大魔導師「聖杯戦争やろうと思うんだが」   作:アメリカ兎

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第十三夜 サーヴァント戦:竜殺しの英雄

 

 

 ――夜が更けていく。陽は落ちた。夜の帳が下りていく。これより先に起きる出来事は、眠りに着いたお天道様も目を伏せる。ならばこその逢魔が時。夜闇は人の時間に非ず、怪異の時間だ。

 

 縁側でユゥユゥの膝枕で仮眠を摂っていたエヌラスが目を覚ました。

 羽根扇を使ってそよ風のように扇いでいた手を止めて、髪を撫でる。

 

「おはようございます、エヌラスさん」

「……ああ。おはよう」

「もうすっかり夜ですけどね。では、行きますか?」

「その前に、腹ごしらえと風呂だな。く、あ~ぁ……やっぱ一日八時間睡眠は基本だな」

 身体を起こして、筋肉をほぐしていると剣姫と武蔵が正座をして向かい合っていた。

 何をしているのかとも思ったが、その間にアビーがいるところを見ると、それほど険悪な雰囲気でもないようだ。

 

「じゃん、けん、ポン!」

「もらったぁ!!」

 すぱーんっ。

 剣姫が目にも留まらぬ速度で丸めた紙を武蔵の頭目掛けて振り下ろす。しかし、それは難なく防がれてしまった。

 その手には、同様に丸めた紙。刀に見立てた紙で、勝ったほうが叩き、負けたほうが防ぐ。ルールは至極単純だ。

 

「……なにしてんだ?」

「叩いて!」

「防いで!」

「じゃんけんポンよ、マスター。やっと起きたのね」

「かぶれや」

 アゴウの児戯だが、白熱しているようだ。

 何気ない遊びではあるが、極まると――刹那の見切り。瞬時に敗北を認める判断能力、勝機を感知して攻めに転じる機転の早さ。そして、攻めと守りの得物が同じであることから、どちらを手にするかでまた相手に先手を取るかという戦術的な駆け引きもまたそこには含まれている。

 退屈しのぎに始めたものだったが予想以上に熱中してしまっていた。それを見物していたアビーもすっかり夢中になっている。

 

「ふふふ、流石は剣豪を自負するだけはあるな武蔵」

「いやはやそちらこそ。これほど腕に覚えがあるとは驚きです」

「二人ともスゴイわ! まったく太刀筋が見えないんだもの!」

「よろしければエヌラスさんも如何? 大丈夫、加減はしてあげます」

「なら準備体操がてら頼むわ」

 腰を下ろして、エヌラスが武蔵と向かい合うように座った。

 どこか緊張感のない、寝起き眼で首を慣らしている。これでは勝っても負けても、エヌラスが武蔵に一本取れるはずがなかった。

 

「……武蔵。このゲームのルールだが、単純に言ってしまえば相手の攻撃を防ぐだけだ」

「? それは理解していますが?」

「勝つには? もっと単純だ。相手に防御させなければいい。ま、つまりは“どう叩くか”というのが肝だな」

 大あくびをひとつ。アビーに目配せをする。

 

「そ、それじゃあ始めるわね――」

「叩いて!」

「かぶってー」

『じゃん、けん、ポン!』

 武蔵の勝ち。

 先手必勝――となれば動きは簡単だ。小手調べと言わんばかりに右手側の得物を振り下ろす。そのチャンバラを、エヌラスは切っ先を横からはたき落としてかすめ取ると首筋に当てた。

 

「……これ反則じゃないの?」

「叩いて、防ぐ。そういうゲームだ。よってルールに抵触していない」

「そういうことなら二刀流もいいわけよね! だったら負けないんだから!」

「おとなげねー、この剣豪……」

 なお、この後エヌラスは完敗した。

 

 

 

 耳を澄ませて、ワイバーンの羽音が遠ざかっていくのを捉えてから行動を開始。

 最短距離を計算する。山をひとつ、ふたつを越えて相手の拠点へ突入するというのは厳しい。

 ――但しこれは、あくまでも徒歩による移動の話だ。

 

 息を吸い込み、吐き出す。魔力を集中させる。身体を流れる電気信号を魔力で増幅させ、そして魔術回路を通して地面へ打ち込む。その反発を利用した、瞬間的な加速。

 当然、相手に探知されるだろうが――知覚される前に駆け抜ければいい。相手が後手に回る以上は、その反応が必ず遅れる。

 文字通りの、“電撃戦”だ。

 

「敵は拠点で籠城、ともすればこちらから攻め入るのみ! 相手は翼竜の親玉! ともすれば、策など不要! 一点突破、これに尽きます! 戦なんていうものは、結局のところどれほど策を練ったところで最終的に敵を殺せばいいだけのこと! みなのもの、進めぇーっ! にゃあぁー!」

「む、なんだその掛け声は。おれもやるか! にゃあああっ!!」

「それならば私もお供いたしましょう! にゃーっ!」

 一匹ほど、やけに力強い猫がいたような気がする。

 

「えっとー……日本だとそういう習わしなの? じゃああたしも♪ にゃー!」

「私もした方がいいのかしら……にゃ、にゃあー?」

 少なくともそんな鬨の声を挙げるような文化は無い。

 エヌラスに視線が集中する。

 

「俺は言わないぞ?」

「えぇぇーっ!! なんでですかぁ!」

「誰がやるか。そもそも俺が言って誰が得するんだ」

「あたしが!」

「私も」

「よーし却下だ。先行ってるからな」

 その場に屈み込んで、ユゥユゥとアビーの顔を盗み見る。

 しょげていた。しょんぼりと、見るからに落ち込んでいる顔を見て罪悪感を覚える。

 

「――先に行ってるからにゃああああああぁぁぁぁっ!!!!」

 耐えきれなかった。いたいけなサーヴァント二人の純真な思いを踏み台になどできなかった。

 ポカンと間の抜けた顔をしている一同を置き去りにして、エヌラスが単身突撃していることにハッと気づいた時には既に遅い。

 剣姫達は、もう見えなくなった背中を追いかけるために走り出した。

 

 

 

 ――アヴェンジャー居城。

 ドラグレイスが仮眠の傍らで、周囲の動物達の眼を使って監視網を広げていたが感知するのが遅かった。まさか本当に一直線に突撃してくるとは予想していない。

 

「アヴェンジャー」

「なに?」

「アイツが来るぞ。備えろ」

「はぁ? 備えろって言われても、まさかこの短時間で此処に辿り着くとでも――」

 

 破壊音。何事かと駆け出して外の様子を見てみれば、見事に城門が破壊されていた。分厚い木製の扉が錠前ごと粉砕されている。

 中庭に滑り込む黒服の男には、アヴェンジャーも見覚えがあった。ワイバーンを素手で殺したちょっと常識はずれの魔術師だ。訂正すべき点があるならば、ちょっとどころではない、常識外れということか。

 

「本当に来たんだけど!?」

「だから備えろと言ったんだ。こちらの監視網を一直線に突破してくるバカは、あれくらいだ」

「襲撃か?」

「ああ」

「ふむ……単身で突入とは恐れ入る。蛮勇か、無謀か。どちらにせよ無策のようだが?」

「その手のバカが一番手に負えないと思うぞ」

「儂の出番か、マスター」

「いや、此処はアヴェンジャーの采配に任せる」

 目配せすると、怒り心頭といった様子で石畳を脚で踏み鳴らしていた。

 

「どこの世界にサーヴァント蔓延る居城にマスターが単身で突撃してくるバカがいるっていうのよ!? 常識的に考えなさいよね!」

「あー? うっせぇわ、そんでもってやっぱ血色悪いな病弱女!」

「至って健康的なんですけど!? アンタのせいでむしろ血圧急上昇よ!」

「客に対するもてなしもなってねぇな、竜の魔女は手ぶらで歓迎するのが礼儀か!」

「そんなにパーティーがしたいなら歓迎してあげるわよ! セイバー、行きなさい!」

「承知した」

 ドラグレイスと李書文の後ろから、セイバーが歩み出るなり中庭へ向けて飛び降りる。

 地面を沈ませ、土煙を上げながら立ち上がったサーヴァントが静かに一歩踏み出した。そして立ち止まるとエヌラスに向けて会釈する。

 

「初見となる、異世界の魔術師よ。俺はアヴェンジャーの召喚に応じ、此度の聖杯戦争に参戦するセイバーのサーヴァントだ」

「こりゃまたご丁寧にどうも。ようやく“らしい”英雄が出てきたもんだ。おーい、ドラグレイス! テメェなんでまた厄介事に首突っ込んでやがる!」

「事の発端は貴様の師匠だろ」

「ぐぅの音も出ねぇや……。で? セイバーだっけ。悪いが真名で頼む。こっちも後からセイバーが来るものだから、混乱しちまう」

「……アヴェンジャー。かまわないだろうか? 今回のは異例中の異例ということだったが」

「あーもう、名乗りたければ好きにしなさいよ」

「感謝する。――許可も出た。ならば名乗らせてもらおう。俺は“竜殺し”のジークフリート! 邪竜ファヴニールを屠りし英雄なり!」

「戦場で名乗られたからにはこちらも返すのが礼儀ってものだ。犯罪国家九龍アマルガム次期国王の、エヌラス。一応魔術師ってことで通してるが武闘派でね。手合わせを所望か?」

「すまないが、それがアヴェンジャーからの命令だ。悪く思わないでくれ」

「お手柔らかに頼むわ。こっちは丸腰の魔術師なものでな」

「可能な限り、加減はしよう。無駄に命を奪いたくはない……では」

 セイバー……ジークフリートが背負っていた大剣を引き抜く。構えらしい構えはない。ただ、ぶらりと携えているだけだ。しかし、その威圧感。

 まるで生きた城塞のように、目の前に立つ竜殺しの英雄が巨大な壁に思えてならなかった。こうして向き合っているだけでも息苦しさを覚え、緊張感が張り詰めていく。背筋が凍りつくような思いだ。

 

「――参る!」

「応!」

 踏みしめた大地が撓む。大剣を振るえば、その剣圧は凄まじく突風が吹き荒ぶ。生身で受ければ即死は免れられないだろう――もちろん一太刀とて受けるつもりはないが。

 丸腰ではあるが、自分の肉体を強化しているだけにその体捌きはジークフリートの剣技に引けを取らない。防戦一方ではあるが、それでも生半可な実力では敵わない戦技の応報に、高みの見物をしていた李書文が唸る。

 

「ほう。あの魔術師とやらは、中々に筋が良い」

「武術でも仕込むか?」

「いいや。あの体捌き、確かに儂も覚えはあるが言葉にできん違和感がある。それがどうも不気味でな」

「アイツのアレは、魔導発勁という。所謂、外道というやつだ」

「……道理で」

 見ていて薄気味悪いのか、目を伏せた。アレは見るに堪えないものだ。

 ジークフリートの剣戟の重さを凌ぐ形でエヌラスが回避と防御に徹している。小手調べという形で剣を振るっていたが、不意に切っ先を地面に沈ませた。

 

「フンッ――!!」

 そして、力任せに振り上げる。ろくに舗装もされていない中庭の石を大剣で打ち出し、天然の散弾を前にエヌラスは魔術で防御せざるを得なかった。その動きが止まったところへ、一気呵成に踏み込んで大剣を打ち込む。

 防ぎきれなかった衝撃に歯を食い縛るが、それでも相手の膂力までは止められない。そのまま城壁に穴を開けながらエヌラスが吹っ飛んでいく。

 短く息を吐き出して、大剣の埃を払う。それだけで土煙が晴れていった。

 

「……すまない、ジャンヌ。城を壊してしまったようだ」

「アンタが壊してどうするのよ!」

「けしかけたのは貴様だろう……」

「うっさいわね! そうまで言うならアンタのサーヴァントを戦わせればいいじゃない!」

「マスター殺しをやれと? いや確かに一筋縄ではいかん相手のようだが。流石にそれは気が引けるものだ。やれと命令されれば致し方ないことではあるがな」

「無理強いはしない。アイツと戦う機会は幾らでもある」

「左様か」

 吹っ飛ばされたエヌラスが瓦礫を除けながら、土埃を払い落として戻ってくる。

 

「おー、いてぇ。これほどとは思いもしなかった。侮ったつもりはないんだが、過小評価だったらしい。訂正しておく」

「そちらこそ。剣もなくこれほど持ちこたえる武術には敬意を払おう」

「こっちが丸腰なのを理由に、程よい加減に手を加えてくれているのは助かるんだが――こうも見せつけられると、こっちとしては全力を見たくなるな」

「その期待に応えられるかは、そちらの実力次第だ」

 構え直すジークフリートに対して、エヌラスは靴の爪先で地面を叩いた。

 

「んじゃこっちも、もう少し本腰を入れるとするか――やるぞ、ハンティングホラー」

「……っ」

 どろり、とした魔力の気配にジークフリートが目を細める。汚泥のような感覚に思わず大剣を握りしめた。

 エヌラスの足元、小石の影から一本の刀が差し出されてくる。その柄を握り、鯉口を切る。

 概念武装というほど強固なものではないが、それでも魔術の触媒として扱う限り決して油断はできない。

 大道芸のように刀を手で回しながらエヌラスが無造作に踏み出した。

 それを皮切りにして、どこか飄々とした雰囲気が一変する。それを見ていたドラグレイスが鼻で笑った。

 ――ああなると、手がつけられなくなる。単身、敵陣へ乗り込んできた理由がそれだ。

 エヌラスの戦闘は、最早災害と変わりない。

 戦禍の破壊神と呼ばれさえもするほどに、過剰なまでに破壊を振りまく。

 

 事と次第によっては、この場からの離脱も視野に入れておかなければならないだろう。ドラグレイスは撤退の算段もつけながら、ジークフリートとエヌラスの打ち合いを見物していた。

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