エヌラスと剣姫がサーヴァントを引き連れてユノスダスより北上する。目指す先は、北方へ逃亡したサーヴァント、アヴェンジャーのジャンヌ・ダルク・オルタの足取り。
ソラも喫茶店経営の傍らでサポートしてくれるようだ。
その出発を見送るために、スピカとカルネがわざわざ国境まで付き添ってくれた。心配なのは主人のことだけでなく、新米メイドのアビーも案じてのことだろう。何かと面倒見が良いスピカは教育係にうってつけだ。妹に比べればどんな新米でもかわいいもの。
「それでは皆様、道中お気をつけくださいませ。アビー様も、お戻りになりましたらメイドの稽古をつけてさしあげますので。ふわふわのパンケーキと一緒にお待ちしておりますね」
「良い知らせを待っていてくださいな、スピカさん」
「エヌラス様も。くれぐれもご無理はなさらないように」
「右から左に聞き流しておく」
せっかくの忠言も、この通り。想定の範囲内であることに、スピカが少し呆れていた。
「まかり間違っても。英霊の方とステゴロで殴り合いとかおっ始めないようにしてください」
「それは、やれって振りでいいのか?」
「武蔵様、景虎様。万が一って時は後ろからバッサリやっちゃっていいので止めてくれると有り難いのですが……」
「何ならアビーちゃんやユゥユゥさんも後ろからどびゃーってやって止めてくださいね!」
スピカとカルネに言われて、二人が顔を見合わせる。そんなにヤバイ人なの?
武蔵と景虎は少し難しい顔をしていた。
「うーん、止めてあげたいのは山々なんだけど……」
「ええ。残念な事に私達も少々この方とは斬り合ってみたいというか」
「一回くらいなら組手とか打ち合いとかご所望願いたいところなのよね、困ったことに」
「その時はおれを呼べよ。御前試合という形で場を用意しよう」
「理解あるマスターで本当によかったー、此度の武蔵ちゃんは環境に恵まれてます!」
普段どんな生活してんだこの剣豪。エヌラスはそれとなく興味を惹かれつつも、できるだけサーヴァントに喧嘩を売られないように留意してユノスダスを後にした。
――エヌラス一行の後姿が見えなくなってから、スピカとカルネが顔を上げる。
「……どう思います、カルネ」
「ご主人様のことだから絶対に殴り合うと思う」
「でしょうね」
「いやむしろ私が殴られたいくらい! 愛の拳で!」
ロングスカートを翻しながら、スピカの脳天踵落としを食らってカルネが地面に陥没させて埋まった。優雅に着地しながら裾を払い、何事もなかったかのように商業国家へと戻る。
同じように、地面から頭を引き抜いてカルネがスピカの後を追いかけた。
この異世界における北方の気候は安定しており、四季折々。色鮮やかな山の彩りを見せる。それを節目にして季節ごとに商品を入れ替える、というのがユノスダスでの取り決めだった。ただし、その交通の便はお世辞にも良いとは言えない。貨物輸送用のフォートクラブ――普及している蟹を模した大型多脚戦車、を用いた商品の輸出入も周囲の自然を害すとしてあまり喜ばれていない。
「うーん、閉鎖的な片田舎って感じ」
「それで合ってる」
武蔵の雑感としての言葉は的を得ている。しかし、ヒナグラシの農作物は天然色の強い高品質な食材であり、重宝されていた。
そういった地域ごとの特徴や環境を説明しながら街道を歩き続ける。
その途中休憩として、小川の辺で腰をおろした。
「いやー、なんと言いますか。行脚僧のような心地ですね。こうして歩いて見知らぬ土地を旅するというのも中々新鮮な心地です」
「ま、そちらさんからしたら異世界旅行の片手間、戦争する形だしな」
「私の居た頃の日本に、この辺りはよく似ているので馴染みますね」
「景虎は何処の生まれなんだ?」
「越後です。といってもわかりませんか……」
「すまん、わからんわ。関ヶ原とか大和国はわかるんだが」
エヌラスの一言に、景虎が目を丸くする。そして武蔵も川魚に向けていた視線を向けてきた。
「ちょっと待ってください? 今、なんて言いました?」
「え、いやだから。関ヶ原と大和国。あと知ってる地名だと、そうだな……地名じゃねぇけど法隆寺とか」
「あなた日本知ってるじゃないですか。どういうことなんです」
「そんなこと言われてもな。だいぶ前の話だぞ?」
「失礼ながら、お幾つですか」
「知らん」
知らんってどういうことだ。剣姫に武蔵が目で尋ねる。
「おう、おれも知らん! そんなこと気にしたことなどないしな! はっはっは」
「うーん、このマスターどことなくノッブ味を感じちゃう」
「信長ですか。生前、遂には刃を交えることは叶いませんでしたが……まぁ、此度の聖杯戦争で縁があれば切り結ぶこともあるでしょう。その時は武蔵さんの力を存分に振るわせていただきます」
「応とも! じゃんじゃん頼ってください、なにせ私は大剣豪! はびこる怪異も何のその!」
まったくもって心強いことで。
エヌラスは川の流れを見つめているアビーとユゥユゥを見つめる。さながらこちらはピクニックのような気分だ。実力を疑うわけではないが、戦闘経験の乏しさを感じてしまう。
相手が相手、英霊である以上はそういった経験値が蓄積されているはずだが――どうも、あの二人は少々他と事情が異なるようだ。
「エヌラス。クソメガネからなにか連絡はあったか?」
「いんや。どうせ今頃は開店準備とかで忙しいだろうし、連絡があるとしたら昼を回った頃だろうな」
「全く、こちらのサポートをするのか店を経営するのか。どちらかにすればいいものを」
「仕方ねぇよ、クソメガネだし」
「お人好しが過ぎるのも考えものだな」
「しっかしまぁ、なんというか変に日本的というか。アゴウとか最初来た時は驚いたものですけれども、場に馴染めるっていうのはとても重要なこと。ええ、街を行き交う機械人形とか見慣れてさえしまえば」
「あいつら元人間だぞ」
「――――――」
「なんだ、どうした。凍りついて」
笑顔のままに硬直した武蔵が、エヌラスの両肩を掴んで揺らす。
「どういうことですか、どういうことなんですか!? アレが!? 元人間!? 何をどうしたら人間が機械の身体を手に入れて、それが当然のように受け入れられているっていうの!? 古今東西、あらゆる世界を冒険してきた私ですけれども、そんなの聞いたことないんですけど!?」
「倫理的な問題さえ目を瞑れば大して驚くようなことでもないと思うんだが」
「人道的な問題とか気にしたこと無いの!?」
「…………あんま無いなぁ」
「うん、今わかりました。この人、滅茶苦茶ヤバい人ですね☆」
満面の笑顔で武蔵は断言した。とはいえ、コレの師匠は桁外れなのだが。エヌラスなど可愛いものだ。
「その技術も俺の国発祥なんだが――その話はまた後だ」
エヌラスが腰を上げて肩を回して慣らす。
空を飛ぶ影に目を凝らしていた。それは、鳥にしてはやけに大きい。言うまでもなく、アヴェンジャーの引き連れていたであろうワイバーンの一団だ。
どうやらあちらも周囲を警戒しているらしい。
「方角はこっちで合っているみたいだな」
「そのようだ。それで、どうする? 一度ヒナグラシに立ち寄ってみるか?」
「ドラグレイスの野郎がどうしてるかでこっちも考えないとな。おーい、アビー、ユゥユゥ。そろそろ行くぞー」
エヌラスが呼びかけると、程なくして二人が笑顔で駆け寄ってきた。
「では、そのヒナグラシとやらに向かうとしましょうか」
「ところでつるちゃんは丸腰だけど大丈夫? 私達が守るからドーンと構えていても全然問題はありませんけれど」
「ん? おれが刀振ってもいいのか?」
「やめろ武蔵、御姫に武器もたせるんじゃねぇ。少なくともこいつの力に耐えられる武器なんてこの世界に早々ないんだから」
公務からそのまま追撃戦に参加した剣姫は軍服に袖を通したままだ。だが、腰に剣を帯びるでもなく銃を持っているでもなく、完全に丸腰である。
剣姫とは、守護女神。言うなれば存在そのものが奇跡に近い。そんなのが人間の手掛けた武器を振るえばどうなるか――人類を基準に鍛え上げられた武器など、瞬く間に崩壊してしまう。
それこそ、人外の摂理によって構成された物でもなければ到底耐えられない。そのため、基本的に剣姫は無手の格闘を得意としている。
その格闘でさえ女神の力を存分に振るうので脅威の一言に尽きるのだが。
エヌラス達がヒナグラシに着くと、顔を見知っている人々が声を掛けてきた。とはいえ挨拶程度のものだが。長居するつもりもなかったのだが、どうも面倒な方向に話が転がっているようだ。
「ドラグレイスはいるか?」
「いやぁ、それが……つい昨日の出来事なんですけど」
農家の老人が言うには、サーヴァントなる者を引き連れて山を歩いてから戻ってきていないという話だ。その前に大量の翼竜を見かけた、という目撃情報からアヴェンジャーとドラグレイスが接触したと見て間違いないだろう。
「何処に向かったかはわかるか?」
「何しろ山菜採りに向かったからねぇ……」
「あの野郎……」
食材探しに行って、なんでそうなるんだ。
「私等も心配でねぇ。あれに限って言えば、大丈夫だろうとは思うけど……ほらアンタ、ドラグレイスの友達だろう? なんとか、見つけ出して連れ戻してきてはくれないか?」
「アレを友達って呼ぶのは気が引けるが、元からそのつもりだったしな。他になにか変わりはないか、爺さん」
「そうだねぇ……あ。さっきからあそこの山、どうも騒がしいみたいだ。もしかするとそっちに居るかもしれないよ」
指し示された方角を見やれば、山を一つ越えて、二つ越えた中腹。だいぶ人里から離れている。
確かにあの周囲であればサーヴァントの戦闘が起きても村に被害は出ないだろう。それに人の手が入った痕跡もない。霊脈としても地の利を得ている。攻めにくく守りやすい地形だ。
それには景虎も着目したのか、唸っている。
「確かに、土地勘のある者であれば迷うことはないでしょう。それに比べて我々は長旅の疲れもありますし、足もない。徒歩で攻め入るとなればこのままでは厳しいですね。兵法の基本、自分に有利な状況で敵を迎え撃つ、というのを踏まえている」
「あの野郎は魔術も噛んでるし、そういう戦法も嗜んでるからな。敵に回すとクソ厄介なんだ」
「では、平和的に交渉するというのは?」
「そう思うだろ? 滅茶苦茶気難しいやつなんだよ」
「おれはこのまま向かっても構わんが。お前はどうする、エヌラス?」
剣姫の言う通り、こちらはこのまま攻めてもいいだろう。だが、無策にもほどがある。
相手は周囲をワイバーンで警戒している。空から監視の目を光らせているともなれば、なにか手を打たなければならない。幸い、ヒナグラシはドラグレイスの故郷だ。ここで攻めてくるとは考えがたい。
「一旦ここらで作戦会議だ。昨日の今日で攻め入ろうとは俺も考えてなかったしな」
「追撃する気、満々じゃありませんでした? エヌラスさん」
「ユゥユゥ、それは言わない約束だ。俺一人だったら山ごと潰してるが、そうもいかんし」
「やっぱこの人滅茶苦茶ヤバイ人なのでは? もしや戦国生まれだったりしません? 島津の親戚とか鬼武蔵とかいませんか?」
「いねーよ誰だよ何処のどいつだよそいつ等」
「うーん、聞けば聞くほどにちぐはぐな日本の知識。これは詳しく聞きたいところ」
「俺は眠い」
だめだこりゃ。景虎が呆れていた。
「エヌラスさん。それならあたしが膝枕してあげよっか?」
「いいのか? そりゃ助かる。夢見が良さそうだ」
ユゥユゥの提案に、エヌラスが微笑む。
ひとまず、ヒナグラシで一度作戦を立てることにした。