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「姫巫女様より、神託がございます」
謁見の間、その最奥にある祭壇の前にて。俺の言葉に、彼女はくるりと体を翻す。
少女だった。顔立ちは幼いながら、静かな雰囲気を感じさせる整ったもの。
身に纏うのは薄い蒼の布地に、銀と白の刺繍が施された、古来より伝わる姫巫女の正装。
そして何よりも目を惹くのは、太陽の輝きを映したかのような、白銀に輝く髪で。
足先にまで達するそれは、彼女が何者であるかを、この世界に知らしめているようだった。
――曰く、世界より選ばれし調停者。
――曰く、夢と現の狭間に立つ者。
――曰く、龍と人とを繋ぐ、架け橋となる者。
その姿はこの世のものとは思えないほどに美しく、それでいて清らかで。
他の者とは一線を画すような、それこそ住む世界が違うような、そんな印象すら抱かせた。
それは人々に導を示す、聖なる光の化身。龍により隔絶を定められた、孤独に生きる少女。
境界に立つ彼女は、淡い紅の唇を開き、告げる。
「銀陽の姫巫女、ソフィラティアの名に於いて――銀陽龍様の御言葉を、お伝えします」
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今年の秋はいつもより寒い。
おそらく冬に入ると早くから大雪が続くので、備蓄の用意はいつもより早く、多めに。
降雪が続くと、場合によっては移動をしたほうがよい家屋もあるので対応を。
春の入りは暖かいが、しかし雪崩や雪解け水による増水にも注意するよう。
その代わり春から水不足の心配はなく、作物もより実るだろう。
以上。降龍暦第四百二十二年、夏の季の神託。
「姫巫女さまっ、姫巫女さまっ」
儀式も終わり、街の人々が返ってゆく中、一人の少女が姫巫女様へと声をかけた。
神殿によく遊びに来る、服屋の娘だった。昨日も姫巫女様と話していたことを思い出す。
確か、名前は……。
「はい、どうされたんですか、シルフィさん?」
「えっとね、その……姫巫女様に相談したいことがあって」
ちらり、とこちらへ視線を向けるシルフィ。
今日はもう神殿を閉めるつもりだったが、そういうことなら仕方ないか。
「構いませんよ。神殿はもう少し後に締めますから、その間だけなら」
「やったぁ! 姫巫女さまっ!」
「はい、お聞きしましょう。どうぞこちらに」
そう言って最前列の長椅子にシルフィを座らせて、姫巫女様が隣へ腰を下ろす。
「あのね、姫巫女さま」
「はい、なんでしょうか」
「人を好きになるって、どういうことなの?」
…………。
「人を好きになる……ですか?」
きょとん、と。
まるで魂でも抜けてしまったような表情で、姫巫女様はそのまま彼女の話へと耳を傾けた。
「私ね、靴屋のエレンのことが好きなんだ」
「そうですか……確かにお二人は仲が良いですものね」
「だけどね、私が思う好きと、みんなが思う好きって違う気がするの」
「はあ……」
「だから姫巫女様、人を好きになるってどういう気持ちなのか、教えて?」
丸い目をきらきらと輝かせながら、シルフィが問いかける。
それに対して姫巫女様は、とてもぎこちない様子で、首を大きく傾げていた。
「えーっと……つまり、シルフィさんは今、私に恋愛相談を?」
「れん……うん、そう! 恋愛相談!」
「な、なるほど……恋愛相談ですか……」
……そろそろ、助け船を出したほうが良いだろうか。
「あの、シルフィさん? 本当に私でよろしいのですか? そういった相談事はもっとこう、人生経験が豊富な、それこそお母さまなどに相談したほうが、きっと……」
「そんなの恥ずかしくてできないよ! こんなこと聞けるの、姫巫女様だけだもん」
「頼ってくださるのはとても嬉しいのですが……でも私、恋愛なんてしたことがなくて」
「えー、うっそだー」
すると彼女は、おかしそうに言いながら、
「だって姫巫女さま、神殿長のアイン様のことが――」
がばり、と。
シルフィが何かを言いかけた次の瞬間、姫巫女様は勢いよく彼女の口を塞いでいた。
「いきなりなんてこと言うんですかシルフィさん! びっくりするじゃないですか!」
「でも姫巫女さま、アイン様が好きなのは本当の――」
「そういう話は本人がいないところでするものなのです!」
何やら二人が話をしているが、声が小さいせいで聞き取ることが出来ない。
……一体、どうしたのだろうか。もしかすると、姫巫女様がお怒りになってしまって――
「あ、アインは近寄らないで! あっち、あっち見てなさい!」
心配して様子を伺うと、姫巫女様は慌てた様子でそんなことを言ってきた。
少し気になるところではあったが、とりあえず言われるがままに背を向ける。
「いいですか? アインに気づかれないよう、静かにお願いしますね」
「うん、わかった」
「……アインにはまだ伝えられないのです。いえ、いつかは伝えたいと思っているんですよ? でも、今はまだその時ではないのです。それに、こちらにも心の準備というものが」
「へたれなの?」
「全然そんなことありませんけど!?」
……一体、何がそんなことないのだろう。会話を聞き取れていないので、意図が掴めない。
「あ、いや……そういうのではありませんから。何事にも準備と心構えは必要ということで。というか、そんな言葉どこで覚えてきたんですか? 二度と使わないでくださいね」
「……でも、アイン様、街の皆にはねらい目だって言われてるよ?」
「狙い目って何ですか! うちのアインは商品じゃないんですよ!」
どうしたらそんな単語が出てくるのか。
「でも大丈夫だよ? アイン様は姫巫女様と一緒の方がお似合いだって」
「だ、ダメですよ。アインに失礼になるかもしれませんし」
「そうかなー? 姫巫女さま、綺麗だからアイン様も嬉しいと思うんだけど」
「ダメなものはダメなんです。まったくもう、街の皆さんは私たちを何だと……」
……………………。
「……その、お似合いと言っていたのは本当ですか?」
「うん、ほんと。みんな二人はいい夫婦になる、って言ってたよ」
「……えへ」
「姫巫女さま?」
「えへへ、えへ、えへへへへへへへへへ」
何やら不気味な笑い声が聞こえてきたので、思わずそちらへ顔を向ける。
するとそこに居たのは、だらけきったような、緩み切った笑みを浮かべる姫巫女様だった。対面するシルフィが困惑するほどの緩みっぷりだった。花畑が背景に似合いそうだった。
……さすがに、声をかけたほうが良いか。
「姫巫女様」
「えへえへ……はっ!? アイン!? あちらを向いていてと言ったはずですが!」
「ですが、その様子で放っておくのは不安でして」
シルフィも見慣れない姫巫女様に困っているようだし。
「……アイン? その、私たちが何の話をしていたか、聞いていましたか?」
「いいえ、姫巫女様に言われた通り、何も耳にしていませんが……」
「それなら大丈夫です! はい! アインは何も心配しなくていいですからね!」
にっこりと、半ば強引にも思えるような口調で、姫巫女様はそう言い放った。
「姫巫女様、もうだいじょうぶ?」
「ええ、ご迷惑をおかけしました。では、その……恋愛相談に戻りましょうか」
肩で息を整えた姫巫女様が、シルフィへと向き直る。
「……信じること、なのかもしれませんね」
「信じる?」
「ええ」
恋愛初心者の私が言うのも何ですけど、なんて、姫巫女様は恥ずかしそうに笑って。
「シルフィさん。あなたは、エレンさんのことを信じてますか?」
「……うん。エレンのことは、いつだって信じてる」
「では、エレンさんとずっと一緒にいることはできますか?」
「産まれた時からずっと一緒だったもん。これから先もいられるよ」
「それなら、エレンさんと一緒に居て、幸せになれると思いますか?」
「エレンが嬉しいときは、私も嬉しかったから。たぶん、なれると思う」
「では最後――シルフィさんは、エレンさんに自分の全てを明かすことが、できますか?」
問答はそこで一度止まった。シルフィは開いていた口を閉ざし、静かに考え込む。
その唇が次に開いたのは、しばらくの間を置いてからのことだった。
「うん。エレンには私のぜんぶを知ってほしいから。それに、私もエレンことが知りたいし」
少し不安になりながらも紡いだ彼女の言葉に、姫巫女様は静かに頷いて。
「それなら大丈夫です。その意思があるのなら、あなた達はこの先もずっと一緒にいられる。そうして積み重ねた信頼が、いつしか人を好きになる、という感情に変わるのでしょう」
告げながら、姫巫女様はシルフィの両手を優しく包み込んで。
「あなた達の行く道に、銀陽の祝福が訪れんことを――」
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