旅は道連れ世は情け。   作:赤薔薇ミニネコ

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第六話 兄弟喧嘩

 天高く聳え立つ戦う者達の聖地。

 その名は天空闘技場。足を踏み入れてから1カ月、順調に上位階層へと到達する。

 

「次は160階層の選手か」

 

 多くの歓声と欲望に塗れた視線。

 相手選手の技量に合わせた組手。審判を欺き、素人とアマチュアの狭間で揺れ動く。

 

「クリーンヒット、勝負あり!」

 

 お辞儀をし、その場を後にする。

 選手として積み重ねた功績。個室も与えられ部屋のモニターでミルキの試合を眺める――。

 

「またか」

 

 ここに来てから愚痴を聞くのは何度目だろうか。

 目の前にいるミルキは未だに個室すらない。半分以下の階層をただ漂っている。

 

「クソッ、納得いかない!」

「ミルキ、物にあたるな」

 

 ここは天空闘技場50階層。名のある飲食店が多く並び、観光客や選手達で賑わっている。

 そんな中でも、島国料理は認知度が低いのか昼時だというのに客は少ない。

 

「天ぷらでも食って落ち着けよ。ジャポンの料理は美味しいぞ?」

 

 店の大将に旬の盛り合わせを注文する。

 各国にある異国の専門店はハズレの多いイメージだが、此処のシェフはジャポン育ちのようで味にまったく遜色はない。

 選手として、人生勝ち組のレールに乗っかり優雅な生活を楽しむ。

 ファイトマネーだけで衣食住を完璧に補う設計は実に素晴らしい。

 

「おいミルキ、聞いてるか?」

 

 加湿器と化したミルキは暴食を続けている。

 特に興味はないので追及はしない。ここは疲れた選手が食事をするための場所でしかない。

 

「馬鹿な審判ばかりだ!」

 

 馬鹿なのはどちらかといえばミルキだろう。

 ゾルディック家=観光地=パキドア共和国の常識という方程式を知らないらしい。

 ぷるぷる震えているミルキは、審判アンチから天空闘技場アンチに進化しそうだ。

 

「どいつもこいつも、棄権ばかりしやがって!!」

 

 この大陸では有名なゾルディックという名。

 部屋でパソコンばかり弄ってるから一族の知名度も理解できていない。 

 鋭い目と念のこもった殺気では、対戦者の心が折れるのは必然であろう。

 

「そんなに焦らなくても上にはいけるだろ。お、蓮根の天ぷらもイケるな!」

 

 天空闘技場は勝てば10階層前後の昇格。または、個人の強さに応じて飛び級のシステムとなっている。

 簡単にいえば審判の裁量。

 つまり、相手が棄権すればその判断材料はなくなり、良くても5階程しか上げてもらえない。

 

「まあいいさ、これからすぐに上に行ってやる!!」

「それ、一週間前にも言ってたぞ?」

 

 何もしないという焦りは理解できる。

 だがネテロは言っていた。何事にも冷静でいられる精神が必要と――。

 今のミルキでは暗黒大陸では通用しないだろう。

 対人よりも必要なのは精神のコントロール。なので、ミルキはそのままにしておく。

 

「お、あの尖った髪は!」

 

 店の外を見ると見覚えのある少年二人組を発見する。

 戦いの聖地だというのに釣り竿を持っている。そんな釣りキチ小僧は一人しか思いつかない。

 プロハンターの同期ということもあり、声を掛けると少年二人は振り向く。

 

「あっ、ヘイトさん!」

「げっ! ヘイトかよ」

 

 ゴンはキルアの逃亡を阻止するかのように腕を掴むと、ずるずるとこちらに引きずってくる。

 

「ゴン達も食べていけよ。ミルキの奢りだから遠慮はいらないぞ?」

「へー、ブタくんがいるなんて珍しいね」

 

 キルアの正論パンチに対抗する手段はない。

 少しでも痩せた兄を見せたかったが、全て不戦勝では姿形は豚のまま。

 

「ゴン、あっちの空いてる席で話そうか」

 

 カウンター席から広めのテーブル席へと移動する。

 キルアに対しゴンも話題に困っていたのか互いの近況報告となる。

 

「へー、ゴンもか。イルミさんと少し揉めたようだが、あそこはそういう人間の集まりだから気にするなよ」

「うん、分かってるけど……」

「気に入らない、か。世間知らずのお前に、友達と家族の違いを教えてやる。そうだな、俺がイルミさんの立場なら……お前の故郷、クジラ島の連中を皆殺しにする。動機は、お前と同じ気に入らないから」

「家族か……そうだよね」

「今のキルアは弱い。友達として唆すのは構わないが、キルアが死んでもゴンは責任をとれないだろ? そういうことだ」

 

 ゴンは理解したのか反論はない。沈黙させるつもりはないので脱線した話を戻す。

 ハンター試験後は同じルートを辿っていたようでゾルディック家の話題で盛り上がる。

 

「ええー!? ミケってヘイトさんが見つけてきたの?」

「昔はもっと小さかったけどな、今じゃあのデカさだろ? ミルキが引き取って正解だったよ。ジャポンだと即通報だろうし、あのデカ舌はザラザラして痛いんだよな」

「ヘイトさんはすごいね。オレは仲良くなれる自信がないや……目がすごく恐かった」

「躾と訓練はされてるからな。キルアと友達なら、ミケも懐いてくれるんじゃないか?」 

 

 ゴンとの笑顔あふれる食卓に不機嫌そうなキルアはちょいちょい口を挟んでくる。

 

「で、へイトは何階までいってんの?」

「今は150階層で、ミルキは50階層だよ」

 

 キルアは鼻先で笑うも、ミルキは気にすることなく食事を続けている。

 ゾルディック家の教育方針に興味ないが、無知は時として罪になる。

 

「ヘイトさんは何時からここに来てるの?」

 

 ゴンも兄弟喧嘩には興味がないようで、己の実力を知りたいだけのようだ。

 

「ハンター試験から1カ月くら――あっ、いっけね! 不合格になったキルアにハンター試験は禁句だったな! ゴンもハンターライセンスが便利だからってキルアに自慢はやめとけよ?」

 

 今度はキルアに対しミルキが鼻先で笑う。

 ゴンと同じく兄弟喧嘩には興味がないのでキルアには謝罪をする。もちろん誠意を込めて舌を出しながら上目遣いだ。

 額をピクピクさせているキルアをゴンは苦笑いを浮かべながらなだめる。

 

「ヘイトさんでも1カ月で150階なんだ。ここはすごい場所なんだね」

「いや、勝って負けての繰り返しだよ。目的は賞金だしな」

 

 キルアは鼻の穴を広げるとニヤリと笑う。

 これは幼い頃よりいたずらを思いついた時の顔。仕返しとばかりに指をこちらに向けてくる。

 

「おい、ヘイト=オードブル! 天空闘技場での意図的な負けは不正だぞ!!」

「こいつ、わざわざフルネームで言いやがって!」

 

 既に周りの客はざわついている。

 100階層以上の知名度のある選手の不正行為。賭けが絡むとなれば、ものの数分で天空闘技場の関係者が現れる。

 

「ヘイト=オードブル選手、質問したい事があるので来てもらってもいいかな?」

「え、あ、はい……」

 

 キルアは笑いながら腹を抱えミルキは忍び笑いを洩らす。

 

「兄弟揃って幸せそうに笑いやがって……」

 

 職員に連行されてから一時間程で解放される。

 念による嘘発見は正確のようで、下された判決は参加資格の剥奪とファイトマネーの没収。それに加えて、個室の宿泊代と請求は盛り沢山だった。

 茶番には飽きていたので丁度良かったのかもしれない。

 

「さてと」

 

 ハンターライセンスを握りしめ質屋に向かう。

 宝物は思い出だけで十分だろう。それから半月程でミルキは200階層に到達した――。

 

「ようやくだな、ミルキ」

「ああ」

 

 ここからが本当の闘い。

 今のミルキに不足しているのは念能力者との実戦経験。そんなミルキは選手登録を済ませると戦闘準備期間に入っている。

 規則として、200階層の選手は90日の準備猶予が与えられている。

 その間に一戦でも行えば、再び同じ日数の準備猶予を繰り返し貰える。

 

「ミルキがフロアマスターと戦うには200階層で10勝も必要なのか」

「その中で負けが許されるのは3回まで、そのせいで馬鹿な奴らは初狩りばっかりしてやがる」

 

 ミルキの狙いはあくまでフロアマスターレベルの相手。しかし、この200階層には弊害がある。

 フロアマスターになると、二年に一度の最上階で行われるバトルオリンピアの参加権利が与えられる。

 さらに報酬として、名誉と上位階層フロアが丸ごと貰えるのだ。200階層の選手が慎重になるのも仕方がないのかもしれない。

 

「ミルキ、いくつか試合観戦したが強さはピンキリだ。フロアマスターへの挑戦は滞在時間的に無理かもな」

「ああ、フロアマスターからの指名待ちにはなるだろうな」

「どうせ試合が決まるまでは暇だし、簡単な修行くらいなら付き合うぞ?」

 

 効率を考えたつもりだがミルキは首を横に振る。

 その理由は何となくだが分かる。恐らくは念能力開発に繋がらないからだろう。

 思った通りで、ミルキは身近な存在では奇抜なアイデアは生まれないらしい。

 

「暗黒大陸で通用する【発】か」

 

 操作系念能力者にとってアイは天敵といえる。

 人間とは違い多重意識を持つ存在。宿主の意思を奪えたとしても魂に潜むアイには通じない。

 これに関してはネテロですら助言は無理だろう。人間大陸では到達できない発想が必要。

 イルミのような一撃必殺は通じない。最終目的は厄災に対抗できるだけの適応力と応用力。

 

「あ、そうだ。ミルキ、良い相手がいるかもしれないぞ?」

「まさか、キルじゃないよな? 念を覚えたての相手じゃ練習にはならないぞ?」

「安心しろ、フロアマスターレベルの人だから」

 

 ネテロに事情を説明しミルキの相手をお願いする。

 暗黒大陸を攻略していく仲間であり、互いの実力を知っておく必要がある。

 修行による共有。まさに、一石二鳥である。

 

「ミルキ、夜の空いた時間は稽古をしてくれるってさ。これなら良いダイエットにもなるぞ」

「ふんっ! ヘイトのためだからな、がんばるさ」

 

 修行場所は念空間である【愛のある部屋(パンドラボックス)】で行うことになった。

 元はアイのための実験場であり、その空間は広く、1キロ四方の立方体となっている。

 この念空間には3つの大きな支柱があり出入口の役割を果たしている。その出入口は神字の刻まれた小箱とリンクしている。

 ミルキとネテロには既に小箱を渡してあるので、念空間を経由すればどんな時でも仲間の元に行き来ができる。

 

「久しぶりじゃな、ヘイト」

「ネテロさんも元気そうで何よりです」

「ネテロも元気!」

 

 突然のアイの声にネテロは驚く。

 ミルキが修行をしていたように、こちらも何もしていなかった訳ではない。

 影に隠れていた【黒い人形】は、アイに実態を持たせるための念能力。その人形は、アイと出会った時の大きさで膝下程度しかない。

 ネテロには発展途上の念能力である事は伝えておく。

 

「これはアイの意思を通じて会話をします。見た目はただの黒いぬいぐるみですが、対象に触れさえすれば蘇生くらいは可能です」

「ふむ、蘇生が可能とは恐ろしいのォ」

 

 索敵も可能で万能サポートのようにもみえるが、アイの表現能力が皆無なので意味はない。

 ミルキとの修行の段取りを終えるとネテロからお願いされていた事を思い出す。

 

「ネテロさん、試してみましょうか。アイの手を握ってみて下さい」

 

 ネテロは腰を低くし【黒い人形(アイ)】の手を握る。

 

「アイ、ネテロさんの肉体を戻せ」

「あいあい!」

 

 周囲の空気がズン! と、一気に重さを増す。

 その波動は凄まじく人間にとっては禁忌の力。ネテロは光に包まれると朽ちていたはずの肉体が若さを取り戻していく。

 

「おお、すげーぜ、こりゃ!!」

 

 若返った姿は仁王像のように力強く、鍛え抜かれた筋肉の筋が浮かび上がっている。

 感謝の果てに辿りついたであろう肉体はまさに武神体。半世紀以上も前のネテロの全盛期である。

 

「ありがとよ、アイ」

 

 昔を懐かしむネテロは、感覚を取り戻すかのように感謝の正拳突きを開始する。

 “剛”に戻った肉体と“柔”という長い経験が合わさる。最強の肉体から放たれる一閃。

 パシッ! と空気を切り裂く破裂音。ネテロは取り戻した最強の拳を強く握りしめる。

 

「ヘイト、アイ、心から感謝するぜ。これで今一度、さらなる高みを目指せる」

 

 ネテロは不敵な笑みを浮かべ、挑戦者のような鋭い眼光を見せる。

 【黒い人形】は小さく手を振ると、ネテロの足元から離れ影に潜っていく。

 

「ネテロさん、一つだけ忠告があります」

「おいおい、俺達は仲間だぜ? “さん”はやめてくれねェか、ミルキって奴にもそう伝えてくれ」

「分かりました。ではネテロ、肉体は戻っても“魂”は変わらないので注意してください」

「おうよッ! 寿命までは戻せねェってことだろ? 元の体に慣れなくちゃいけねェなんて、不思議な感じだな」

 

 ネテロは引き締まった肉体に“心”と書かれたシャツを着る。

 

「で、ミルキの奴は何時来るんだ?」

「時間は伝えてあるので、もう来ると思いますよ?」

 

 しかし約束の時間になってもミルキは姿を現さない。いまさら怖気付いたとかやめて欲しいのだが。

 

「遅いので、ちょっと見てきますね」

 

 念空間から移動すると焦った表情で小箱を握りしめているブタ。いや、何とも寂しげなミルキが立っていた。

 

「ヘイト、箱に入れないんだ!」

「そんなはず……ん?」

 

 疑問に感じているとアイが心の中で何かをつぶやく。

 いまさら知ったのだが【愛のある部屋(パンドラボックス)】を出入りするにはアイの許可も必要らしい。

 

「アイがミルキは嫌いだってさ。前に化け物とか呼んだからかもな」

「待て待て、勘違いだ! それはアイの事じゃなくて、能力の事だ!」

「それ、同じだろ? まあ、アイと変わるから話し合ってくれ。ネテロも忙しい立場だから早めにな」

 

 アイの意思に任せて心の中で見守る。アイが許可をしなければ意味はないのだ。

 

「ごめんよ、アイ。化け物なんて言って悪かった」

「ふん、ふん!」

「ヘイトのために強くなりたいんだ。お願いだ……何でもするから、アイの部屋に入れてくれ!」

「ふん、ふん! ふーん?」

 

 ミルキは必死に謝るがアイの機嫌は変わらない。

 

「そ、そうだっ! アイはプリンが大好きだろ?」

「あい?」

 

 ミルキの言葉にアイの表情は変わる。

 

「へへ、ただのプリンじゃないぜ? 世界樹に巣をつくる怪鳥の卵から作られる貴重なプリンだ。ヘイトじゃ一生手に入らない特製プリンだぞ! な、食べてみたいだろ?」

「とくせいプリン食べたい!」

「待て、ここからは“取引き”だ。こっちは特製プリンを、アイは許可をしてほしい。これは約束だ」

「とりひき、とりひき! ミルキとの約束ね、プリンちょうだい!」

 

 ミルキとアイは親指を軽く合わせる。

 アイがゾルディックの“取引き”を理解しているのかは分からないが、解決したなら問題はないだろう。

 特製プリンを食べ終えたアイと切り替わりミルキに手を差し出す。

 

「で、俺の分は?」

「悪いなヘイト、特製プリンは二人専用なんだ」

『ふたり、せんよう!』

「ミルキ、アイに変な言葉を教えるなよ? そのプリンが最後の晩餐にならないといいな」

 

 修行でこってり絞られてボロ雑巾のようになればいい。そうなったら遺影の前でプリンを食うだけだが。

 無事に許可を得たミルキはネテロが待つ念空間へと移動する。

 




読んでくれてありがとうございます。
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