旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第六十三話 共存の道

 脳内で行われる無窮の試打。

 考えに耽るメルエムは太陽王国の首都ウィートにある時計塔にいた。

 

「プフの情報が確かならば、王兵から人間に戻った多くの者がいるはず」

 

 ウィートとは旧東ゴルトー首都ペイジンであり、メルエムも正式に訪れたことのある場所。

 その一度は支配した街の違和感に気付く。

 

「この静けさは罠と見るべきか」

 

 真実と嘘が共存するのは誰かの意志が存在していること。メルエムは意外な場所で闘気を感じ取る。

 

「まさか、敵が1人とは」

 

 見つけた唯一の人間は宮殿にいた。

 街から僅かに見える宮殿上部の先端、見張り台として使っていたピトーの特等席。

 

「やはり、マサドル=ディーゴとは別者か。念とは言い得て妙、余も疑うことはなかっただろう」

 

 遠方からの視認ですらメルエムの全身は寒気に襲われる。

 円を使えば気づかれる、そう思わせるだけの威圧感を人間の男は纏っていた。

 

「深淵とはそういうことか」

 

 メルエムはその者を一目見て理解してしまう。

 

「感情の必要がない純黒なオーラ……つまり、念には存在するという事か」

 

 虚無から生れたと思われる力は望んで得られるものではない。

 

‘‘オーラと呼ばれる生命エネルギー、それを利用したものが念という概念’’

 

 これこそが見えぬ分かれ道。

 感情を“プラス”とするなら虚無は“マイナス”、普通ならば疑うことはない。

 

 ――合理的な道筋ではたどりつけない場所、なぜ奴がそれに至ったか考察する意味はない」

 

 眼に見える理だけでは社会通念のごとく必然的にプラス側にされてしまう。

 それはメルエムも例外ではなく、歪んだ知識は本質を塗りかえてしまうのだ。

 

‘‘プラス側の者は深淵に到達することは永遠にない’’

 

 それがメルエムの導き出した結論。

 なぜなら念にとっての感情は快楽でしかない。無限に強くなると言えば聞こえはいいが、終りは存在しないのだ。

 

 ――こやつも‘‘喜怒哀楽’’その果てが虚無だと理解していた。

 

 そうでなければ深淵に到達することは不可能。

 まさに異端児。プラス側が深淵に触れる手段があるとすれば全ての否定。つまり死しかない。

 

「個の境地、虚無の力といったところか。だが、この威圧感には覚えがある」

 

 それは強化系であるはずのコムギに感じていたもの。

 付け入る隙のない無の境地という不確かなものは確信に変わる。

 理を逃れた盲目のコムギはマイナス側の存在だったのだ。

 

 ――コムギも深淵を知る者、余を超越する無限の戦略……とどかぬわけか。

 

 メルエムは口に手を当て視線を下げる。その何気ない癖ともいえる動作に油断は一切なかった。

 だが、事の出来事を理解すれば、それが悪手だと気付かせるには十分だった。

 

「コムギ……ッ!!」

 

 思い出が一瞬にしてメルエムの脳内を駆け巡る。

 流れる空気の変化と崩れ落ちる宮殿にメルエムはただ唇を噛みしめる。

 

「それが其の方の一手か」

 

 これは意図的な破壊であり【王の間】の入口を消失させるためのもの。互いのかざす正義に交渉の余地はない。

 認識するには遠い距離たが、気づかれたのなら隠す必要はない。

 

 メルエムは姿を現すと憤怒の形相で敵を見つめる。

 未知であるはずの‘‘死後の念’’で創られた【王の間】。行動により入口(・・)と認識させてしまったが得られたものもある。

 

 ――念に込められた意志までは読みとれぬか。ならば勝機はある。

 

 この状況で自身を信じていいものか。心に湧き上がる胸騒ぎをメルエムは抑えつける。

 

「よかろう、余に矛を抜かせたことを後悔させてやるッ!」

 

 メルエムは心を奮い立たせ拳を強く握り締める。

 全身から溢れ出す黒いオーラは疑心を払うべく道を絞る。強制される選択、この道が正解ならば攻撃は読まれない。

 

 そして、避ける以外の選択肢が増えた事。

 メルエムにとっては有益な情報であり、厄災と呼ばれる生物達に負け戦ではないと分かっただけで十分な収穫である。

 

 この敵から――気迫に満ちた刹那。だが、それは敵も同じ。

 

 メルエムは大きく瞳を見開く。

 無意識に避けたのは黒い道筋を残す念弾。その直線上にあった全てのものは破壊される。

 ここは既に盤上で距離は初めから関係なかったのだ。

 

「おや? 確かあなたは――」

 

 瞬間移動してきたのは不気味な笑みを浮かべる男。メルエムにとってはこれが正確な視認となる。

 

 ――技に行動、威力だけで考えれば同じ放出系か。

 

 人間と呼ぶにはあまりにも不釣り合いな力。

 歓喜に満ちた男の表情はメルエムからすれば狂気でしかない。念に殺意が込められていないのがせめてもの救いか。

 

「其の方の道楽に興味はない」

「……その発想はありませんでした。無窮の退屈な人生では初めてですね、メルエム」

「余の名を知っている、か。これほど安堵したのは初めてかもしれぬ」

「私も同じですよ。最も厭悪した……初めて彼を好きになれました。もう名前も思い出せませんが」

 

 不気味に笑う男に殺意がないからこそ、メルエムの怒りは頂点にまで達する。

 咄嗟に間合いをとるも、そこにいたのは――。

 

「な、其の方らが何故いるのだ……」

 

 メルエムに駆け寄ってきた惨酷な真実。

 不気味な男を追ってきたのは死んだはずの護衛軍達。ユピーにピトー、そして暗黒大陸に向かったはずのプフ。

 

 軍儀ですらここまで迷うことはなかっただろう。

 生と死、生じる混乱と隙。暗黒大陸に向かったはずのプフは本物なのか偽りなのか。

 

「――動かぬッ!?」

 

 メルエムは敵の片腕が闇に消えていることに気付く。

 初手の攻撃は拘束するための布石、死角にあった黒い穴からは男の腕が伸びる。

 不覚をとったメルエムは自身の腕を躊躇なく切り捨てる。この男は念系統という知識で計っていいものではない。

 

「貴様、余の知らぬ念を知っているな?」

 

 止まるは死路、黒と純黒のオーラは激化する。

 地を蹴り全速力で逃げるメルエムに対し、男はそれをただ追いかける。

 風を切り進むメルエムの後ろには無数の暗闇の穴。

 単調な太刀筋ではあるが、首を掴まれてしまえばメルエムでも切り落とすことは不可能。

 

「ここが何なのか、あなたにも分かります」

 

 攻防とは呼べない穴より出現する無数の腕をただ回避する。

 メルエムにとってはこれが最善であり、暗闇の出現よりも速く動き続ければ掴まることはないのだ。

 今は軍儀の如く、情報を整理し勝利の道を探る。

 

「余が勝つまで相手をして貰うぞ――ッ!!」

 

 幽閉された仲間を救う最低条件は厄災の討伐しかない。

 メルエムが敵の立場ならば詰むことは容易、それ故に敵の戦術に変化がないのは違和感でしかない。

 敵の目的が拘束なのは、メルエムの中に潜む‘‘対処のできる厄災’’のせいなのか。

 

「ユピー、時間を稼ぎなさいッ!! ピトー、すぐに王の止血を!!」

 

 メルエムに向けられた攻撃が止まる。

 プフの焦りの表情を黙って見つめるもメルエムが抱いたのは強い焦燥感だった。

 

「聞け、プフにピトー。これが人間との最後の戦いになる」

「王、あの者が人間側の代表ということですか?」

「ああ、この勝利こそが我が種の繁栄を約束するだろう」

 

 膝をつき頭を下げる護衛軍。

 メルエムは初めて仲間に対して嘘をつく。目の前にいる護衛軍が偽りであろうと答えは同じ、死者に死を告げて何になるのか。

 

 メルエムが真実を告げたところで戦局に変化はない。

 この‘‘念空間’’がコムギと過ごした時間のように永遠ではないことも分かる。

 だからこそ伝えなければならない。この機会を与えてくれた敵に感謝するべきか。

 

「モントゥトゥユピー、ネフェルピトー、シャウアプフ。余には過ぎた者達だ、其の方らの最大なる忠義に感謝する!!」

 

 断固たる意志でメルエムは空を見上げる。

 身につけた念の知識と技量。翼がなくとも足底から作られる念の足場と放出によりメルエムは空中を自由に飛び回る。

 

 ――見切られたら余に勝ち筋はない。ならば、一撃で仕留める……。

 

 至福の笑みを浮かべる男は黙って空を見上げる。

 この偽りの世界が全ての念で結付いているのなら可能性はある。

 

 念を込めるには十分な時間、厄災に対しメルエムの返しの一手が放たれる。

 

「舐めるなよ、厄災が――ッ!!」

 

 円の如く放たれた輝くオーラは闇を打ち消す。

 その周囲を照らす閃光は一瞬にして視界を遮る物のない砂漠へと姿を変える。

 

 【虚虚実実(ジャンプフォース)

 その正体は円状に広がる光子状の念弾。円の技術と人間兵器を学習したメルエムが対人間兵器用に身につけた発である。

 

 メルエムの周囲数キロの対象を粒子状に分解し念圧で消滅させる。

 この技を避けるには閃光の速度を越える必要がある。つまり生物には不可避の技。

 

 襲撃者から奪った黒いオーラで強化された虚虚実実。

 技による反動と肉体を襲う強い疲労感。再び発を使うには一定の間隔が必要となるが、あらゆる危機から逃れる技でもある。

 

「記憶の核を破壊してしまえば再生されることはない」

 

 メルエムの予想は当たっていた。

 目の前には破壊されたはずの宮殿が出現し、座り込むメルエムの目には生気が戻る。

 

「……残るは、人型のガス状生物」

 

 しかし、メルエムに待っていたのは希望を騙る底無しの絶望だった。

 

『勝手に壊されるとこまるんだよね!!』

 

 太陽の光を遮る黒い影。

 脳内に送り込まれる言葉と背中に触れる謎の感触。緊迫と緊張、敵がこの機を見逃すはずはない。

 

『まあ、いいや。ミルキとネテロは返してもらうね!!』

 

 今考えるべきは起死回生の一手、願うは反動からの回復ための時間。

 咄嗟に言葉を選ぶも声になることはなく、振り返るメルエムは虚無を知る。

 

 ――……巨大すぎる、この感じは除念の類か!?

 

 敗北を悟るには十分な100mを優に超える黒影の怪物。生気を吸い取られるような強い脱力感。

 

 暗黒大陸に生息するガス生命体。

 メルエムに知る術はなく、狂い始める歯車を止めることはできない。

 

ナニカ(・・・)、自分の世界に戻っていいぞ」

『あいあい』

 

 全身から消えていくのは襲撃者から奪った偽りの鎧。そして割れる壺の音、その壺は砕け散り消えていく。

 

 巨大生物の消失により辺りには太陽の光が戻る。

 メルエムに喜びはない。なぜなら目の前には見覚えのある者がいたからだ。

 

「厄災の正体がヘイト=オードブルだったとはな」

 

 人間兵器が効かない人間。

 媚びを目的とした国からの情報、最も危険な存在はメルエムでも知っている。

 交渉の場に現れたカミーラとの繋がりを考えれば、全ては戦略だったということか。

 

「【蠱毒】も人間の魂で創られた世界。少しは人間の価値を理解できたか?」

「蠱毒か、先の場所は死者の世界というわけか。中の者は其方の念獣か?」

「どれも本物だよ。喰った護衛軍とお前の生みの親であるパリストン=ヒル、正確には女王を創り出した男だが」

「……実に滑稽よ。つまり、余は奴の戯言に付き合わされたということか」

 

 帥をとれば終局のはず、メルエムからすればその不確かな欲望は簡単に絞られる。

 

「余を殺さぬのは奪った‘‘厄災’’のせいか?」

「……ああ、ゾバエ病のことか」

「それが余の犯された毒の名か」

「毒? ゾバエはオーラを吸い続けるただの寄生細菌だ」

 

 情報統制の効く閉鎖国である故の弊害か。

 人間の書物を読み漁ったメルエムでも初めて耳にするゾバエという言葉。

 

「まさか、細菌兵器とはな」

「ワクチンの存在しない病原体といえば同じ扱いにはなるだろうな」

「余の不死は貴様の狙いか?」

「ほー、蟻にしては勉強熱心だな。なら教えてやる、ゾバエは脳の中枢に寄生する細菌で治療は不可能――」

 

 メルエムにとってはあまりにも惨酷な言葉。

 ゾバエの宿主は不眠不休で動ける体にはなるが、純度の高いオーラを常に提供し続けなければならない。

 感染者を殺しても意味はなく、全力のオーラを纏わない者は魂を供給源され、永遠と廃人にされる。

 

「其方からすれば、何もせずとも終局ということか」

 

 ゾバエの抑制が黒いオーラだとすればメルエムは既に詰んでいるということになる。

 

「フッ、余が見向きもされないとは……其方はコムギを待っているのだろう? 余が生かされている意味を考えれば分かる」

「さすがは王だ、話が早い」

 

 敵に‘‘見’’が許されるということは、時が進むにつれメルエムの選択肢がなくなるということ。

 ならば選択は早い方がいい、目の前の者からすればこちらは餌でしかない。

 交渉材料があるとすれば王妃コムギを【王の間】から連れてくること。

 

「コムギは元人間、奪うのではなく共存させてほしい。偽りはない、これが余の最期の願いだ」

「――他の念空間を探すのは時間がかかるからな。いいだろう、交渉成立だ」

 

 メルエムは誰もいない静かな宮殿に足を踏みいれる。

 




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