春である。
桜は咲き誇り、温かな春風がそれらを穏やかに揺らし、陽はうららかに大地を照らす。
誰もが言う気持ちの良い春である。
side 壱佳
「朝だ・・・、起きなきゃ」
私の名前は折野壱佳(おりのいちか)です。
朝を告げる鳥の囀りが心地良い天然の目覚ましとなり、太陽は燦々と大地を照らし緑に輝きをもたらしています。
そのまどろみに身を任せてしまいたくなる部屋の中、私は家族の誰よりも早く目を覚ましました。
ベッドから起き上がると背伸び一つして窓を開ける。
天気も雲一つ無い快晴で春独特の風がそよそよと私の髪を撫でた。
「今日から高校生か」
今日は私が入学する私立逢越学園の入学式の日です。
「制服制服~♪」
真新しい私立逢越学園の制服に袖を通すと一段と胸が躍った。
新しい世界の幕開け。
誰しもが胸を躍らせるもの。
私は今日から新たな一歩を踏み出します。
「朝ご飯作らなきゃ」
私は自室をあとにして1階のキッチンへ朝食の準備に向かいました。
洗面所で顔を洗い、髪をブラシで梳かしてスッキリしたところで私は朝食の用意を始めた。
この折野家では一番寝起きがいい私が朝食の用意をするのが日常で今日は和食でまとめてみようと思います。
メニューは白いはご飯にわかめと油揚げの味噌汁に玉子焼きに焼鮭と和食の王道と呼べるメニューです。
うん、朝はやっぱりコレが一番だね!
「「おはよう壱佳」」
「ああ、おはよう。百代姉さん、十昭兄さん」
朝食の用意をしていた私が居るキッチンに2人の男女が声を掛けてきました。
女性の方は折野百代(ももよ)さん。私の姉で折野家の長女です。スーツ姿で鞄を手にして仕事に行く準備も万全みたいです。
男性の方は折野十昭(とあき)さん。私の兄で折野家の次男です。まだ起きたばかりなのか服はまだパジャマのままでした。
「千尋(ちひろ)兄さんはやっぱりまだ?」
「うん」
「あの兄が自力で起きると思うの?」
玉子焼きを頬張りながら十昭にいさんが、コーヒーを啜りながら百代姉さんが苦笑いで答えてきた。
「じゃぁ、私が起こしてくる」
「任せるわ」
「よろしくな~」
そう言って私はリビングをあとにして2階に上がり、そのまま長男である折野千尋兄さんの部屋へ向かった。
『コンコン』
千尋兄さんの部屋のドアをノックしてから声を掛ける。
「千尋にいさ~ん、朝ご飯できたから起きて~。そろそろ起きないと時間もマズイよ~」
「ん~」
部屋の中から寝惚けた声が聞こえた。
声は千尋兄さんのものだった。
「起きた?朝ご飯できてるから早く準備して来てね」
「あ~」
どうやらまだ半覚醒状態らしいけど部屋には入らない。
入ったら怒られちゃうからね。
とりあえず私はリビングへ降りることになった。
千尋兄さんも合流し兄弟4人がテーブルを囲み一緒に朝食を取る。
この家の住人である折野家はこれで全員集合となります。
私達には両親がいません。
何故かいないのかというと、一言で言うなら『死別』です。
私達の両親は外交官をしていました。
仕事で家を空けることが多かったけど家にいるときは家族の時間を大事にしてくれた。
時には仕事で海外に行くときに私達を連れていくこともあった。
仕事を放り出して家族で海外観光を楽しんだりもした。
公私混同とも取れることしていた両親でしたが仕事をするときはきちんとこなす人たちだったので信頼もされていました。
そんな両親の愛情をしっかり感じて育った私達4人は幸せでした。
しかし5年前に事件が起きた。
両親は仕事の為に4人を家に残して海外へ向かい、その飛行機が事故に遭い墜落。
乗客数百人の命が失われました。
その中には私達の両親がいました。
突然の両親との死別。
両親はもしものときの為にとかなりの額の遺産を残していたため私達4人が生きていくための資金は充分だった。
親戚関係者が私達4人を引き取るという話もあったけど4人一緒というのは難しく、それぞれ別々に引き取られることになったけどそんなのは4人とも嫌でした。
親戚関係者には無理を言って私達は両親の残してくれた家で暮らすことになりました。
それから5年間、辛いこともあったが私達は負けませんでした。
4人は互いに差さえあって生きてきました。
家族の、兄弟の愛を感じて来ました。
side out
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アイキャッチしりとり
壱佳「メチャクチャ違和感ありませんか?」
一夏「確実にあると思うぞ?」
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side 壱佳
「早いものだな。壱佳ももう高校生か」
食後のお茶を飲みながら千尋兄さんが呟いた。
千尋兄さんは今日から私が通う私立逢越学園で世界史の先生をしています。
両親を失ってから折野家の家長として私達を支えてきた苦労人なのですが、家では案外だらしない人なのです。
お部屋は散らかしっぱなしだし、休日は昼過ぎまで寝てるし、家事もまるでダメだし。
人は見かけによらないって千尋兄さんのことだと思うなぁ。
「壱佳、何か失礼な事を考えているだろう?」
「えっ!?な、なんでもないよ!」
危ない危ない・・・。
千尋兄さん鋭いから私の考えてることがわかるみたいでいつも見透かしたように睨んでくるんだよね・・・。
「あんたは考えてることが顔に出やすいからね。気をつけなさい」
私に注意してきたのは百代姉さん。
千尋兄さんと同じで私立逢越学園で養護教諭を務めています。
でも、女性にしては鋭い目とぶっきらぼうな物言いが玉に瑕で一部の人からは恐がられたりもしますが腕は確かで周囲の信頼は厚く、『口は悪いけど腕は立つ』という言葉の代表例みたいな人なのです。
私はもっと笑顔を見せるようにした方がいいんじゃないかなと思うだけどなぁ。
そうすれば男性から凄く人気出ると思うのに。
私と違って美人だし、胸だって私と違って凄く大きいし・・・・。
ふん、いいもんいいもん!私はまだ成長期だからこれから大きくなるんだもん!!
「2人とも、そろそろ準備しないと遅刻するよー」
そう言って2人を促したのは十昭兄さん。
歳は私の2コ上で私立逢越学園の3年生で生徒会長を務めています。
一言で言えばマイペースで周囲の人は十昭兄さんのペースに知らず知らずのうちに巻き込まれて毒気を抜かれてしまう事があります。
頭もよく器用で物事のイニシアティブを握っているタイプで一見完璧超人のようですが実は背が低い事を気にしています。
確か身長157cmだったかな?
その事を指摘すると物凄い笑顔で「ぶっ殺すぞぉ♪」と言われるので注意が必要です。
さて、十昭兄さんの指摘があったように千尋兄さんと百代姉さんはそろそろ家を出ないとマズイ時間です。
社会人って本当に大変なんだなぁ。
「では、俺ははもう行く」
「私も行く。今日はちょっと早めに着きたいから」
「二人共、いってらしゃ~い」
「いってらっしゃい」
十昭兄さんと一緒に2人を見送る。
「さて、僕達も準備して行こうか」
「うん」
鞄を手に取って靴を履いて私達は玄関を出た。
「忘れ物は無い?」
「うん、大丈夫」
「じゃ、行こう」
「うん」
十昭兄さんと並んで歩き出す。
逢越学園は家からは徒歩で10分ほどのところにあるので余裕を持って行動すれば時間を気にする必要はさほどありません。
これから始まる高校生活に私は胸を躍らせる。
「ん~♪んん~ん~♪」
鼻歌を歌いながら思わずスキップしてしまいそうなほど私は舞い上がっています。
何だか心が勝手に高揚してしまってどうしようもない状態です。
私って結構浮かれ者みたい。
「・・・」
「ん?なに十昭兄さん?」
十昭兄さんが落ち着いた目で私を見ていたので気になった私は訊ねてみた。
「壱佳はまだまだ子供だなと思ってさ」
「えーっ!?ひどーい十昭兄さん!」
「そうやって怒るところが子供だな」
「むぅー」
「あはははっ」
笑いながら十昭兄さんが歩き出す。
頬を膨らませながら私はその後に続いた。
「じゃ、クラス分け見てくるね」
「ああ、僕も入学式の準備に行くよ」
「うん、またあとでね」
「僕のスピーチ、ちゃんと寝ないで聞いてるんだぞ」
「わかってるよ。それじゃね」
十昭は体育館の方へ歩いて行った。
1人校門に残された壱佳はふっと空を見上げた。雲一つ無い快晴で絶好の入学式日和だ。
見上げた視界には校門に掲げられた大きな看板がありそこにはこう書かれていた。
『ようこそ逢越学園へ』
「私も行こう♪」
壱佳はクラス分が掲示されている掲示板へと歩き出した。