喧嘩と勝利と敵と永遠 作:kuryu
男は、液体で満たされた生体ポッドに入れられている永遠を前にして、凶悪に笑った。永遠を生体ポッドに入れたのが数か月前。3月をまたいで、学生は次の学年へとステップアップしていた。
永遠は、新たな自分へのステップアップを完了させようとしていた。
「ここまで安定するか……」
生体ポッドに入れて最初に個性を与えた時、永遠は激痛に全身を震わせて、言葉にならない叫び声をあげていた。本来個性は一人に一つ。それ以上はよっぽどのことがない限り体が耐えられない。永遠が元々持っていた個性が特殊なものでなければ、今頃永遠は抜け殻となっていただろう。
そう、永遠は無個性ではなく、個性があった。そして、それを男は永遠が個性診断を受けた時から知っていた。
「永遠くんの調子はどうじゃ?」
「随分いいみたいだよドクター。この分じゃ目覚めるのももう少しだろう」
それは、男の背後から歩いてきたドクターと呼ばれる人物に理由があった。ドクターは人体実験を行っており、表で医者のフリもしている。個性診断も行っており、そこで見つけた面白い個性は男にも共有される。男は、ドクターを通じて永遠の個性を知っていた。
「ワシも診断したときは目を疑ったが……まさか『不死』という個性が実際に存在するとは」
「再生能力は一切なかったから、初めに『超再生』を与えたがね」
永遠の個性は『不死』。個性の能力はそのままで、『死なない』。心臓を貫かれようが、脳を潰されようが、宇宙空間に投げ出されようが、永遠は死なない。ただ、死ぬような目に遭わなければ『不死』の個性は意味がないので、今まで永遠も周りも無個性だと思い続けてきた、というだけである。
しかし、『不死』の影響がまったくなかったわけではない。『不死』が無意識化で働いていたのか、永遠には痛みに対する恐れが一切なかった。更に、人間が無意識にセーブする力も『不死』の影響で十全に引き出すこともできた。
「いやぁ、嬉しいのはこの子が敵に相応しい精神性だったことだ。これでヒーローのような精神性だったらもったいないことこの上ない」
「その時はその時で攫えばいいじゃろう」
「そうだけどね、後継が増えることに意味があるのさ」
「……オール・フォー・ワンの後継にか。確かに選択肢は多い方がいい」
オール・フォー・ワンと呼ばれた男は敵の頂点に君臨する男。その存在は都市伝説かと噂されているが実際には都市伝説でもなんでもなく、確かな悪意と強さを持って存在している。ただ、オール・フォー・ワンの体には限界が近づいてきており、そのためオール・フォー・ワンは自身の後継を育てることにし、そのうちの一人が永遠である。
まずその個性に目をつけて、精神性を観察した。精神性が限りなく敵に近いものであるとわかったその次は、身体能力、頭脳、あらゆる能力を観察した。そして、永遠は見事オール・フォー・ワンのお眼鏡に適った。
「個性の数は遠く及ばないが、複数所持しているという意味では一番近いのではないか?」
「このまま悪意が育っていってくれればね。力は永遠の方が上だが、悪意は弔の方が上だ」
オール・フォー・ワンはもう一人の後継死柄木弔と永遠を比較する。弔はその歩んできた人生で悪意を育ててきており、永遠はただ勝つことが好きで、見下ろすのが好きというだけ。永遠は喧嘩を繰り返し、ほぼ無個性で個性持ちに勝利してきた上に現在複数の個性を与えられているが、死柄木には『崩壊』という個性一つ。『崩壊』も十分凶悪で協力だが、永遠には及ばない。永遠は崩壊させられようと死なず、与えられた『超再生』で体を再生させてしまう。
「正直、『不死』と『超再生』だけで事足りるのだがね」
「それではつまらん。せっかく最高傑作になれる素材だというのに」
「どうやら、その最高傑作がお目覚めみたいだよ」
「おお!」
二人が見る生体ポッドの中で、永遠が目を開けていた。かと思うと、永遠は腕を振りかぶって自身についてた管を引きちぎり、生体ポッドを叩き割った。中から溢れ出す液体とともに生体ポッドから降りてくる永遠を、二人は静かに待つ。
「おはよう。気分はどうだい?」
「……今生まれた気分だ」
その光景はまるで、胎内で成長しきった赤子が生まれてきたかのようだった。
永遠は自分の手を握ったり開いたりを繰り返して体の動きを確かめ、次に空腹がないことに違和感を覚えた。永遠がオール・フォー・ワンを見ると「今はもう4月だよ」と返され、なおのこと不思議に思っていると、ドクターが「その液体じゃよ」と永遠の疑問に答えた。
「それは必要な栄養素がふんだんに含まれている特別なものでな。問題なく喋れているのも、空腹を感じないのもそのおかげじゃろう」
今数リットル無駄になったがの、という言葉を無視して永遠は体内に感じるざわつきに眉をひそめた。まるで自分の中に誰かがいるような感覚に困惑していると、オール・フォー・ワンが「個性だよ」と答えた。自分の考えていることが筒抜けになっているようで面白くないと感じつつも、永遠は大人しくオール・フォー・ワンの言葉を待つ。
「君にいくつか個性を与えた。いきなり増えた個性に体が馴染んでいないのだろう。なに、直に馴染むはずさ。何せ、それらはもう君の個性なんだ」
「俺の、個性……」
「なんなら、試してみるかい?」
おあつらえ向きの相手を用意したんだ。と言うオール・フォー・ワンに、永遠は好戦的な笑みを浮かべた。
永遠が連れてこられたのはただただ広い、まるでここだけが世界から真四角に切り取られたかのような真っ白な空間だった。天井も高く、飛ぶことができるなら触れられるだろう、と思うほどの高さ。何を目的として作られたか理解し辛いこの空間に立った永遠は、この空間が作られた意味をすぐに理解した。
なぜ理解できたかと言えば、この空間に入ってすぐ。目の前に発達した筋肉を持つ義眼の男が現れたからだ。男は永遠を見てただでさえ凶悪な顔に狂気の笑みを浮かべ、ビキビキと音が聞こえてくるほど拳を握りしめている。
男を見て、永遠はこの空間を『喧嘩するための空間』だと理解した。
「強いやつとやれるって聞いてたんだが……お前がそうか?」
「べらべら喋る暇があるなら、さっさとやろうや」
永遠の言葉に、男は「そりゃそうだ」と言って個性を発動した。男の体を覆うのは筋繊維。個性は『筋肉増強』。皮下に収まらないほどの筋繊維で力を底上げする個性。永遠は、男の個性が何なのか観察しようとしたその瞬間、壁まで弾き飛ばされていた。
「俺はマスキュラーって呼ばれてんだが……聞こえてるか?」
男、マスキュラーは腕を振り抜いた態勢で壁まで弾き飛ばされた永遠に名を告げる。マスキュラーが勝利宣言のつもりで言ったそれに、永遠は壁に激突したことで巻き起こった粉塵の中から飛び出すことで答えた。
弾丸のような速さで飛び出した永遠はマスキュラーに向かって腕を振るい、拳によって打撃する。しかしそれは筋繊維によって容易く受け止められ、まるで虫を払うかのように薙ぎ払われた。
「殺すつもりでやったんだが……妙だな。なんの個性だテメェ?」
「脳まで筋肉のお前にはわかんねぇだろうな」
(尤も、俺もわかんねぇんだが)
マスキュラーの攻撃によってできた傷が治っていくのを見て、永遠はとりあえず再生能力のある個性があることを理解する。永遠が教えられたのは、自身の個性が『不死』であることのみ。それ以外の個性は戦いの中で見つけるように、とオール・フォー・ワンから言われていた。その方が体に馴染みやすく、自分のものにしやすいからである。
永遠が自身に宿る個性について理解できたのは、『超再生』と『筋力増強』。傷が治ることで『超再生』を理解し、弾丸のような速さで移動できたことで『筋力増強』を理解した。それと同時に、妙に頭が回ることに気づき、『理解』の個性も理解する。
『理解』は一度見たもの、体験したものが再現できるものであれば自分のものにできる個性であり、思考能力を格段に跳ね上げる個性。つまり、『筋力増強』を一度できた永遠は、既に『理解』によって『筋力増強』を扱えるようになっていた。
「『筋力増強』、『理解』、『超再生』、『不死』」
「?」
「現時点で理解している俺の個性だ」
言葉と同時に、永遠は力強く地面を蹴ってマスキュラーに肉迫した。そうして振るった右拳はしかし、マスキュラーの筋繊維に絡めとられ、締め上げられる。
「個性が四つもあって羨ましい限りだが」
マスキュラーは笑って筋繊維で永遠の右腕を締め上げながら永遠の肩を掴み、
「結局、俺より弱ぇんだろ?」
思いきり永遠の腕を引きちぎった。永遠の肩口からは血が噴き出て、真っ白な床を赤で汚していく。マスキュラーは激痛に叫ぶ永遠を構わず蹴り飛ばし、千切れた腕をゴミを捨てるかのように床へ放り投げた。
「おいおい、強いっつーから期待してきてみればただのガキじゃねぇか。あぁいや、『超再生』があるんだったか? それなら、サンドバッグにはなりそうだな」
ぼこぼこと肉が膨れ上がり、肩口から一気に生えてきた永遠の腕を見ながらマスキュラーが笑う。壊すことが好きなマスキュラーにとって壊しても壊れない玩具は嬉しいプレゼントだった。次はどこを潰そうか、どこを引きちぎろうかと考えながら、マスキュラーはゆっくりと永遠に近づいていく。
そんなマスキュラーを見て、永遠は目をぎらつかせて笑みを浮かべた。
「っ?」
その笑みに得体の知れない何かを感じたマスキュラーは足を止め、注意深く永遠を観察する。変化は、すぐに訪れた。
永遠の肩がボコボコと音を立てて膨れ上がり、肌を突き破って異形の翼が生え、体中の筋肉が異常なほど膨れ上がり、目が真っ黒になって犬歯が鋭く尖る。RPGに出てくる悪魔のような姿に、マスキュラーは笑みを深くした。
個性『筋力増強』+『吸血』+『翼』+『全体視』+『超活性』。永遠は自身の中にある個性のうち今必要なものを理解し、それを複合させて発現させてみせた。
「面白れぇじゃねぇか! こっからが本番ってか!?」
「っるせぇ」
は? と言う前に。
マスキュラーは最初の永遠と同じく、壁まで弾き飛ばされた。筋繊維をクッションにしたのにも関わらず。体を覆っていた筋繊維が千切れていくのを感じながら、マスキュラーは筋繊維で背中を覆ってクッションにし、壁と激突で起こる衝撃を和らげた。
(見えなかった。気づいたら弾き飛ばされていた! 見た目だけじゃねぇってか? 面白れぇ!)
久しぶりに現れた強敵に、マスキュラーは義眼を取り換える。相手を強いと認めた時につける本気の義眼。これから始まる喧嘩に心を躍らせながら立ち上がったマスキュラーは、その瞬間。
パン、と頭が弾け飛んだ。
「どうだい? 個性の様子は」
永遠の後ろにすっと突然現れたオール・フォー・ワンの言葉に、永遠は腕を振り抜いた態勢のまま、崩れ落ちていくマスキュラーの体を見下ろして、
「加減が難しい」
と、残念そうに吐き捨てた。