4月の頭の入学式から少しの時が流れて4月の中盤を過ぎたころ、この間に新入生は着実に新しい学校とクラスに慣れはじめ何かと浮ついた気持ちも落ち着く頃合だ。
そんなこんなで、現在太陽が真上に立とうかという時間帯。
場所は藍越学園1年1組の教室。
「『西ローマ帝国』と『東ローマ帝国』というのは共に、後世の人間による呼称で、当時の政府や住民は自らの国を単にローマ帝国と称しており」
ただいま4限目の授業中。科目は世界史で担当は千冬だ。
「この観点からいうならば、西ローマ帝国・東ローマ帝国というふたつの国家は存在せず、それらは、ひとつのローマ帝国の西方領土と東方領土だったということになる」
これぐらいの時期になればそれぞれの科目担当の教師がどういった教師なのかを理解してくる頃合いで、寝ていても大丈夫な教師、話の脱線が多い教師、宿題をドーンと出す教師などそれぞれの教師の特色がわかってくる頃だ。
現在1年1組の授業を行っている織斑千冬教諭は居眠りする生徒を見つけようものなら容赦無く出席簿を寝ている生徒の頭に叩きつけて起こすという、『学校では教師は生徒への体罰を禁止する』というこのご時世を省みずに行う恐怖の教師だ。どこからも文句が出ないのは千冬の教師としての信頼やこれでいて生徒から好かれているという要因があればこそなのである。
それでもやはり出席簿アタックの恐怖はあるようで1年1組の生徒は誰ひとり居眠りなどせずに千冬の授業を聞いている。
しかし今は4限目だ。疲れが出て睡魔に襲われ今にも夢の中へ召されそうな者や空腹でノートもまともに取れていない者も何名かいる。早く授業が終わる時間になれと願ってやまないのであった。
「西ローマ帝国が滅亡した後、東ローマ帝国は滅亡の1453年にいたるまで自らの国家をローマ帝国と自称したのである」
そしてそのときは訪れた。
(キーンコーンカーンコーン)
授業の終わりを告げるチャイム。
「では今回の授業はこれまで。日直」
「きりーつ、れい」
「「「「ありがとうございました」」」」
挨拶を済ませると授業という責め苦から解放され、教室が一気に騒がしくなる。
友達と輪を作って弁当を食べる者、学食や購買に向かう者、人それぞれ昼休みの行動に出る。
(さて、と)
で、本作の主人公たる織斑一夏の昼休みはいつもなら前述の友達と輪を作って弁当を食べる者に分類される。しかし今日はちょっと違った。
「一夏、お昼にしようよ」
いつもの優しい笑顔でシャルロットが話しかけてきた。この2人は大体いつも一緒に昼食を取っていて、2人の他にもいつもの面々がグループとなって昼食を取っている。彼らのグループは一夏、シャルロット、箒、鈴、弾、数馬といつもの6人だ。ちなみにたまにだが誰かが欠けたりいたり他のグループと混ざって食べる時もある。
「悪いシャル。俺今日は購買行かないといけないんだ」
「そうなの?珍しいね、一夏が購買に行くなんて」
シャルロットが意外そうに言った。普段の彼は弁当を持参してくるのでいつもなら購買には行かないのだ。
「アンタっていつも弁当じゃない?今日はどうしたのよ?」
「今日はちょっと起きるの遅くなっちまってさ。弁当作る時間なかったんだよ」
「ふーん、一夏でも寝坊することってあるのね」
「まぁ、俺だってたまにはな」
そばでいた鈴も一夏が弁当がない理由を聞いて意外そうに言葉を紡ぐ。彼が寝坊するのは本当に珍しいことで1年に1、2回あるか無いかだ。一夏が寝坊すれば必然的に朝食と弁当の用意をする者は織斑家にはいなくなる。百春は朝は別に食べなくてもいいと医者とは思えないことを言ってるし、十秋は寝起きがあまり良くないので朝はあまり時間がとれない。千冬は論外である。
「弛んでいるから寝坊などするのだ」
相変わらず箒が辛辣に言葉を投げてくる。
しかし一夏も今回はその通りだと思うので反論できない。
「というわけだから購買行って来るよ」
「いってらしゃ~い」
「早く戻ってきなさいよ~」
「ふん」
3人に行って来ると言葉を告げて一夏は購買へと向かった。
ちなみに弾と数馬も購買組だが授業が終わったと同時に教室から居なくなっている。
購買組に必要なのは迅速な行動なのだ。出遅れた者は残り物を甘んじて食べるしかなくなる。一夏はすでに出遅れている。
(うちの教室は4階で購買は1階にあるから面倒だよなぁ。しかもうちの教室は端っこだから余計に距離が長いし・・・)
心の中で毒づくもそれで購買までの距離が変わるわけではないので一夏は購買へと急いだ。
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アイキャッチしりとり
一夏「一番星みぃーつけた!」
真耶「た、太陽は罪な奴!」
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「ん?」
2階に差し掛かったあたりで一夏足を止めた。
何やら大きなダンボールを2つ抱えて歩いているひとりの女性がいたのだ。その女性はフラフラした足取りで非常に危なっかしく今にもダンボールを落としそうだった。
「大丈夫ですか?山田先生」
「ふえ?ああ、織斑君ですか?」
ダンボールの横から顔を出したその女性は1年1組の副担任の山田真耶だった。今年から教師になったばかりの新米教師で担当は現代国語。身長は低めで、髪は少し色の薄い緑色のショートヘア。黒縁眼鏡をかけていてサイズが合っていなくて大きめなのか若干ずれている。格好はスーツ姿なのだが本人が傷付くので絶対に言わないがスーツがあまり似合っていない。なんというか、『子供が背伸びをしてスーツを着ている』という感じがあり、顔も一夏と同じ歳だと言っても何の疑いも無く信じてしまいそうなほど童顔である。まぁ、一夏と同じ歳の者では稀有なほどの大きいモノ(・・)を彼女はお持ちですがね。
「どうしたんですかそのダンボール?なんか凄いいっぱい書類みたいなのが入ってますけど」
「実は、他の先生からこれを資料室に運んでおいてくれと頼まれたんですが・・・」
「つまり、新人だから押し付けられたんですね?」
「はぅっ!そんなハッキリ言わないでください~っ!」
瞳を潤ませて若干の涙声で一夏に言葉を返す。その姿はやはり教師には見えないのであった。恐らくこのおどおどした態度のせいでこうやって雑務を押し付けられたに違いないと一夏は思った。資料室も3階の端っこにあるのでここからなら距離も結構ある。お人好しである一夏がこんな困っている女性を放っておけるはずもない。
「女性にはこの量はツライでしょう?何なら俺が手伝いますよ」
「ほ、本当ですか織斑君!?」
一夏の手伝いの申し出に顔をがばっと上げてキラキラした瞳で一夏に詰め寄る。やはりこの量は辛かったようで一夏の申し出を聞いて先ほどの泣き顔はどこへやらだ。が、嬉しそうにしていた顔が一瞬であっと表情になり
「そ、そんな悪いですよ!これは私が任された仕事ですし。織斑君これから購買に行くんですよね?私の手伝いなんてしてたら購買の商品が売り切れちゃうかもしれませんし・・・」
この時間に一夏がこの場にいた理由を察したのか彼女は一夏の申し出を断った。
「大丈夫ですって。万が一売り切れちゃってたら友達に何か分けて貰いますから。そんなことより今の山田先生の方が心配ですよ。足取りをフラフラしてて危なっかしかったし」
一夏もここは譲らない。目の前に困っている女性がいるから助ける。それが一夏の信条でシャルロットと初めて出会ったときもそれが理由でシャルロットに話しかけたのだ。
「で、でも・・・」
「1人で持つのツライでしょう?ほら、遠慮しないでいいですから!」
そういって一夏は2つあるダンボールのうちの1つをひょいっと受け取り歩き出す。
「す、すみません・・・」
「そんなに気にしないでくださいって。それにほら、俺と
「え!?ちょっと、一夏くん(・・・・)!ここは学校ですからその呼び名はやめてください!」
突如下の名前で呼ばれた真耶が驚きの声を上げる。
その会話はどこか親しげで2人がただの教師と生徒という関係ではないことがわかる。
実はこの2人は一夏が藍越学園に入学する以前からの顔見知りなのだ。
彼女、山田真耶はこの藍越学園のOGで千冬とは中学時代から付き合いがあり、彼女は千冬が最も可愛がっていた後輩だったのだ。よく織斑家にも遊びに来ていたので一夏ともその時に親しくなったのである。一夏にとって真耶は『ちょっと頼りないけど可愛い年上のお姉さん』といった認識だ。
「今俺のことも下の名前で呼んだよね?」
「そ、それは一夏くんが先に私を真耶さんって呼ぶから」
「ほらまた呼んだ」
「あぅ!これはその・・・」
「織斑先生に言いつけちゃおうかな~」
「はぅぅぅ!それだけはやめてください~っ!」
「ハハハハッ、ウソウソ冗談ですって」
あたふたとする真耶の反応が面白くてついからかってしまう一夏。
それを察したのか真耶の顔がふくれっ面になる。
「もう!教師をからかうんじゃありません!」
「はいはい、わかりましたよ。すみませんでした。もうしませんから」
一応謝罪と了解の返事をした一夏だが、心の内では「そんなふくれっ面になったって可愛いだけなんだけどなぁ」と思っていた。
「ほ、本当?本当ですか?本当ですね?や、約束ですよ。絶対ですよ!」
「はい、山田先生!」
「そ、それならいいですよ。許してあげます」
「はいはい。それじゃ、これをさっさと運んじゃいましょう」
「あぅ、ちょ、ちょっと待ってください~っ!」
歩き出した一夏に真耶が慌てて付いてくる。バタバタした子犬のようで可愛いなぁと思う一夏でだった。
資料室にダンボールを運び終え、真耶からお礼を言われると共にもう一度学校では真耶さんと呼ばないようにと念を押されてから一夏は再び購買を目指した。
もう昼休みは10分は経過しているのでもう購買には碌なものは残っていないであろ。しかし腹は減っているので何か調達しなければならないので購買には一応向かう。
購買に到着するとやはり碌なものは残っておらず、あんぱんが1個とラスクが1枚しか残っていなかった。背に腹は代えられないので一夏そのあんぱんとラスクを購入して教室へと戻るのであった。