ようこそ藍越学園へ   作:TAKUMAKI?

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第三十六話 ホウキノココロ

side 箒

 

5月も終盤に差し掛かったとある日の朝。

私、篠ノ之箒は毎朝行っている鍛錬の真っ最中だ。

 

「945!946!947!948!949!950!」

 

木刀の素振りは毎朝1000回は行うことにしている。

真剣を用いてやる時もあるが今日は平日ということもあって木刀で済ませている。

真剣を用いて鍛錬する場合はいつも以上に集中力を高めているために時間の経過を忘れてしまうことがあるので真剣は休日、平日は木刀というのが私の中では決まっている。

 

「1000!ふぅっ・・・」

 

素振りを終えてタオルで汗を拭いながら一息つく。

今日はあまり天気が良くない。

 

「今日は一雨くるかもな」

 

空には雲が掛かっていて雨が降りそうな天気だった。

そのせいか少しじめっとした空気が私の肌を撫でる。

 

「・・・。風呂に入ろう」

 

不快な空気を感じ取った私は鍛錬を切り上げて風呂に向かった。

 

side out

 

 

篠ノ之家の風呂場は総檜木のしっかりしたもので、大人4人は充分に足を伸ばして入れるほどの広さがある。

下手な温泉宿の浴室よりも豪華な造りである。

 

(ざぱーん)

 

桶を使って勢い良く頭からお湯を被る箒。

ぐっしょりと濡れた黒髪からポタポタと滴が落ちる。

箒は湯船に浸かる前にこうして数回頭からお湯を被ってから入る癖がある。

こうすることで先ほどまで身体に纏わりついていた汗が一気に流されて気分もスッキリして湯船に浸かれるからである。

 

「やはり、風呂はいい・・・」

 

湯船に浸かると箒はそんな言葉を漏らす。

箒の好みに合わせて湯船には少し熱めのお湯が張られていて、その中で身体を伸ばすたびに、ちゃぷ・・・・と小さな水音がこだまして、箒の気分をどこまでも和らげていく。

 

「・・・・・・・」

 

しばらくの間ぼうっとその感覚にたゆたっていた箒は、ふとある人物の事を思い出す。

 

「・・・・、いちか・・・」

 

もちろん、片想いの相手の一夏である。

思い出すのは、先日のGWで久しぶりに一夏と剣道の試合を行ったときのこと。

試合の結果は箒の一本負けだった。

 

俗に、剣の道は三日欠かせば七日は失うと言う。

技術的に後退するのではなく、感覚的に喪失するのだ。

そして、それが何より取り戻すのに時間がかかると言う。

感覚とは、経験の積み重ねの果てに生まれる合理である。

得るに難く、失うに易い。

 

だが、一夏にはこれが当て嵌まらなかった。

一夏は中学に入学してからは千冬達の負担を少しでも減らそうとアルバイトを始め、篠ノ之道場を辞めてしまい剣道をする機会が減ってしまっていたが剣の腕が鈍ることがなかった。

一夏は時々篠ノ之道場にやってきて鍛錬をするだけなのだがGWの時のように試合をしても箒が勝てる確率は1割ほどしかない。

それほどまでに一夏には才能があった。

 

「一夏、格好良かったなぁ・・・」

 

箒にしては珍しく目尻をとろんっとさせて恍惚といった表情を浮かべる。

父親の篠ノ之 柳韻(りゅういん)がこれを見たら「だらしない!」と一喝されそうな顔だった。

まあ、箒も15の春を迎えた少女なのだからその辺りは大目に見てあげてほしいものですが。

 

「・・・・・・はっ!?」

 

ふと我に返る箒。

とろんっとしていた目尻をいつものキリッとした吊り上がった目尻に戻す。

そして、恥ずかしさを誤魔化すためか今度は一夏に対して悪態を表す。

 

「ふん・・・。一夏の馬鹿者め」

 

そう悪態をつくと鼻まで湯船に浸かり、息を吐いてぶくぶくと泡を立てる。

箒が一夏に片想いしてからかれこれ8年近い年月が経っている。

それだけ長い間、一夏を想い続けていたにもかかわらず、想いが届く気配は欠片もない。

 

 

織斑家と篠ノ之家は昔から親交が深い間柄だったが箒自身はそれほど人付き合いが得意な方ではないので一夏の事も話に聞くだけだった。

実際小学校に入学してから同じクラスであったし小学校入学と同時に一夏も篠ノ之道場の門下生となったのだが簡単な話をするくらいであまりかかわろうとはしなかった。

ただ父の指導の下で剣道をしているだけだった。

そして一夏との関係を深める事件が起きた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アイキャッチしりとり

 

箒「・・・ぞわぞわ」

 

 

 

柳韻「私の出番は、まだか・・・?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

幼い頃から剣道をたしなんでいた箒は、その強さから「男女」といじめられいた。

それは箒が小学2年生の6月の事だった。

 

「おーい、男女~。今日は木刀持ってないのかよ~」

 

「・・・竹刀だ」

 

「へっへ、お前みたいな男女には武器がお似合いだよな~」

 

「・・・・・・・」

 

「喋り方も変だもんな~」

 

箒は答えなかった。

 

男子数人に取り囲まれながらも凛とした眼差しで相手を睨んで、一歩も引こうとしない。

 

(じゃぼんっ!)

 

突如、大きな水音が教室に響いた。

 

「うっせーなぁ。お前ら暇なら帰れよ。それか手伝えよ」

 

水音の原因は教室の掃除をしていたひとりの男子が乱暴にバケツにモップを突っ込んだ所為であった。

その掃除をしていた男子が一夏だった。

 

「なんだよ織斑、お前こいつの味方かよ」

 

「へっへっ、この男女が好きなのかぁ?」

 

「掃除の邪魔なんだよ」

 

不快きわまりないといった表情で一夏は男子達を睨んだ。

 

「へっ。まじめに掃除なんかしてよー、バッカじゃねーの――――っのわ!?」

 

いきなり箒が男子の胸倉を掴んだ。

 

「まじめにすることの何がバカだ?お前らのような輩よりははるかにマシだ」

 

何を言われても手を出さなかった箒が、初めて手を出した。

先ほどの男子の発言が箒にはどうしても許せなかった。

しかし、これが火に油を注ぐ結果となる。

 

「あー、やっぱこいつらそうなんだぜー。こいつら、夫婦なんだよ。知ってるんだぜ、俺。お前ら朝からイチャイチャしてるんだろ」

 

一夏と箒が同じ道場に通っている事はクラスの中でも知るところであった。

この日も朝の鍛錬で一緒だったのだがちょっと試合をして別れの挨拶をしたくらいだ。

しかし、古今東西、子供のからかいというは度し難いものでそれだけのことでも「夫婦だ夫婦だ!」と囃し立ててくるものである。

 

「だよなー。この間なんか、こいつリボンしてたもんな!男女のくせによー。笑っちま――――」

 

(ガァンッ!!)

 

モップが宙を舞い、男子の顔の横数cmのところを通り過ぎて壁に激突した。

男子達は何が起きたかわからなさそうに呆然とした。

箒も少し驚いたような顔をしている。

 

「笑う?何が面白かったって?その娘がリボンしてたらおかしいかよ。すげぇ似合ってただろうが!ああ?何とか言えよ!!」

 

「お、お前、何すんだよ・・・、せ、先生に言うからなっ!」

 

「女の子をよってたかっていじめてた最低なやつらにそんな事言われたって怖くねぇよ。勝手にしろよ。僕は、お前らを絶対に許さないからな」

 

このときの一夏には気迫というものが滲み出ていた。

男子達は一夏の気迫にのまれて、まるで蛇に睨まれた蛙のように立ちすくむ。

そして、蜘蛛の子を散らすように男子達は教室から逃げていった。

 

数日後、放課後の鍛錬を終えた一夏と箒は篠ノ之道場の水飲み場で各々水を飲んだり顔を洗ったりしていた。

 

「・・・お前は馬鹿だな」

 

「あん?何がだよ」

 

顔を洗っていた一夏に箒が話しかける。

いきなり馬鹿と来てるいるので一夏も少ししかめっ面だ。

 

「あんなやつら、私だけで対処できた。なのに余計な事を」

 

「ん?ああ、あのことか。別に僕はああいうやつらが許せないだけだ。よってたかって女の子ひとりをいじめるなんて最低な男のすることだろ」

 

「それが余計なことだと言って――――」

 

「だから、お前も気にするなよ。前にしてたリボン、似合ってて可愛かったぞ。またしろよ」

 

「なっ!?」

 

臆面もなくそう言った一夏に箒の頬が少し赤くなる。

そんなことを言われたのは家族以外では初めてだった。

 

「ふ、ふん。私は誰も指図も受けない!」

 

「そーか」

 

一夏は顔洗いを再開する。

箒は少し落ち着きなくそわそわしながら一夏を横目で盗み見る。

タオルで顔を拭いてスッキリといった表情の一夏に何故かちょっとドキドキした。

 

「じゃあ、帰るわ。またな篠ノ之」

 

「待て」

 

「うん?」

 

箒は一夏を呼び止めた。

呼び止めたはいいが、何を話すかを考えていなかった箒はちょっと言葉を詰まらせる。

 

「・・・わ、私の名前は『箒』だ。いい加減、覚えろ。大体、この道場は父も母も姉も『篠ノ之』なのだから、紛らわしいだろう。次からは名前で呼べ。いいな」

 

箒は何故そんな事を言ったのか自分でもわからなかった。

でも、何故か一夏には名前で呼んで欲しかった。

 

「わかった。――――じゃあ、『一夏』な」

 

「な、なに?」

 

「だから、名前だよ。この道場には『織斑』はふたりいる。それに、うちの親とお前の親は仲が良いから一緒にいるときは紛らわしいだろう。だからお前も僕の事は『一夏』って呼べよな」

 

にっこりと一夏は微笑んで見せた。

その笑顔はあまりにも無邪気で、箒は顔が赤くなるのを感じた。

 

「う・・・む」

 

「わかったか、箒」

 

「わ、わかっている!い、い、一夏!これでいいだろう!?」

 

「おう、それでいいぜ。それじゃ―――」

 

「なっ!!?」

 

箒の心臓が跳ね上がった。

突如、一夏が箒を抱きしめたからだ。

同年代の男にいきなりそんなことをされてパニックになる。

 

「い、いきなりなにをする!!」

 

箒は一夏を突き飛ばした。

顔の紅潮はもう最大まで達していたことだろう。

 

「あー、ごめん。僕の知り合いにフランス人の女の子がいるんだけどさ。その子が挨拶するときによく今みたいに抱きしめてくるからさ。まあ、友達になった挨拶みたいなもんだよ」

 

フランス人の女の子という単語に箒は少しムスっとする。

何故か知らないがイラッとした。

 

「・・・挨拶、か?」

 

「そうそう。名前で呼び合うって事は僕達はもう友達だろ。これからよろしくってことだよ」

 

「そ、そうか。わかった。――――だが、この挨拶はもうやめろ!いいな!!」

 

「え?何でだよ?」

 

「恥ずかしいからだ!」

 

「僕は恥ずかしくないぞ?」

 

「私は恥ずかしいんだ!!」

 

「わかったよ。そうする」

 

「ふ、ふん!じゃ、じゃあな!!」

 

箒は一夏に背を向けて走り去る。

胸のドキドキが収まらない。

顔の紅潮も収まらない。

箒は自分がどうにかなってしったのではないかと思ってしまう。

でも、心にあるのはひとつだけ。

織斑一夏という同じ歳で同じ道場に通うひとりの少年だけ。

箒はこれが恋なのだと知るのにそう時間は掛からなかった。

 

side 箒

 

「あれが始まりだったな。私が一夏に恋をしたのは」

 

風呂場の天井を見上げながら私はそう呟いた。

教室での騒動。道場の水飲み場での遣り取り。

これだけで私は一夏に恋をしてしまった。

我ながら単純だと思う。

でも、私は一夏が好きだ。

この想いはもう止まらない。

私の譲れない想いだ。

シャルロットとは恋敵同士とはいえ仲の良い友人だ。

だが、たとえシャルロット相手でも譲りはしない。

お互いが一夏に懸想しているのは確認済みだ。

でも、お互いに譲る気が無いのも確認済みだ。

 

「ま、負けるものか!」

 

自分自身に発破をかけて私は風呂場をあとにした。

 

「おはよ~箒ちゃん♪今朝は随分お風呂長かったね~」

 

「いえ、ちょっと考え事をしていました」

 

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲んでいた私にいつものちゃらけた感じで姉さんが話しかけてくる。

今朝は珍しく姉さんが家に居た。

いつもは姉さんが言うに『研究室』とかいう場所に篭りっぱなしで全く家にいないのだが、一体この人は普段何をしているのか実妹である私にもわからない。

 

「箒ちゃん、時間大丈夫?もう結構な時間だよ~?」

 

「え?」

 

姉さんに言われて私は時計を見る。

只今の時刻AM8:12

 

「・・・・ち、遅刻する!!」

 

どうやら私が風呂場で考え事をしているうちに時間は結構経っていたらしい。

急いで行かなければ本鈴に間に合わない。

私は大急ぎで支度をしてから玄関に向かった。

 

「では、行って来ます!」

 

「いってらしゃ~い★」

 

姉さんの暢気な笑顔に見送られて私は家を出た。

遅刻なんかしたら千冬さんの出席簿アタックを食らうハメになってしまう。

それだけは何とかして避けたかった。

信じられないくらい痛いのだあれは。

本当にあれは出席簿なのかと疑いたくなるほどに。

あ~、くそぉ!

何で私がこんな目に遭わなきゃいけないんだ~!

 

side out

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

「おっす、おはよう箒。珍しいなぁ、お前が遅刻するなんて。寝坊でもしたのか?」

 

「・・・・」

 

「千冬姉の出席簿アタックは恐ろしいからなぁ。気をつけた方がいいぜ」

 

「・・・・(ギロリ)」

 

「ん?何だよ?」

 

「―――だ」

 

「うん?」

 

「お前のせいだ!」

 

「へ?何が?」

 

「ふん!」

 

「・・・訳わかんねぇって」

 

箒が一夏に対して素直になるのは何時の日になるであろうか。

それはまだ誰にもわからない。

 

ちなみに午後から雨も降り出して箒は傘を忘れていたので鈴の傘に入れてもらって帰ったそうな。

 

「お前のせいだ!!」

 

「だから何でだよ!?」

 

帰りの道すがら、そんな声が雨の降りしきる路地に木霊していた。

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