)は解読され、全ての裏をかかれ壊滅まで追いこまれました」

 

 コルトの作り話である鈴の信号。

 意味を持たない話にピトーの思考が疑心までいくことはなかった。

 コルトは聞き返されても答えるだけの用意はしていた。

 

「ピトー殿、1つお聞きしたいことが……。蟻になる前の記憶はございますか?」

「……前の?」

 

 冷静さを取り戻していたコルトは“前世と鈴”という選別の条件を整えることに成功する。

 つまり、これからキメラ=ヒューマン(ネオ・ミュータント)の“記憶持ち”の選別が開始されることになる。

 

 ピトーは不思議そうに首を傾け鈴を鳴らすとコルトの心音は跳ね上がる。

 

 チリンッ。

 

 ――1回目、王に感謝。

 

 ……チリンッ。

 

 ――2回目、民に感謝。

 

 …………チリンッ。

 

 ――3回目、自然に感謝。まさか、記憶持ちか!!

 

 コルトは目を見開き、歓喜の表情でピトーを見つめるも――。

 

 カシャカシャ、チリチリ、チリンッ! カシャカシャ、チリチリンッ!

 

「にゃ、にゃにゃ!!」

 

 コルト以上に歓喜した表情のネフェルピトーは鈴を振り回し、何十回と鈴を鳴らしていた。

 

「ココルト、これもらってもいいかにゃ?」

「気に入ったようでしたら差し上げます……」

 

 コルトはピトーを足で掴むとNGLにある巣を目指し飛び立つ。

 

 

☆★☆★☆

 

 

 東ゴルトー共和国に潜入したネテロ隊は隠密行動を無理強いされていた。

 

「ジイさん、この国はもう終わってるぜ?」

 

 ミルキは調査報告を終えるとひと息つく。不気味さを感じる静かな街に雨の音だけが響く。

 

「ふむ、どうやら当たりを引いたようじゃな。人を動かすことを考えれば宮殿が妥当かのォ」

 

 ネテロは王の存在を感じとっていた。

 討伐作戦が決まった段階で覚悟はしていた。むしろ、ミテネ連邦に人間がいたことに驚いたくらいである。

 宮殿周辺を調査していたヘルと合流し、ネテロ隊は作戦の最終調整をする。

 

「多くの人骨と1万を超えるキメラアントの群れを確認、その周囲には樹木に括り付けられた多くの熱源を感知しました。人型の熱源は数にして4万程、選別後に吸収されたものと思われます」

 

 ヘルの情報により王の持つ軍事力を正確に把握する。

 宮殿の見渡せる場所に移し監視を続けるとキメラアントの行動が明確になる。

 

 ――繭の木と宮殿を行き来するのは決まった3匹か。

 

 ミルキは王の軍事力を減らす作戦を思いつく。

 

「ヘル、今夜から奇襲作戦を開始する。上空3000m以上の高度から最小範囲の出力で木の内部にある繭の狙撃しろ。決行時刻は日が落ちてから日が昇るまでの間だ。この作戦の全ては雲がある場合に限る」

「了解しました、ミルキ様」

 

 ヘルは星空を流れる雲に紛れると、精密に計算された無音の念弾を静かな地に降り注ぐ。

 

「0415、作戦完了。繭内部の死滅を確認、目標値500を撃破」

「よし、十分だ。しばらくは同じ作戦でいく」

 

 熱源を感知できるようになったヘルと通気性の高い繭だからこそできる作戦。

 雲によって効率は変わるものの、ヘルの最適化で目標の数値は十分に補える。

 

「問題は宮殿にいる王じゃな」

 

 ネテロは宮殿を見つめ悩んでいた。

 確認した護衛軍と思われる存在は3匹で、王を含めれば脅威となるレベル4以上の敵は4匹となる。

 既存の1万の兵はオーラを見る限り大したことはない。念が使えたとしても戦闘経験がなければ脅威は少ない。

 

「ジイさん、奇襲をかけて護衛軍の1匹を集中して狙うか?」

 

 念能力が未知数である状況にネテロは首を横に振る。

 王の念能力が念空間だとしたら奇襲攻撃は失敗に終わることが考えられる。

 1万の兵と部隊数以上の護衛軍と王を相手するには勝機が薄い。戦いが拮抗し、睡眠なしで数日戦うことになれば負けは濃厚になってしまう。

 

「せめて、もう1枚……駒が落ちればのォ」

 

 妥協は許されず王討伐の作戦が決まらないまま数日が過ぎる。それでもネテロ隊はヘルの功績によって1万を超える繭の破壊に成功する。

 多くの繭が孵化すれば最悪な状況で作戦を決行せざるを得ない。ミルキも思考を巡らせるが妙案が思いつくことはなかった。

 

「ヘイト達を待つしかないか」

 

 駒が足りないのなら増えるのを待つ。敵の駒が増えないことを祈りながら……。

 

「西方向より新たな敵を確認しました」

 

 ヘルの言葉に停滞していた状況は一変する。

 空を飛ぶキメラアントによって、護衛軍の1匹が戦場から離脱したのだ。

 

「――動いたのォ、これは好機」

 

 ネテロ隊にお鉢が回る。

 夜明けまでに離れた護衛軍が戻らなければ王討伐作戦を開始する。

 不気味に微笑むネテロは静かに闘気を蓄え、ミルキとヘルも奇襲作戦を中止し決戦に備える。

 

 そして、日は昇り……それぞれの夜明けを迎える。

 

「血沸く、血沸く♪」

 

「ヘイト、スリッパがない!」

 

「皆、死ぬまで死ぬなよ!」

 

「コムギ、余と共に――」

 

 人間と厄災、キメラ=ヒューマン(ネオ・ミュータント)とキメラ=アント。全ての盤面が揃った全面戦争が開始される。

 




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