旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第五十六話 軍儀

 無数の拳を刻まれた王兵達は一瞬にして崩れ落ちる。

 不可避の速攻、その絶対領域ともいえる間合いに指揮官であるプフも手が出せずにいた。

 

 ――間違っているのは私の認識か。気を抜けば分身達も殺られる!

 

 肌に寒気を感じる程の強者。

 これは人間に対する恐怖心なのか。不気味に笑う絶状態であるはずの老人から放たれる剛拳は終わらない。

 

 戦いで感じる念の錯誤。

 分裂する前に殺される可能性と王兵を正しく導くことができない苛立ち。

 

「……何かを見落しているのでしょうか」

 

 プフの目に敵の真なるオーラが映ることはない。

 今の出来る事といえば、念能力を失った敵の間合いを正確に把握することくらいである。

 ただ、プフの思考を鈍らせたのは王兵が遺した死後に残る念獣達だった。

 

 “魂の力が宿る身体ならば死ぬことはない”

 

 ネテロの見つけた死念獣達に対する答え。

 強制的に絶状態にし、百式観音や聴覚を奪うといった死念獣達の強大な力。

 それ故に敵が真意に気付くことはない。

 ネテロにとっては、それが躊躇なく闘いを続けられる理由となっていたことに。

 

 正確には知識を持たない能力者は脅威になることはない。

 強大な死後強まる念でも未知の知識に念を込めることは不可能なのだ。

 

 ネテロが念を覚える遥か昔から磨きあげた強靭な肉体。

 そこから生み出される正拳突きは王兵の装甲をいとも容易く突き破る。

 念の衣という1つの過程を捨てたネテロの速さは、止めることが不可能な程にまで昇華されていた。

 

 ――生身にしては速すぎる、完全に封じなければ勝機はない。ならば奴には燃え尽きるまで永遠に動いてもらう……それだけのこと。

 

 距離をあけたプフは一定の間隔で攻め続けるよう指示を出す。

 絶状態にされたネテロは念技ではなく人間が持つ本来の武術に戻る。肉体の内に宿る黒きオーラは消えない金剛力となりネテロの理想を体現する。

 

 ネテロが使うは人間相手には絶対に許されない武人の殺人技。

 

「――後回しだ、王兵は他の2人から処理をしろ!!」

 

 プフは戦場にばら撒いた鱗粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ)で相手の精神状態を読み取っていた。

 周囲を鱗粉で覆い、オーラに表れる感情パターンを鮮明に知ることで相手の思考を推測する。

 その中での一番に人間らしい動き、勝機があるとすれば切崩すべきはこいつから。

 

「やつらはメルエム様が統治する世界にはいらない。行きますよ、ユピー!!」

 

 蟻と人間、互いが望む理不尽な世界。信念という感情の念は凶器となり互いの命を奪い合う。

 

 ミルキは焦燥の表情で見えない敵との戦いを続けていた。

 

「……無限に沸いてきやがるな」

 

 裂けた皮膚から姿を見せる合金は無数の火花を生む。黒いオーラを纏った拳で強固な敵の装甲を確実に破壊していく。

 

「統率された念能力者がこれほどまでに厄介だとは……」

 

 僅かな間に許される呼吸。蓄積していく疲労を誤魔化すのも限界が近い。

 念能力の組み合わせによって生まれる無限の戦術。

 百式観音を失ったことによる殲滅速度の低下。そこに生まれた僅かな隙は時間をかけて少しずつ広げられていく。

 

 ――クソッ、能力者が見つからねェ! 自動型に操作型、死体を操作している能力者は10匹以上はいやがる。

 

 ミルキも無鉄砲に敵を攻撃しているわけではない。

 識別眼を持つネテロが強化系、放出系、変化系の3系統を担当し、余りモノである特質系、具現化系、操作系をミルキとヘルが担当をしているのだ。

 死後強まる念を回避するための役割分担なのだが、実際には操作系に扮した放出系や変化系の存在が多くいる。

 

「対策はされてるな。狙撃が裏目にでたか……こっちの役割分担にも気付いてやがる」

 

 戦場は死者の入り混じった最悪の白兵戦となっていた。死者を操る能力者によって損傷の少ない傀儡は再利用される。

 これを防ぐには確実に四肢である部位破壊をしなければならない。その一手間が膨大な時間と力を浪費する。

 

「……なッ!?」

 

 ふらつくミルキの視界は歪む。僅かに聞こえるキャハハと笑う蟻の声。

 作戦から丸一日、食事や休憩もせずに消費し続けたことによるオーラの枯渇。

 目から光の消えたミルキは突如として膝から崩れ落ちる。

 

「ミルキ様――ッ!!!」

 

 異変に気付いたヘルは被弾しつつも高速で滑空する。

 矛、盾、狙撃で成り立っていた戦術の歪みはチームの崩れを意味する。

 守りという動作の増えたネテロが全力で攻めることは不可能。

 なにより、ミルキが地に伏したことで互いの転移という強力な技を失ったのだ。

 

「おっと、そうはいかねェぜ!!」

 

 戦場で勝機を逃す者は誰もいない。

 ヘルを遮ったのは無数の鋭い針に身を包んだ戦闘状態のユピーだった。

 互いに対峙するのは二度目、倒れたミルキにネテロが付きそえば狙われるのは当然ヘルである。

 

「退きなさい、虫けらが!!」

 

 ヘルとユピーの睨み合いに水を差す者は誰もいない。

 ヘルの体内はオーバーヒートしそうな程に熱を帯びていく。感情によって生まれた熱は刻まれてしまったユピーのデータにより逃げ場を失う。

 ミルキから与えられた力ではユピーは殺せない。苛立つヘルを見てユピーは自身が優位であることを確信する。

 

「地上の2人は、もう死にかけの小蠅だぜ?」

 

 ユピーとヘルを囲う圧倒的な数の王兵。しかしユピーの安堵からでた言葉は意外なものだった。

 

「……なのに、すげェな。お前ら」

 

 敵への称賛、ユピーの本心からの言葉である。

 ユプ、ユピー、ピトーの3人で王兵と王に挑んで勝てるのかと言われれば答えは絶対に“ノー”である。

 ネテロ隊はその無謀とも思える策を1日も続けたのだ。称賛するユピーに対しヘルは疑問の表情を浮かべていた。

 

「虫にも学習能力があるとは驚きました」

「ほう、威勢はだけはいいな……まあ死ぬ前に話くらいは聞いていけ。お前らはこれまで見てきたレアモノとは明らかに違う。コムギのような特別さを感じる」

「コムギ……?」

「軍儀()、それがコムギだ」

 

 ヘルが持つ疑問の正体。

 既にキメラアントは人間と共存をしている。ヘルは瞬時に頭脳にある軍儀王コムギのデータを見つけ出す。

 特別でありキメラアントに王と呼ばれる少女、それを知ったヘルがユピーに銃口を向けることはない。

 

「聞け人間、この戦力差は軍儀なら投了すべき戦況だ。たしか、両取りといったか」

「……それなら、投了すべきはあなたですよ。なぜなら、あなたの次の一手は死路だから」

「フッ、それはないな」

 

 ユピーがそう確信していたのは以前にネテロがヘルを助けたからである。

 本当に次の一手が死路だというのなら前局でユピーは負けているはず。

 

「一撃で楽にしてやる!」

 

 ユピーが見てもヘルは不気味な存在。

 纏っているオーラは護衛軍と変わらない。恐らく一撃に全力を込めなければ倒せない相手。

 ユピーは肉体に複数の目を出現させると最大級のオーラを纏い鋭い肉針の一手に全神経を注ぐ。

 

「ミルキ様、申し訳ございません」

 

 ユピーの渾身の一手はヘルに敗北の言葉をいわしめる。

 迷いのない高速の一撃、無数の鋭い肉針は確かにヘルを貫いた。

 

 ――こいつは……人間なのか?

 

 勝者であるはずのユピーに待っていたのは、突如として襲い掛かる不気味な感情。全神経を集中していたからこそ、最大限に感じ取ってしまった魂の力。

 

 虚像のような存在を正当化させようにも答えは見つからない。

 全身が串刺しになってもギョロギョロと動く目、触れて分かる血肉のない骨組みだけの存在。

 それはユピーの知識に存在するどの生物にも当てはまらない。

 

「は、離しやがれ――ッ!!」

 

 ヘルはユピーに腕を回すと万力のようにゆっくりと締め上げていく。

 

 ――なんだ、この禍々しさは!?

 

 戦闘人形のヘルが全力で藻掻くユピーを放すことはない。

 圧迫され膨張する筋肉の繊維はブチブチと切断される。ユピーの全身からはキメラアント特有の青い血が噴き出す。

 

 ――まさか、ユピーのオーラが吸い取られている!?

 

 プフが見たものはヘルの腹部にある不気味な黒い宝玉。

 死にゆくユピーを前に手を出さなかったのは、敵に王以上の力を感じ取ってしまったからである。

 

 黒い宝玉に吸いこまれていくユピーの生命エネルギー。

 その膨大なオーラはミルキとネテロに還元されていく。その現象を見たプフは無尽蔵の戦術であることに気づく。

 

「まずい、この戦いは我々が尽きるまで終わらない!」

 

 作戦の失敗にプフは宮殿に全速力で向かう。たとえ死罪になろうとも、王に情報だけは伝えなければならない。

 護衛軍の中で最も強靭な肉体を持つユピーが抵抗できないということは、戦いは既に詰んでいるということ。

 

 プフが絶望を感じながらも辿りついた宮殿――。

 

「なぜ、ここに!?」

 

 王の間でプフが見たものは見捨てたはずのユピーの姿だった。

 ボロボロになった護衛軍の側にいるメルエムと、その横に立つ者は――。

 

「ワダすも皆さんの顔が見れて嬉しいです! んだば、次は……」

 

 その言葉に似合わない綺麗な羽を持つ妖艶で妖精のような少女は纏うオーラを七色に輝かせる。

 プフが戸惑ったのは、その輝くオーラよりも目の存在しない少女の見えるといった発言だった。

 

「コムギ……様?」

「この声はプフさんですね! どうやらこれがワダすの念能力みたいです。“軍儀”のように、皆さんを移動させたり盤を見渡すことができるんです。今はメルエムの目を通してプフさん達を見てますけど……」

 

 プフの脳裏に過る過酷な戦況からの撤退。

 コムギの多角視野と瞬間移動は使い方によっては今の状況を変えることができる。

 それはプフが口を開こうとした瞬間だった。

 

「お主らに1つだけ忠告しておく。コムギのあらゆる言動に対し反論すれば殺す。それを命じておけ」

 

 決められた絶対戒律にプフは王と王妃の前に跪く。そしてメルエムはコムギを見つめ意見を乞う。

 

「コムギ、戦況を見ていたお前ならどうする? 敵は手練れ、念の深淵を知る者達だ」

「そうですね〜、制限をかされる“矢倉”に入ってきたところを考えれば、味方を巻き込むような戦法は持ち合わせていないかと。駒の少なさからも戦術は限られるでしょう。相手はこちらの戦力を誤認しているので、今が不意をつく最大の時期かと思います」

「まずは不意による強襲か。ならば制約と誓約が必要か」

「はいな」

 

 メルエムとコムギは向き合うと護衛軍に制約と誓約の言葉を示す。

 

「余は命を懸けコムギの(スイ)となることを誓う」

「ワダすも、メルエムを(スイ)とし、命を共にする永遠の棋士となることを誓います!!」

 

 メルエムは手の平を差し出しコムギも手の平を合わせる。そして、コムギは“軍儀”を発動する。

 

「「軍儀と共に」」

 

 王妃コムギが全ての蟻を支配する。

 意志を統率する生物だからこそできる念の相互協力型の能力。その威力はあらゆる念能力の中でも最大級となる。




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