旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第六十四話 変革

 薄暗い【王の間】に置かれた一つの軍儀盤。その部屋を照らすのは静寂を誘うコムギの指先。

 

「おかえりなさい、メルエム」

 

 導かれた(スイ)は後ろからただ見つめる。

 無駄な時間でこれほどまでに心が癒されることは他にはないだろう。

 その癒しが感じられないのは“説得”という一手しかないからなのか。

 

「コムギ――」

 

 最期になるかも知れない、その名。

 妖精のような少女に睨まれでもしたら、メルエムはこの場にいなかったかもしれない。

 

「何でしょう?」

 

 コムギは綺麗な六枚羽を広げると理由も聞かずに七色に輝くオーラを王に向ける。

 本来ならば、照らすべきは願いの込められた王の役目。メルエムは拳を強く握り締めると僅かに顔を歪ませる。

 

 ――敗北を悟った余への嫌味か。

 

 【軍儀の王】には駒の周囲状況を把握する力がある。

 プフならば説得せずとも……そんな弱みすら見透かしたように、屈託のない笑顔はそれを許さない。

 

「見えていますよ? ()がそんな顔をしないでください」

 

 目の存在しないコムギの顔に反射する歪んだ顔。

 

「王のあるべき姿か……」

 

 そんなものは幾度も自問自答した。

 偽りの鎧(黒いオーラ)を失ったメルエムでは、肉体的にも強化系のコムギには勝つことはできない。

 

‘‘軍儀を勝つまで続ける’’

 

 メルエムも王なりに抵抗はした。

 志も捨てたつもりもないし、コムギにもそれは見せてきた。それを‘‘ただの意地’’と言われたらそれまでなのだが。

 

『起きろ、コムギ! 打つぞ!!』

 

 初めはただの余興、だが敗北でそれは変わった。

 心に潜む欲望はコムギが王妃になるまでの稚気だったのかもしれない。

 

 蟻の王メルエムと軍儀王のコムギ。

 互いの持つ王欲は同じであり、コムギも王妃となってからは意見をするようになっている。

 これは互いの変化と成長でありメルエムも許したこと。

 

「余には見えぬ活路があるのだな?」

「はい」

 

 はっきりと言い切るコムギに感じた胸騒ぎ。

 ただ気に入らないのは絶望した戦局で平常心を保っていること。

 

 思い返せば不自然な出来事は多くあった。

 初めての敵襲で王兵から生まれた多くの死念獣。その謎に関わりがあるとしたら争いの中心にいる者しかいない。

 

「――では、その活路とはなんだ?」

 

 妖艶だったコムギは褒められ待ちの犬のように変化する。

 つまりはそれが答え。ここまできたらメルエムも問い詰める気すら起きない。

 その気を知ってか知らずか、コムギはいつものように荒い鼻息で口を開く。

 

“全ての家族、その思いを共にする”

 

 「――【軍儀の王】、それがワダすの本当の念能力です!!」

 

 コムギは襲撃者と初めから対峙していた。

 【軍儀の王】に隠された活路はメルエムからすれば反旗にも近い行為。

 

 コムギでなければ即座に首をはねていただろう。

 それをしないのは悪意なき指導と分かっているから。これは軍儀の対局でメルエムが幾度となく見てきた景色なのだ。

 厄災との争いもコムギからすれば軍儀と何ら変らないのだろう。

 

‘‘王を守る’’

 

 棋士の心構えや単純すぎる蟻としての本能。

 そこに雑兵や王妃も違いはなく、王だけが特別な蟻として当たり前の行動でしかない。

 

 これは無償の愛なのだ。メルエムを生んだ女王がそうだったように――。

 

「不自然なまでの死後の念、つまりはこの場所も」

「はい、【王の間】は死後の念で。ワダすも念については素人でしたから、多くの敵の戦法を見て“隠す”判断をしました」

 

 盲目のコムギが蟻となり、その全ての感覚を研ぎ澄ませて生み出した力は、王を支える蟻の終着点だったのかもしれない。

 

「何故、余にまで黙っていたのだ?」

「いいえ、知らないのは護衛軍の皆さんとメルエムだけです」

「――ッ!?」

 

 【軍儀の王】の秘密にメルエムは思わず天を仰ぐ。

 欲も畏れもないコムギと雑兵だけが知っている王妃の力。だからこそ生まれた争いでの指揮官との矛盾。

 ネテロ隊との戦闘で本当に指揮していたのはコムギという見えない軍師。

 

 念能力を学習した棋士コムギの力量。

 傀儡の指揮官では敵も思惑を読み切れる方法はない。メルエムでさえコムギが描いていた盤の上で踊っていたのだ。

 

「信憑性を逆手にとった戦法か、天晴だな」

 

 幾度となく軍儀戦法を真似されてきた者の心理をついた新戦術。

 生み出した戦術での読み合いならばコムギは負けることはない。

 

 心に感じるざわめきをメルエムはようやく理解する。

 コムギの思考を一度たりとも読み切れたことがないからこそ、ただ――。

 

「そうでもありませんよ、ヘイト=オードブルには戦術を見破られました。仕掛る度に、彼は別人のような打ち回しでワダしを追い詰めました。メルエム、気を付けてください。あれは“本物”と“偽物”を生み出す打ち手です」

 

 好敵手はメルエムではなくヘイト=オードブル。

 だからこそ早くに気付くべきだったのだ、コムギが持つ信念に……。

 

 ――余が考えるべきはその先……。

 

 メルエムは悟られぬようにゆっくりと息を吐く。

 王妃として選ばれた者の覚悟が見えぬ恐怖となってメルエムを襲う。

 思い出されるのは制約と誓約、そこに生まれた王と王妃の意志の歪み。

 

‘‘帥として生きる(メルエム)’’と‘‘命を共にする永遠の棋士(コムギ)’’

 

「メルエム、この戦争が終ったらワダすに幸せな楽園を見せてください」

 

 コムギはスッと立ち上がると空いていた対席に腰を下ろす。

 メルエムを見上げるコムギの顔に先程の笑みはなく、本気の棋士としての姿があるだけ。

 

「余にこれを打てというのか?」

 

 視線の先にあるのは戦況に差のない軍儀の盤面、打ち手次第で幾多の先に待ち受ける死路。

 メルエムはコムギの温もりが残された空席に座るとコムギの見る軍儀(世界)を知る。

 

「2-7-2、忍新(シノビアラタ)

 

 気迫に満ちたコムギの盤を掌握する鋭い一手。

 互いの(スイ)に挟まれるのは忍、これは孤狐狸固(ココリコ)の最終手。

 

「待て、考える」

 

 この先が死路ならばコムギが続けるはずがない。

 どこかに活路がある。長考するメルエムは気付けばコムギの七色に輝くオーラに包まれていた。

 

「――ここか」

 

 心に潜む僅かな不安は見つけた活路によって打ち消される。

 

「4-5-1、中将(チュウジョウ)。余の死路は完全に消えたぞ、どうだコムギ!!」

 

 歓喜に満ちたメルエムは本物の深淵に触れる。

 明かりの消えた【王の間】に訪れる静寂。広い盤面に残される対峙した片割れの(スイ)

 

‘‘軍儀王、一度負ければただの人。ワダすは負けたらゴミなんです’’

 

 何故、今になって思いだしたのか。

 もっと人間に興味を持っていたら違う未来があったのかもしれない。

 

 ただ泣き叫ぶ王の声は誰にも届かない。

 メルエムに訪れる虚無は一時を永遠のように感じさせる。

 

 己ではなく他者のための念能力。

 【王の間】や【軍儀の王】は全てメルエムのために用意されたもの。

 

 “代わりの利く王妃とそれが許されない王”

 

 王妃は蟻に寄り過ぎた。

 繁栄よりも勝つことだけに執着したのだ。それが【軍儀の王】に込められた王妃の願い。

 七色に輝くメルエムは誰もいなくなった【王の間】から姿を消す。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 NGLの奥地に築かれたベースキャンプではカキン帝国の精鋭部隊が滞在する。

 指揮官であるベンジャミンはカミーラに食事を渡すと同じ言葉を繰り返す。

 

「既に3日目だ」

「私にできることは待つことだけなのよ!」

 

 ベンジャミンはただ祈りを捧げる国王を見つめる。

 

「待つのは勝手だが身なりは人を表す。外には情報屋もいるのだ……王としての気構えだけは忘れるなよ!」

 

 王位継承を捨てたベンジャミンにとって最善を尽すことが国のためである。

 それが忌み嫌っていたカミーラでも変わらない。認めたからには死ぬまで尽すのが軍人としての忠義。

 

「バルサミルコ、国王をどう思う?」

「性格を曲げてまで動かないとなると……カミーラ様は何かを約束されたのかもしれませんな」

 

 カミーラの周囲を護衛する部隊は陣形を崩すことはない。ただ、来るべき時を待つ。

 ベンジャミンは思考を巡らせるも答えは限られる。

 

「ふむ、“密約”といったところか」 

 

 ベンジャミンも一度は王を目指した者、視点を変えれば何か見えるかもしれない。

 情報屋に依頼をしたのは間違いなくカーミラ=ホイコーロ。蟻との会談を世界に発信する意味、それが何なのか。

 

「力の誇示か。しかし、この会談は蟻側の意志のはず」

 

 ベンジャミンが欲望に届くことはない。

 過ぎ去る時と共にカミーラの苛立ちは強くなる。ケアが必要なのは目に見えているが、それをするのは信用ある世話係の務め。

 

 朝日が昇り、変わらぬ日常にベンジャミンは足を止める。

 

「カミーラ、そう睨むな。先程、サラヘル隊との合流は完了した。執事長(フカタキ)も同行している、湯浴みの時間くらいは許されよう」

「カミィに指図しないで――ッ!! ベンジャミン、これが終ったら軍事最高顧問から解任するわ!」 

「下らぬ心配だな、カミーラ。それが国王の命ならば従うまで、ただ――」

 

 ベンジャミンが認めていても他の王子達は違う。

 関われていない王子達は反旗を起す可能性は十分にありえる。王位を狙っていた、第三王子以下の者は説明すらされていないのだ。

 

「ツェリードニヒは間違いなく動くぞ?」

「好きにすればいいわ」

反旗(クーデター)が起きればカキンの名に傷がつく。一時的とはいえ、国軍が機能しなくなれば旧王妃の部隊も動くだろう。既に念能力は世界に認知されているのだぞ?」

 

 カミーラはあまりにも冷たい目でベンジャミンを見つめる。

 

「厄災を見て暗黒大陸に踏み込める王子が何人いるのかしら」

「何を言っている、お前は不可侵条約にサインをしていたではないか?」

「あんなものはただの茶番よ? 私はアイザック=ネテロの指示に従ったにすぎないわ」

「ネテロ……だと?」

 

 暗黒大陸不可侵条約。

 暗黒大陸に渡るには幾つもの誓約を課せられる。その力はⅤ5ですら拘束する力を持つ。

 

「無人船――ッ!? 本当に密約を結んでいたのか!」

「意外ね、あなたのことだから知っていると思ってたわ。この世界に存在しない人間は彼だけではないのよ?」

「存在しない……不可持民を使うきか!?」

「ええ、そうよ。もう生きている人間に価値はないの」

 

 不気味に笑うカミーラにベンジャミンは絶句する。

 

「御父様やあなた達が切り捨てた階級すらない不可持民、世界から見捨てられた流星街。その全ては逆転し、彼らは暗黒大陸を渡れる唯一の人間になったの、驚きでしょ?」

「不可侵条約、そういうことか……」

「それには死人も含まれるけど、あなたも死んでみる? 全てを捨てる覚悟があればの話しだけど」

「いや、やめておこう」

 

 暗黒大陸不可侵条約に触れない無人船という密約。

 カミーラの告げる暗黒大陸の独占、死人や存在しない人間は渡航条約には触れることはない。

 

「キメラ=アントの殲滅、それがハンター協会とカキン帝国が世界に結ばせた密約の条件なの。ヘイトが失敗したらカミィがそれをしなければならないの、だから邪魔をしないでちょうだい」

「太陽王国、あの者達を相手に……か」

 

 カミーラにとっては今が出発点(スタートライン)

 

 “暗黒大陸からのリターン”

 

 もし手に入れば世界はカミーラの思い通りになり、ベンジャミンも少なからずその恩恵を授かるだろう。

 ただ、それはカミーラがカキン帝国を捨てなければの話だが……。

 

「ん?」

 

 ベンジャミンはふと空を見上げる。

 そこには欲望に満ち溢れたカミーラを照らす七色の光。

 

「先に仕掛けたのは其の方ら、いまさら卑怯とは言うまいな?」

 

 ベンジャミンは六枚羽の異形の神に目を奪われる。

 




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