商業国家式典を控えたユノスダスの賃貸住宅サービス。家を一軒丸々貸し出す破格の商売は観光業で賑わうこの国の収入源の一つでもある。
そんなわけで。
エヌラスとユゥユゥ、アビゲイルの三人は無期限宿泊プランで一軒家を借りていた。
ひとつ屋根の下で男女が寝泊まり、当然何も起きないはずはなく――その点についてユウコからは「あー、うん。慣れた」とのコメント。こなれ過ぎである。
しかし、宿泊する以上は電気ガス水道は別料金。これら全てを無料で使い放題というのも気が引ける二人が、自分たちにもできる仕事はないかとユウコに尋ねたところ「後日見繕っておくから、よろしくねー」とスピード対応。
履歴書とかはいいのだろうか、年齢とか、大丈夫だろうか。そんな疑問も笑いながら聞き流された。ちょっと怖い。
「――と、いうわけで。ユノスダス名物カプセルホテルならぬ、ハウスレンタルでしばらくは此処で寝泊まりだ。服は明日スピカが持ってくる。下着含めてな」
「はぁ~……これ全部、借家?」
「一泊から一週間、一月。今回は無期限ってことでかなり高いが、まぁ払えない金額じゃないしな」
「ねぇ、マスター。教会に泊まるのはいけなかったのかしら?」
「流石に人様の仕事場兼自宅で居候するのも気が引ける」
「変な所で律儀なんだから」
「やかましっ。とりあえず俺は風呂に入って今日は寝る。明日は忙しいからな」
「あたし達にできること、何か無いですか?」
「そうだな。式典の警備を頼めるか。何かあったらすぐ教えてくれ。状況が状況だし」
聖杯戦争なんてよくわからん暇つぶしに巻き込まれるこちらの身にもなれ。エヌラスは愚痴りながら欠伸をひとつ。
すん、とユゥユゥが鼻を鳴らしてにおいを嗅ぐと、むせ返るような血の臭いに渋い顔をしてしまった。
既に日は暮れて、夜になっている。適当なところで切り上げたエヌラスだが、仮眠を摂ったらまた朝までお仕事(最大限オブラートに包んだ表現)をしなくてはならない。
夜間は特に、この時期はどんな犯罪が水面下に潜んでいるのか分からない。隈なく巡回して片っ端から潰していくつもりのエヌラスだったが、玄関の呼び鈴に脱衣場へと向かう足を止めてリビングに戻ってきた。
「誰だよ、こんな時間に……常識ねぇのかよ」
鏡を見ろとは言ってはならない。
エヌラスが玄関のドアを開けると、そこに立っていたのはソラだった。刑部姫も後ろに隠れている。
「なんだクソメガネとメガネ姫」
「メガネ姫!? 姫の認識箇所、メガネだけ!?」
「んじゃあ根暗メガネ」
「メガネ以外ない!?」
「無いな」
「酷ぉい!」
泣きつく刑部姫を鬱陶しく思いながら、ソラは軽く咳払いを挟んだ。
「ま、用件は簡潔に伝えるよ。僕も明日は忙しいし」
「奇遇だな。俺は今から忙しい」
「キミがこれからぶちのめしに行く予定の犯罪者達の拠点は粗方こっちでチェック入れてあるし、今頃は軍事国家の頼りになるタフガイのみなさんが突入してると思うよ。今夜は安心して寝てたら?」
「…………」
「なに、その顔は」
「それができてたんなら昼間のうちにやれよ」
「僕は忙しいんだよ。君と違って。喫茶店の経営しながらやれたら苦労してない。それに聖杯の波長測位だって併行してるし、加えてサーヴァントの反応を特定してるんだから勘弁してくれよ」
「うるせぇ、やれ」
「君は本当に人に喧嘩を売る天才だな」
メガネを直しつつ、ソラは思い出したように刑部姫に目配せする。
「う……別に姫が渡さなくてもよくない? ほら、友達なんだし……」
「見知った顔より女の子から渡されたほうが嬉しいし?」
「でもぉ……」
「ほらほらいいから。僕も早いところ帰って寝たいんだから」
「……うぇー。はい、どうぞこれ。マーちゃんからの差し入れでーす」
「こりゃご丁寧にどうも」
気が乗らない様子で差し出された紙袋を早速開ければ、中にはシュークリームだけでなく甘味が詰め込まれていた。カットケーキにドーナッツと、血糖値ガン無視。
「なにおまえ、俺のこと糖尿病にでもしたいのか?」
「誰が君に全部食えと? ほら、そっちの二人にだよ。今日は色々試作品作ってたから、その味見役だよ。お代は感想で結構」
「わぁ~、美味しそう! これ全部もらっちゃっていいの?」
「どうぞどうぞ」
「じゃあいただきま~す。アビーちゃん、一緒に食べよー」
浮かれた様子で紙袋の中身を見せたユゥユゥに、アビーが満面の笑みを見せていた。
「で。紅茶とかねぇの?」
「そこまで都合よく持ってくるわけ無いだろうが! 人を何だと思っているんだ、出前かよ! 金とるぞ!」
「んじゃあ金出すから買ってこい」
「パ シ ん な よ!! 自分で買ってきたらいいじゃないか」
「俺、今から風呂入るし」
「知らんけど!?」
他人の都合、お構いなし。
傍若無人ぶりには流石のソラも呆れたのか、メガネを直して刑部姫を連れて立ち去った。
「言っておくけど! 明日絶対に遅刻するなよ!」
「うるせぇクソメガネ。寝なきゃいいだけだ」
「寝ておけ馬鹿野郎!!!」
ぶつくさと愚痴りながら、ソラは待機させていた鋼鉄の大蟹、フォートクラブの背中に取り付けられている座席に腰を下ろした。その隣に刑部姫も座り込む。
その姿が見えなくなってから、エヌラスは欠伸をひとつ。ご丁寧に人の仕事の負担を減らしただけでなく夕飯後のデザートまで持ってくるとは気が利いている。問題があるとすれば、せめて紅茶のひとつでも持ってきてほしかった。
「まぁいいや、風呂入ってくる」
――脱衣室で服を脱いでからシャワーだけで済ませようと思っていたのだが。
どういうわけか、ユゥユゥとアビーも一緒に入ってきていた。
なんだ君たち、距離感近いぞ?
「どういうわけで、この狭い風呂場の中に三人も入ることになったんだフォーリナー」
「お背中流してあげようかと思って……」
「ダメかしら……」
「ダメじゃないんだけど俺の理性がよろしくない方向になるから勘弁して」
だがそれはそれとして、背中を流してくれるというのならありがたい。できるだけ何事もなく終わることを祈りながら、エヌラスはユゥユゥに任せることにした。
「わー。エヌラスさんの背中、傷だらけ」
「あちこち傷跡だらけで、とっても痛そうだわ」
「見苦しいからあんま見ないでくれ」
最近ちょっと気にするようになってきたのだから。しかし、背中をなぞる二人に指先がくすぐったい。
ユゥユゥが背中を洗う。エヌラスは手持ち無沙汰になってしまったので、アビーの髪を洗ってやることにした。
前にちょこんと座り込む小さな背中に、垂れる金の髪を撫でてシャンプーを馴染ませていくと髪を傷めないように優しく泡立てていく。
「マスターの洗い方、とても優しくて落ち着くわ」
「んー? こうして髪を洗ってやるの、嫌いじゃないからな。妹が好きでよくせがまれてたしー……って考えてもみりゃ、今もそうか」
今はおとなしくお留守番だ。……アレが、本当に、おとなしく、お留守番なんてものが出来るかどうかはともかくとして。
世話役に天敵のマリーがいるから不満たらたらな様子で待っていてくれるだろう。何なら二人を連れて行く時も危うく喧嘩になりそうだった。
『兄さま。私はお留守番? そう。……そう。…………へぇ、そっちの二人はいいのに。ズルいわ。私は兄さまと一時も離れたくないのに、どうして?』
『仕事だから』
『この世から労働なんて消えてしまえばいいのに……!!』
社畜を敵に回す恨めしい言葉を残していたが、なんとか説得に成功した。どこまで本気なのか分からない。多分、徹頭徹尾全力だろう。
良からぬことを考えていなければいいが……不安と心配が押し寄せてくる。大魔導師がブレーキを掛けてくれればいいのだが、期待するだけ無駄だろう。
あの二人が手を組んだら最早どうすることもできない。
「マスター。マスター? どうしたの?」
「え? ああ。どうした、アビー」
「手が止まってるわ」
「あー、悪い悪い。ちょっと考え事してた」
「エヌラスさん、痒いところありませんかー?」
「ユゥユゥ、それは多分ちょっと違う」
「あれ。あれー? あれぇ~? 違ったかな……」
髪も身体も綺麗にしたところで、三人仲良く湯船に浸かり――エヌラスは天井を見つめていた。なんでこうなってしまった?
肩をぴったりとくっつけるユゥユゥに、背中を預けてくるアビゲイルの二人。なんとなく悪寒が走る。これは、その。――マズイやつなのでは?
エヌラスは風呂上がりに、やはり茶のひとつくらい必要かと考えて外出することにした。
夜の商業国家は、昼間とはまた違った顔を見せる。喫茶店が昼間はメインだが、夜になればそれらがバーに早変わり。兼業している店もチラホラと見受けられる。
式典前日だというのに気楽なもので。聖杯戦争も控えているというのに変わらない光景にエヌラスは肩の力を抜いた。
――
軍事国家アゴウの機人達が編隊を組んで駆け出していた。その分隊長は大型の片刃剣を担いでいる。
《っしゃあオラァアアア! 次は麻薬密売人だ! 既に証拠は押さえてある! あとは現場でぶちのめす! 詳細は牢屋の中でヨロシクだ! 行くぞお前らぁああ!!》
『ypaaaaa!!!』
「…………」
見知った顔が音速飛行で駆け抜けていった。
軍事国家アゴウ国王親衛隊に狙われる犯罪者達に同情の余地などないが――南無。
適当な喫茶店兼ショットバーに立ち寄り、茶葉を調達して帰宅する。
リビングでは既に二人が洋菓子を頬張って惚けた顔を見せていた。
「あ、マスター! おかえりなさい!」
「エヌラスさん、おかえりなさい! これすごく美味しいのです!」
「そりゃ良かった。ほら、お茶買ってきたぞ」
「ありがとうございます。じゃあ早速淹れますね」
本日は備え付けの寝間着に袖を通したユゥユゥだが、何故かアビーは男物のシャツを着込んでいる。それ俺のじゃない? エヌラスが気づいて、聞くよりも先にフォークで切り分けたケーキを差し出してくる。
「マスター、マスター。はい、あーん。とっても甘くて美味しいわ」
「え、あー……あーん」
「えへへ、どうかしら?」
「……ああ。やっぱアイツが作る洋菓子は美味いな、ムカつくことに」
「マスターが今まで食べてきた中で、一番?」
「それだけは絶対に無い。俺が食べてきた中じゃ……そうだな。五番目くらいだ」
その格付に、アビーが驚いていた。
「これより美味しいケーキが、この世にはあるの?」
「ああ。まぁ俺の舌が基準だからな、アビーが気に入るかは解らないが。そのうち食べさせてやれたらいいな」
「ええ、楽しみにするわ」
「エヌラスさん、コーヒーでよかった?」
「ああ。ありがとな、ユゥユゥ」
「どういたしましてー。よいしょ」
左右をサーヴァントに挟まれて、エヌラスが動きを封じられる。
「……君等、すごく人懐っこいな?」
「そうかしら?」
「そーお?」
「距離が近いというか……」
「迷惑、かしら……もしそうだったら、ごめんなさい。マスター」
「別に迷惑ってことはないんだが。不思議でな」
「なんだかエヌラスさんはとっても親近感が湧くので、つい」
「……嫌われてないなら、俺も助かるけどよ。明日は早いし、落ち着いたらもう寝るぞ」
食器を片付けて、二人が洗って食洗機にいれた。
階段を上り、寝室の扉を開けてベッドに身体を投げ出す。
なぜか――ユゥユゥも、アビーも一緒に入ってきた。
「俺、別室って言わなかったっけぇ!?」
「まぁまぁ♪ みんなで寝たほうがきっと気持ちよく眠れるのです」
「そうよ、マスター。さぁさぁ」
「いや、ちょっと、待っ――力強いなアビー!?」
「サーヴァントだもの♪(筋力B)」
「そのかわいい外見で出していい怪力じゃねぇんだよなぁぁぁ……!!」
踏み留まるエヌラスの耳元にユゥユゥが顔を近づけて、優しく吐息をこぼす。
「マスター、たぁっぷり……甘えていいんですよぉ……?」
「はっふ……!」
耳から脳を溶かされるような、甘ったるい声に負けてアビーにベッドへ連れ込まれた。
「ズルいぞちくしょう!!」
「エヌラスさん、耳弱い?」
「一番弱いのは頭、ってやかましいわ! 人のことベッドに押し倒して何する気だ!?」
「? 何って……寝るだけじゃないの? ねぇ、ユゥユゥさん」
「え――ええ、うん! 勿論なのです!」
(ぜってぇなんか狙ってたな……)
人懐っこいとはいえ、油断はしないようにしよう。
焦りながらもユゥユゥもベッドに入り込んでくる。人を抱き枕代わりにして、アビーが早速寝息を立て始めていた。本来なら必要のない睡眠も食事も。英霊となった身では新鮮な気分なのだろう。
ユゥユゥだけは、顔を近づけて耳打ちしてきた。
(安心してください、マスター。悪いようにはしませんから♪)
「…………耳元で囁くな。お前の声、ゾワゾワするんだよ。くすぐったくて」
「ふふっ……。それじゃあ、おやすみなのです」
「――――」
先が思いやられる。
こんな調子が続いて、寝不足にならなければいいが。
そんなことを思いながらエヌラスも目を閉じて眠ることにした。