「おはよ、一夏。ほら、起きて」
「ん・・・?」
遠くから聞こえてくる優しい声に一夏の意識は少し覚醒する。
「起きて、一夏。朝だよ」
一夏の身体を優しく揺する。
まどろみの中、一夏は目を開けた。
「おはよう、目が覚めた?」
「う~?・・・シャル?」
一夏が目を開けると、シャルロットが優しい笑顔で顔を覗き込んでいた。
「ん・・・、ふあぁぁ~・・・」
むくりと起き上がってからあくびをひとつ。
「起きたみたいだね。おはよう、一夏」
「・・・おはよう、シャル」
朝の挨拶を交わして一夏は部屋を見渡す。
ここは織斑家の自室。今いるのは自分のベッド。そして目の前には優しい表情を浮かべたシャルロット。時計を見ると現在6時半。いつも起きる時間だった。
「何故シャルがここに?」
「やだなぁ一夏。僕昨日ここに泊まったんじゃない?」
「いや、聞きたいのはそういう事じゃなくてだな」
「?」
可愛らしく首を傾げるシャルロット。一夏は不覚にもちょっと見惚れた。
「何でシャルが俺を起こしに?」
「ああ、実はこの前弾が言ってたんだけど、日本の男の子は幼馴染の女の子に起こしてもらう事がとても嬉しい事なんだって言っててね。だから僕が一夏を起こしてみたら一夏は喜ぶのかなと思って」
「弾の奴、そんな事シャルに吹聴してやがったのか・・・」
おかげで朝からちょっとしたサプライズに出会った一夏だった。
次に弾に会ったときは蹴りを入れてやろうと心に誓った一夏だった。
「でね、その、一夏、どうだったかな?僕に起こされて嬉しかったかな?」
照れた表情で両手の人差し指同士をつんつんしているシャルロット。
一夏にとってその仕草は破壊力抜群でとんでもなく可愛く見えた。
「あ、ああ、悪くない・・・。むしろ・・・、嬉しいよ」
直視できずそっぽ向いてぶっきらぼうな感じに言ってしまったがそれが一夏の本心だった。朝目を覚ましたらシャルロットのような美少女が自分を起こしに来てくれたと言うのだから不満なんてあろうはずがなかった。
「そっか。それはよかったよ♪」
満面の笑みを返すシャルロット。
朝からこの笑顔が見れただけでも起こされてよかったと思えた。
今度弾に昼飯でも奢ってやろうと心に誓った一夏だった。
5月4日。みどりの日。
いつものように歯を磨き、寝癖を直してスッキリしたところで一夏はキッチンへ向かう。
「お?」
キッチンに入るとコンロの前で鍋をお玉でかき回しているシャルロットの姿があった。
「なんだ?朝飯作ってくれてたのか?」
「うん。泊めてもらったお礼も兼ねてね。冷蔵庫の中身勝手に使っちゃってゴメンね」
「それぐらいは構わないぞ。買い物は昨日十秋姉達が行ってくれたみたいだしな。あ、俺ちょっと朝刊取ってくる」
「わかったよ。もうちょっとで出来るから一夏は座って待っててね」
「お、おう」
一夏は朝刊を取りに玄関へシャルロットも調理に戻った。
(何かこういうの新婚さんみたいで妙な感じだなぁ)
朝刊を取りに行った一夏はそんな事を思っていた。
「ん~♪んん~ん~♪」
楽しそうに鼻歌を歌いながら味噌汁を作っているシャルロットを一夏は朝刊を見ながら盗み見る。
その後姿は家庭的で顔は見えないが明るい笑顔を浮かべていることが想像できた。
先ほど新婚さんみたいと思ったせいかその後姿に一夏はドキドキしていた。
「そういえば、シャルは今日何時に起きたんだ?」
胸のドキドキを振り払うように一夏は質問を投げかけた。
「6時くらいかな。なんだか目が覚めちゃったんだよね。昨日みんなでトランプしてるところまでは憶えてるんだけどそのあと気が付いたらベットの上だったよ」
「シャルは途中で寝落ちしちまったからな。俺が客間のベッドに運んだ」
「そ、そうなんだ・・・。ねぇ、一夏」
「ん?」
「運んでたとき、僕重くなかったかな?」
女性なら気になるであろう体重。運んでいるときにもしかしたら重かったのではないかと不安そうに尋ねてくる。
「全然。シャルはどう見たって重い体型じゃないだろ」
「そんなことないよ!最近体重計乗るの凄く勇気いるんだもん!」
「そうなのか?」
「世の中にはね、標準体重と美容体重と言うものがあるんだよ」
「へぇ~。でも細けりゃいいってもんでもないと思うけどな」
「一夏が言うほど、僕は細くないよ。お風呂で鏡見ると溜め息出るもの。もう少しここのお肉がなくならないかなーって」
「ここって何処?」
「ど、何処って・・・、もう、一夏のエッチ!!」
「え!?なんでぇ!?何故そこでエッチ!?」
「そういう情報は知らなくていいの!」
「わかったよ・・・、悪かったって・・・」
「わかればいいよ」
シャルロットはちょっとだけ頬を膨らませて怒っている。その姿がなんだか微笑ましくて一夏は笑顔を浮かべる。
「・・・なんで笑ってるの?」
「ん?そうだなー。シャルと一緒にいるのが楽しいからかな」
「えっ!?」
不意打ち気味の胸キュン発言を一夏は無自覚にシャルロットに食らわす。
それを食らったシャルロットは驚いた表情で固まる。
「どうした?」
「ふえっ!?な、何でもないよ!」
シャルロットは慌てて手をブンブンと振った。
(ぼ、僕と一緒にいると楽しいって、それって、わ、わ、わわわ、顔がにやけてきちゃうよ~。で、でも僕と一緒にいると楽しい、かぁ。そっかぁ。うふふっ♪)
ただいま心の中のお花畑では喜色満面の大勢のシャルロット達が手を繋いで踊っている。もしテロップ機能があるとすれば『しばらくお待ちください』と出ているに違いない。
「っておいシャル!フライパンフライパン!玉子焼きが焦げてるって!!」
幸福感に浸っているシャルロットは焦げている玉子焼きにしばらく気付かないのであった。
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アイキャッチしりとり
シャル「一夏のエッチ!!」
一夏「違うって!何でそうなるんだ!!」
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「ううっ・・・、ゴメン」
「気にすんなって。失敗は誰にだってあるだろ」
結局玉子焼きは焦がしてしまった。
そのことで自己嫌悪に陥るシャルロットを一夏は励ます。
今は一夏がキッチンに立って玉子焼きを作り直している。
シャルロットはしゅんっとなって椅子に座っている。
「おはよう」
そこに百春が起きて来た。
「おはよう、百春兄」
「おはようございます、百春さん」
「ああ、おはよう」
百春は朝の挨拶を素っ気無く交わすと席に着いた。
「朝から一緒に朝食の準備か?」
「まあな。味噌汁はシャルが作ったやつだ。玉子焼きは今出来るから少し待っててくれ」
「百春さん、ご飯よそいますね」
「ああ、すまん」
今朝の朝食は3人で取ることになった。
「千冬さんと十秋さんはまだ起きてないんですか?」
「あの2人はまだまだ起きてこないと思うぞ」
「うちの女性陣は朝が極めて駄目だからな」
「おまけに今はGWだからな。すっかり魔力にやられちゃって」
「僕が起こしてきましょうか?」
「いや、それはやめておけ」
「そうだな。十秋姉はいいとしても千冬姉はちょっと・・・」
天井を見上げる兄と弟。シャルロットもつられて上を見る。
「とにかく、あの2人は放っておいてかまわん」
「そうですか。でも、それだとお味噌汁余っちゃいますね。一応全員分作ったので」
「それならあの2人が起きてきたら温めなおして食わせればいい。そうすれば無駄にもならんだろ」
「そうだな。じゃあこのままコンロの上にに置いておくな」
とろ火にかけていた味噌汁の火を止めて鍋に蓋をする。
「そういえば百春兄、今日の予定は?」
「ああ、実は世話になった教授の命令でな。今日はちょっと都心の病院まで行って来る」
「何時に出かけるんだ?」
「9時には出る。今日中に帰ってくるつもりだったが、長引きそうなんだ。帰りは明日になるかもしれないな」
「そうか。夕飯は用意しなくていい?」
「構わん。多分それまでには帰ってこれないだろうからな」
「わかった。十秋姉にも言っておくよ」
「頼んだぞ。それで、お前達は今日どうするんだ?」
「俺はいつも通り掃除と洗濯して、その後は昼飯を食ったら久しぶりに篠ノ之道場に行って鍛錬してこようかと思ってる」
「僕は一夏のお手伝いをします。僕も久しぶりに一夏が剣道してるところ見てみたいので篠ノ之道場には僕も付いていきます」
「そうか。お前達も大概仲が良いな」
「そりゃ当然だろ。幼馴染だし。なあ、シャル」
「う、うん。そうだね」
シャルロットは少し複雑そうな顔をする。仲が良いと言われて一夏は当然と即答したがそれは幼馴染だからという返答だった。その答えがシャルロットの心には複雑だった。
「ふむ、そうか・・・、なるほどな」
「?」
何か一人で納得している百春に一夏は訝しげな視線を向ける。シャルロットは一夏の横で苦笑いしている。
「まあいい。俺が首を突っ込むようなことでもないしな」
そう言うと朝食を食べ終えた百春は席を立った。
「ご馳走様。では俺は出掛ける準備をしてくる」
「お、おう」
百春は自室へ戻っていった。
キッチンに残されたのはまだ少し訝しげな顔をしている一夏と苦笑いのシャルロットだった。
朝食を終えた一夏とシャルロットはそのまま掃除と洗濯に取り掛かり、それも問題なく終わり今はリビングでちょっと一息中。
「ふぅ~。やっぱ緑茶はいい。この渋みと苦みが心を落ち着かせてくれる」
緑茶を啜りながら一夏がいつもの爺くさい姿を晒す。
「もう、一夏何だかお爺さんみたいだよ」
年寄りっぽいことを言い出す一夏にシャルロットは苦笑いしながら言った。
「緑茶には人間の健康に良い影響を与えるとされる成分が多く含まれてるから健康にもいいんだぞ」
「僕達まだ15歳だよ?健康に気を使うの早すぎない?」
「何を言うかシャル君。若いうちから不摂生してたらいかんのだぞ。クセになるからな。あとで泣くのは自分と自分の家族だ」
「やっぱり一夏ってちょっと変わってるね」
「うっさい」
「で、でも、そんな一夏も僕は嫌いじゃないよ!」
「そうか。ありがとう」
「・・・・(ムスッ)」
「どうした?」
ちょっと頑張って言ってみた台詞を軽く流されてしまい、シャルロットは少しムスッとする。一夏は首を傾げてハテナ顔だ。
それが何だか少し悔しいシャルロット。
「ねぇ、一夏」
「ん?」
「さっき僕と一緒にいると楽しいって言ってくれたよね?」
「ああ、言ったぞ」
「それって、こうして一緒にお茶を飲んでお話してるだけでもかな?」
「そうだな。それだけのことでもシャルと一緒だと楽しいな」
「そうなんだ。えへへ♪」
急にムスッとしたと思ったら今度は上機嫌になったシャルロットに一夏は先ほど以上にハテナ顔をする。
そんな一夏にシャルロットは一夏の顔を見つめてにっこり笑う。
「僕も一夏と一緒にいるとそれだけで楽しいよ♪」
(ドキッ!)
「・・・ま、まあ、そりゃ、嬉しいね」
間近で極上の笑顔を目の当たりにしたおかげかシャルロットは一夏の顔を赤くする事に成功した。
(僕だけがあんな不意打ちを食らってドキドキするなんて不公平だもんね♪)
朝食時にもらった不意打ちの仕返しが成功してシャルロットはさらに上機嫌になった。
その後、一夏とシャルロットはリビングのソファーで肩を並べて他愛のないおしゃべりをしながら午前中を過ごしていった。