大魔導師「聖杯戦争やろうと思うんだが」   作:アメリカ兎

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第一夜 サーヴァント召喚:エヌラスの場合

 

 

 

 ――犯罪国家九龍アマルガム。国王の執務室にて……。

 

「暇だから聖杯戦争しようと思う」

「控えめに言って死んでくれ大魔導師」

 壁一面、魔導書ばかりの図書室と見紛うような蔵書に執務机だけが置かれている。椅子に浅く腰掛けながら、あまりにも暇を持て余している大魔導師は魔導書を積み上げていた。縦に。

 

「というわけでお前にはサーヴァントを召喚してもらうぞ」

「いやちょっと待て。説明を放棄するな」

「レギュレーションについて解説するぞ」

「コミュニケーション能力破棄してんじゃねぇぞタコ師匠」

「誰がデービー・ジョーンズだ」

「わかりにくいネタ出すんじゃねぇよ!! タコはタコでもタコ髭の方じゃねぇか!!」

「海賊でもないがな」

「大体レギュレーションってなんだよ」

「半年に一回行われる例のアレだが?」

「決闘者かよ!!」

「わかりにくい話をするな」

「クトゥグアァァァッ!!!」

 

 

 爆音。閃光。振動――教会の掃除をしていた大量の女性型アンドロイド、メイド服のガイノイド達は僅かな間、清掃業務の手を止めていた。しかし、すぐに作業を再開する。

 

 執務室では、至近距離で神性の炎熱を発動させたエヌラスの魔術を大魔導師が防御していた。吹き荒れる熱気と熱波が部屋を舐めるように空気を焼いていくが、それもすぐに鎮火した。

 山積みの魔導書に潰されたエヌラスを、さもつまらなさそうに見下ろしている大魔導師は呆れながら放り投げていた魔導書をキャッチする。

 

「さて。今回の一連の事件について説明するぞ。よく聞け。おい聞いてるのかバカ弟子」

「……聞いてる」

 自分を地面に縫いつける魔導書を雑に蹴り飛ばし、跳ね除けてエヌラスが立ち上がった。すると、落ちた魔導書がひとりでに浮き上がり壁面の棚へと戻っていく。

 

「まず事件の発端だが――まぁ、私だ」

「隠す気皆無なところは本当に低評価だなこのクズ」

「ちなみにムルフェストは共犯だ」

「本当に死ねばいいのに……あのあっぱらぱー」

「さて。概要を説明するぞ。月面国家ナナイトより拝領した大聖杯。これはとある別次元より持ち出された物だ。月を超密度情報体として編纂、これを“分岐点”として登録している。まぁ簡単に説明すると――別次元の英雄達を呼び出せるという話だ」

「説明端折ってんじゃねぇよどんなご都合主義だよ」

「やかましい」

 ズゴォン。室内が重力波で歪んだ。エヌラスは耐えた。歯を食いしばって耐えた。怒りに勝るはらわたの沸騰を気合で堪える。よく耐えた堪忍袋の緒。百万年無税。

 

「そういうわけで任せた。私は聖杯戦争の監督役としてお前“達”の監視役に務める」

「……達?」

「ああ」

「俺に全部やれって言ってるわけじゃないのか?」

「詳細は省くが――聖杯ぶっ壊して七つの断片としてばら撒いた。結果として特異点が発生。そこを治める七騎のサーヴァントを打倒してこい聖杯奪還してこい。そうでもなければ、戦争などと言わんだろう?」

「…………」

 エヌラスは考え込み、話を整理する。

 ――要はいつもの“暇潰し”に付き合え、ということらしい。今回は大掛かりだが、つまりはそういうことだ。しかし、腑に落ちない点がいくつかある。それらを整理して、エヌラスは大魔導師を問い詰めた。

 

「わかった。が、質問がいくつかある。いいか?」

「構わん。猶予はまだある」

「特異点は七箇所。それは理解した。だが疑問があるのは、なんでサーヴァントを召喚する必要があるんだ? 俺たちが乗り込んで片付ければいいじゃねぇか」

「ふむ……それでは代わり映えがしない、というのが第一だな。考えてもみろ。この世界に存在しない古今東西の英雄達を召喚して戦わせるというのは、中々斬新ではないか? そこから何か得られるものがあるかもしれんだろう」

「いや、だからってよ……まぁいいか。そこも許容する。それで、サーヴァントの召喚権はどうなってるんだ?」

「本来、一人につき一騎までだが――こんな物を用意した」

「? なんだ、それ」

 大魔導師が執務机の引き出しから取り出したのは、薄っぺらい金の板。まるで札のようにも見えるが、その表面には魔術文様が描かれている。

 その内部に渦巻く魔力量は凄まじい密度だ。

 

「これは呼符(よびふ)と呼ばれる物だ。まぁ、召喚権だと思え」

「おう……」

「こいつを使えば……聖杯の方で相性を診断して自動的にサーヴァントを選別し、召喚することが可能だ。サーヴァント一人分の魔力がここに籠められている」

「……それ改造して爆弾にできねぇか?」

「戦闘狂めが」

 珍しく大魔導師に本気で呆れられる。

 聖杯に登録されている別次元の人類史の英雄を召喚できる符。それが、今――大魔導師の手に二枚用意されていた。

 エヌラスに向けて、呼符が投げられる。

 

「それは戦争の招待状と言ったところか。私の召喚権をお前に譲ろう。その時点でお前にアドバンテージがある。元よりサーヴァントを現界させる魔力は召喚者であるマスターに依存されるからな」

「……俺にはコイツあるしな。二人くらいなら問題ないか」

 自分の左胸を指しながら、肩をすくめていた。

 

「ああ、そうだ。召喚上限についてだが――今回は一人に付き三騎までだ」

「その理由は?」

「特異点についてだが、放置しておくと被害が拡大する。月面のシェアを用いて維持しているだけに、最終的な質量として月面の衝突と変わらん」

「うん、控えめに死ね大魔導師とムルフェスト」

 ドストレートにキレながら笑顔で大魔導師に殺意を向けるが、どこ吹く風と涼しい顔。

 

「つまりはオメー、最終的にアダルトゲイムギョウ界崩壊RTAじゃねぇかふざけんなよ!?」

「ちなみにセロンから許可は取ってある」

「死ねよぉぉぉぉぉおおおおっ!!!!」

 エヌラス、あらん限りの絶叫咆哮。

 

 ――面白そうだし、まぁいいだろう(セロン談)

 

「やったろうじゃねぇかよこんちくしょう!!」

「質問は以上か?」

「――ああいや、まだある。その、俺以外に参加するやつは?」

「大体いつものメンツだ。だが魔力依存ということもあり、アルシュベイトは不参加だな」

「むしろあいつ魔力抜きで俺たちと張り合ってるんだが……って、クソメガネはどうなんだ」

「ああ。そもそも魔術というのは「科学技術で再現可能」という条件がある。電脳国家の量子転換、物質転送技術も不可能な話ではないわけだ。手軽で便利な3Dプリンタ技術と考えればあの国の技術は「魔術」とそう変わらん」

「…………それ考えると、あのクソメガネすげーんだな」

「クソメガネだがな」

「ああ。クソメガネだけど」

 

 ――へーっくしょぉい!

 商業国家の喫茶店で盛大にくしゃみをするクソメガネこと、ソラが一名。

 

「参戦するのは、お前を筆頭に。ユウコ、クソメガネ、ドラグレイス、剣姫の五人だ。一人につき三騎までだが、お前は特例で六騎まで所有可能だ。ただし――特異点に存在するサーヴァントと契約する場合はその限りではない。ただ維持するための魔力を工面する努力はしておけよ?」

「了解、そこは上手いことやる」

「他にまだあるか?」

 エヌラスは顎に手をやり、しばし考え込む素振りを見せる。

 砕かれた聖杯を求めて人類史の英雄を召喚、これを行使して七騎の番人を攻略していく――カジュアルなグランドオーダー。一人、三騎までサーヴァントを所有可能。

 

「そのサーヴァントの保有上限数は、どう決めてるんだ?」

「呼符もタダではない。その製造コストからだ。他の奴等には配ってあるが、お前は既に二枚持っているわけだしな」

「……召喚方法については?」

「簡単だ、呼符に魔力を籠めて術式を起動させろ。それだけでいい。それと、サーヴァントを召喚した術者。マスターとして聖杯が認識すると右手か左手に「令呪」と呼ばれる物が出現する」

 サーヴァントに対する絶対命令権。聖杯を通じた、強制アクセス権といったところだ。当然ながらこれにも制限は存在するが割愛。

 

「触媒を用意すれば特定の相手を呼ぶことも可能だが、まぁそこは適当でいいだろう。お前その手の物は何一つ持っていなさそうだしな」

「んー……そういうことなら、二枚あるし。一枚はそのまま使うとして、もう一枚は何かしら用意して使ってみるか」

「ああ、相性が悪ければ即刻その場で殺し合いを始めても構わんぞ? それはそれで面白そうだから見守ってやる」

「スポーツ感覚で殺し合いを始めろと!? アンタ本当に倫理観死んでんな、死ねよ!!!」

 まずはお前から殺してやろうか!? エヌラスが血迷いそうになるが、大魔導師の右手に視線が向いた。

 そこには、赤い令呪が浮かび上がっている。

 

「――――大魔導師、ひとつ聞きたいんだがいいか? アンタ、誰か召喚したのか」

「いいや、喚んでいない。というかそもそも、お前は私が誰だか忘れたか?」

「あー、我ながらバカなこと聞いたわ。なんでもねぇ」

 大魔導師は、聖杯戦争の監督役だ。つまり――、聖杯へのアクセス権を保有している。

 三回までならば、聖杯を強制起動させることが可能だろう。

 

 これは、グランドマスターによるオーダー。つまりは、そういうことになる。

 ジ・オーダー・グランデ――調停者による命令だ。

 

「サーヴァントのクラスについて説明するか?」

「念の為頼むわ」

「基本は七騎だ。三騎士、セイバー・ランサー・アーチャー。最も優秀とされるのはセイバーだが、そこはあくまでも基本的な話だ。それに加えて、四騎士。ライダー・キャスター・アサシン・バーサーカー。これらが通常のクラスだが、例外もある」

「例えば?」

「裁定者、ルーラー。復讐者、アヴェンジャー。他にはそうだな……フォーリナー、外なる神々の力を宿したものだが例外中の例外だ。あとは、アルターエゴにムーンキャンサーと、ガンナーだが。覚えきれるか?」

「いやなんかもう別にいいわ。召喚したやつと仲良くやれってことだろ?」

「そうなるな。私の方で召喚に使用する部屋は用意してある、そちらでやれるな」

「随分とまぁ用意周到なことで。わかったわかった、使わせてもらう」

 

 

 

 

 ――九龍アマルガム教会・廃病棟。霊安室にて。

 

「大魔導師」

「なんだ」

「もうちょっと他に場所がなかったのか?」

「ロスト・プロヴィデンスのほうが良かったか?」

「神に見捨てられた区画で召喚しろとか魔神柱でも呼びそうだわ俺」

「さぞ素材が美味いだろうな」

「死んでろ大魔導師」

 死者の沈黙に包まれた芯まで凍りつかせるような霊安室には、無数の棺。だがその中身は全て空だ。ここも、形式的に必要とされていたから用意されているだけであって使用された痕跡は何処にもない。新築同然のまま遺棄されている一室。吐き出す息も白く染まるほど冷えた空気の中、エヌラスは呼符を一枚手にして中央に陣取る。

 

「英雄を使い魔に、ねぇ? ま、興味がないわけじゃないからやってみるけどよ――」

「はよしろ」

「やかましいわクソ師匠、死ね」

 呼符を床に置いて、魔力を注ぎ込む。すると、錠前を外すような音と共に内部にプログラムされていた聖杯への召喚術式が起動する。足下に広がる召喚陣の中央でエヌラスは意識を集中させていた。半自動的に聖杯へアクセスし、その魔力の質と量。術者の魂の質を検閲されていく。機械化された術式から、選別された英雄を維持する為の焼印がエヌラスの右手に発現していた。

 それは赤く、血のように赤く。爪のような、翼にも似た令呪だった。

 

 霊安室が魔力光で満たされ、まばゆい光の中から人の形が浮き上がる。それは徐々に輪郭を顕にしていき――エヌラスの前に、降り立った。

 小柄な少女。フリフリのゴシックドレス。手にはくまのぬいぐるみを抱いている。

 流れるような金の髪。丸くて大きな青い瞳。見下ろすほどに小さな女の子は、十代前半くらいだろうか。

 

「――サーヴァント、フォーリナー。召喚に応じ参上しました……あなたが、わたしのマスター……? あ、えと……アビゲイル・ウィリアムズよ。よろしくね」

「………………あー。うん……うん?????」

「あっはっはっはっはっはっは。ふふ、っはっはっはっはっは」

「ご 満 悦 じゃねぇか!!! なんだテメェ何がおかしいんだテメェこらぁふざけんなよ腐れド外道!!!」

 両手を叩きながら抱腹絶倒、愉快痛快大爆笑。大魔導師が満面の笑みを浮かべている。一体なにがそこまでツボに入ったのか、召喚されたフォーリナーとエヌラスを見比べてひとしきり笑っていた。

 

「あー笑った笑った、はっはっは。おまえスゴイな。いきなりエクストラクラスを引き当てるとは」

「俺もびっくりしてるが、何より驚きなのが……」

「……?」

「――こんな小さな女の子が英霊として登録されているってことだよ。どう見ても普通の女の子じゃねぇか。サーヴァントとして戦わせるくらいなら俺が出た方がマシだ」

「あの、わたしじゃ不満だったかしら……ごめんなさい」

「そういうわけじゃない。ちょっと想定外ってだけだ。俺はエヌラス、よろしくな。アビゲイル」

「よかったら、アビーと呼んでくださいな」

 ぶらんと垂れた袖から、小さな手を差し出してくる。エヌラスは握手を交わしてから、もう一枚の呼符を眺めていた。

 

「さて。もう一人呼べるわけだが……どうする?」

「使うに決まってんだろうが! 少し待ってもらえるか、アビー」

「ええ」

 アビゲイルがエヌラスから離れて大魔導師のもとへ向かうが、その目を見た瞬間にぬいぐるみを抱いて少しだけ距離を置く。

 

「…………」

「何か使うアテはあるのか?」

「そうだなー。んじゃ、こいつで――“クトゥグア”」

 右手の魔術刻印を起動させて、深紅の自動式拳銃を持ち出すと呼符を使用する。その召喚陣の中に触媒として置いた。

 その情報を読み取り、聖杯が二度目の召喚に適した英霊を呼び出す。

 

 ――できれば頼りになりそうなサーヴァントが来ますように。そんなことを密かに願っていたが、どうやら万物の願望器具はランプの魔人ほど気軽に叶えてはくれないらしい。

 

「フォーリナー、ユゥユゥ! 召喚に応じ参上いたしました~! どうか末永くおそばに――え、あの……寒くないですか、ここ……?」

「な ん で や ね ん!!!」

「え、えぇぇぇ!? なんですか、どうしたんですか!? あたし、またなんかやっちゃいましたか~!?」

 床を破壊しかねない勢いでエヌラスが膝から崩れ落ちながら霊安室を叩いた。

 

「どうして! どうしてそう! 変な方向にばかり勢いがあるんだよ!!!」

「ふぅあははははははは!!! おまえ、お前というやつは本っ当に俺を笑わせてくれるな! はっはっはっはっは!!!」

「うるせぇぇぇぇぇ!!! 知らねぇぇぇぇ!!! 笑うなぁァァァ!! ぶっ殺してやる! ッテメェちょっとそこ動くんじゃねぇぞ大魔導師おらぁあああっ!!!」

「ああいいだろう、かかってこい。今ちょっとかなり機嫌がいいから遊んでやる!」

 

 ――召喚した二体のサーヴァントそっちのけで、霊安室で野郎二人が(割とガチの)殴り合いを始めた。

 

「ひぃやぁ!? な、なにしてるんですかマスター!? 喧嘩はいけません」

「喧嘩じゃねぇ話し合いだ!! どぉりゃあああ!!」

「ひぃん……」

「困ったわ、困ったわ。どうしましょう……」

「あれ。あなたもあたしと同じ、サーヴァント? よかったぁ~。あたしは楊貴妃、ユゥユゥって言いにくくない? そう呼んでくれたら嬉しいな」

「わたしはアビゲイル・ウィリアムズ。アビーでいいわ、ユゥユゥさん」

「よろしくね~。あ、あたしよりも先に召喚されたなら、アビーちゃんの方が先輩ってことになるのかな? 誤差だけど」

「先輩……! ええ、ええ! そうね、わたしのほうが先輩よ」

 胸を張るいじらしい姿に、ユゥユゥの頬から笑みがこぼれる。

 仲良く手を繋ぐサーヴァントは別に、拳を交わしている二人の勢いはしばらく止みそうになかった。

 

「……それでー、えっと~。これどうしようか」

「ど、どうしましょう……?」

 

 結局――それから三時間、夕飯の時間になるまで二人は殴り合っていたが決着はつかずに後日に持ち越しという形となって収束する。




※ 続かない?

所有サーヴァント:エヌラス
フォーリナー:アビゲイル・ウィリアムズ
フォーリナー:楊貴妃

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