旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第六十五話 光と闇

 【百万回生きた猫(ネコノナマエ)

 カミーラの死によって発動する念能力。死を招いた対象を標的とし、黒い猫型の死念獣は背後から獲物を狙う。

 

 死念獣から繰り出される両手で挟む動作。

 メルエムは振り向きもせず、輝く翼を静かに傾けると加速し宙を回る。

 

「迎撃型か」

 

 カミーラの最期の切り札は、防衛思想から生まれた死後発動型の念能力。

 そこに誤算があるとすれば、【百万回生きた猫(ネコノナマエ)】は人間相手に想定された念能力だということ。

 

 ――死念獣の狙いは余の()か。

 

 メルエムは死念獣に対しての最適解を出す。

 強さの実感と弱さの自覚。それは死後の念に込められた思いは必ず1つということ。

 つまりはただの一点特化で、生物が畏怖するのは未知のものだけなのである。

 

「弱点があるとすれば、死後故の自動戦闘」

 

 これは死後の念に対する経験則であり、理解さえできれば脅威ではない。

 蘇生を可能とする死念獣、それが人間の創り出せる限界である。

 

「余には届かぬ」

 

 メルエムの纏う輝くオーラに乱れはない。

 蘇生能力は念能力としては強力だが、攻防と呼べる程のものはない。

 単調な攻撃しかできない死念獣は、満足するまでただ避け続けられるのである。

 

 ――カミーラ様の黒猫を避けるとはね……。

 

 外来種と死念獣を見つめていた老婆は額に汗を滲ませる。

 【百万回生きた猫(ネコノナマエ)】を知る唯一の執事長のフカタキは、老体に見合わない速度で死角から生茂る木を上る。

 人類では到達できない領域のメルエムに対し、死を悟る環境でその流れを冷静に見極めていた。

 

 ――隠す相手はいないはず。

 

 隙を探すフカタキはメルエムの行動に疑問を持つ。

 死念獣に対して避ける以外の選択をとらないあまりにも慎重な行動。

 

「……となると、誓約持ちかね」

 

 敵が選択肢を選べないのだとしたら……。

 その事実はフカタキが考えを移すに十分な理由となる。弱者の目利きではあるが静かに微笑みを浮かべる。

 

 ――死念を恐れている。これはチャンスかもしれないね。

 

 メルエムに除念能力はないとみていい。ならば、選択として第一王子の呪詛(サラヘル)はどうか。

 

「無理もないね」

 

 フカタキは微動だにしないサラヘルを見ると瞬時にこの案を切り捨てる。

 この場で冷静なのはフカタキ以外では情報屋だけである。

 キキョウが戦闘向きではないことは明白、恐らく共闘も望めない。心を静め跳躍したフカタキとメルエムの視線が交差する。

 

 目的は暗殺呪詛の発動率を上げること。

 迷いは可能性の最大値を減らすだけ、突き進むしかないフカタキの顔に表れる決意。

 

「さあ、迷いなさい」

 

 消えるか分からないカミーラの死念。

 無謀にしか見えない行動は牙がとどく距離だからこそ効果を発揮する。

 捨て身という選択によりメルエムはあるはずのない可能性を追うことになる。

 

 カミーラという特殊な前例、2体目の死の迎撃(カウンター)

 敵の心を曇らせるだけでいい、喰われたってかまわない。これは死を悟った老婆の最後の笑み。

 

 ――メルエム、あなたと黄泉の国で結ばれる。

 

 死後の念を警戒しているからこそ最も時間が稼げる。

 迎撃型を偽ったフカタキは、指を銃のように形作ると自身の米噛みに当てる。

 

“古代カキンに存在した風習、死後伴侶という殉葬”

 

 本来は国王になれなかった王子が国をたたらないよう黄泉での監視が目的。

 王子の伴侶という名誉とは裏腹に、不可持民という生涯不変の身分制度。

 

 しかし、その時代もカミーラによって変化を遂げる。

 特区に於いて軍兵と平等の地位と権利。それが私設兵の不可持民に与えられたもの。

 それにより、私設兵の中から自然発生的に死後伴侶復活の声が上がり、念能力と合体することでより強力な【暗殺呪詛】へと形態を変えた。

 

 瘴気にも似たオーラを纏い狂気に染まるフカタキ。

 

「気概だけなら負けはしないよッ!!」

 

 理想は写真や衣類、体の一部を携帯し標的を呪う。

 出来るだけ長い期間、近い距離で想う程に呪力は強くなる。

 狙うは最大値であり、多くの皺が刻まれた米噛みを貫通する老いた指は標的の目前で自死を願う、しかし――。

 

呪憑型(・・・)の念能力か」

 

 上から見下ろすメルエムの一点の曇りもない瞳。虚を突かれたかのように目を見開くフカタキは初めて動揺を見せる。

 

 ――まさか予知能力か!? いや、これは……。

 

 フカタキは勝利を確信する。

 初動を止められなければ問題はない。敵の予知は不完全、フカタキは念能力である【人生思うがまま】を発動する。

 

 フカタキは自己操作を開始する。

 記憶の中に存在する“カミーラ”は自己暗示によって‘‘メルエム’’とすり替わる。そして、刹那を経て老いた指は頭蓋骨を突き抜け脳に到達する。

 

 ――死後伴侶。

 不可持民だけが持つ、門外不出の念能力はメルエムに強大な暗殺呪詛となって襲いかかる、はずだった……。

 

 【百万回生きた猫(ネコノナマエ)】の消失とフカタキの想像を遥かに越えるメルエムの本当の速さ。

 メルエムは老いた手を押さえると壊さぬ力で地に下ろす。そして、誰よりも早い手刀でフカタキの手と口を消し去る。

 

「一点の迷いもない。余が見てきた中で最も美しい念だった」

 

 無くなった部位からだらだらと溢れ出る血。

 自己暗示を終えたフカタキは立ち尽くすだけの狂人と化す。見ていた者は哀れに思うだろうがメルエムだけは違った。

 

安らかに眠れ(・・・・・・)

 

 王からの敬意。

 それはフカタキにとって呪いの言葉となる。偽りの国王の言葉とはいえ、忠義を尽す者にとっては絶対の命なのである。

 

 死を待つだけの老婆はふわりとメルエムに寄りそう。

 

「あらそう……良かったわね」

 

 押し付けられた老婆と全身を走る痛みにメルエムが事態を理解するのに時間はかからなかった。

 

 幻聴ではない。

 フカタキとメルエムを結ぶのは互いの腹を貫く黒い足。死したフカタキの後ろから姿を見せたのは、首を飛ばされたはずのカミーラだった。

 

「あははッ! 無様な虫が暗殺呪詛に耐えられるのかしら!」

 

 純黒のオーラと七色に輝くオーラは激突する。

 

「あら、絶状態にならないということは失敗かしら? まあ、いいわ」

 

 カミーラは紫に染まった足を引き抜くとフカタキごとメルエムを蹴り飛ばす。

 肌を伝う寒気、膝をつくメルエムに向けられるのは不気味な笑顔と黒く染まった欲望。

 

「カミーラ、貴様は死んだはず……」

「何を見たかは知らないけど、未来は変えられるのよ?」

 

 メルエムに隠された念能力。

 軍儀によって覚醒したコムギの未来予知を受け継いだもの。その力で確認した無数の枝分かれした未来の異変。

 

 ――余はたしかにカミーラを読みきったはず。これはどういうことだ……?

 

 メルエムは予知により、【百万回生きた猫(ネコノナマエ)】の蘇生能力を潰す最善の道を辿った。

 

 “間違いなく、カミーラ=ホイコーロは終りを迎えていた”

 

 メルエムが持つ予知能力は視認型であり、認識している対象を映像として先読みできるというもの。

 しかし、カミーラの返しの一手持は予知を遥か越えている。

 

「未来の改変か。ならば、その手すら読みきるまで――ッ!!」

 

 腹にある風穴は自己治癒によって瞬時に修復される。メルエムは立ち上がるとカミーラを睨みつける。

 未来視を持つ存在がいても不思議ではない。対抗手段があるとすればそれに類似したもの。

 

「すごい再生能力ね。さすがは外来種」

「死を覆す其の方こそ、人の皮を被った化け物よ」

 

 未来予知はあらゆる攻撃で死を迎えるカミーラを見せる。

 現実との歪み。コムギの覚醒した念能力を疑う気は一切ない。改変される条件に何かが隠されているはず。

 

「種明かしをしてもらうぞ、カミーラ!!」

「かかってきなさい、虫けら。動けなくなるまで踏みつぶしてあげるわ!」

 

 メルエムとカミーラの攻防は激化する。

 混ざり合うことのない対局に位置するオーラの衝撃波で大地は揺れる。

 

 メルエムの未来予知ではカミーラは捨て身。

 全てがカウンター狙いの一手、その先に必ず待ち受けるカミーラの死。

 だが、現実ではカミーラは死ぬことなく、防御を貫通するほどの攻撃を繰り出してくる。

 

 これは予知と改変の戦い。

 メルエムはただひたすらに狭間を彷徨う。カミーラを切り裂く度に伝わる悪寒、まるで禁忌に触れているような未知の感触。

 

「諦めなさい、あなたでは私を殺せない」

「余に敗北はない、敗北は絶対に許されぬのだ!」

 

 終りの見えない戦い。永遠に続く互いの再生と蘇生。これは根気の勝負。

 

「私の思い通りに、――なさいッ!」

「くくく、息が上がってきたようだな。余に勝つのではなかったのか?」

 

 歪み始めた現実に勝負師のメルエムは笑みを浮かべる。

 個には必ず特有の呼吸ある。無意識の内に好む型と嫌う型、メルエムは未来予知による攻撃を何度も変化させ、カミーラの復活の癖を見抜いていく。

 組み合わせの検証は幾多ある枝から死に繋がる道を導き出す。

 この攻防でコムギの予知能力を完全に把握したメルエムはカミーラの確信に迫る。

 

 ――やってみせよう。余には叶う!!

 

 拮抗に思えた勝負だが勝敗は僅かに傾きつつあった。

 メルエムより先に死を繰り返すカミーラに異変が訪れる。そして、変化は顕著に表れる。

 

「――うから、魂は私が――。お願いよ、――い」

「あははは!! ついに、壊れたか!!」

 

 狂乱するカミーラは膝から崩れ落ち、近づく勝利にメルエムは歓喜に満ち溢れる。

 これで未来は変らない。勝利の余韻……ただ、そのなによりも――。

 

『あいあい』

 

 メルエムはその一言に戦慄する。

 蛹から羽化する蝶のように、カミーラの顔が突如裂けると中から成体となったアイが顔を見せる。

 

「これがヘイトの世界か」

 

 アイは殻を脱ぎ捨てるようにカミーラの魂を喰らう。

 新たな人類の代表、その容姿に違いがあるとすれば黒く緑がかった肌と靡く黒長の髪。その異質な姿色端麗に種族の違うメルエムでさえも息をのむ。

 

 誰よりも人間になることを望んだガス生命体のアイ。

 あらゆる人間の魂を呑み込んだ厄災は人類と蟻の理想像として姿を現す。

 




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