「うん、美味しかったぞシャル!」
「そ、そう?ありがとう一夏!」
織斑家のキッチンに一夏とシャルロットの姿があった。
練習に練習を重ねて作った肉じゃがを一夏に振舞ったシャルロットは彼から言われた一言に安堵の息を漏らすと同時にこの上ない喜びを感じていた。
箒に教わりながら覚えた肉じゃがは一夏の舌を満足させるものだったようで彼もニコニコ顔だ。
「こんなに美味い肉じゃがをご馳走してもらったんだからご褒美をあげないとな」
「え?いいよ。そんなに大した事してないよ」
「それじゃ俺の気が済まないんだよ!」
褒美をあげたいと言ってきた一夏だったがシャルロットはそこまでしてくれるようなことはしていないと遠慮する。しかし一夏はそれじゃ自分の気が住まないと珍しく押しの強い言葉でシャルロットの言葉を押さえ込む。
「じゃぁ、ご褒美な!」
そう言ってシャルロットに近づくと一夏はいきなり彼女を抱き締めた。
「――――っ!!えっ!?い、一夏っ!?」
「シャル」
突然抱き締められて瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にして驚くシャルロットに一夏は彼女の耳元で甘く囁くように彼女の名前を呼ぶ。
「え?ええええええええ?い、いきなり何を!?」
「何をって、ご褒美だよ」
彼の腕の中で少し身動ぎして彼の行動に問いを投げかけるが彼はまたしても耳元で甘く囁いてくるのでシャルロットは全身の力が抜けてしまいそうになる。しかし一夏はシャルロットを抱き締める腕に力を込めて彼女の身体が崩れてしまうのを許さない。
「イヤか?」
「い、イヤじゃ、ないよ」
「そうか、よかった」
一夏はまたシャルロットを抱き締める腕に力を込める。
シャルロットも彼の背中に手を回す。この至福の時が逃げてしまわないように。
「一夏の胸の鼓動が聞こえるよ」
「ああ、俺今凄いドキドキしてる」
一夏の胸に耳を当てると彼の心臓は早鐘を打っているのがはっきりわかった。
彼のハートビートはもうオーバーヒート寸前で爆発しそうだった。
「一夏、僕は今凄く嬉しいよ」
「俺もだ。ドキドキしてどうにかなっちまいそうだ」
互いを優しく包み込むように抱き締め合う。
永遠の時とも思えるほどの長い時間抱き締めあった2人は自然とお互いを見詰め合う。
「シャル・・・」
「一夏・・・」
2人だけしかいないこの場所でお互いに相手だけを映した瞳が揺れる。
その先の言葉などいらなかった。
2人の顔が徐々に近づきその距離はゼロになり唇が触れ――――――――。
「―――あ、れ?」
目を覚ましたシャルロットはここが織斑家ではないことを認識した。しかし頭がボーっとしていて状況の理解はまだできていないようだった。場所は寮の自室。部屋に一夏の姿は無い。
ちなみに只今の時刻はAM6:30。
「・・・・・・・・・・・・・、ゆ、夢・・・」
正解。
夢です。
「はぁぁぁぁ・・・・・・」
深く深く深海2万マイルほどのため息。
それほどまで彼女にとっては先ほどの光景が夢だったのが本当に残念でならなかった。
(夢なら夢で、せめてあと5秒、いや3秒でもいいから見せてくれてもいいのに・・・)
夢の残骸に思いを馳せ、その名残を惜しむ。
夢内容はは急速に失われていくようなモノだがシャルロットはまだ執着していてなかなか消せないでいた。それはまるでお気に入りの映画やドラマのワンシーンを何度を再生し直しているような感覚だ。
(こんな夢見るなんて、前に十秋さんにあんなこと言われた所為かな?)
シャルロットはあのような夢を見てしまった原因をなんとなく理解していた。
先日織斑家にお邪魔した際に一夏の姉である十秋からされた質問の所為だった。
『一夏とはうまくいってるの?』
『シャルロットちゃんって昔から一夏のこと好きなんでしょ?』
『一夏っていい旦那さんになりそうだよね?』
『もうキスはしたの?それとも、もうその先まで?』
このように質問攻めを受けてシャルロットは狼狽してしまってまともに答えることができなかった。
さらにそのあとにダメ押し待っていた。
狼狽していたシャルロットを心配して一夏は彼女のおでこに手を当てて顔を真近まで近づけてきたのだ。そのときに感じた一夏の手の温もりや息遣いなどが頭から離れないのだ。何より顔があそこまで接近することなど今までなかったし男らしく成長した一夏の顔を真近で見てすっかり魅了されていたのだから。
「―――――ッ!!」
今思い出しても恥ずかしくて顔を赤くする。胸に手を当てるとドキドキと早鐘を打っている。
(やっぱり僕は、一夏の事が・・・)
シャルロットは改めてこの気持ちを実感していた。
一夏と初めて出会ったのは9年前の春だった。母と逸れて泣いていた自分に彼は話しかけてくれて一緒に母を探してくれた。探している間彼はずっと手を握ってくれていた。その時の手の感触をシャルロットは忘れていない。
(思えばあのときから僕は一夏の事が・・・)
カーテンを開けて窓を開ける。
ちちち、と小鳥のさえずりが聞こえてくる。
良い天気だ。ポカポカ陽気が窓から差し込む。
十人に聞けば十人がそう返してくれるであろう空模様。
「ん~」
伸びをひとつする。
夢の内容はもう少し見ていたかったがいつまでも引きずっていても仕方が無いので割り切ることにした。
そう思っていたらふと窓の外に見える織斑家が目に映る。
彼女の部屋は織斑家が見える位置にありちょうど一夏の部屋の窓が見えるのだ。
見ると一夏の部屋のカーテンが開いていて窓も開いていた。もう一夏も起床しているようだ。
(何だろう?無性に一夏に会いたくなっちゃったなぁ)
一度そんな衝動に駆られてしまってはもうシャルロット自身にも止められなかった。
それほどまでに今朝の彼女は一夏が恋しくなってしまっていた。
「よし!」
決意を新たにシャルロットは朝の準備をはじめたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アイキャッチしりとり
シャル「う~、やっぱり照れちゃうよ~」
一夏「よし、味噌汁完成!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
AM7:15
シャルロットは織斑家の前にいた。
起きてからシャワーを浴びてスッキリし、髪を整えて制服に身を包んで自室をあとにするとシャルロットは迷わずに織斑家を目指した。
少々早めの時間だが一夏はもう起きていると思われるのでシャルロットは織斑家を訪れることにしたのだが一夏以外のことは完全に彼女の頭から抜け落ちている。それほどまでに今朝の彼女は一夏が恋しいのだ。
(こんな朝早くに迷惑じゃないかな?でも再会してから毎朝一緒に登校してるし、一夏も早めに来たときは上がって待っててくれてもいいって言ってたし。多分大丈夫だよね。よし!)
意を決して織斑家のチャイムを押す。
(ピンポ~ン)
少し緊張しているシャルロットの心とは裏腹に鳴り響く耳慣れた軽い音。
そして受話器を取った証拠であるガチャッという音がそこから響いた。
『はい』
インターホンから聞こえてきたのは一夏の声だった。
インターホン越しではあるもののシャルロットは一夏の声が聞けて嬉しくなってしまう。
「お、おはよう一夏!」
『あれ、シャルか?どうしたんだこんな朝早くに』
「あ、あのね、今朝はちょっと早く目が覚めちゃってね。迷惑じゃなければお邪魔できないかなぁと思って・・・」
『そうか。ああ、今玄関開けるからちょっと待ってろ』
「うん」
ガチャッと受話器を置いた音が響いた。
すると、トトトと小走りの音が奥から聞こえてきて玄関が開かれた。
「おはようシャル」
「おはよう一夏」
現れた一夏はエプロン姿であった。恐らく朝食を作っていたのであろう。制服の上にエプロンを身に着けた一夏の姿をシャルロットは思わず可愛いと思ってしまった。何はともあれ恋しくてたまなかった一夏に会えたので彼女は嬉しくてしょうがなかった。
「ゴメンね、こんな朝早くに」
「気にすんなって。もう全員起きてるし早めに来たときは上がってていいって言ったろ」
「あ、うん。そ、そうだね」
ココに来てようやくシャルロットは千冬達の事をまったく頭に入れていなかった事に気付いた。本当に一夏の事しか考えていなかったのだ。ちょっと罪悪感に駆られる。
(う~、考えればわかることじゃないか・・・。僕のバカ・・・)
「まぁここで立ち話もなんだ、入れよ」
「うん、お邪魔します」
玄関を潜り、一夏について行く形でリビングへと足を運ぶ。
「シャルが来たぞ」
「お、おはようございます」
リビングでは千冬達がテーブルに着いて朝食を取っていた。テーブルにはご飯に大根の味噌汁、玉子焼きとアジの開きと和食で揃えられていた。
千冬は新聞読んでいて、百春はほうじ茶をズズッと啜り、十秋は鼻歌まじりにご飯をよそっていた。
「うむ、おはよう」
「おはよう」
「おはようシャルロットちゃん♪」
千冬は新聞から目を離し、百春は無愛想に、十秋はにこやかに挨拶をする。
「すみません、こんな朝早くに」
「気にするな。こっちは気にしていない」
「そうだな」
「うんうん、うちとシャルロットちゃんの仲じゃない」
「はい、ありがとうございます」
先ほどまで一夏の事しか頭になくてちょっと罪悪感を覚えていたが温かく迎えられてシャルロットも嬉しくなる。シャルロットは一夏だけではなくてこの家の人達の事も自分は好きなんだと改めて実感した。
「そういえばシャル、お前朝飯は食ったのか?」
「え?・・・あ、そういえば食べてないや」
一夏に会いたい一心でシャルロットは朝食を取るのを忘れていた。ちょっとシャルロットは恥ずかしくなる。そういえば味噌汁のいい香りが鼻腔を擽って食欲を刺激してくる。
「そうか。よし、ちょっと待ってろ。今お前の分用意するから」
「え?いいの?」
「遠慮すんなって。朝はちゃんと食べないと1日元気が出ないんだぞ。それに今日の味噌汁は自信作なんだよ。シャルにも飲んで感想聞かせて欲しい」
「そ、そうなんだ?せっかくだし、お願いしよっかなっ」
「おう!ほらそこに座ってろって。今用意するからさ」
「うん、じゃぁ、失礼して」
織斑家の食卓に入るシャルロット。
一夏は意気揚々とシャルロットの分の朝食の用意に取り掛かる。
「アジはもう残ってないから用意できないけどゴメンな。ご飯と味噌汁と玉子焼きだけになっちまうけどいいか?」
「それで充分だよ、ありがとう」
お邪魔しているのは自分の方なのに何かと気を回してくれる一夏にシャルロットは嬉しくなってしまう。手馴れた手つきで新しい玉子焼き作っている一夏の姿は何やら主婦然としていて変に見えるがそんなところも正直好きなのだ。
「一夏ぁ、今日のお味噌汁って前のと少し違うけど白味噌と赤味噌の配合比率変えたの?」
「ああ、もう春になったしちょっとさっぱりした味噌汁が美味い時期になってきたから赤味噌の分量少し増やしたんだ」
味噌汁を飲んでいた十秋が一夏に問いかけ、一夏は玉子焼きを作りながら答える。
「そっか。これから温かくなるもんね。夏場なんかはお味噌汁はさっぱりした味のほうが美味しいよね」
「そうそう。さすが十秋姉、わかっていらっしゃる」
「出汁もいい味出てるし」
「そうか?よかった」
織斑家の家事を任されている2人の会話にシャルロットは素朴な疑問をぶつけてみた。
「ねぇ一夏。お味噌の配合ってそんなに季節で変えるものなの?」
「ああ、一般的には1年中同じ味噌を同じ濃度で作ってる家が多いと思うけど、うちは結構変えるんだ。冬はこっくりとした味のものを美味いと感じ、夏はさっぱりした味のものを美味いと思うのが人の自然な味覚なんだよ。冬は甘味の強い白味噌だけの汁を、春に向って陽気があたたかくなるにつれて辛味のまさった赤味噌を混ぜていくんだ。真夏には三州味噌(八丁味噌の別称)だけのさっぱりした味噌汁が特にいいんだぜ」
「へぇ~」
感心したように声を漏らすシャルロット。味噌の配合を季節ごとに変えるなんて思いもしなかったしそれによってそんなにも味が変わるものなんだと驚いていたのもある。そして改めて一夏の料理スキルの高さを思い知らされる。
(一夏ってやっぱりいい旦那さんになるなぁ。でもそんな一夏に負けないように僕も料理の腕を上げなきゃ!この間日本料理に挑戦するって言ったし!)
料理への意欲をさらに高めたシャルロットであった。
「ほい、お待たせ」
「うん、ありがとう」
決意を新たにしているとシャルロットの朝食が運ばれてきた。ご飯に大根の味噌汁に一夏特製玉子焼き。
「玉子焼きは甘みを少し抑えてあるけどよかったか?」
「大丈夫だよ。いただきます」
一夏お手製の朝食に舌鼓を打つ。これだけでも今日織斑家にお邪魔してよかったと思えるシャルロットだった。
AM8:00
千冬と百春2人は30分ほど前に家を出て、十秋も日直だからと言って先ほど1人で家を出て行ったので一夏とシャルロットは2人きりで登校することになった。
「よし、行くか」
「うん」
玄関の鍵を閉めて学校への道を歩き出す2人。他愛のない会話をしながら学校への道を歩く。いつも通りの朝なのだがシャルロットは少し思うことがあった。
(あんな夢見ちゃった所為かな?いつもと同じようにしてるつもりなのに何か一夏の事意識しちゃうなぁ。)
肩が触れ合いそうなほどに距離は近い。この距離さえ今朝のシャルロットは物足りなさを感じていた。夢とはいえ一夏に抱き締めてもらったあの感覚はまだほんの少しだけシャルロットには残っていた。その事を思うと少しだけ大胆になってみようと考えるシャルロットだった。
「え、えいっ!」
「なっ!!」
シャルロットは一夏の腕に抱きついた。ようするに腕を組んできたのだ。
「え!?シャ、シャル!?」
「何?」
「突然何を!?」
「何をって、腕を組んでるだよ」
しれっと言ってくるシャルロットだが一夏は動揺を隠し切れず狼狽える。
「そ、それはわかるんだが・・・」
「一夏はイヤかなぁ?」
少し頬を赤く染めて上目使いで一夏を見つめるシャルロット。上目使いで見つめられて一夏の動揺はさらに増した。
「イヤじゃないぞ。イヤじゃないし、むしろそのぉ・・・」
「むしろなぁに?」
あたふたとする一夏が段々と面白くなってきたシャルロットは組んでいる腕をさらにきつく絡ませる。
「あ、あのその、え~っとな、シャル」
「なぁに?」
「あのぉ・・・、む、胸が、当たってるんだけど・・・」
言われてやっと一夏がどぎまぎしている理由を理解したシャルロットだったが、一夏から離れることはしなかった。もちろんシャルロットも恥ずかしいと思って飛び退こうと一瞬思ったのだがせっかく勇気を出して一夏と腕を組んだのだから勿体無くて離したりしたくなかった。そして何か意地の悪い笑みを浮かべ、胸を意識する一夏に鉄槌を喰らわす。
「もう。一夏のえっち」
「なぁっ!?」
一夏は固まった。少年ハートがガラスのように割れた瞬間であった。傍からみれば自分の方から腕を組んできておいて冤罪もいいとこなのだが一夏は気付かない。
「ふふっ♪」
それでもシャルロットは幸せそうであった。一夏が自分を意識してくれているのがたまらく嬉しかった。
「ほら、固まってないで早く行こう♪」
「え?あ、お、おう・・・」
腕を組んだまま歩き出す。
一夏は相変わらずどぎまぎしていたがシャルロットはものすごいご機嫌だ。このままスキップでもはじめそうなほどに上機嫌だった。
一夏もそんなシャルロットを見て自然と笑みがこぼれてきた。元々腕を組まれたのがイヤだったわけではないしむしろ何か落ち着くのだ。だから2人はそのまま腕を組んだ状態で通学路を歩いていった。
「あああっ!!なっ、なっ、何をしている貴様ら!?」
途中で箒に見つかってしまって弾劾を受けたのは言うまでもない。