突如として旧人類と新人類の会談は終りを迎える。
厄災との出会いは放棄ともいえる行動をメルエムに強要する。
――あれは念獣などではない!
書物で得た人類の知識にはなかったもの。
メルエムは謎の生物が纏う純黒なオーラをしっかりと認識していた。
――人間は既に厄災と共存していた。
震える手にあるのは深淵から奪い取ったプフの頭部。
ガス状生物をカミーラは厄災と呼んでいた。全力で走るメルエムは状況を理解すべく思考を巡らせる。
――人間に可能なら、余に出来ないはずはない!
メルエムは鼓舞することで精神を保っていた。
人間兵器の対策ならば満を持す。だが、厄災はメルエムですらも想像していなかった。
新手ならば対応する一手を見つけるしかない。
「余に残された勝ち筋……プフよ、感謝するぞッ!」
絶望の状況から救ったのは護衛軍のプフだった。
目の前にピトーやユピーの死があったとしても、直前で行動に移せたのは信頼の証といえる。
闇に呑まれかけたメルエムは森の木蔭に腰を下ろす。
「見たものを全て話せ、厄災とやらの存在を!」
その信頼に答えるかのように、頭部からは最低限度の大きさのプフ本体が姿を現す。
「お……王兵達は全て」
メルエムに驚きはない。
辺りを警戒すらしないプフもそれだけ精神的にも追いつめられたということ。
相手は書物にない謎の生物、未知なる敵にメルエムも責めることはできない。
「コムギの能力がなくとも、3万もの王兵を相手にするのは難しいはず」
不完全な孤独狸固。
前回の襲撃から学びを得て、防衛能力を持つ念能力者を増員していた。
攻略難易度は遥かに高いはず。負けようのない布陣が会談の僅かな時間で壊滅させられたのだ。
「敵の数を申せ!」
「……それが」
予想だにしない人物にメルエムは思わず真実を否定する。
「マサドル=ディーゴだと? そんなはずは……」
ディーゴは選別に利用した宮殿の元主。
ピトーによって修復された後は傀儡でしかなく、東ゴルトー共和国の消滅後は死体も処理している。
「あやつは影武者だったということか?」
敵からプフが感じ取ったものは純粋な怒りと悲しみ。
死後に念獣化した可能性は残るも期間を考えればないに等しい。
「その威圧は紛れもなく国王の器、そのマサドル=ディーゴに躊躇した一瞬でした。突如として宮殿一帯に黒い霧が発生し、視界はなく……」
気付けばピトーとユピーは黒い霧に襲われ絶命。
国を持つ者なら何かしらの繋がりは考えられる。カミーラとの共通点があるとすれば――。
「ディーゴが厄災を利用した……いや、それならば国を捨てる必要はない」
快報があるとすれば敵が視界を奪う選択をしたことか。
厄災はこちら何かを警戒したということ。単純な戦法とはいえ光の遮断は効果的な一手。
「行動の強制、発想は人間に近い。だからこそピトーは円を使用し敵を認識したのだろう。ただ、これが布石ならば……ディーゴは囮」
敵は人間という思い込み。
厄災に導かれた一手だと気付かずにピトーは最善ではない防御態勢を強いられる。
「余も存在を知らなければ、同じ一手を打たされていたかもしれぬ」
メルエムがコムギについて聞くことはなかった。
制約と誓約でコムギが死ねばメルエムの“
焦点の定まらないプフは記憶に残った出来事を話していく。
「僅かに残された分身が見たものは……信じ難いのですが」
メルエムは王兵の忠誠がなくなったことを知ると冷静に思考を巡らせる。
「過去を遡ったかのように……か、プフのような力と見るべきか。そこに違和感があるとすれば、ピトーやユピーに殺される理窟がないこと」
考えるは王兵を“人間に戻す”方法。
思考を停止すれば奇跡を司る神、しかし人間は厄災と表現していた。
時を戻す、崩して考えれば条件付きでの逆行――。
「余の存在が否定されないことを考えれば、改変ではなく復元とみえる」
「3万もの王兵達を変化ではなく復元……それは可能なのでしょうか?」
蟻から人間への復元。
メルエムがその考えに至ったのはプフがコムギの名を告げなかったことである。
“王兵”としかプフは言っていない。
つまり、これは時を戻すのではなく過去の姿にするが正しい。
「――時は認識、過去は記憶。ならば、厄災は知らぬ存在を個の記憶から再現した。これならば念能力で可能なはずだ」
メルエムが持つ王兵という厖大な念能力の知識。
全ての王兵に干渉する力は不可能にも思えるが、コムギの持つ【軍儀の王】のような相互強制協力を違う形で再現すればそれも可能となる。
「厄災が利用したのは王兵達の意識だろう。黒い霧で宮殿を覆ったのがその条件の一部、個の記憶からの復元にあたり“敵意”を利用したと考えられる」
「まさか、王兵の弱点が人間の頃の記憶とは……」
メルエムはプフの言葉から状況を推測していく。
「記憶から再現されたとなれば、脳が認識機能を始めてからになる。これはピトーやユピーがそのままの姿であるという説明にもなる。なにより、王兵と同じでありながら人間に戻らなかったコムギが答えだ」
「――コムギ様だけは自分の姿を知らない」
「恐れるべきは“復元”という力の応用だ」
瀕死の傷を負ったとしても瞬時に修復が可能。
それはピトーの持つ念能力【
ピトーでさえ、念人形との20mの行動制限と全オーラを集中させるといった厳しい条件があって成立していた。
「本来ならあるはずなのだ。念能力を縛るはずの思考が」
メルエムが最も恐れるのは制約と誓約を悟らせない念能力。
規模を含め、念能力の全てはその者の思考で表現されている。つまりは厄災の思考が異常なのは明白。
「敵は究極の思考を持っている。不利ともとれる状況だが、厄災が自らの一手を下さなければ殺されることもない。敵の一手を読み続ければ勝機を見出せるやもしれぬ」
力で捻じ伏せる。
これは人間にではなく厄災に対する初手が間違っていたのだ。これは修正の効かない終盤戦。
「厄災、そうか――ッ!!」
プフに戦う力は残されていない。残されたのは王と王妃のみ、冷静になれたからこそ気付く。
“あなたは対処のできる厄災”
“たべてしまったのでしょう?”
カミーラの言葉に隠されたものにメルエムは小さな勝ち筋を見つける。
コムギの【軍儀の王】が発動しなくなった理由。
問題があったのはコムギではなく協力者のメルエムだったのだ。
“帥と命を共にする”
分岐点である襲撃者を食してからの変化。
制約と誓約、【軍儀の王】を破る方法を敵が見抜いてたのなら天晴としかいいようがない。
これは毒などではない、毒よりももっと怖ろしいもの。
「不死、それが余の犯された毒」
伝説や空想、書物には古くから不老不死について記載されていた。その存在がいなくとも対策は十分に考えられてきたはずなのだ。
カミーラの“対処のできる厄災”と表現したのも納得ができる。
「プフよ、唯一の勝ち筋を見つけたぞ!」
メルエムの思考は研ぎ澄まされていくが、強烈な違和感の存在が壁として立ち塞がる。
――コムギはどこで余の不死に気付いたのだ?
それだけではない。
書物を読めないコムギは不死という言葉すら知らないはずである。
命を懸けるコムギの揺るぎない意志。
ただ、存在する制約と誓約と存在しない知識の干渉、そこに隠された真実が見えない。
「余は宮殿に戻る」
答えはコムギの中にある。
【王の間】は死者によって創られた
死後強まる念により強固となっている
「コムギが生きているのなら、そこしかない」
種の全てを託された王メルエムは揺るぎない決意で小さなプフを見つめる。
「プフよ、海を渡り暗黒大陸を目指すぞ。そこに偽りではなく、真の王国をつくることを約束しよう」
「王、そこに本物の楽園があるというのですね!」
プフは小さな体で頷く。
厄災とは暗黒大陸の生物、カミーラの言葉でメルエムはそう確信していた。
「余は放出系だ。新たな念能力を生み出せばコムギを共に運ぶことは造作もない」
「分かりました。王の命、絶対に遂行させてみせましょう!」
残された駒は僅だが、“
これは愚者だからこそできる選択。
プフからすれば最後の護衛軍として最高の奉仕。種として生き残ることは勝利といえる。
『コムギ、打つぞ!!』
『は、はいな!』
王の部屋で軍儀をするメルエムとコムギ。それをプフが椅子に座って見守るという当たり前だった日常。
「――共に笑って暮すぞ、余が望むのはただそれだけだ。他には何も望まぬ」
使命を背負った小さなプフは自然と涙を流しながら旅立つ。メルエムはその小さな背中を見送ると深いため息をつく。
【王の間】、その出口である女王の巣には厄災がいる可能性が高い。出口を変えるには【王の間】にメルエム自身が再び戻らなければならない。
「心地の良い静けさだ。余が自然を美しく感じるとは――」
生茂る草や花、メルエムは今いる場所の正確に記憶する。
出口を変える条件はメルエムが行ったことのある土地。既に死者の念能力であるため正確な条件までは分からない。
「やるべき一手、厄災の全て躱す」
宮殿から【王の間】に進入し、コムギと再指定された出口から脱出をする。そこには多くの死路が存在する。
プフが道中で死ねば……。
メルエムが宮殿に辿り着けなければ……。
コムギが王の間で力尽きていたら……。
“種は終わる”
それだけは絶対にあってはならない。
メルエムは不死を覚悟すれば宮殿までは難しくはない。厄災を撒けるだけの速さはあるのだ。
「繫栄し、後世に伝える。それが種であり王の役目だ」
借り物の城と偽りの王に偽りの兵、これが天命のはずがない。
「ピトーやユピーの死があったからこそ、誠の天命が導きだせたのだ。これを成し遂げてこそ、過ぎた者への手向け」
メルエムは力強い一歩を踏み出す。
読んでくれてありがとうございます。