儚くも輝く魂の光はアイの黒い口に吸いこまれる。その足元には変わり果てた師団長コルトの姿があった。
「蟻よりも人間の頃の記憶が強いな」
ヘイトはアイが飲み込んだ魂の記憶を読み取る。
コルトの魂に宿る一生分の思いが人生という名の走馬灯をみせる。
魂には苦楽が強き思いとして刻まれている。
儚い子供の一生、頭の中を巡る母や妹との農村風景。穢れのない喜怒哀楽の純水な魂は、血走ったアイの眼を見れば甘美であるのは明白である。
「――メルエム、それが王の名か」
魂には師団長コルトとしての記憶も残されていた。
そこでヘイトは王の誕生と女王の死を知る。他は
「……こいつはさっき見たな」
ジャイロの記憶では確認できていなかった師団長よりも上の存在。断片的で分かりにくいが魂にはしっかりと残されていた。
“護衛軍ネフェルピトー”
コルトが連れてきた猫型の蟻。
王直属の護衛軍がいるということは王も近くにいる可能性が高い。ヘイトの矛先は女王の巣に向けられる。
「ここが蟻と人間の違いといったところだな」
NGLの自然の中に聳え立つ巨大な蟻塚。
泥や糞で作られた壁と無数に存在する部屋に足を踏み入れるもトラップらしきものはない。
「比較的新しいものばかりだが、既に魂は抜けているな」
ヘイトが中で見たものは共喰いと思われる無残に散らばる多くの死骸。
気配は一切感じられないが、床の乾いていない血を考えれば、先程まで食事をしていた存在がいる。
血の跡に導かれたヘイトは中央に位置する広間へと移動する。
――こいつは確か、ジェイルとザイカハルだったか。
コルトの記憶で見た仲間と思われるカメレオン型の蟻と狼型の蟻。NGL入国前に見たチーター型の蟻と同様に頭をがっつりと食われている。
「詰まる所、
これは必然だったのかもしれない。
なぜなら記憶でみた蟻の王の最初の言葉は“余は空腹じゃ、馳走を用意せい”だったのだ。
蟻の王は生命を紡ぐ意味を知らない未熟者、母を置き去りに旅立つ姿はまるでキルアのよう。
ほっといても滅びそうな種族、その程度にしかヘイトの印象には残らない。
ヘイトは何も無い場所で足を止めるも目の前には誰もいない。
「さすがに気の所為ではなさそうだな」
ヘイトの周囲を漂う黒い霧は何者かの存在を捉える。
不規則な霧の動き、振動と圧力によるオーラが感じる僅かな変化。
「美食も度を越えると呪いだな。なあ、蟻の王?」
「ニンゲン……」
第一級隔離指定種に認定されている昆虫。
何もない場所から姿を現したのは師団長コルトの記憶にあった蟻の王メルエムである。
餌である強固な蟻の装甲をかみ砕く。
蟻の王は戦闘態勢に入ったヘイトを見ても食事を止めることはない。
“敵はオーラ量だけで強さを判別する”
これだけで十分な情報である。
危機感を持つまでの相手とは認識されない。ヘイトもハンター中堅程度のオーラを纏い偽っていたのだから当然ともいえる。
念に対する心構えと行動から分かる知能の低さ。
危機感すらない蟻の王は学習という環境が一切なかったのだろう。
「護衛も本能で食っちまったってとこか。護衛がいれば情報は得られるというのにな……」
互いに人間の魂を喰らう似たような存在に変わりない。
ヘイトの眼から光が消えると辺りに黒く濃い霧が漂いはじめる。
「アイ、蟻の王の念色は濁った特質系だ」
ヘイトの秘められた膨大なオーラが一瞬で拡散し、巨大な女王の巣を一瞬にして黒く染めあげる。
その周により、強度の跳ねあがった黒く封鎖された空間はまるで黒い虫籠のようである。
「テキ……クラウ」
食すことによりオーラが増幅、吸収型の蟻の特徴を持った念能力であると予想できる。
戦闘態勢になった蟻の王は食べかけの死骸をヘイトに向けて投げつける。
オーラを纏った死骸は突き刺さることなくヘイトの体をすり抜ける。
「ネンノウリョク、ヨケタノカ?」
蟻の王が創り出したのは巨大な念空間の扉。
危機を察知したのか逃げ込もうとするも、ヘイトの黒いオーラに包まれ入口は消滅する。
「調整すら出来ていない
念空間の持ち主なら絶対に入口は見せてはいけない。
どの系統の念能者なのか教えているようなものであり、入口は神字などで補強しない限り安定はしないのだ。
「へー、今度は具現化されたミサイルか」
自己分析に勤しむ蟻の王はヘイトからすれば情報の
特質系であり性格に合わない練度の低い念空間。
気配を完全に消す能力を見せた浅はかさ、蟻の王は他の能力を使うクロロのようなタイプ。
万能にも思える力だが、実際にはデメリットの方が多かったりする。
“他者の念能力を使いこなす”
コピーやトレースというのは念技において最も難しく、クロロのような者でも本という媒体を使う。
何かに記憶させ使用するのなら問題はないが、自ら能力をコピーし昇華させるとなると話は変わってくる。
そもそも念系統の違いは術者を混乱させる。
強化系なら破壊欲、操作系なら支配欲といった具合に込める念はまったく違うのだ。
あらゆる能力系統を理解し、長年の経験と繊細なオーラ操作を身に付けなければならない。
「蟻の王、コピー能力は晩成型だ。つまり、お前の全てが未熟ってことだ」
それだけではない。
心理的に念に込めるオーラ量は“操作系・具現化系・特質系”が節約型であり、“強化系・放出系・変化系”は浪費型が多い。
他人の節約型の能力に膨大なオーラをつぎ込んだところで、たいして能力に影響はないのである。
蟻の王がまともに扱えるのは、浪費型タイプと特質系の念能力くらいなもので、念の知識から察するに実践経験はないとみていい。
呼吸を止め存在を消す蟻の王。
黒い霧の変化が飛び回る蟻の王の存在を伝える。蟻の王は戦闘を自ら強いられることに気づいていない。
「いい加減気づけよ、能力の無意味さに」
ヘイトは死骸を拾うと存在の消えた蟻の王に全力で投げ返す。
蟻の王は避けることなくそれを受け止めると闘志を剥き出しにする。
「これは蟻と人間の力比べじゃないんだよ。アイ、終らせていいぞ」
ヘイトが知りたかった情報はただ一つ、敵に実態があるかどうか。
「あいあい」
暇そうに隅っこで座っていたアイは起き上ると神字の刻まれた両手を合わせる。
すると、女王の巣に雨音のようなものが響き渡る。部屋に流れこんできたのは黒いオーラに包まれた石や岩。
「アイ、そのままマグマに戻せ」
これは死火山ククルーマウンテンでとれた大量の火成岩である。その無価値ともいえる物質は魂の代償を使う力にとって最も高率的な武器となる。
「あい」
生物にとって最大の敵である熱、辺りに広がる厖大な熱量が蟻の王を襲う。
流動体となった造岩物質に押しつぶされながら、蟻の王はゆっくりと吞み込まれていく。
強固なキメラアントの装甲も高温の熱伝導により焼き尽くされる。
「そのぐらいで止めておけ。ククルーマウンテンが無くなっちまうからな」
ヘイトの言葉で降り注ぐマグマの雨が止む。
外に転移したヘイトとアイは黒い墓標となった女王の巣をじっと見つめる。
「かんたんだったね!」
暗黒大陸を前にした貴重な戦闘経験。自慢げに両手をパンパンと叩くアイ。
スイッチのオンオフくらい簡単な難易度。これで難しいと言われたらヘイトもお手上げである。
「自ら考えて戦闘をする時がくるかもしれないからな。その時は頑張れよ、アイ」
「あーい!」
シャルナークと対峙した時に十分に思い知った。
いかに暗黒大陸で適応できる存在になれるか、これはさけては通れない道である。
「女王と王は始末できたし、ブシドラ隊と合流してさっさと帰るか。テラデイン会長にも報告しないといけないからな」
アイは俯きながら首を傾ける。
「あれ、ネテロとミルキが消えたよ?」
思考停止による一瞬の静寂。
それはヘイトが可能性を見つけることができなかったためである。
「それは魂を感じることができなくなったってことか?」
「うん」
「へー、ネテロ隊の全滅か。そうなる前にヘルがすっ飛んできそうだが」
ネテロなら老衰と割り切れるが、同時にミルキが死ぬには寿命としても考えにくい。
今回の任務は暗黒大陸を想定してのものであり、その可能性に対して普段以上に対策はしていた。
「幾つかの念具を渡したはずだが……ネテロさんの頑固がでたってところか。それが本人の選択ならしゃーなしだな」
作戦前に暗黒大陸での死を回避できるだけの備えをしている。
強制転移の可能な【
他にもヘイトが10代の頃に魂で創り出した多くの
「予定変更だ、ゾルディック家にいくぞ」
「あいあい!」
どちらの可能性にしても確認が先である。
透視の念能力を持つ叔母のキキョウなら何か知っているはずである。
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