姫巫女さまのかくしごと   作:宇宮 祐樹

1 / 5
01 姫巫女さまのかくしごと(上)

 

「姫巫女様より、神託がございます」

 

 謁見の間、その最奥にある祭壇の前にて。俺の言葉に、彼女はくるりと体を翻す。

 少女だった。顔立ちは幼いながら、静かな雰囲気を感じさせる整ったもの。

 身に纏うのは薄い蒼の布地に、銀と白の刺繍が施された、古来より伝わる姫巫女の正装。

 そして何よりも目を惹くのは、太陽の輝きを映したかのような、白銀に輝く髪で。

 足先にまで達するそれは、彼女が何者であるかを、この世界に知らしめているようだった。

 

 ――曰く、世界より選ばれし調停者。

 ――曰く、夢と現の狭間に立つ者。

 ――曰く、龍と人とを繋ぐ、架け橋となる者。

 

 その姿はこの世のものとは思えないほどに美しく、それでいて清らかで。

 他の者とは一線を画すような、それこそ住む世界が違うような、そんな印象すら抱かせた。

 それは人々に導を示す、聖なる光の化身。龍により隔絶を定められた、孤独に生きる少女。

 境界に立つ彼女は、淡い紅の唇を開き、告げる。

 

「銀陽の姫巫女、ソフィラティアの名に於いて――銀陽龍様の御言葉を、お伝えします」

 

 

 今年の秋はいつもより寒い。

 おそらく冬に入ると早くから大雪が続くので、備蓄の用意はいつもより早く、多めに。

 降雪が続くと、場合によっては移動をしたほうがよい家屋もあるので対応を。

 春の入りは暖かいが、しかし雪崩や雪解け水による増水にも注意するよう。

 その代わり春から水不足の心配はなく、作物もより実るだろう。

 以上。降龍暦第四百二十二年、夏の季の神託。

 

「姫巫女さまっ、姫巫女さまっ」

 

 儀式も終わり、街の人々が返ってゆく中、一人の少女が姫巫女様へと声をかけた。

 神殿によく遊びに来る、服屋の娘だった。昨日も姫巫女様と話していたことを思い出す。

 確か、名前は……。

 

「はい、どうされたんですか、シルフィさん?」

「えっとね、その……姫巫女様に相談したいことがあって」

 

 ちらり、とこちらへ視線を向けるシルフィ。

 今日はもう神殿を閉めるつもりだったが、そういうことなら仕方ないか。

 

「構いませんよ。神殿はもう少し後に締めますから、その間だけなら」

「やったぁ! 姫巫女さまっ!」

「はい、お聞きしましょう。どうぞこちらに」

 

 そう言って最前列の長椅子にシルフィを座らせて、姫巫女様が隣へ腰を下ろす。

 

「あのね、姫巫女さま」

「はい、なんでしょうか」

「人を好きになるって、どういうことなの?」

 

 …………。

 

「人を好きになる……ですか?」

 

 きょとん、と。

 まるで魂でも抜けてしまったような表情で、姫巫女様はそのまま彼女の話へと耳を傾けた。

 

「私ね、靴屋のエレンのことが好きなんだ」

「そうですか……確かにお二人は仲が良いですものね」

「だけどね、私が思う好きと、みんなが思う好きって違う気がするの」

「はあ……」

「だから姫巫女様、人を好きになるってどういう気持ちなのか、教えて?」

 

 丸い目をきらきらと輝かせながら、シルフィが問いかける。

 それに対して姫巫女様は、とてもぎこちない様子で、首を大きく傾げていた。

 

「えーっと……つまり、シルフィさんは今、私に恋愛相談を?」

「れん……うん、そう! 恋愛相談!」

「な、なるほど……恋愛相談ですか……」

 

 ……そろそろ、助け船を出したほうが良いだろうか。

 

「あの、シルフィさん? 本当に私でよろしいのですか? そういった相談事はもっとこう、人生経験が豊富な、それこそお母さまなどに相談したほうが、きっと……」

「そんなの恥ずかしくてできないよ! こんなこと聞けるの、姫巫女様だけだもん」

「頼ってくださるのはとても嬉しいのですが……でも私、恋愛なんてしたことがなくて」

「えー、うっそだー」

 

 すると彼女は、おかしそうに言いながら、

 

「だって姫巫女さま、神殿長のアイン様のことが――」

 

 がばり、と。

 シルフィが何かを言いかけた次の瞬間、姫巫女様は勢いよく彼女の口を塞いでいた。

 

「いきなりなんてこと言うんですかシルフィさん! びっくりするじゃないですか!」

「でも姫巫女さま、アイン様が好きなのは本当の――」

「そういう話は本人がいないところでするものなのです!」

 

 何やら二人が話をしているが、声が小さいせいで聞き取ることが出来ない。

 ……一体、どうしたのだろうか。もしかすると、姫巫女様がお怒りになってしまって――

 

「あ、アインは近寄らないで! あっち、あっち見てなさい!」

 

 心配して様子を伺うと、姫巫女様は慌てた様子でそんなことを言ってきた。

 少し気になるところではあったが、とりあえず言われるがままに背を向ける。

 

「いいですか? アインに気づかれないよう、静かにお願いしますね」

「うん、わかった」

「……アインにはまだ伝えられないのです。いえ、いつかは伝えたいと思っているんですよ? でも、今はまだその時ではないのです。それに、こちらにも心の準備というものが」

「へたれなの?」

「全然そんなことありませんけど!?」

 

 ……一体、何がそんなことないのだろう。会話を聞き取れていないので、意図が掴めない。

 

「あ、いや……そういうのではありませんから。何事にも準備と心構えは必要ということで。というか、そんな言葉どこで覚えてきたんですか? 二度と使わないでくださいね」

「……でも、アイン様、街の皆にはねらい目だって言われてるよ?」

「狙い目って何ですか! うちのアインは商品じゃないんですよ!」

 

 どうしたらそんな単語が出てくるのか。

 

「でも大丈夫だよ? アイン様は姫巫女様と一緒の方がお似合いだって」

「だ、ダメですよ。アインに失礼になるかもしれませんし」

「そうかなー? 姫巫女さま、綺麗だからアイン様も嬉しいと思うんだけど」

「ダメなものはダメなんです。まったくもう、街の皆さんは私たちを何だと……」

 

 ……………………。

 

「……その、お似合いと言っていたのは本当ですか?」

「うん、ほんと。みんな二人はいい夫婦になる、って言ってたよ」

「……えへ」

「姫巫女さま?」

「えへへ、えへ、えへへへへへへへへへ」

 

 何やら不気味な笑い声が聞こえてきたので、思わずそちらへ顔を向ける。

 するとそこに居たのは、だらけきったような、緩み切った笑みを浮かべる姫巫女様だった。対面するシルフィが困惑するほどの緩みっぷりだった。花畑が背景に似合いそうだった。

 ……さすがに、声をかけたほうが良いか。

 

「姫巫女様」

「えへえへ……はっ!? アイン!? あちらを向いていてと言ったはずですが!」

「ですが、その様子で放っておくのは不安でして」

 

 シルフィも見慣れない姫巫女様に困っているようだし。

 

「……アイン? その、私たちが何の話をしていたか、聞いていましたか?」

「いいえ、姫巫女様に言われた通り、何も耳にしていませんが……」

「それなら大丈夫です! はい! アインは何も心配しなくていいですからね!」

 

 にっこりと、半ば強引にも思えるような口調で、姫巫女様はそう言い放った。

 

「姫巫女様、もうだいじょうぶ?」

「ええ、ご迷惑をおかけしました。では、その……恋愛相談に戻りましょうか」

 

 肩で息を整えた姫巫女様が、シルフィへと向き直る。

 

「……信じること、なのかもしれませんね」

「信じる?」

「ええ」

 

 恋愛初心者の私が言うのも何ですけど、なんて、姫巫女様は恥ずかしそうに笑って。

 

「シルフィさん。あなたは、エレンさんのことを信じてますか?」

「……うん。エレンのことは、いつだって信じてる」

「では、エレンさんとずっと一緒にいることはできますか?」

「産まれた時からずっと一緒だったもん。これから先もいられるよ」

「それなら、エレンさんと一緒に居て、幸せになれると思いますか?」

「エレンが嬉しいときは、私も嬉しかったから。たぶん、なれると思う」

「では最後――シルフィさんは、エレンさんに自分の全てを明かすことが、できますか?」

 

 問答はそこで一度止まった。シルフィは開いていた口を閉ざし、静かに考え込む。

 その唇が次に開いたのは、しばらくの間を置いてからのことだった。

 

「うん。エレンには私のぜんぶを知ってほしいから。それに、私もエレンことが知りたいし」

 

 少し不安になりながらも紡いだ彼女の言葉に、姫巫女様は静かに頷いて。

 

「それなら大丈夫です。その意思があるのなら、あなた達はこの先もずっと一緒にいられる。そうして積み重ねた信頼が、いつしか人を好きになる、という感情に変わるのでしょう」

 

 告げながら、姫巫女様はシルフィの両手を優しく包み込んで。

 

「あなた達の行く道に、銀陽の祝福が訪れんことを――」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。