旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第五十八話 審判の日

 会議室でミザイストムは溜息をつく。

 見通す力を必要とするプロハンター。十二支んのミザイストムでさえ、最近の荒波のような世界の変化に自信を失っていた。

 

「これからどうなるんだろうな……」

「ビヨンド隊の解散だろ? カキンが暗黒大陸不可侵条約を結ぶなんて誰も予想できねェよ」

 

 不貞腐れたカンザイは机に寝そべり指でペンを弾く。

 未知の大陸。プロハンターとしての最大の楽しみを奪われたのだから無理もない。時間に追われながら暗黒大陸の対策をしてきた十二支んにとってはしばしの休息となる。

 

 申のサイユウも疲れた様子で愚痴を漏らす。

 

「おい、新入り。てめぇはいいよな、悩みが無さそうで」

 

 休息の時を見計らったかのように現れた人物。サイユウの視線の先にはジンの席に坐る無表情のイルミ=ゾルディックがいた。

 

 イルミはつけ慣れていない眼鏡をクイッとあげる。

 

「ボクにも悩みくらいはあるよ」

「そうは見えねェよ。初顔合わせなんだから、愛想良くしろよ!」

 

 ジン=フリークスの除名により、イルミが亥となり十二支んとしての新しいスタートをきる。

 

「皆さん、お待たせしました」

 

 入室してきたチードルはイルミを確認すると資料を配りはじめる。ミザイストムは念紙で作られた極秘資料を手に取る。

 

「チードル、これはなんだ?」

 

 当然の疑問。準備の裏で何か交渉でも行われていたのか。

 暗黒大陸渡航中止による今後の話し合い。その程度に考えていた十二支んだが、資料に目を通した者はその深刻な出来事に沈黙する。

 

“作戦名ジャイロ”

 

 巨大キメラ=アントの討伐。誰も知らされていない極秘任務。参加部隊を見れば、これが如何に重大な出来事なのか理解できる。

 

「チードル、この資料を俺達に見せたということは作戦が失敗したということか?」

「……難しい判断だわ。成功と失敗の半々かしらね」

 

 チードルが告げたのは1部隊の全滅。

 この場にいない1人の十二支んを考えれば全滅したのは新人ハンターを連れているブシドラ隊。チードルの言葉を聞くまでは誰もがそう思っていた。

 

「……全滅したのはネテロ隊よ。これからその映像を見せるわ」

 

 チードルは提供された映像を十二支んに見せる。

 胸騒ぎよりも戦慄が襲う。魂の力を引き出したアイザック=ネテロを知っている十二支んからすれば信じることはできない。だが、映像には背後から出現したキメラ=アントに胸を貫かれるネテロと衝撃によって肉体が空中分解するミルキの姿が映し出されていた。

 

 巳のゲルは洗練された一連の攻撃に驚きを隠せなかった。

 

「不意を突いた同時攻撃。情報を外部に漏らさないようにしているのが分かるわね。でも、この映像……ッ!?」

 

 人間ではないヘルだからこそ残せた刹那の一時。

 映像を見ていた十二支んは目を見開き、一つの現象に背筋が凍る。血や飛散した肉片の動きがおかしいのだ。

 

「ゲル、私も見た時は驚いたわ」

 

 場所は東ゴルトー共和国。チードルから告げられる0.1倍速の世界。その驚きは進化したキメラ=アントと対等に闘いをできる者が誰一人としていないことを意味していた。

 

「まて、チードル。情報元はどこだ? この不自然な映像を本物か確かめるのが先だろ」

 

 これが真実ならば世界の終りともいえる。ミザイストムはすべてを疑ってかかる。

 今の世界は混沌としている。暗黒大陸絡みの利権。ネテロの死が必用とされることもある。偽りの死の可能性。ミザイストムがおかしいわけではない。ここにいる十二支んのほとんどがそう思っている。

 

 チードルの視線はイルミに向けられる。

 

「これは真実だよ。情報元は母親の念能力である【映像反射】さ。反射を利用した透視能力とだけ言っておくよ。ゾルディックは情報屋もやっているからね」

 

 納得のいかないミザイストムはイルミを睨みつける。

 今の十二支んにゾルディックが欲しがるような情報はないはず。キメラ=アントと十二支ん。その繋がりに何があるというのか。

 

「イルミ、まずはお前の目的を教えろ。信じるのはそれからだ」

 

 クライムハンターでもあるミザイストムとゾルディックは相容れない関係。十二支んの仲間としてやっていくには落しどころを考えなければならない。

 

「別に信じなくてもいいけど? 目的は……そうだなぁ。プロハンターは蟻に関与しない事と、蟻はゾルディックがやるから。それを全プロハンターに伝えてくれるかい?」

「――正気か?」

 

 情報提供してまでプロハンターを監視する意味。イルミの不自然さに疑問を持つミザイストム。

 戦闘面ではどうだろうか。覚醒したアイザック=ネテロを越える人間は恐らくいない。ゾルディックであるイルミにネテロと同じような禍々しい覇気は一切感じられない。蟻とどうやり合うというのか。

 

 チードルはミザイストムとイルミの間に入る。

 

「ミザイ、彼は協力者よ。イルミがいなければ私達は知ることすらできなかったのよ?」

 

 チードルの正論にミザイストムは口を閉じる。

 些細な事でもいい。対抗できる手段を考える十二支んだが、今の現状に打開策が見つかる筈もなく――。

 

「独裁国家、東ゴルトー。……運命とは残酷ね」

 

 深刻そうな表情をするゲル。

 ゲルが言わずとも誰もがそれを十分に理解していた。指組と呼ばれる密告システムがはびこり亡命すれば即刻死刑。国民よりも兵器の研究で知られている。そんな場所に蟻は流れ着いたのだ。

 巨大なキメラ=アントだけでなく、人間兵器の可能性も考えなければならない。

 東ゴルトーは唯一ミテネ連邦に属さない国。三権や報道機関は軍に掌握されている。それを最悪の事態になるまで利用されたのだから蟻にとっては人間大陸でもっとも適した生息場所だったのだろう。

 

「残念だけど、私達が蟻とやり合っている時間はないわ」

 

 チードルは十二支んに新たな映像を見せる。

 それはⅤ6からハンター協会に秘密裏に送られた映像。送られた意味を考えればハンター協会がどのような立場なのか分かる筈である。

 

「東ゴルトー共和国がハンター協会をテロ組織と名指しで声明を出したの」

 

 十二支んが集った理由。テロ組織と聞いて静まる十二支ん。

 今のハンター協会はⅤ6と蟻との板挟みの状況なのだ。冷静を装っているチードルだが内心は叫びたい気持ちである。最善を尽すために感情を押し殺して動いているのだ。

 

「新王メルエム。今の彼らは蟻ではなく神人と名乗り、東ゴルトー共和国も太陽国と名を改めています」

 

 演説の映像には蟻の姿となった元東ゴルトーの国民であるビゼフ長官。

 読み上げられたのはマサドルディーゴ総帥の暗殺とアイザック=ネテロの名。世界に向けられた偽りだけが並べられたメッセージ。

 情報操作による尊敬する者の侮辱。それを見てただ悔しがることしかできない十二支ん。テロリストと呼ばれても異議を唱えるものが誰一人いないのは否定できるだけのものが何もないことを示していた。

 嘘だとしても世界に発信されてしまってはどうすることもできない。

 

「皆さん。今はⅤ6により情報統制はされていますが、私達が次の一手に失敗すれば生贄に差し出されるでしょう。神人と名乗るビゼフ長官は旧人類の代表。つまりは、全人類の代表との1対1(・・・)の会談を3日後に希望しています」

 

 馬鹿げている。十二支んの考えは皆同じだった。

 そもそも基準なく全人類の代表など決められるはずがない。人類が700万年前に誕生してから一度たりともそのような者は存在していない。これは人間側から破綻させるための手段でしかない。

 

「ビゼフ長官は余程の切れ者か。人類の代表なんて……、まさか!?」

 

 消去法で導き出された人物。ミザイストムはハッとした表情になる。

 

「残念だけど、ミザイの思う通りよ。Ⅴ6がハンター協会に丸投げしたとなると全人類の代表はテラデイン会長になるでしょうね。私達に残された選択肢は2つ。蟻の餌なるか、身を隠すこと」

 

 チードルは絶望の表情をした十二支んの顔を見渡す。

 ハンター協会は駆除対象。世界の命とハンター協会ならば、心情が混じるチードルでも優先順位を間違えることはない。

 

「蟻……いや、太陽国は人間を抵抗せず決められた特区から出なければ狩りの対象にはしない宣言しています」

「……条件付きの永住、譲歩のつもりかしら。でも、これって私達人間が野性動物にしてきたことと同じなのよね」

 

 チードルはゲルに対して静かに頷く。

 ハンターとしての性。ハンター協会が破壊されようとも譲歩を提示されたら吞むしかない。

 

「人間の繁殖制限。強者による身勝手な線引き。そうならないためにテラデイン会長はⅤ6と人類生存の最低条件を決めているところよ。うまくはいかないでしょうけどね……」

「――太陽国、テロ組織の長が交渉の席に着かせてもらえるか疑問だけど……。まあ、蟻との交渉カードになるとすれば人類の知識ってところかしら。全人類の積み上げてきた叡智と進化。交換には安すぎるわね……」

 

 ゲルの深いため息。そして、十二支んはⅤ6が情報統制している最大の理由を知ることとなる。

 

「神人になる権利は誰もが持っている……か。これはカタストロフィだな」

 

 ミザイストムは天を仰ぐ。

 人類にとって最後の日。キメラ=アントによる蟻か人間の強制2択。この問題は争わずとも簡単に解決することができる。それは人類すべてが蟻に賛成すること。

 蜜のかかった傾いた天秤。まるで何かに導かれているような選択肢。

 蟻となることで得られる力。これを進化と呼べるかは分からない。ただ一つ言えることは暗黒大陸を知ってしまった全人類にとっては必要とも思える分岐点。

 

 人類はどちらを選ぶのか。そのような選択肢が残っていたのなら運命とも言えただろう。しかし、現実は非情。十二支んの知らぬ間に天秤は傾く。

 

 イルミは振動する携帯電話を取り出しメッセージを見ると静かに死の宣告をする。

 

「あ、そうそう。これから起こることは多言無用で♠」

 

 イルミの突然の言葉を理解する間もなく、十二支んの目の前には一人の少女が現れる。

 

「食べ放題~♪ 食べ放題~♪」

 

 人の形をした厄災。ゆらゆらと体をくねらせるアイは申のサイユウと寅のカンザイを見つけると一瞬で魂を破壊する。圧縮された人間を見た十二支んは驚愕と共にヘイト=オードブルを思い出す。

 言葉を発することすら許されない厄災に魂を喰われ続けるプロハンター達。捕食が終り静まり返った会議室には放心状態の欠けた十二支んと鮮血だけが残される。

 

 その日、300名以上の協専と呼ばれるプロハンターは死亡した。

 




読んでくれてありがとうございます。

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