――ワイバーンの群れを率いたサーヴァント、アヴェンジャーを撃退してからエヌラスはアビー達を連れてユノスダス教会へと戻ってきた。
返り血まみれのエヌラスを見て、通行人もドン引きしている。当然だが、見慣れた光景だ。だからこそ、触らぬ神に祟りなし。
一通り必要な業務が片付いたからか、教会の直売店には人々が殺到していた。それを横目に、エヌラス達は役員専用の通路から教会の内部へ戻る。
向かう先は、会議室。
先程の襲撃もあってか、すぐに対策会議が開かれることとなった。
そこには既に剣姫も着席している。驚いた事に、息一つ切らしていない。
「おう、遅かったなエヌラス!」
「うるせぇわ! っていうかサーヴァント連れてんなら倒せただろうが!」
「ふむ、そう言われては仕方ないが。今日はユノスダス式典ということもあって、国際行事を最優先としたのだ。まぁ許せ! うん、おれの愛嬌で!」
「言うだけ無駄だから何も聞かなかったことにする」
エヌラスは呆れながらも、剣姫が連れているサーヴァントを見やる。
白頭巾のサーヴァント。そして、笠をかぶった和風の出で立ち。
「御姫も喚んだのか。しかも二人も」
「ん? いや、喚んだのは一人だけだぞ。ランサーだ」
「……は? じゃあなんで二人もいるんだよ」
「ふむ。セイバーに関しては、空から降ってきた」
――剣姫の言葉に、一同が耳を疑った。
セイバーは照れ隠しのように笑っている。
「いやー、そうなんですよ。恥ずかしながら」
「何やら剣の腕には覚えがあるようなので、放っておくわけにもいかず剣客として召し抱えた! というわけで、今はおれのサーヴァントとして同行してもらっている」
「おまえ……」
そんな裏技みたいなことをして戦力を増強するな。というか空から降ってきたってどういうことなんだ。エヌラスが視線でセイバーに問い詰める。
「…………」
「…………てへっ☆」
ちくしょうかわいいなこの剣豪。
「ひとまず自己紹介といきましょうか。私は八華のランサー、真名は……明かした方がいいですかね?」
「そうだな。少なくともこの場にいるのは味方だ」
「わかりました――では、真名を長尾景虎と言います。これでも策には自信があるので、ええ。存分に活かしてくださいね」
「なるほど。ランサーの景虎だな」
「うむ、おれはおトラと呼ぶことにしている」
「はい。おトラさんです、よろしくお願いしますね」
八華のランサーはかぶっていた白頭巾を下ろし、素顔を露わにすると微笑んだ。
そして問題のセイバー。一斉に視線が集中して緊張しているのか、はにかむと笠のあご紐を外して会釈する。
「そして私は宮本武蔵。気軽に武蔵ちゃんと呼んでください」
「木剣にて立ち会ったが、剣の腕はスゴイぞ。おれのお墨付きだ!」
何故か剣姫が自慢げにしていた。
宮本武蔵。セイバー、と名乗ったとおりに腰に刀を帯びている。左右に打刀と脇差の二本づつ、四刀流。とはいえ全てを一度に使うわけではないだろう。備えあれば憂いなし、ということか。
驚くことに――此処まで召喚されたサーヴァントが全て女性であることにエヌラスが目頭を押さえる。どういうことだこれは? いやコレはコレで華があって嬉しいが。
「あー……まぁ、とりあえずこっちも自己紹介といくか」
「よろしく頼む!」
全員分の紹介を終えてから、ソラが眼鏡を直しながら挙手。タイミング良く、ここらで切り出すべきだと判断したようだ。
「それじゃ、全員の自己紹介が終わった所で、まずは僕からいいかな? ワイバーンの群れを率いていたサーヴァントについては、後でもいいだろうし」
「ああ、頼んだ」
「早速だけど、まずは壊次元――まぁこの世界について。サーヴァントのみんなには馴染みがあまりない場所だろうから、軽く解説を。詳細は随時、追って話すよ」
端的に言ってしまえば、異世界。人類史とは異なる歴史と生い立ちから成る次元。だがそんな世界になぜ人類史の英霊である自分たちが喚ばれたのか。
これには、用いられた聖杯が起因している。どこから持ってきたのかも不明だが、とにかく地球の聖杯が使われた事により人類史の英霊達が呼び寄せられている――。
「簡単に言うと?」
「英霊の異世界転生聖杯戦争、以上」
「一行で説明終わったんだが?」
「うるせぇよ! こっから本題にすら入ってないんだよ!」
「はよ本題」
「チキショーーー!!」
後で覚えてろよお前! ソラは固く誓った、絶対に後で仕返ししてやると。
――イレギュラーにイレギュラーが重なった聖杯戦争。というのも、聖杯の欠片を探し求めてこの異世界を探索するという形になる。歴史に名を残す英霊達にしてみれば、ちょっとした宝探しのようなものだ。
しかしながら、当然、さも当たり前のようにすんなりと事が運ぶはずがない。当然、同じように聖杯の欠片を求めて喚び出されたサーヴァント達も求めて行動するだろう。今の聖杯は、暴走状態で野放しにされている。
「早期解決が望ましい、というわけで僕の国の方で情報収集に当たっている」
「そのー、ソラくんの国はどういった国なんですか?」
「ああ、その辺りも話してませんでしたね。じゃあそこも軽く」
大きく分けて、五つの大国によってこの異世界は形成されていた。
商業国家、ユノスダス。
電脳国家、インタースカイ。
軍事国家、アゴウ。
そして――犯罪国家、地下帝国の二層からなる九龍アマルガム。
「で、御姫を除いて僕らはその王様、ということになりますね。おトラさん」
「ほほう、なるほど。丁寧にありがとうございます」
「いえいえ、こちらとしてはバカ騒ぎに協力して事態に当たってもらっている手前、丁重におもてなしさせてもらいますよ」
「まー、そうだな。さっきのアヴェンジャーとか名乗ってたバカ女も犯罪国家流のおもてなしで迎えてやらねぇとな。こっちから」
「ちょっと君は黙っててくれないか、エヌラス。現在、電脳国家で観測できたデータがこれだ」
ソラがタブレット端末を取り出して、画面を操作する。
携行型電脳端末。機能を一部制限されてはいるが、普段から運用する分にはこの端末一つで十分過ぎるほどの性能を保有している。
テーブルに投影されるのは、壊次元の地図。そして、チェックポイントが指される。その点からは波紋が広がっていた。
「このデータは?」
「現在確認できているサーヴァント反応、ならびに魔力反応。聖杯の欠片から出ている波長はこちらでは中々見慣れないものだからね。特定するのは簡単だった」
ただし、ソラが確認できたのはそこまで。居場所の特定はできるが、そこで何が起きているのかは全く不明。解像度を上げても映像にノイズが走り、観測できない。そして、暴走している聖杯から漏れ出した魔力によって周辺の生態系が変化しつつあることもインタースカイは観測済みだ。
「共通して見られるのは凶暴化かな。あとは、聖杯の魔力に引き寄せられるということ」
「さっきのワイバーンの群れは?」
「恐らくその影響。そのアヴェンジャーとやらが聖杯の欠片を所有しているから、彼女の指揮下にあると見て間違いないね」
「あのワイバーンは元々こちらの生態系にある存在ですか?」
「そうですね。とはいえ、あの数は異常なので……もしかするとアヴェンジャーが呼び寄せているかも」
「本人、竜の魔女って名乗ってたしな。だがそれなら聖杯使って縁のある他のサーヴァント喚び出して戦力増強した方がマシだろ」
「君、それで竜に縁のあるサーヴァント来たらどうすんだよ。責任もって相手しろよ。僕は絶対に嫌だからな」
心底嫌そうな顔でソラが肩をすくめる。
「大丈夫です。マスターはあたし達がちゃんと守りますから」
「それは心強い。このバカ、前線に放り出すととんでもないことになるからね。できれば戦わせないでくれると助かるよ」
色々な意味で。
「今のところはこれくらいかな。ひとまず、現在の目標としては」
「アヴェンジャーぶっ飛ばして聖杯の欠片を入手、ということでいいか?」
「ま、それが妥当かな。ワイバーンの群れを率いて移動しているから移動先の特定は楽だよ」
「戦術面で言ったら素人もいいところだな。で、アイツどこに向かってるんだ?」
「北に向かっている」
ソラの一言に、エヌラス達が一斉に渋い顔をした。
「北になにかあるのですか?」
「……いや、なにも。強いて挙げれば、村だな」
「村?」
「ああ。ただー、その……まぁ、なんというか……」
「そこにいるやつがな……」
「気難しい奴で、くっそ手強くて、面倒臭い」
「アイツはねー……」
「何やらとても厄介そうな方ですね。お名前は?」
「ドラグレイス。今回の聖杯戦争参加者だ」
サーヴァントを召喚していると見て間違いないだろう。アヴェンジャーと敵対する可能性が高いが、それでも聖杯の欠片を手にされて悪用されればますます困難になる。
「となると、後を追うしかないか。アイツの手に渡る前に」
「そうだな」
「放置されている聖杯の欠片はひとまず機人の皆さんに監視してもらうとして」
「おいクソメガネ、勝手に人の部下を使うな。おれの許可もなく」
「あーはいすいませんねー御姫……」
「それに聖杯の欠片はサーヴァントを召喚する可能性もあるのだろう? そうなった場合の損失はどうするつもりだ」
「……誰か監視役で残れって言うなら僕が残りますけど?」
それが最適解だ。刑部姫も戦闘を得手としていない。
「となるとー……向かうのは」
「俺は勿論行くぞ」
「余も行きたい!」
「ネロちゃんは私とお留守番!」
「なぜだユウコ! 戦とあれば余の出番だろう!」
「私の戦場はいつだって商売の最前線! よって秘書官であるネロちゃんもここで私と待機!」
「一理ある!」
「スピード論破してんなや。ビビるわ」
「おれも同行するぞ! 構わんな、セイバー、ランサー」
剣姫が二人に確認を取ると、即座に頷いた。
エヌラスと剣姫、そしてそのサーヴァントがアヴェンジャー追撃戦のメンバーだ。
ソラはそのバックアップに回る。刑部姫が安心し切った顔で胸を撫で下ろしていた。
「たすかったぁ……姫、そういうの向いてないから」
「僕もだよ。でも仕事がないわけじゃないからね?」
「ひぃん……また喫茶店のお仕事かぁ……」
「僕が店を空けていても問題ないけど、後ろ盾があるのは助かるだろう?」
「そうだな!」
「そんじゃ、話はまとまったな。アヴェンジャー追撃戦に出向くとするか」
エヌラスが席を立ち、早速ユノスダス教会を後にしようとして――ユウコに引き止められる。
「ちょい待ち、エヌラス! まさかとは思うけど、もう行くつもり!?」
「相手に体制を整える暇もなく潰しに行くのは基本だろ」
「あー……なんかこの人アレですね……」
「景虎さんもそう思いました?」
「なんか馴染みあるっていうか。日本の武将みたいな人ですね、特に戦国」
「わかります。とても。鬼武蔵とか鬼島津とか、そういうタイプの人」
相手を根絶やしにするまで止まらない。病的なまでに戦闘を求める戦闘狂。
その手に付け狙われると、とにかく死ぬまで止まらない。だからこそ厄介極まりないのだが、かといって止める手段といえば命を奪うくらいだ。
そしてエヌラスは、とにかくしぶとい。冗談のように。なので、これに命を狙われたら諦める他にないくらいには戦闘能力と生存能力に特化している。
会議室の扉がノックされ、入室してきたのはクラシックスタイルのメイド服を着こなした銀髪のツインテールのメイド。
「失礼いたします。ユウコ様、本日の教会直営店の途中清算が終わりました。釣り銭の準備金等に関しても補充を終えています」
「お、ありがとー。助かるよ」
「うむ、良い仕事だ! 余も鼻が高い!」
「うちのメイドだけどな……」
「とにかく、今日は待機! 返事!」
「へいへい……」
エヌラスが座り直し、テーブルに頬杖をついて不機嫌そうに顔を逸らした。
その視線の先、ユゥユゥとアビーが申し訳無さそうにしているが、別に二人に非はない。
「あ、はは……ユウコさんすごい」
「エヌラスのこと制御できるのユウコくらいだよ……僕は無理、絶対無理。そんでもってヤダ」
「そーだ、ユゥユゥちゃんとアビーちゃんにお仕事持ってきたんだった。はいこれ!」
ユウコがバインダーをめくり、それに綴じていた書類を見せる。
「わー……たくさんある」
「そっちは任す。俺は街の方でもぶらついてくる」
「ではエヌラス様。まずはお召し物をお着替えください。あと返り血まみれなので、いい加減着替えた方が良いかと」
「それもそうだな。そんでもってカルネはどうした」
「今はご自宅の清掃をされております。着替えはこちらに。ユウコ様、お風呂場をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよー。っていうかエヌラス、返り血まみれで歩き回るなって言ってんでしょうが」
ユウコの小言を聞き流しながら、エヌラスが会議室を後にした。その横顔を盗み見たソラが眼鏡を直す。
「……ありゃもう、完全に戦闘する気満々だ」