ようこそ藍越学園へ   作:TAKUMAKI?

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第四十五話 英国淑女の休日 後編

5月も終わりに差し掛かり春の陽気の中に少し夏の気配が忍び込んだ空気の中で、セシリアは織斑家の表札を見ながらひとつ深呼吸。

 

(勉強を・・・、勉強を教わりに来ただけですわ・・・。そんなに・・・、緊張する必要なんてありませんわ!!)

 

寮を出て10分が経過している。

僅かな距離にもかかわらずセシリアは未だ織斑家に上がってはいなかった。

何故か?

 

(で、ですが勉強を教わると言っても、ふたりきりでいれば必然的に―――――)

 

それはセシリアがあれこれと思考に耽っていたからだ。

最初はなんて切り出そうか考えていたセシリアだったが、何故か思考は勉強を教わっている最中に彼女の言う必然的な何か(・・)に発展していた。

ちなみに彼女は今欧州人特有の白い肌を顔を真っ赤に染め上げている。

 

(ひ、必然的に、い、いい雰囲気になって、そのままふたりは・・・)

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

※ここからはセシリアの妄想です。

 

『セシリア、勉強よりももっといい事を教えてやろうか』

 

『も、百春様。いい事というのは・・・?』

 

『お前ももう15歳だ。わかっているだろう』

 

『で、でも、わ、わたくし心の準備がまだ・・・』

 

『そんなものはいらんだろう。俺に全てを任せればいい』

 

『百春様』

 

『可愛いセシリア。俺を満たせてくれ』

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「きゃぁぁぁっ!!そんな百春様ったらぁ!!!!!」

 

もしもーし?セシリアさーん?

 

「あん♥いけませんわ百春様、そんなところを――――」

 

ダメだこりゃ・・・。当分帰って来な―――――

 

「人の家の前で何をしている馬鹿者」

 

(べしっ)

 

「はうっ!?」

 

トリップ状態のセシリアに 脳天唐竹割りをかまして現実に戻したのは千冬だった。

 

「まったく、回覧板を回してきたら家の前でトリップしてる奴がいるから何かと思えば」

 

「す、すみません・・・」

 

どうやら回覧板を回してきたらしい千冬が呆れたと言いたげな顔で肩を竦める。

セシリアもしゅんっとなって項垂れる。

 

「うちに上がるならさっさと上がれ。こんなところでトリップされていてはうちも迷惑だ」

 

「は、はい・・・。お邪魔します・・・」

 

千冬に促されてセシリアは織斑家の玄関を潜った。

そういえば、今は一夏が出かけてるとはいえこの家には百春の他にも千冬と十秋もいるのでふたりきりになることなんてできないことにセシリアはこのときやっと気が付いたのだった。

 

「帰ったぞ」

 

「こ、こんにちわ」

 

「おかえりなさ~い。あらセシリアちゃん、いらっしゃい」

 

千冬とセシリアを十秋が出迎える。

もうすぐお昼時ということもあるせいか十秋はエプロンを身に着けていた。

 

「ちょうどこれからお昼の用意するところだったんだ。セシリアちゃんもよかったら食べていってね」

 

「え?よろしいんですの?」

 

「全然構わないよ。ねぇ千冬姉さん」

 

「ああ、どうせ作るのは私ではないしな・・・」

 

千冬が少し苦い顔でそう言った。

別に千冬も反対する気はないのだが、料理ができない事にちょっとだけ引け目を感じていた。

料理を作る十秋がいいと言えば織斑家ではそれはいいと言うことになるのだ。

 

「じゃあ、すぐに用意しちゃうね。ふたりはゆっくりしててね」

 

「うむ」

 

「は、はい」

 

リビングに通されてセシリアは千冬とふたりでけとなった。

 

 

「で、お前はうちに何をしに来たんだ?」

 

リビングのソファーに腰を下ろした千冬がセシリアに訊ねた。

 

「え、そ、それはですね・・・」

 

セシリアは少しどもってしまう。

玄関前であんな醜態を晒してしまった上に考えていた事が考えていた事だけに言いにくかった。

 

「ふっ、まあ言われんでも大体は分かるがな。大方百春に会いにでも来たのだろう?」

 

図星を突かれて気まずそうな表情を浮かべるセシリア。

そんな彼女の様子に千冬の顔に浮かぶ笑みが深まる。

 

「あいつは今、自室で机に向かって作業中だ。まあ昼食の時間になれば降りてくるだろう。それまでは邪魔してやるな」

 

「は、はぁ」

 

「せっかくだ。何か飲み物を出してやろう。ちょっと待っていろ」

 

千冬は立ち上がってキッチンに向かった。

戻ってくるとコップに入ったオレンジジュースを2つ持ってきた。

 

「ほれ。あんまりキッチンに長居すると十秋の邪魔になるからこんなものしか出せん。これで我慢しろ」

 

「い、いただきます」

 

そういうとセシリアはオレンジジュースを口にする。

千冬もセシリアと同じようにジュースを口にする。

 

「そうそう。お前にひとつ訊いておきたい事がある」

 

「あ、はい」

 

「お前、あいつのどこがいいんだ?」

 

「ぷっ!!」

 

セシリアはジュースを噴き出しそうになった。

あいつとはもちろん百春の事だ。

 

「汚いな。それでもお前は英国淑女か?」

 

「ち、ち、ち、千冬さん!いきなり何を!?」

 

「なに、少し気になってな。何でお前は同世代の一夏ではなくて8つ年上の百春に懸想しているのかとな」

 

千冬はやはり8つの歳の差というものが気になるらしい。

これが離れすぎかそうでないと思うかは人それぞれだが、自分が生まれたときに相手はもう小学生だったというのはやはり考えるものだろう。

 

「確かに歳はちょっと離れていますけど・・・」

 

恥ずかしそうに俯いていたセシリアがグッと顔を上げる。

 

「わたくしは百春様を世界で一番お慕いしています!」

 

ハッキリとした物言いだった。

こうまでハッキリ言うからにはその想いは本物なんだろうと千冬も感じていた。

 

「口が悪くてぶっきらぼうなのはどうかと思うが腕はいいと言われている。仕事に追われても勉強を欠かさない勤勉さもある。まあ、あいつは医者としては有望株だな」

 

コクコクとセシリアは頷く。

かつて病床についていたころに聞いた百春の夢の話をセシリアは思い出していた。

 

「昔、百春様が語ってくれましたわ。『医者になるにはバカではいられない。バカは罪ではないが、バカな医者は害悪だ。この世の中にはバカな医者も多い。なら俺が医者になってバカな医者を無くしていきたい。そしてバカな病気に苦しむ人達を助けていきたい』と。あの時の言葉は幼いながらもわたくしの心に感銘を受けましたわ。そして気が付いたらわたくしはあの方をこんなにも好きになっていましたわ」

 

胸に手を当ててセシリアが微笑んだ。

その振る舞いは15歳の少女でありながらも立派に英国淑女と呼ぶに相応しいものだった。

 

「まあ、そうまで言うなら私は何も言わん。女を磨いてあいつを射止めてみせろ」

 

「はい!必ず百春様を射止めてみせますわ!!」

 

さっきの振る舞いとは一転してグッと拳を握り締めるセシリア。

そんなセシリアに微笑を浮かべる千冬であった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アイキャッチしりとり

 

セシリア「好き」

 

 

 

千冬「嫌い」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「ここ、間違ってるぞ」

 

「は、はい」

 

「この問題は最初に―――――」

 

昼食を済ませた織斑家はそれぞれの自室に戻って各々自由に過ごしている。

そして百春の部屋にはセシリアの姿があった。

当初の予定通り百春に勉強を教わっている。

百春のデスクにセシリアが座ってその後ろで百春が勉強を見ているという状態だ。

昼食を食べ終えてからセシリアは百春に勉強を教えて欲しいと申し出た。

百春は最初、「保健医とはいえ、学園の関係者である俺が生徒に勉強を教えるのはどうかと思うが・・・」と少し渋ったのだが、千冬が「別に構わんだろ」という一言のおかげでセシリアは百春に勉強を教わるに至ったのだった。

 

「ほら、ここも違うぞ」

 

「えっと・・・、ここはどうすれば?」

 

「これはこの方程式をだな―――――」

 

玄関の前でしていた妄想はどこへやら。

セシリアは真面目に百春に勉強を教わっていた。

 

(せっかく百春様が勉強を見てくれているのですからここは頑張りませんと!!)

 

なんだかんだでセシリアも真面目なのであった。

 

(ピリリリリリ♪)

 

すると百春の携帯電話が鳴った。

百春は着信画面を見るとちょっと驚いたような顔をした。

 

「悪い。ちょっと出てくる。一旦休憩にしていいぞ」

 

「わかりましたわ」

 

百春は携帯を手に部屋から出て行った。

セシリアも大きく伸びをひとつする。

 

「しかし、電話のお相手はいったいドナタなのでしょうか?」

 

百春の反応を見る限り予想だにしなかった人物から電話らしいことはわかった。

セシリアは普段無愛想な百春があのように驚いたところをあまり見たことがなかった。

 

「ま、まさか、女性から・・・?」

 

セシリアに戦慄が走った。

百春は無愛想・口と目つきが悪い・ぶっきらぼうなど欠点も目立つが容姿はかなり整っている。

織斑家は男女問わずに容姿が高レベルなのだ。

男性陣で言うと一夏がイケメンなら百春は美形。

女性陣は千冬がクールビューティー、十秋がミステリアスビューティーといったところである。

そんな高レベルの織斑家のひとりである百春だ。

女性に人気があってもおかしいことではない。

実際、百春のことを良いと思う女性は学園に教師生徒を問わずいる。

 

「これは由々しき事態ですわ。どこの馬の骨ともわからなような女に百春様を奪われるわけには参りませんわ!」

 

セシリアの心に火が点いた。

勉強も大事だがやっぱり好きな男性部屋でふたりきりという大チャンスがめぐって来ているのだ。

 

(ここはやはり積極的にアプローチしていかなくてはダメですわね!)

 

一念発起という感じセシリアが気合を入れようとする。

すると

 

「くしゅんっ!」

 

やる気の熱を削ぐかのようにくしゃみが出た。

 

「誰かわたくしの噂をしていますのかしら・・・」

 

誰が噂をしたのか?

それは第四十話を見ればわかります。

 

「どうかしたか?」

 

百春が部屋に戻ってきた。

手にはふたつのティーセットが乗ったお盆があった。

 

「な、なんでもありませんわ!あの、それは・・・?」

 

「休憩がてら茶でも飲もうと思ってな。お前の分も用意したから茶に付き合え」

 

「は、はい!」

 

「これはチャーンス!」とばかりに目を輝かせるセシリア。

 

(お茶を飲みながらふたりでお話をしていれば雰囲気も盛り上がるはずですわ!そしてそのまま百春様のハートをゲットですわ!)

 

胸に野望を滾らせるセシリア。

少々興奮したせいか顔がちょっとだけ紅潮する。

が、これがいけなかった。

 

「ん?顔が赤いな?熱でも出たか?」

 

「えっ!?べ、別に熱はありませんわよ!!」

 

「どれ?額を出せ」

 

「ふわっ!?」

 

セシリアの言葉を無視して百春は額に手を当てる。

 

(か、か、顔が近いですわ~!!)

 

織斑家の男性は熱を測ろうとすると手を額に当てると同時に顔を相手の顔の5cm近くまで近づける癖がある。

現にシャルロットも以前一夏に同じ事をされているし、セシリア自身も転入初日の保健室で百春に同じ事をされている。

乙女の恋心など全く理解せずにこれを行うのが織斑家の男性のクオリティだ。

 

「うーむ。少し熱っぽいかもな?勉強に集中していて気付かなかったが、無理をしていたのかもしれないな」

 

「だ、大丈夫ですわ。わたくしは今はもうそんなに病弱ではありませんし――――」

 

「いや、念には念をだ。そこに横になれ。身体を休めておけ」

 

「で、でも――――」

 

「いいから横になれ」

 

百春は強い口調でセシリアの言葉を封殺する。

促されるままにセシリアはベッドに横になった。

 

「薬を持ってくる。それまで安静にしていろ」

 

寝かしつけると百春は部屋を出て行ってしまった。

 

「・・・・・・・、ああもうっ!どうしてこうなってしまいますの!!?」

 

セシリアは頭を抱えた。

計画が全て台無しとなってしまった。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ・・・・」

 

深ぁ~い溜め息を漏らすセシリア。

もうじたばたしてもどうにもならないとふんだのかセシリアは布団をかけ直してうつ伏せになった。

 

「ん?」

 

そこでふと気付く。

 

ここは百春の部屋

  ↓

百春に勉強を教わる

  ↓

百春に電話

  ↓

休憩がてらお茶をする事に

  ↓

セシリア一念発起

  ↓

熱が出たと勘違いされる

  ↓

百春のベッドに寝かされる←今ココ

 

 

そう、セシリアが寝かされているのは百春のベッド(・・・・・・)だ。

 

「・・・・・・」

 

暫し無言の時が流れる。

そして、自分の置かれた状況をようやく悟ったセシリアはわなわなと身体を震わせて

 

「百春様のベッド~♪♪♪」

 

うにゃー、とまるで猫のようにベッドに包まった。

 

「ああ、百春様の匂いがしますわ!まるで百春様に包まれているようですわ!」

 

若干変態チックではあるかもしれないが恋する異性のベッドに入っているのだ。

その辺は許容してあげて欲しい。

 

(幸せですわ~♪)

 

枕に顔を埋めてスリスリする。

いわゆるマーキングである。

 

「ふわぁ~。なんだか眠くなってきましたわ・・・」

 

百春のベッドに入って心も身体も安心したせいか急な眠気がセシリアを襲っていた。

その眠気に抗うことをせず、セシリアは夢の中へ落ちていった。

 

セシリアはそのあとぐっすりと眠り続けて、起きたのは日も暮れかかった夕暮れ時であったとさ。

結局、セシリアの「勉強を教えてもらうのを口実に百春様のハートをゲットですわ作戦」は事実上失敗に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

ちなみに、百春の電話の相手は誰だったかというと

 

「ええ、久しぶりです。え?そうですか一夏が。まあ、織斑はそうある苗字ではないですからね。ああ、それはシャルロットの事ですね。あいつらはまだ付き合っているわけではないですがね。ほう、一夏があなたにそんなことを。知らないとはいえ我が弟ながら度胸がある。ええ。今度千羽谷に寄るときは久しぶりにお邪魔しますよ。え?忙しいってそっちから掛けてきたんでしょう?はい、わかりましたよ。それじゃまた、テンチョー(・・・・・)」

 

電話の相手はあのキュービック・カフェのテンチョーだった。

実は、百春は千羽谷大学に通っていた頃はキュービック・カフェの常連だったのだ。

普段は口が悪い百春もテンチョー相手だと丁寧な敬語を使うのである。

 

世間は狭いとはよく言ったものであった。

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