場所は篠ノ之道場。
剣道着一式を身に纏った一夏は箒と対峙していた。
「一夏、お前とこうして対峙するのも久しぶりだな」
「ああ。最近ここには来てなかったからな。だからちょっと手加減してもらいたいんだが」
「断る。勝負事で手加減の文字は私の辞書にはない。お前とて手加減されるのは嫌いであろう?」
「さすが幼馴染。よくわかってるじゃないの」
「御託はいらん。そろそろ始めるぞ」
「はいはい」
試合場に入り二歩進んでお互いに礼をし、三歩進んで白のラインテープの上で蹲踞する。
その際に板張りの道場の床が少しミシッと音を立てる。
試合形式は簡単に一本勝負。先に一本取った方が勝ちだ。
主審と副審が立ちあとは試合開始の声を待つのみ。
「・・・・」
「・・・・」
2人の集中力が増していく。
実力はお互い充分知っている。
少しの油断が命取りとなる。
「始めっ!」
主審の口から試合開始の合図が放たれた。
「はぁ!」
気合一閃。
「ダン!」という床を蹴る快音と共に箒が一夏に接近し上から振り下ろされる高速の面を放つ。
「うおっと」
一夏はそれを竹刀で受け止めた。
常人ならそれで一本間違い無しであろうタイミングでの一撃。しかし一夏はそれを防いだ。
「はぁぁ!!」
掛け声と共に箒の竹刀を弾き返す。その際に身体が反れた箒は胴ががら空きとなる。
「胴ぉぉ!!」
一夏はがら空きとなったその胴に竹刀を叩き込んだ。
「・・・」
が、審判からは一本の宣言が出なかった。
剣道の胴はなにも胴に当てればそれで良いというわけではない。
竹刀の先端と中央に白いものがあり、その間で敵を打たねば有効打突とは判定されないのだ。
箒は胴を受ける際に反射的に一夏に身体を近づけた。これにより有効打のエリアじゃないところを竹刀が打ったので一本にはならなかったのだ。
(さすがは箒だ。あの体勢から身体を近づけて一本を防ぐとはな)
(やはり一夏は凄い。私の初手をいとも簡単に防いだのだからな)
幼少期からお互いこの道場で実力を研鑽し合った間柄。実力は伯仲だった。
「・・・・」
「・・・・」
互いに無言ですり足で横に移動する。だが距離は一定を保っているので、上から見れば円を描いているように動いているのがわかるだろう。
不気味な静寂が剣道場を支配する。
一夏も箒も互いに集中力を最大まで高めていた。
そして
「はぁぁぁぁ!!!!」
箒が突っ込んだ。
そして流れるような動作で竹刀が突き出される。
狙いは突きだ。
生半可な技は一夏には通用しない。
故に自信のある速度を生かす技で勝負に出る。
「はぁぁぁ!突きぃぃ!!」
足で床を叩き、最高速での一撃。
タイミングからして万全の、最高の一撃だ。
しかし
「はっ!」
一夏はそれに反応し、箒の突きを自身の竹刀で横に弾いた。
すると今度は箒の面ががら空きとなる。しかも今度は先ほどより体勢が崩れている。
「めぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」
一夏の一撃が箒の面を捉えた。
「面あり一本! それまで!」
主審、副審二人の旗がそれぞれ上がった。
勝負は一夏の勝利であった。
「一夏、お疲れ様」
道場の隅で勝負を見守っていたシャルロットが労いの言葉と共に一夏の側に寄って来た。
「はい、タオルと飲み物。スポーツドリンクでよかったかな?」
「おー、サンキューなシャル」
防具の面を外して汗まみれの顔をタオルで拭く。そして一夏好みの少しぬるめのドリンクを身体に流し込む。これは運動後熱を持った身体に冷たい液体を流し込む事で身体にダメージを与えることを一夏は嫌っているからである。
幼馴染であるシャルロットは一夏のその辺はよく理解していた。
「ふ~、生き返る・・・」
一気に煽ることもせず、少量のドリンクを飲み込んだところで一夏はペットボトルから口を離す。彼はがぶ飲みもしない主義だ。
「箒もお疲れ様。はい、タオルと飲み物」
「すまないな。ありがとうシャルロット」
箒にもタオルと飲み物を渡すシャルロット。この辺りの気配りは彼女の得意とするところだ。
「一夏、やはり強いなお前は」
タオルで汗を拭いながら箒が一夏に声を掛ける。
試合に負けたにもかかわらずその表情は清々しいものであった。
「なぁに、俺なんてまだまださ。千冬姉とかはもっと凄ぇしな」
千冬の実力はもはや師範である柳韻すらも越えるほどだ。教師となった今でもその腕は一切錆を見せてはいない。一夏自身もこの道場で剣道をするのは久しぶりなのだが実力は落ちてはいなかった。
「箒って中学の全国大会で準優勝したんでしょ?その箒に勝っちゃうんだからやっぱり一夏は凄いと思うよ」
「そうだな。一夏、やはりもう一度ここで剣道をやってはみないか?それほどの才能を持て余しておくのは勿体無いであろう」
「嬉しい誘いだがやっぱり俺はいいよ。家の事もあるし、剣道は趣味のひとつみたいなもんだからさ。たまにこうやってこの道場で鍛錬ができればさ」
「そうか・・・」
箒が少し残念そうな顔をする。
一夏がこの道場を去ったのは中学生になってからだった。
両親の死後、1人で家族4人を養っていた千冬を助けるために一夏はアルバイトをはじめた。
そのために剣道をやっている時間が取れなくなってしまい篠ノ之道場を辞めたしまった。
今でこそ藍越学園に入学してアルバイトもしていないが、一夏はこの道場に戻るつもりはないらしい。
あくまで剣道は趣味としてやっていくようだ。
「そんな顔するなよ。確かにここに戻るつもりはないけど、お前と一緒に剣道をやってた事は俺にとっては大事な思い出だ。忘れるつもりなんてない。だからさ、たまにこうやって鍛錬の相手してくれよ。そうしてくれると俺は嬉しい」
「わかった。私でよければ相手になろう」
力強い笑顔と共に、一夏と箒は拳をコツンと合わせた。
普段は一夏に対しては素直になれない箒も剣道を通じてなら素直になれるのであった。
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アイキャッチしりとり
主審「誰か私に名前をください・・・」
箒「一夏、強かったなぁ。ポッ」
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「あ、あのね一夏!」
篠ノ之道場からの帰り道の途中でシャルロットが何か意を決したように口を開いた。
「ん?どうしたシャル?」
「え~っと、あ、あのね・・・」
並んで歩きモジモジと指を弄びながら横目で問う。
「一夏は明日って何か予定があるのかな?」
「明日の予定?」
「う、うん」
「そうだな、1日中盆栽いじりに精を出すつもりだ」
「・・・・・」
「いや、冗談だからな!俺に盆栽いじりの趣味なんて無いからな!」
「一夏、真面目に答えてよ!」
「わかったって・・・。そんなに怒るなよ・・・」
一夏としてはちょっとした冗談のつもりで言ったのだがシャルロットには通じなかったようだ。
一夏はプンプンといった感じで怒るシャルロットを宥める。
「明日は特に予定は無いな」
「じゃ、じゃあさ、僕と一緒にこれに行かない?」
そう言ってシャルロットは何か紙切れを2枚一夏の目前に突き出した。
「ん?これって、映画館のチケットか?」
出された紙は映画館のチケットだった。
『レゾナンスシネマフロンティア御招待券』という文字が見える。
「実はさっき一夏の家を出る前に十秋さんから貰ったんだ」
「今ってどんな映画やってるんだ?」
「さあ?僕もわからないんだけど何かこのチケット期限が明日までらしいんだ。十秋さんは行けないらしいから僕にくれたんだよ」
「映画かぁ。たまにはいいかもな。よし、わかった。2人で観に行くか?」
「ほ、本当!?じゃあ決まりだね!!」
「おう。明日待ち合わせはどうする?」
「10時に駅前のモニュメントでいいかな?映画館行く前にちょっと駅前をぶらつくのもいいと思うんだけど?」
「ああ、いいぜ。明日の10時に駅前のモニュメントな」
「うん!えへへ。明日が楽しみだなぁ」
ニコニコと本当に楽しみにしてるのが伝わってくるほどにシャルロットは笑顔だった。
その笑顔につられてか一夏も自然と笑顔になる。
「ねぇ一夏」
「おう?」
「これってさ、デート、かなぁ?」
シャルロットは顔を赤らめて両手の人差し指をツンツンさせながらそう言った。
目は少し上目遣いでちょっとだけ瞳を潤ませて一夏を見つめる。
「そ、そうだな。デート、かもしれないな」
一夏が頭を掻きながら照れ臭そうに口を開く。
「そっか。そうだよね。一夏と僕のデート、だよね?」
「あ、ああ」
「一夏はどうかな?楽しみかな?僕とのデートは?」
「うん、シャルと一緒にいるのは楽しいしな。楽しみだよ」
「うん。ありがとう、一夏」
シャルロットは風に流れる髪を軽くかきあげてふわりと微笑む。
トクンと一夏の鼓動は大きく跳ねる。
その笑顔は一夏にとって今日一番の笑顔だったのかもしれない
「・・・・」
「・・・・」
気恥ずかしい空気が流れる。
夕焼けに染まる町並みの中、ゆっくりと歩く。
長くなった影を引きずるように、いつものように肩と肩が触れ合いそうな距離で2人は並んで家へと向かった。