千羽谷。
都内まで続いている芦鹿島線本線との接続駅で、シカ電の駅の中では藤川に次ぐ大きさを誇る。
周辺には大学や総合病院などの大きな施設があり、藤川に負けないほどの賑わいを見せる街である。
千羽谷は藤川からシカ電で11駅離れたところにあり、嘉神川(かがみがわ)という川が流れていてその川を境に東と西で別れており、巷(ちまた)では「西の藤川」、「東の千羽谷」と並び称されている。
一夏とシャルロットはまずはぶらりと千羽谷を散策することになった。
これは千羽谷を初めて訪れたシャルロットのために一夏が千羽谷を案内するためである。
午前中は半ばウインドウショッピングような感じで、シャルロットが目を輝かせながらブティックのショーウインドウを眺めたり、何気なく入ってみた雑貨屋を物色したりと前回のデートとしていることは大して変わってはいない。
でも一夏とシャルロットにはそんなことは関係ないようで、2人とも楽しんでデートを満喫している。
そうこうしているうちに時間はお昼過ぎとなっていた。
side 一夏
俺とシャルはあてもなく千羽谷の街をブラブラしていたのだが時間も忘れて色々見て回っていたせいで時間はもう昼過ぎとなっていた。
「シャル、そろそろどこかで昼飯にしようか」
「あ、うん、そうだね。僕もちょっとお腹空いちゃったよ」
「なら、どっか店を探そうぜ。う~ん、どこがいいかな?」
俺もそれほど千羽谷に詳しい方じゃないかこういうときは自分の足で店を探さなきゃいけない。
適当にブラついていた所為か目抜き通りから少し外れてしまっていた。
う~ん、これは下調べをしておくべきだったなぁ。
この前の映画の事といい、どっか抜けてるよなぁ俺達。
「あ、ねぇ一夏。あそこのカフェはどうかな?」
シャルが指差した先にはひとつのカフェがあった。
ちょっと大通りから外れた場所にあるが外観から見ても店の雰囲気は悪くなさそうだった。
チェーン店のような賑わいは無いが地元の人しか知らないような静かな感じの店って感じがした。
「考えてても時が移るだけだしな。あそこにしよう」
「うん。じゃあ行こう」
シャルに腕を引かれて俺達はそのカフェに向かった。
全体的に白い外装。そして、ややポップな色使い。店の看板には『cubic cafe』と書かれいた。
「『キュービックカフェ』か。結構シャレた名前だな」
もしかしたらこういう店を隠れた名店と言うのかもしれない。
まあ、まだ入ってすらいないから名店かどうかもわからないんだけど。
「そうだね。さあ、入ってみようよ」
俺達は店の中へ足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー」
店内に入ると男性の声が響いた。
見た目は20代後半くらいだろうか。
男性店員がカウンターのところでグラスを拭きながらこちらに顔を向けていた。
「どうぞ、お好きな席へ」
「あ、はい」
俺達は手近なテーブル席に座った。
店内はイームズ風のオシャレな家具が並んでいて内装も結構良い感じだった。
やっぱりこれは隠れた名店なのではなかろうか。
「君たちは新顔だね。うちは結構常連しか来ないような店なんだけど」
先ほどの男性店員が水を持って話しかけてきた。
いきなり話しかけられて俺もシャルもちょっと困惑する。
「はぁ。俺達普段は藤川に住んでいるので千羽谷にはあまり来ないので」
「へぇ、藤川ね。あっちに住んでる人が千羽谷まで来るなんて珍しい。遊ぶ場所はあっちも結構あるはずだし」
「あ、今日はちょっと遠出をしてみたいって僕のわがままを聞いてくれまして」
困惑気味だったシャルも会話に入ってきた。
見た感じこの店員はそんなに悪い感じはないので普通にお喋りができそうだった。
「ふむ。君は日本人じゃないみたいだね。見た感じだと欧州人かい?」
「あ、はい。出身はフランスです」
「そうか。それにしても日本語上手いね」
「小さい頃からよく日本には来てましたし。今は藤川にある高校に通ってますから」
「藤川の高校というと藤林高校かい?」
「いえ、藍越学園です」
「おお、藍越か。うちの常連にあそこの卒業生がいるよ。良い所みたいだね」
「そうですね。俺達はまだ1年生ですけど、あそこは一応進学校なのに校風は結構自由で好きですね」
「うむうむ。前途有望な若者が集う学び舎というのも粋だねぇ」
店員は結構気さくに世間話をしてくる。
う~む、今時こういう人がいるんだな。
「ところで、君たちは恋人同士かい?」
「「えっ!?」」
俺とシャルの声が見事にハモった。
突然そんなこと言われれば誰だって驚く。
「え~っと、それは、その~」
「・・・・・」
あたふたしてしまう俺と恥ずかしそうに顔を俯かせてしまうシャル。
「あはははっ!いやぁ、若いっていいねぇ!初々しいくてさ!!」
無遠慮に笑う男性店員に困り果ててしまう。
ってゆーか何で俺達が初めて入った店でこんな目に遭っているんだ?
「ああ、ゴメンゴメン。つい話し込んじゃったね。注文が決まったら声を掛けてね」
一言謝罪を入れてから店員はカウンターへ戻って行った。
とりあえず、助かった・・・。
「なんかマイペースな人だったね」
「え、ああ、そうだな」
まだ顔を赤くして俯いているシャルにこっちもちょっと気まずくなる。
ったく、どうしてくれんだよあの店員・・・。
side out
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アイキャッチしりとり
シャル「頭巾と見せて頬冠(ほおかむり) 」
一夏「柳暗花明(りゅうあんかめい)」
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side シャルロット
僕と一夏が入ったカフェで店員に「恋人同士かい?」と聞かれて僕は恥ずかしくて顔を赤くして俯いてしまった。
でも、僕は僕と一夏が恋人同士に見えることに嬉しさも感じてしまっていた。
他人から見ると僕達はそう見えるんだ。
えへへ~♪恥ずかしいけどちょっとニヤケちゃいそうだよ。
「ほ、ほら、注文決めようぜ!ほら、メニュー」
「う、うん」
一夏があたふたとメニューを渡してくる。
何か一夏も恥ずかしがってるみたい。
あたふたしてる一夏がちょっと可愛く見えたのは内緒。
「お、俺はこの学生ランチセットにしようかな。今日のランチはチキンカツの卸し大根ソースだってさ。うまそうだぜ。デザートにヨーグルトムースも付いてくるみたいだ。シャルはどうする?」
「そ、そうだね。僕も同じのにしようかな」
「わかった。すいませ~ん」
一夏が先ほどの男性店員を呼んだ。
「は~い。注文決まったかい?」
「えっと、学生ランチセットを2つで」
「学生証はあるかい?」
「あ、はい」
学生向けメニューは学生証の提示が必須みたいでメニューにも「学生向けメニューを注文する場合は学生証を提示していただきます。お持ちでない方にはお出しすることはできませんのでご了承ください」って書いてあった。
僕も一夏も普段から学生証は財布の中に入れておくので休日でも持ち歩いているのでした。
「はい、確かに。飲み物は?」
「俺はアイスコーヒーで。シャルは?」
「僕はアイスティーで」
「『学ラン』2つ。アイスコーヒーとアイスティーね。了解、ちょっと待っててね」
店員は手際よく注文を取ると素早くカウンターに戻って行った。
もしかしてあの店員は結構仕事できる人なのかもしれないなぁ。
「しかし、午前中だけでも結構色々回ったもんだな」
「そうだね。藤川とはちょっと違った楽しさもあったしね」
「藤川には藤川の、千羽谷には千羽谷の楽しみ方があるってことだな」
ランチを待っている間に僕と一夏は午前中の千羽谷デートの感想を言い合う。
藤川は割りと多くの年齢層に人気があるところだけど千羽谷はどちらかというと若者中心の街で並ぶ店も若者向けの店が多かった。
藤川よりは都心に近いこともあって駅周辺の人の行き交いも藤川よりも激しかったような気がする。
藤川は『レゾナンス』のように人気スポット凝縮したショッピングモールが存在するが千羽谷にはそれがないみたい。
でも、駅周辺の店の数は藤川にも負けないくらいだったからただ歩いてウインドウショッピングしているだけでも色んな発見があって楽しかった。
やっぱりたまにはこうして一夏と一緒に遠出するのもいいなぁ。
「お待たせ。『学ラン』2つに飲み物ね」
しばらく他愛ない会話をしていると注文した料理が運ばれてきた。
ちなみに、先ほどから店員が言っている『学ラン』というのは学生ランチセットの略称みたいです。
学生割引が適応されるみたいで一般客よりは少しだけ安く済ませることができるみたいで、普通のランチセットのメニューにも同じ料理があるらしかった。
もちろん、ドリンク・デザート付きで。
「おお!実際見ると一際美味そうだな!」
「そうだね。僕もちょっと我慢できないかも」
実際お腹もちょっと空いているし目の前の料理は一夏の言うように凄く美味しそう。
チキンカツに掛かった仄かなソースとその上に乗せられた紫蘇の香りが食欲をそそる。
「デザートは後で持ってくるから。ごゆっくり」
メニューを運び終えた店員は素早くカウンターへ戻って行った。
う~ん、やっぱり凄く手際がいいなぁ。
「じゃあ、早速頂こうか」
「うん」
フォークとナイフを取って早速料理を食べることにした。
「いただきます!」
「いただきます」
一夏、僕の順番で手を合わせて、チキンカツの卸し大根ソースを口にする。
「おお、うまい!」
「うん、美味しいね」
チキンカツと卸し大根のソースが絶妙に絡み合って、その上に乗せられた紫蘇がまた良いアクセントになっていて凄く美味しい。
「う~む、このソースの隠し味は何を使ってんだろうなぁ・・・」
一夏はソースの下味についてあれこれ思考してるみたいで一口食べるごとに味を分析している。
こういう姿勢は料理部の部員としては見習うべきなのかもしれないなぁ。
あれこれ思考をしながら料理を口にする一夏を僕は温かく見ながら食事を続けた。