旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第五十五話 情報屋

 目の前で行われたカキン帝国ナスビ=ホイコーロの退陣、その意図を読み取るべくⅤ5の首脳陣は権力の変化を見守る。

 各国が持つ外交手札はそれを見極めてからでも遅くはない。

 権力の変化を考えれば、彼女(カミーラ)が暗黒大陸の資料を提供したのは間違いないだろう。

 

 ビヨンド=ネテロは自慢の髭を撫でながら、カキン帝国の新しい国王に挨拶をする。

 

「カミーラの嬢ちゃん、その席の意味は分かってんだろうな?」

「あら、私では不満なの?」

「不満がない、といえば嘘になるな」

 

 ビヨンドからすれば不安要素は取り除きたいところである。

 国の(トップ)が変わったところでビヨンド隊の目的は変わらないのだが。

 

「嬢ちゃんのたった一つの発言でカキン帝国の価値が揺らぐってことだぜ?」

「国の価値に興味はないわね。私の思い通りになればそれでいいわ」

「裏表のないやつは大歓迎だ」

 

 はっきりと言い切るカミーラにビヨンドはいつになく真剣に悩む。

 王の理想ではなく民の思想、国の秩序とは善と悪を中和してこそ成り立つもの。

 

 ――ナスビと違い国の面子には興味なしか。時代の変わり目かもしれねェな。

 

 カミーラの思惑までは分からないが、Ⅴ5から見たナスビの退陣は好機(チャンス)でしかない。

 確固たる意志を持つナスビよりも新参者のカミーラの方が交渉しやすいのは確かである。

 

 そんな各国の思惑を知ってか知らずか、カミーラが強気な姿勢を崩すことはない。

 

「はぁ、今まで何をしていたのかしら……暗黒大陸の専門家が聞いて呆れるわね。カキンの力がなければ海すら渡れない、ただの老兵じゃない」

 

 嘲笑うカミーラにビヨンドが怒りを見せることはない。

 ビヨンドからすれば、自分がいなければ暗黒大陸すら挑戦できない世の中なのだ。

 これはカミーラとビヨンドの互いの立場を明確にするためのもの。

 

「そうかもな……だが、相手は誰もが恐れる暗黒大陸。ちょうど良い準備期間ってもんだろ?」

 

 にやりと笑うビヨンドは念写された資料を手に取る。

 

「この念能力……手札(カード)にしては、ちと弱いな。確かに価値はあるが、オレ以外に生かせる者はいないだろうよ。これを使うなら暗黒大陸に着いてから、だったな」

 

 カミーラは不思議そうな顔でビヨンドを見つめる。

 犠牲を前提としている暗黒大陸なら念写による地形透視は計り知れない価値となる。

 

 だからこそ、ビヨンドは鋭い目でカミーラを見つめる。

 

「暗黒大陸で、念能力がありませんでした……じゃ、アンタも困るだろ?」

 

 誰しもが抱く危機感。世界中が欲しがる念能力なら力ずくで奪われる可能性は高い。

 それが世の中の仕組みであり戦争なのだ。そうならないための外交手札である。

 

「まあ、そんなことがあったら嬢ちゃんの恋人(・・)が黙っちゃいねェだろうがな」

 

 ヘイトとの恋仲の関係、それは一方的にカキンが流している確かめようのない情報。

 

「婚姻の時は是非とも招待してくれよ? この場の全員が命かけてんだからな」

 

 この一言はビヨンドによる各国に向けた忠告と牽制。

 元はカミーラが用意していた外交手札だが、弊害を取り除けるなら使ってしまっても問題はないだろう。

 

 ビヨンドはこの短期間でカミーラの精査を終える。

 

 ――目的はヘイト=オードブルのコントロールといったところか。さて、Ⅴ5の連中はどうでるか。

 

 絶対に失敗の許されない暗黒大陸。

 協力姿勢を見せたカミーラに対しⅤ5は当たり障りのない対応をする。

 話し合われるのはリターンに関連した協議ばかりで、その態度はビヨンド隊渡航までの時間稼ぎともとれる。

 その非協力的な対応に呆れた表情を見せたのはカミーラだった。

 

「時間の無駄ね」

 

 核心をついた一言にビヨンドは思わず笑う。

 欲望を隠した話し合いでは意味はない。各国が望む理想に底はないのだ。

 そもそも暗黒大陸の利益(リターン)一つで、世界を支配できる可能性もあるのだから当然ではある。

 

 カミーラは小さなため息をつくと提供した資料を破り捨てる。

 

「サラヘル、映像(・・)の用意をしなさい!」

「はい、カミーラ様」

 

 カミーラの怒気に染まる会議室。

 V5の首脳陣とビヨンドを含めた暗黒大陸の専門家達の誰もが困惑をする。

 

 ――映像? まさか、この小娘……。

 

 ビヨンドは手に持つ資料を握りつぶす。

 会議室のモニターに映し出されたのは、疑う余地のない自ら認めた暗黒大陸の地が存在する。

 

 驚くべきは映像の鮮明な解像度――。

 撮られたのはごく最近、この映像こそが暗黒大陸の資料のオリジナル。

 

「資料はただの紙切れだったってことか」

 

 まんまとしてやられた。念写の資料こそがカミーラの外交手札だったのだ。

 ナスビとは正反対の外交手段、ビヨンドは気付けばカミーラを称賛していた。

 

「カ、カミーラ殿! 我が国が持つ暗黒大陸の情報は――!!」

「一切、必要ありませんわ!」

 

 反応を見せてしまったⅤ5の首脳陣は焦った様子で外交手札を使うも既に遅い。

 

 “映像”すなわち、暗黒大陸の地に降り、舞い戻った者がいるということ。

 

 世界の監視を逃れ、そんなことを成し遂げられる者は今の世界で一人しか思い浮かばない。

 存在しないからこそ使用の許された貧者の薔薇(ミニチュアローズ)。Ⅴ5は内部の一派閥とはいえ、過去にその存在なき者と敵対し特殊部隊を壊滅させられている。

 

「カキン帝国はたった今、暗黒大陸不可侵条約を更新します!」

 

 カミーラは冷たい目で死神の鎌を振るう。

 この場にいた特別渡航課によってカミーラの発言は即座に受理されると暗黒大陸は再び世界から消えることとなる。

 

 ――白紙に戻して世界を掌握したか。アイザック=ネテロが絡んでる以上は思い通りにはいかねェか。

 

 たまらずビヨンドは舵を切る。

 残されたヘイト=オードブルという唯一の暗黒大陸への道を目指して。

 

「旅も悪くねェか」

 

 これから流星街は未知の素材が集まる世界一の大国となる。

 世界は暗黒大陸の玄関として流星街を認めざる負えないだろう。

 

 冒険を終えたビヨンドはカキンの地から旅立つ。

 

☆★☆★☆★☆

 

 宮殿の王の間には一つの特別な繭があり、王のメルエムが負けを認めた唯一の少女がその中にいる。

 

「コムギ、余は再び幸福の時を待っているぞ」

 

 コムギと共に世界の頂点に立つ。

 今のメルエムの揺るぎない意思。コムギの意見を参考にすれば支配とは違った形を造ることができると確信している。

 人間が進化を望んできたのは書物から見ても明らかであり、キメラアントとの共存が確立すれば、王兵のような進化した新人類が生まれるのだ。

 

「どうやら、賊は手練れのようだ」

 

 意味深な目をしたメルエムは静かに軍儀の盤に駒を並べる。既に護衛軍ユピーの報告から半日以上は過ぎている。

 

「――コムギならば、これをどう読むか」

 

 敵の駒は3枚と少ない。少数の駒で生き延びるには攻め続けるか逃げ回るかしかない。

 プフやユピーが報告に来ないということは、敵の作戦は攻めで間違いないだろう。

 敵は軍儀を覚えたての頃のメルエムのような戦術を使う。

 護衛軍を相手に生き延びているということは、コムギのような柔軟な戦いのセンスを持っているということ。

 

 昔の思考ならばそこで止まっていただろう。メルエムは手を止めると長考に入る。

 

「――念の新手か」

 

 苦戦するということは何か知らぬ知識が存在しているということ。メルエムの持つ知識だけなら勝敗はついているはず。

 

「鼓動からして、孵化にはもう半日といったところか」

 

 プフとユピーは未知の戦術に翻弄されている。

 己で勝ち筋を見つけることができれば間違いなく強くなるだろう。

 懸念があるとすれば軍儀と違って負ければ次はないこと。それはコムギが棋士として生きてきた道と同じ。

 

 護衛軍は道筋を見つけることができるのか。その有意義で期待感にメルエムは思いを馳せる。

 コムギの新たな一手を待つような、一日千秋の思いの中でメルエムは検討を続ける。

 

「王を取らずに兵を減らす、か。単純だが引かぬ理由に引っかかる」

 

 敵からすれば不利で決定打のない勝負。

 護衛軍とネテロ隊の勝敗の行方をメルエムは繭を見守りながら考える。

 

 何故に敵は戦い続けるのか。

 念の戦いにおいて長期戦は悪手なはず。投了をしない理由があるとすれば、強い駒が残されているということだろう。

 

「――帥の孤立と残党の始末か」

 

 メルエムはピトーの件を思い出すと、検討の場に敵の駒を追加する。

 盤面として考えれば、キメラアントの生息場所はNGLと東ゴルトーということになる。

 

 つまり、これは孤独狸固(ココリコ)なのだ。

 メルエムが離隠(ハナレガクシ)と名付けたもので、帥の孤立という打ち手の読みがもっとも試される戦法。

 

孤独狸固(ココリコ)対矢倉といったところか」

 

 ネテロ隊は帥との合流を待っている。だが、それはメルエムにとって都合の良いこと。

 コムギが孵化すれば、メルエムも帥として動けるようになるのだ。

 今のメルエムが考えるべきは新手返し。まだ知らぬ念戦術の対策である。

 

「これが敵の作戦ならば死なぬ兵。いや、死のない兵と考えるべきか」

 

 メルエムが考え付く最大は死後の念。

 もしそれをモノとして操作できるのだとしたら、護衛軍が苦戦している今の盤面を再現すことは可能。

 最も単純な戦法は術者を殺すこと、または隔離といったところか。

 

「敵は操作系能力者か具現化系といったところか。死後の念ではなく、ただの念獣ならば脅威ではない。こちらの死を望んで創られた可能性もないはず」

 

 人間の念には必ず思いがある。それは念の本質といってもいい。

 コムギのように敵の望みを演じるのも一つの手、まずは敵の呼吸を乱すこと。

 

「未知の戦術を学習し、敵の地力を知るのが先か」

 

 人間がキメラアントのオーラを超えることはない。

 それは人間を餌として食べてきたメルエムだからこそ分かる念の総量。

 つまり、人間にできることはキメラアントにもできる。なぜなら、それが摂食交配で生きてきたキメラアントなのだから。

 

「この戦を我が種のさらなる進化として利用させてもらう」

 

 それが人間の血を持つ伴侶を娶った、蟻の王のせめてもの慈悲である。

 




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