5月5日。
この日は一夏とシャルロットのデートの日。
待ち合わせは10時なので早起きが習慣の一夏に遅刻の心配はない。
彼はいつものように6時半には起床して朝食の準備を始めていた。
しかし、いつもの休日と違う事がひとつ起きた。
「一夏、おはよ~」
「えっ!?」
「ん?どうしたの?」
一夏は時計を見た。現在AM7:00
そして一夏の前には織斑家の次女の十秋。
「十秋姉、熱でもあるのか?」
「え?熱なんか無いけど?」
「それともあれか?俺がまだ寝てるのか?」
「どうしたの一夏?」
「十秋姉が休日にこんな朝早くに起きてくるなんて・・・、俺はまだ夢を見てるのかも・・・」
「失礼だなぁ。あたしだってたまには休日でも早起きするよ」
休日なのに朝に弱い十秋がまだ7時なのに起きてきたことが一夏にとってはとても意外だった。
いつもなら昼前まで寝ている。ちなみに千冬はヒドイ時はおやつの時間を過ぎても寝ている。
「一夏は今日シャルロットちゃんと映画を観に行くんでしょ」
「何で十秋姉が知ってるんだよ?」
「だってシャルロットちゃんにチケット渡したのはあたしだからね。シャルロットちゃんが誰かを誘うとしたらやっぱり一夏だと思うからね。それに一夏昨日帰ってきてからちょっとソワソワしてたからね。誘われたのは想像ついたよ」
「そ、そうですか」
「準備とか色々しなきゃいけないから大変でしょ?だから今日は早起きしてあたしが家事をやろうと思ってね」
「まあ、そうしてくれるならありがたいけど・・・」
「そうそう。今日は家のことはお姉さんに任せなさい」
そう言うと十秋は一夏を椅子に座らせて朝食の用意を始めた。
その背中を一夏はただぼんやりと見ているしかなかった。
朝食を終えると一夏は十秋に自室に押し込まれて今日の準備しろと言われた。
準備も何も一夏は昨日のうちに着て行く服も持っていく物も準備してあるので準備らしい準備はもう終えている。あとはせいぜい忘れ物はないかチェックするくらいだ。
することも特になくなってしまい一夏は暇を持て余す。
「することもねぇし、ちょっとレゾナンスのことでも調べておくか」
一夏はPCを起動させて『レゾナンス』の事を少し調べることにした。
『ショッピングモール・レゾナンス』
地元住民からは『駅前』と呼ばれている施設で完全に駅とくっついているのでそう呼ばれている。
交通網でもあるここは電車に地下鉄、バスにタクシーと何でも揃い踏みで、市のどこからでもアクセス可能、そして市のどこへでもアクセス可能だ。
駅舎を含み周囲の地下街すべてと繋がっており、食べ物は欧・中・和を問わずに完備、衣服も量販店から海外の一流ブランドまで網羅している。その他にも各種レジャーはぬかりなく、子供からお年寄りまで幅広く対応が可能。とにかくバカデカくて便利なショッピングモール。それが『レゾナンス』なのだ。
(『ここで無ければ市内のどこにも無い』って言われるほどだからな。地味に―――いや、派手にすげぇんだよな此処)
かくいう一夏も中学時代には鈴や弾といったメンバーと放課後ここに繰り出したものだった。
といっても施設内をすべて把握している訳ではない。
下調べは大事だ。
レゾナンスの公式HPを開いて目ぼしい場所をチェックする。
「へ~、ここってこんな施設があったのか。意外と知らないところが多いなぁ」
HPを見ながら一夏は少しデートプランを思案していたのであった。
時は少し進みAM9:00。
レゾナンスは織斑家からはバスで10分ほどの所にあり、大して移動に時間も掛からない。レゾナンス行きのバス停も織斑家のすぐそばにあるので乗り遅れの心配も無い。
一夏は洗面所の鏡の前で身だしなみの最終チェック中だ。
(歯も磨いたし、鼻毛も出てないな。寝癖は今朝のうちに直しておいたから大丈夫だろう)
前髪をいじりながら身だしなみのチェックを終えると洗面所をあとにする。
「じゃあ行ってくるな」
「うん。シャルロットちゃんとのデート、楽しんできてね♪」
「お、おう」
ニコニコ笑顔の十秋に見送られて一夏は家の玄関を潜った。
(髪、変じゃないかな?もう1回見ておこうかな?)
AM9:20
待ち合わせ場所の駅前モニュメントにはすでにシャルロットの姿があった。
そわそわと一夏を待ちながら手鏡を取り出して本日12回目になる前髪チェックを始める。
「ん・・・」
前髪を右に左にちょんちょんといじる。
「決まらないなぁ」と思いつつ前髪を何度もいじる。
そんな仕草さえ様になって見えるフランス美少女を行き交う男たちがチラチラと彼女を窺っていたりする。
だが当の本人であるシャルロットはその視線に気付くことはない。
今彼女の頭は一夏の事で埋め尽くされていて他の男の視線など気にはならない。
一夏に100%の自分を見てもらいたいという想いだけが今の彼女を支配している。
(でもさすがに早く来すぎたかなぁ)
手鏡を仕舞い腕時計で時間を確認する。
AM9:25。
約束の時間までまだ35分もあった。
実はシャルロットは今より10分も前にこの場所に到着していて、それからずっとそわそわしっぱなしなのだ。
(ふう・・・。ちょっと気合入れすぎかな。ちょっとリラックスしよっと)
ふうっと息を吐いてリラックスして笑顔を浮かべるシャルロット。
「はーい、そこの彼女♪」
「いま暇ぁ?どっか遊びに行かない~♪」
横から見た目に軽そうな男2人組がやって来て時代遅れのナンパ定例句でシャルロットに話しかけてきた。
「・・・・・」
シャルロットは無表情だった。
「マジで可愛いよな」
「ね。暇でしょ? 暇なら俺たちと一緒に遊びに行かない?」
「約束がありますから」
一応丁寧に断りを入れるシャルロット。
しかし、この手の輩はこんな事では引かないのがセオリーだった。
「えー?いいじゃん、いいじゃーん、遊び行こうよ」
「俺、車向こうに駐めてあるからさぁ。どっかパーッと遠く行こうよ!フランス車のいいところいっぱい教えてあげるから!」
フランスの―――というところで、ぴくりとシャルロットが反応した。
「日本の公道で燃費の悪いフランス車ですか。ふうん」
拒絶100%の無表情でシャルロットが毒を吐く。
それに若干たじろぐ男2人組だがまだ引かないつもりらしく
「心配しなくても、俺たちが奢るからさぁ」
「損はさせないからさぁ。いいだろ、行こうよ!なぁ!」
遂に片方の男がシャルロットの腕を掴んだ。
シャルロットはカチンときた。
(気安く触らないで欲しいな!その香水のキツイ匂い移されると困るし!)
シャルロットは十秋直伝の体術で男を投げ飛ばそうと手首を掴もうとする。
するとそこに
「俺の連れに何してんだ?」
突然乱入してきた男がシャルロットの腕を掴んでいたナンパ男をシャルロットから引っぺがした。
「イテっ!? なんだよ!」
そこにいたのはシャルロットが待ち焦がれた今日のデートの相手だった。
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アイキャッチしりとり
ナンパ男A「ポッチャリには興味ねぇんだよ!」
ナンパ男B「夜道には気をつけな」
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「一夏っ!」
「よ、シャル。待たせたか?」
シャルロットを助けたのは一夏だった。
一夏は不自然じゃない動作でそっと男たちに身体を割って入らせシャルロットを引き離した。
「あんたら、悪いんだけどこの娘は俺の連れなんだ」
シャルロットを守るように背中に庇ってナンパ男達と対峙する。
(凄い!王子様みたい!)
颯爽と現れた一夏は、悪の魔の手から自分を守ってくれた!
・・・というのはまあ、多少言い過ぎかもしれないが、シャルロットの瞳には自分を背中に庇ってナンパ男2人と向き合う一夏の姿がとてつもなく格好良く見え、ぽーっと見惚れる。
「残念だけど、この娘は俺の連れだ。ナンパするなら他を当たってくれ。な?」
「「うっ・・・」」
一夏はニコニコ笑ってはいるが身体から凄まじい迫力を滲み出している。
その迫力に男たちの動きが止まった。
まるで蛇に睨まれた蛙のように立ちすくむ男たち。
一夏は男たちの肩をポンと叩いた。
「二度は言わないぜ。とっとと失せな」
「「ちっ・・・!」」
その凄みに当てられて、男たちは早足でその場から去っていった。
「・・・・・」
「あ、あの、一夏?」
「わりぃ!遅れちまって!」
「う、ううんまだ時間前だし・・・。その、助けてくれてありがと」
「そんなのは当然だろ。シャルが困ってたら助けるのはさ」
「やっぱり一夏は優しいね」
「そんなことないだろ。誰だって知り合いがナンパされて困ってたら助けるだろ」
「ううん、そんなことないよ。それが自然に出来るのは一夏が優しいからだよ。僕はすごく嬉しかったよ」
「そうか。まあ、何にしてもシャルが無事でよかったよ」
「う、うん。ありがとう」
笑って言う一夏の顔をシャルロットは直視できず俯いた。
髪の間から覗く耳はこれでもかと言わんばかりに真っ赤になっている。
「さて、まだ少し時間早いけど行こうか」
「う、うん。そうだね!」
一夏に促されて我に返ったシャルロットは勢いよく首を縦に振った。
せっかく今日は一夏と2人きりでデートなのだ。
シャルロットも勿体無い時間の使い方はしたくはなかった。
「はい」
「ん?」
シャルロットは一夏に手を差し出した。
しかし、一夏にはその意図がわからなかったらしく、首を傾げている。
「一夏、これってデートだよね?」
「あ、ああ。今日はそうだったよな」
「な、ならね!」
ぐいっとシャルロットは一夏に迫る。
一夏は若干たじろぐ。
「手をね、繋いでくれたら嬉しいんだけど・・・」
迫ったはいいがちょっと恥ずかしくなったシャルロットは言葉が少しボソボソっとなってしまった。
が、その言葉は一夏の耳にはちゃんと届いていた。
「そうだな。せっかくのデートなんだしな。ほい」
差し出されたシャルロットの手を一夏はきゅっと握る。
「これなら逸れる心配もないよな」
「そ、そうだね。じゃ、じゃあ、行こうか」
「おう」
シャルロットにつられて、一夏も駅前へと進む。
手を握り合って並んで歩くその姿は立派な恋人同士のように見える2人だった。
「ねぇ、一夏」
「ん?」
立ち止まってシャルロットは顔を赤くして俯いている。
「あのね・・・、さっき僕がナンパされてるのを助けてくれたときなんだけど・・・」
「うん」
「あのときの一夏・・・、す、すごく格好良かったよ・・・!!」
シャルロットは顔を上げて一夏を見つめる。
予想外の褒め言葉が出てきて一夏は一瞬惚けてしまう。
それを理解すると顔の紅潮が自分でもわかるくらいに顔から熱を放つ。
「しゃ、シャルにそう思われたのなら嬉しいよ・・・」
空いている方の手で頭を掻き照れ臭そうに一夏が口を開いた。
「うん!」
太陽のような笑顔でシャルロットは一夏の手をきゅっと握り直す。
そうすると一夏の方もきゅっと握り直してきた。
「行こうぜ」
「うん」
2人は再び駅前へと歩き出した。
いつもは肩が触れ合いそうな距離の2人だが、今日はお互いの手をきゅっと握り並んで歩く。
まるで、本物の恋人同士のように。
こうして、2人のデートは幕を開けた。
「・・・・・なぁ」
「なあに?」
「・・・・・あれ、手ぇ握ってないか?」
「んー?握ってるわねぇ」
「そうか、やはりそうか。私の見間違いでもなく、白昼夢でもなく、やはりそうなのか。ふふふふ・・・・」
「ねぇ」
「何だ?」
「これからどうするの?」
「決まっている。後をつけるぞ」
追跡者が2人ほどいることを一夏とシャルロットは知らなかった。