旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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冨樫先生の「とりあえずあと4話」には痺れましたね。



第五十四話 新時代

 東ゴルトー共和国の宮殿に群がるキメラアントの軍勢。元は東ゴルトーの国民であり、シャウアプフによってキメラアントに変異させられた者達である。選別によって王兵となった国民は数にして5万程。すでに孵化している王兵、そのすべてが念能力者であり人間よりも遥かに強固な体を持つ。

 

 早朝。宮殿周囲を警戒していた護衛軍のシャウアプフは王兵の騒ぎに気付く。

 

 ――やはり、始末するべきでしたか。

 

 焦りはない。メルエム率いるキメラアントの勢力は軍隊とも呼べる圧倒的な数の念能力者がいる。自分の創造した軍隊に敵はいない。その安堵感ともいえる慢心がプフの精神面でも大きく影響していた。

 騒ぎの原因があるとすれば女王兵の残党か。敵の数を正確に把握できなくなるこの時期(タイミング)女王兵(コルト)によってピトーがいなくなったことを考えればプフの考えは必然ともいえる。

 

 プフは宮殿から飛び立つと西側にある崖上に1人の人影を確認する。

 

「――残党ではない。人間か?」

 

 蟻ではなく人間。この国の人間は選別によって駆逐したはずである。

 キメラアントの軍勢が予想外の襲撃者に怯えるはずもなく、プフが王に事態を伝えることはない。人間ごときで騒げば王の怒りを買うだけである。選別の時にうまく隠れ逃れたのか。ただの漏れくらいにしか思っていなかったプフだが、今ある現状をネテロによって思い知らされる。

 

 すでに戦争は始まっていた。

 

 ――殺気ッ!?

 

 プフの視線の先、にやりと笑う侵入者のネテロから放たれた明確な敵意。互いに交差する欲望。

 

 盤石な状況での敵の襲撃。

 勝ち筋があるとも思えない死路。魔獣との混成型の蟻である護衛軍ユピーは冷静に今の状況を判断していた。

 

「こいつら……、強ぇーな」

 

 これは死路ではない。

 ユピーは人間に対する考えを即座に改める。今までの見て来た人間とは明らかに違う。念を極めた武人。ユピーは宮殿から見えるネテロ達の攻撃をただじっと見つめていた。

 

 空を支配するヘル。そして、地を蹂躙するネテロとミルキ。

 

「プフのやつは何をしてやがるッ!」

 

 情報を伝えないもう一人の護衛軍。

 苛立つユピーは王に状況を説明し戦場に降りたつ。胸騒ぎを覚えつつも忠実に王の命令に従う。

 

 ――騒がしい。

 

 王兵の叫びと記憶の混濁。プフは聞き慣れた声の怒号に目を覚ます。

 

「馬鹿野郎がッ!」

 

 仲間の無能さに怒りを露わにするユピー。その怒りの意味すら分からないプフが今の状況を理解できるはずもなく。

 

「さっさと起きろ! 敵は空に1人と地上に2人だ!」

「そら……、敵ッ!?」

 

 一回り小さくなったプフは目を見開き襲撃者のネテロを鮮明に思い出す。

 盤石な布陣に攻め入るイカれた人間。不意を突かれたと直感で感じたプフは流星のごとく降り注ぐ攻撃をじっと見つめる。

 

 ――黒い閃光。何と愚かな……無能者!

 

 1つの決意をしたプフの目からは涙が流れていた。

 意識を逸らすためのネテロの殺気。その単純な視線誘導に引っかかってしまったプフはヘルの攻撃による黒い閃光に頭を貫かれていたのだ。

 戦場と化している現状。武人相手に命令のない王兵はただ無残に散っていく。

 

「プフ、王の命令だ。兵と共に敵を始末しろだとよ」

「……共にですか。相手は3人――」

 

 不意を突かれたプフからすればこの手で抹殺したいところである。

 

「数じゃねえだろ。正面から突っ込むだけの覚悟ある連中だ。普通の人間じゃないのは確かだろ」

「ええ……。失敗は許されませんね」

「ああ。役に立たなきゃ王は兵を再編成するだろう。コムギのようにあいつ等も仲間にする可能性だってあるかもな」

 

 プフは決意ある表情で首を横に振る。

 これ以上、王に特別な存在はいらない。失敗の許されない指揮官の責務。プフは今まで感じなかった重圧を胸にしまい起き上がると小さく頷き戦場に戻る。

 

「私は敵を分析し兵達の指揮を取ります。あなたは邪魔な空の敵をお願いします!」

「まかせろ!」

 

 分身を増やし散らばるプフと肉体変化で翼を作り出し空に飛び立つユピー。上空から見ていたヘルもそれを見越したかのように黒い閃光を護衛軍に向け放つ。

 ヘルが生み出す黒いオーラの念弾。想像を越える強い衝撃によりユピーは空中で体制を崩す。

 

「くっ、チクチクと痛てぇーな!!」

 

 避けた方向に攻撃を打ち込まれる。初めての空中戦にユピーは戦闘の難しさを思い知らされる。

 

「クソがッ!!」

 

 ユピーは肉体変化で銃口に真似た手で念弾を放つ。

 ただの撃ち合いならば、人間とは比べ物にならない程のオーラを有するユピーに分がありそうだが、ヘルの正確すぎる計算された攻撃に苦戦を強いられていた。

 ヘルの神業ともいえる技術。攻撃の初動でユピーの手は弾かれ軌道をずらされる。人工知能により計算され尽くされた連続攻撃。すでにユピーの手は原型が分からないほどにボロボロだった。

 

 ――撃ち合いでは分が悪い、確実に倒す方法を考えろ。

 

 自問自答を繰り返すユピーはヘルの攻撃を受け続けながらもじりじりと距離を縮めていた。

 敵は攻撃する時に必ずスコープを覗くという動作をする。その一瞬の隙を狙う。攻撃の届くぎりぎりの間合い。ユピーはその時をただ待ち続ける。そして――。

 

「串刺しになって死ねや!」

 

 射程に入ったことを確信したユピーは翼を力強く羽ばたかせ、ヘルの動作に合わせ自身の肉体を鋭い針状に変化させる。全身凶器となったユピーの体は高速で風を切り裂きながら一直線でヘルに向かっていく。

 

 加速による剣山の体当たり。だが、空中を猛進するユピーの前に光輝く観音像が現れる。

 

 ――なんでこいつが!?

 

 刹那に現れた百式観音。脳を揺らす強い衝撃と視界の変化。ユピーの体は地上に叩きつけられる。巻き上がる砂埃。ゆっくりと体を起こすユピーの傍にいたのは指揮を取っていた分身のプフだった。

 

「ユピー、あなたを攻撃したのはあの老人です!」

 

 怒りの表情をしたユピーは敵を見ずに分身のプフを睨む。ユピーが知りたいのは地上にいたはずのネテロが何故空中にいたかである。

 

「奴はどうやって移動した」

「消える一瞬に歪む空間が見えました。敵の行動から察するに限定的な空間転移かと」

「さすがに厄介だな……」

 

 打開策を見出せないユピー。それとは違いプフは冷静に状況が有利に傾いていることに安堵していた。

 

「安心しなさい、ユピー。敵は今と同じ攻撃はしてきません。出来ないと言った方がいいでしょう」

「どういうことだ?」

「あの老人にはこちらの攻撃が通じるということ。こちらを仕留めるだけの力がなかったのがいい証拠でしょう」

 

 ユピーが視線を向けると不気味な程に念獣を引き連れるネテロの姿があった。

 

「消えない念の存在。消失しない念獣に相手も苦戦しているようです」

「消えない念獣だと……、あれ全部がそうなのか?」

「ええ。王兵の新しい使い道が発見できたのは幸運でした。先程の攻撃で敵は絶状態にできたようです」

 

 好機と判断した王兵達。オーラの消えたネテロを取り囲むが、すぐに歪む空間からミルキが姿を現す。

 

「百式観音を失った」

 

 発を失ったネテロの言葉にミルキが動じることはない。

 暗黒大陸を想定した戦いを常に考え修行してきた。ヘイトの念能力である念空間移動を利用したゼロ距離移動、体内に宿る黒いオーラ。磨いてきた師弟の連携技はそう簡単には破られることはないだろう。だが、ミルキは慎重だった。

 

「ジイさん、一度引くか?」

 

 問題は別にある。それは百式観音がなくなったことにより、肉弾戦となることである。

 念能力の戦いにおいてのもっとも重要となる間合い。戦いが放出系の間合いから強化系の間合いに変化。それは操作系や具現化系の一撃必殺の可能性が起こり得る戦いになることを意味する。

 

 相手は死後強まる念、魂の力の存在を少なからず理解している。

 

「……フッ、楽しみを奪うでない」

 

 黒いオーラの影響か。脳内麻薬で満たされたネテロの口から欲望が顔を見せる。

 ミルキはネテロの視線が僅かに口に集中しているのに気付く。僅かな綻びがでてしまう程には追い詰められているということか。

 

「りょ・う・か・い」

 

 ミルキはわざとらしく口を大きく動かす。

 これまでネテロが倒した王兵は千を越える。纏わり付く何十もの負の念獣を考えれば、王兵の死後強まる念の発動率は脅威。体内に黒いオーラを宿すネテロでもいつ念圧に押しつぶされるか分からない。だが、師が選んだ以上付き合うしかないのが弟子というもの。

 力尽きるまで無邪気に楽しむ子供のような師を守り続ける。このような選択ができるのもヘイトとアイという存在がいるからであるのだが――。

 

 

☆★☆★☆

 

 

 ビヨンド=ネテロの一声から始まった暗黒大陸。

 特別渡航課の安全指数を元に何度も行われるⅤ5による暗黒大陸会議。動物の生息分布の変遷、自然保護、渡航リスクを主に仕事としてきた特務渡航課だが、今回の安全指数は世界の選択で大きく変わる。

 会議室には招待されたカキン帝国国王であるナスビ=ホイコーロにⅤ5を代表する首脳と専門家達。その一員としてビヨンド=ネテロも参加していた。

 

 念写によって紙に描かれたセピア色の風景についての議論。

 

「ビヨンド氏、カキン帝国からの資料をどう思われますか?」

 

 専門家達の議論はこれが本物かどうかということ。提示された幾つかの資料を見たビヨンドは険しい表情になる。暗黒大陸の景色は確かにビヨンドの記憶の中に存在する。

 頁を捲るビヨンドの手は門番のいない(・・・・・・)巨大な岩壁が念写された1枚の絵で止まる。

 

「――ほう、随分と精密な念写だな」

 

 世間的に知られる魔獣族の案内人が話す門番がいると言われている場所。だが、実際にはここに門番などいない。門番とは渡航者達の厄災を持ち帰ってしまう時のリスクの隠語(・・)であって、本物の渡航者かどうかを判断するための言葉なのだ。

 生存している人間で門番の真意を理解しているのはビヨンドを含めても数名。

 

 ――門番の意味を知っている人間か。

 

 ビヨンドは数名の人物と資料がどう作られたのかを考えていた。

 一つの方法として真意を知る生存者の記憶を念写したのか。そうだった場合一番可能性の高いのはアイザック=ネテロの記憶だろう。他に生存しているリンネ=オードブルの記憶だとしても差ほど違いはないはず。仮に本当に暗黒大陸を念視できる念能力者ならビヨンドの渡航専門家組に是非とも欲しい人材である。

 問題はこの資料の価値。何故、渡航1か月前にして招待されたカキン帝国がこの場で提示したのか。Ⅴ5に対する外交カードとしての意味がビヨンドには分からなかった。

 

「暗黒大陸を念視できるやつがいるのか。金は幾らでも出す。ナスビ国王よ、この者の名は何という?」

 

 会議室は静まり返る。

 暗黒大陸を知るビヨンド=ネテロの発言は、これが本物だということを裏付けるには十分だった。目の前にある資料はどの国が持つ情報より価値がある。

 各国の思惑とは違い、ナスビ=ホイコーロからの返答は予想外のものだった。

 

「……戦争の時代は終わったホイな」

 

 ナスビ=ホイコーロからの深いため息。

 情報を知る者と知らない者の違い。この資料には戦争を無くすだけの価値がある。そして、揺るぎない地位さえも動かす。

 

「カミーラ、お前を次期国王に任命するホ。後の会議はお前がしなさい」

 

 ビヨンド含め時代の変化に取り残された者達は皆驚きの表情になる。

 国王の警護にあたっていたベンジャミンもその一人。ただの付き添いで来ていたはずのカミーラを黙って見つめる。

 

「御父様、ありがとうございます。これよりカミーラ=ホイコーロがカキン帝国2代目国王として席に着かせて頂きます」

 

 暗黒大陸の資料を提供したのはカミーラだった。これはハルケンブルグとカミーラによる仕組まれた王位継承。これによりⅤ5の首脳達は軍略時代の終焉を見ることとなる。

 

 




読んでくれてありがとうございます。

冨樫先生の復活でやる気が一気に復活しました。ハンターハンター連載再開までには物語を完結させたいところです。

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