木の上で交代で眠った三人は日が昇り始めた頃に木から降りてきた。
かなり森の奥に来ているため、次の探索箇所を探すのは大変そうだ。
「メイプル。どっちに行きたい?」
「じゃあ……真っ直ぐ進んで森を突っ切っていこう!」
「了解!じゃあそれでいこう」
迷ったら即メイプル。三人は廃墟とは逆方向へと森を突き進む。
三十分程進んだところでサリーが二人に小さな声でこっそりと話しかける。
「メイプル。背後、右の茂みに私達を狙ってるプレイヤーがいる」
サリーは【気配察知】とは別に、茂みから発生する音や鎧が生み出す金属音をも利用してモンスターやプレイヤーの居場所を探知しているのだ。
三人は怪しまれないように、歩きながら小声で会話を続ける。
「多分そこまで強くないけど…私達の隙を狙ってる」
「取り敢えず、捕獲しようか?」
「それで行けるなら」
「うん」
簡潔に返事をすると僅か数センチだけ新月を鞘から抜く。
「【パラライズシャウト】」
静かな森の中にキィンと澄んだ納刀音が響いていく。
背後の茂みから呻くような声が聞こえる。
「どう?」
「完璧。流石!」
「ナイス」
三人で問題の茂みへと近づいていく。
そこには二人のプレイヤーが強力な麻痺を受けて倒れていた。
「返り討ちになる覚悟を持って、またいつかお越し下さいっと!」
「勝ちたければ戦闘機でも持ってきな♪」
サリーとマルドクの攻撃があっさりと二人のプレイヤーを沈める。
メダルは無しだ。
「メイプルを狙うのは無謀だと思うんだけどなぁ…私なら絶対狙わないよ……」
「俺も正直勝てるビジョンが見えない…」
これでイベントが始まってからメイプル達がプレイヤーと遭遇したのは四回目だ。
そのうち二回は戦闘になったが、大したことのない相手だったため特に何の問題も無かったのだ。唯一、強敵だっただろうクロム達のパーティーは戦うことが無かったので、まだ彼女たちは対プレイヤーで苦戦したことはない。
「今日を含めて後五日…どこかで強力なプレイヤーに出会うかもしれないね」
約二日で四回遭遇したのなら単純計算でこれから十回遭遇することになる。
「多分、俺狙いの可能性が高いけどな…」
このパーティーで最もヘイトを集めているため当然である。
いずれランキング上位のプレイヤーになるかもしれない。
気を引き締めていないといつ襲われてもおかしくないのだ。
そう。彼らもまた、三人と同じような実力を持っているのだから。
森を進むことさらに一時間。
太陽が木々の隙間から光を届けてくれるようになってきた頃。
ようやく、森の外の景色が見えてきた。
「おー……」
「すご……」
「絶景……」
目の前に広がるのは渓谷だった。
三人がいるのはその最も高い崖の上だ。
草木が生い茂り、小鳥の声が聞こえる。
谷底は深い霧に覆われていて、全貌は把握出来ない。
もしここを探索するというのならば、まずはどうにかして下まで降りなければならないだろう。
「ここ、誰かが探索してるかな?」
「分からないけど…この大きさなら探索し忘れてる場所もあるんじゃない?」
「流石にこの高さだと遠慮するだろうな」
メイプルやマルドクの言うように、この渓谷はかなりの大きさだった。
今三人がいる所から一番下までは間違いなく百メートル以上はある。
その上、横幅も百メートル以上は軽くあるように見える。
「そうだね。じゃあ、どうにかして降りてみようか」
「先に行ってる」
サリーとマルドクがしばらく目の前の崖を確認して足場になりそうな場所を探して少しずつ降りていく。
「うーん…メイプルが乗れそうな足場が無いなぁ…」
【カバームーブ】の届く範囲は限られているのだ。メイプルは自力で崖を降りることは出来ないため、二人は近くの大きめの出っ張りを探しているのだが、そんなものは無さそうだった。
「うーん…取り敢えず、着地出来そうな所があったら合図して!無さそうなら、下まで降りちゃって構わないよ!」
メイプルが時間を確認しているのか、青いパネルを見つつ言う。
「えっ?…わ、分かったー!」
サリーがひょいひょいと降りていくが、メイプルの乗れそうな足場はどこにも無い。
しばらくするとマルドクはある提案をした。
「なぁサリー。一気に降りないか?」
このままだと2時間近くかかりそうだと感じたためマルドクは一気に降りる決意をした。
「そうね、でもどうやって?」
「一回横抱きにさせてくれ」
「別にいいけど…」
いつもの移動の状態になる。
「ねぇ…なんか嫌な予感がするんだけど…」
不安になったサリーがマルドクに話しかける。
「安心しろ、死にはしない…はずだ」
「その一言で一気に不安になってきたんだけど!」
「大丈夫だ!そぉい!」
サリーが慌て始めたためマルドクは一気に崖を蹴って落ち始める。
「イィィィヤッホォォォウ!!」
「イィィィィヤァァァァ!!」
渓谷に絶叫が響く。
「ちょっ!?ぶつかるって!」
「【縮地】」
すさまじい速度で落下した二人は最終的にマルドクのスキルによって肉体は無事に降りることが出来た。
「よし、これでオッケー」
「どこが!?100mの紐なしバンジ―してどこがオッケーなの!?」
満足げな表情をマルドクはしているがサリーは若干涙ぐんでいる。
「あー、すまん」
少しやりすぎた、と感じてマルドクはサリーに謝罪の言葉を述べるが
「リアルで覚えてなさい…」
駄目だった。
「とりあえずメイプルにメッセージ送るか」
【降りきったでござる('ω')】
そうマルドクが送ると一分もしない内にメイプルからメッセージが返ってくる。
【ちょっとだけ、離れてて!】
「な、何をする気だろう…」
「碌なことでは無さそうだが」
了解と返事をすると、言われた通りに少し離れ、二人は木の上からメイプルの動向を見守ることにした。
「うわぁ…何あれ……」
サリーが崖の上に見つけた物は直径十メートルはあろうかという紫色のボールである。
それは二人の見守る中で。
ゆっくりと前に転がって、崖から落ちた。
ぶつかった崖の一部を見るも無惨な溶けた姿に変えて、少しずつその大きさを小さくしながら落ちてくる。
そしてそれは地面に辿り着くと落下の衝撃でその一部を弾けさせ周りに紫のねばついた液体をぶちまけた。
「め、目が回るぅ〜………」
ぐちゃぐちゃになった球体の中心からメイプルがふらふらと出てきた。
二人は木から降りるとメイプルに近づく。
と言っても毒々しい液体には触れないようにしているため隣までは近づけない。
「で?あれは何?」
「あれはね…【ヴェノムカプセル】って言って…毒のカプセルで対象を閉じ込めて……出てこれなくするスキルだよ」
「拘束系スキルかよ…」
閉じ込めると言うだけあって耐久性はかなりのもののようだ。
目が回っているためかメイプルの話し方に元気は無かったが、本来の使い方でないことは二人にも理解出来た。
「【毒無効】がないとじわじわHPが減ってじっくりやられるから使う時は二人とも注意してね?」
「「使うかぁ!!」」
次第に元気を取り戻したメイプルがやっとまともに歩けるようになったため、三人は谷底を目指して歩き出した。
まだ傾斜は続いており、ところどころで大きな段差がある。濃霧で前がよく見えないためそういう段差が非常に危険だ。
「前が全然見えない…」
「これなら…見逃してるメダルがあるかもしれないね。奇襲と、あと段差に気をつけてねメイプル」
「危なくなったら【カバームーブ】だ」
「うん!分かった」
もっとも、メイプルのHPを削る段差などそうそうないだろう。
そのためには目の前にマリアナ海溝並みに深い崖を用意しなくてはならない。
数メートル先すら見えない濃霧の中を慎重に進んでいく。
「んー?水の音がする…?」
「えっ?……本当だ!近くに水場があるのかな?」
「隠しエリアの予感…!」
三人は水の音のする方へと進んでいく。
途中に出てきた蝙蝠型のモンスターははっきり言って雑魚だった。
この辺りの敵のレベルはそれ程高くないようである。
「あった!」
目の前には小さな川があった。
透き通ったその川に、僅かな段差から水が流れ落ちて音を立てていたようだ。
「見て、あそこ!」
メイプルが指差す先。岩肌に亀裂が入っていて洞窟になっているのが辛うじて分かる。
三人はダンジョンかもしれないと、近づいてその中に入ってみるが、奥行きはさほど無くモンスターの形跡もないただの大きな裂け目だということが分かった。
「…ここを拠点にしようか。渓谷探索には時間がかかりそうだし」
ただの裂け目とはいえ、サリーの言う通り拠点にするには十分な条件だ。少なくとも木の上よりは遥かにいいだろう。
「うん。賛成!あと…卵のことも確認してみないとね」
「ああ、そっか。暖めてあげないとダメなんだっけ」
「俺もそろそろ組み立てないと…」
三人は洞窟を拠点に決めて少し休息を取ることにした。
それと同時に、卵やマガジンについても確認することに決めたのだった。
意外と長い、渓谷探索
マルドクの武器変形先は?
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大鎌
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大鋏
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大剣
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アンカー
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斬馬刀