商業国家ユノスダスの説明を教会を目指す道すがら聞きつつも、記念日に向けてせわしなく開店準備を進めている人々の営みをユゥユゥは楽しそうに見つめていた。ちゃんとアビーの手を繋いで。
その姿は、まるで姉妹のようで仲睦まじい二人を眺めて通行人も笑みがこぼれる――それを引き連れているのが犯罪国家国王の一番弟子でなければの話だが。
「本当にすごくいっぱいのお店。これ全部お祝いするために?」
「ああ。なんせ、毎年恒例行事でやってるが他の行事を差し置いてトップクラスの金が動く日だ。当然、悪い奴らもコレを狙って動く」
「さっきのおじさんみたいな人?」
「そ。だから、俺みたいな奴の出番ってわけだ」
二人が疑問符を浮かべる。
「犯罪者特攻、みたいなもんだ。悪いやつの専門家が必要になるから俺がこうしてありがたく特等席を用意されているってわけ。ほら、見えてきたぞ」
「あそこが教会?」
「あくまでも政治的な理由でそう呼ばれているだけだ」
エヌラスが二人を連れて、堂々と真正面から乗り込む。気後れする二人が小声で「お邪魔します」とだけ呟いた。
正面広場では店の用意と式典の用意に職員達が慌ただしく駆け回っている。最終チェックを兼ねて商品の搬入をしていた。しかし、エヌラスの姿を一瞥するだけで誰も引き留めようとはしない。
「マスターは、ここによく来るの?」
「ああ。飯たかりに来てる。その代わりに労働基準法ガン無視の仕事押しつけられてるけど。今回は流石にそんなことにならないと思うが――」
とか言っている間に、見慣れないスーツ姿の金髪の美少女が赤ブチメガネを日光で反射させながら詰めてくる。
「おい、そこの貴様! そう、そこの貴様だ! ここは関係者以外立入禁止であるぞ! わかっておるのか!」
「関係者だ」
「嘘を言うでない!」
エヌラスが懐から取り出したのは、国王印の招待状。もはやフリーパス扱い。
「む、むむむ……確かにこれはユウコのサインだ……」
「……見ない顔だが、誰だ?」
「む? それは余のセリフだ」
「まぁいいか。詳しくはユウコにでも聞くし。アイツはどこだ?」
「ユウコならば祝辞の台本の確認をすると言って執務室の方に――おい待て貴様! 余を無視するとは何事だ! これ以上の狼藉は許さんぞ!」
「やかましいわ! 俺とアイツの仲で、勝手知ったる人ん家だ! 邪魔すんな!」
「なぁんだとぉ! おい衛兵! こやつを引っ捕らえろ! 我慢ならん! こんな人相の凶悪そうな奴を放置するとは何事だ!」
「あのー、すいません秘書様。その人べらぼうに強くて無理です……」
「無理とはなんだ、無理とは! それでも教会の警備を担う人間か!」
「あとその人、仮にも国王です……なので、あの、ちょっと下手すると国際的に危ないんで」
「――――」
バカな、とでも言いたげにネロがあんぐりと口を開けて固まっていた。そりゃそうだ。何も知らなければ、美少女を二人も引き連れたやばい筋の人間が正面から殴り込んできたようにしか思わない。
「馬鹿な!?」
「えーそうなんですよ、馬鹿なって思うでしょう? 私達もそう思ってますけど、これ現実なんですよ。本当に世の中間違ってますよね」
「あんま好き勝手言ってると今から広場を更地にするぞテメェら……もういい、付き合ってられっか。行くぞ、二人とも」
「む、おいこらまて貴様! まだ余の話は終わっていないぞ! 此処は任せる! 待て貴様ー! 余を無視するな! おい! 聞いておるのか!」
しつこくつきまとってくる相手を適当にあしらいながら、エヌラスは教会の中へと入っていく。その姿が見えなくなったところで、全員が胸を撫で下ろした。
――よかった。何事も起きなくて。
下手したらこの正面広場で一戦交えていただろう。そうなったら大惨事だ。目も当てられない被害に布団をかぶりたくなってしまう。
ユノスダス教会・執務室――扉をノックして、中からの返答を待たずにエヌラスが開けた。そこでは、ユウコが祝辞の台本とにらめっこしている。
「よっ」
「返事待たずに入ってくるとかデリカシーのデの字もないのかよ! 出がらしめ!」
「顔を見るなりとんだ挨拶だな。お前のサーヴァント共々」
「余が悪いのか!?」
「何したのネロちゃん」
「うむ、教会に不審者が入ってきたら呼び止めただけのことだ」
「間違ってない! それは、ネロちゃん悪くない! 相手が悪いだけだから! おーよしよしいい働きだねー」
「むむむむー、余を撫でくりまわすなぁ! いや、だが、許す! 中々に快い!」
胸を張るネロの頭をユウコが撫で回していた。髪型が崩れない程度に留めている。どうやらサーヴァントとの友好関係は良好な模様。
そこでエヌラスはサングラスを外して胸のポケットにしまい込んだ。外ならともかく、屋内であれば日差しも多少マシだ。
「……あー、それがお前のサーヴァントでいいんだな?」
「うん。セイバーのネロちゃん」
「なっ……!? ゆ、ユウコ! 人の真名をそんな気安く明かすとは正気か!? 聖杯戦争をなんだと思っておるのだ!?」
「クソ迷惑」
「ぅぐ……まさかそのように一言でまとめられると余も言葉を失うぞ……」
「いいの。そういう危険なのはそっちに任せとけば。私はこっちで忙しいの! それで? そっちのかわいい子は?」
「俺のサーヴァント」
「この犯罪者」
「その程度慣れてるからなんとも思わん」
「このロリコン」
「今から式典台無しにしてやろうかテメェ!!」
「おーやってみろこんにゃろう! 貸した金と踏み倒された金と諸々全額請求してもいいんだぞ私は!」
喧々囂々と言い争いを始める二人だったが、すぐに落ち着きを取り戻して咳払いを挟む。
「コホン……とにかく。私がお茶とか用意してくるから、その間にこのスピーチの台本見て気になったところチェックしてもらえる?」
「わかった」
「あ、茶菓子食べる?」
「クソメガネのところで食ってきた」
「いいから食え。どうせ夕飯も食うんだし」
「へいへい……」
退室するユウコに代わり、エヌラスが祝辞の台本を黙読しながらソファに腰を下ろす。その両隣にアビーとユゥユゥも座り込み、ネロが向かい合う形で座り込んだ。
「時に、エヌラスと言ったか? ユウコとはどういう関係なのだ?」
「どういうって。別に? 腐れ縁」
「ふむ。とてもそのようには見えんが……どちらかと言うと夫婦のような……」
「別にアイツとは付き合ってないし、婚約者でもない。ネロ、なんかペン持ってないか? ないならそこのテーブルから取ってくれ」
「貴様は人を何だと思っているのだ! 顎でこき使おうとするとは何様だ!」
「仮にも王様でお客様なわけだが?」
「ええい、気に食わん! そのああ言えばこう言う態度、余は好かぬ! 可愛げのないやつめ! その点ユウコはとても良きマスターだ。うむ、あれと契約してからまだ日は浅いが底抜けの明るさと気立ての良さは眼を見張るものがある。余は満足しているぞ、ふふん」
その、どこか自慢気に語るネロの視線はエヌラスのサーヴァントに向けられている。
お前達のマスターはハズレだ、とでも遠回しに突きつけられているようで。思わず頬を膨らませながらユゥユゥが腕を組む。遅れてアビーも真似をしていた。
「む~! お言葉ですけど、エヌラスさんだって全然負けてません! メイドさんは綺麗だし服の見立てもバッチリで素敵な人なんですから!」
「ええそうよ! 此処に来るまでに悪いおじさんを取り締まったりもしたのだから! それにメイドさんの作るパンケーキはとてもふわふわで美味しいのよ! 是非おすすめしたいわ」
「なんと、メイドを囲っておるのか! それにその服も、貴様が選んだと言うのか!」
「一部手を加えたからハンドメイドに近いけどな」
「顔に似合わず器用なやつだな」
うっせ、と小さく呟きながらもエヌラスは立ち上がり、結局自分でペンを手にして台本の添削をしていく。すると、そこへユウコが戻ってきた。
「はいお待たせー! なんか盛り上がってたみたいだけど、どうしたの?」
「よくぞ聞いてくれたユウコ! この二人の着ている服はこの男が見立てただけでなく手掛けたから余も欲しい! という話をしていたところだ」
「あー、それね。メチャクチャ法外な値段になるから仕入れらんないよ?」
「なぜだ!? この国では金が全てではないのか!」
「当たり前じゃん。でもね、世の中お金が全てじゃないの。お金で解決できないことだってあるんだよ、ネロちゃん。特にコイツの場合は損得抜きにして馬鹿な真似しでかすから。あと、コイツは基本的に金に糸目をつけないから完成品がクソほど高い。国の金で好き勝手やってるんだし」
アビーとユゥユゥが改めて、自分達の着ている服の完成度を確かめる。
確か、既存品に何かやたらと手を加えていた気がする。その製造工程は特定するのが至難を極めていた。独自規格の開発品、魔術師お得意の伝家の宝刀だ。
一国の主が手掛けるワンオフのハンドメイド、それがどれほどの値打ちになるのかなど考えたくもない。
「ふむ。そう言われると貴様はともかく、そのメイドとやらに興味が湧いてきた」
「明日こっちに来る予定だからその時にでも聞いてくれ。ユウコ、やっといたぞ」
「ありがとー。どれどれ……此処の挨拶省いちゃう?」
「去年と同じこと書いてるぞ」
「えっ、マジ? よく覚えてるねー、そういうこと」
「お前のことだからな」
「…………」
「なんだよ」
「………………や、あの、そういうこと言うのはズルいと思うんですけどー……」
「悪いのかよ」
「――悪くないです……」
台本で顔を隠しながらユウコが呟く。
「……なぜそこまでの関係でいながら婚姻しておらんのだ?」
「別に籍入れなきゃ会えないわけでもないしな」
「私としては今のままで十分だし」
「ええいこのバカップルめ! そこまで互いを理解し合っているのならもはや生涯を共にしているも同然ではないかぁ!」
「だからお前が口を挟む余地などどこにもねぇよ。ユウコ、今日はこっちで宿借りるぞ。俺のサーヴァントもいるしな」
「場所はこっちで適当に決めといていい?」
「頼んだ。俺は今のうちに見回りして犯罪者ぶちのめしてくる」
「……ところでなんでキミのサーヴァントも女の子なわけ?」
「うるせぇ知らねぇ俺が知りてぇ」
――この日。エヌラスが街でぶちのめした犯罪者の数は三桁にも及ぶ。ついでに壊滅的打撃を受けた反社会組織、二桁。決して放置されていたわけではなく、商業国家でも危険度の高い相手でも犯罪国家の人間の手にかかればこの通り、形無しである。