第四十六話 独国からの風
side 一夏
『ピピピピ、ピピピピ』
「んっ!!」
俺は勢いよく起き上がると、目覚ましを止めた。
欠伸をしながらベッドから抜け出すと窓のカーテンを開ける。
部屋を満たすのは朝特有の暖かな陽光と静けさ。
もう6月に入ったていうのにこの陽気だ。
梅雨入りはまだ先のようだな。
「さて、朝飯作んなきゃな」
俺は朝飯を作るために部屋をあとにした。
「うん。炊けてるな」
台所に入ると真っ先に炊飯器を開け、ちゃんとメシが炊けていることを確認する。
今日も魚沼産の特選コシヒカリが美味そうに炊き上がってほかほかと湯気を上げている。
朝飯作りを任されてもう何年も経っているので慣れたものだ。
「さて、おかずはと・・・」
おもむろに冷蔵庫を開ける。
「ん~♪今朝もべったら漬が良い具合に味が染みてるなぁ♪」
かの徳川慶喜公も好物だったと言われているべったら漬をちょっとツマミ食いしながらあれこれと朝飯のおかずになりそうなものをピックアップする。
「やっぱり焼鮭は欠かせないな。まあ、あとはいつも通り卵焼きと味噌汁でいいよな。せっかくだしこのべったら漬も出すか」
俺は基本的に朝は和食が好きなので朝飯のメニューの比率は和食と洋食では3:1くらいで和食の比率が高い。
朝だから別に凝ったものを作るわけじゃない。
けどやっぱりさぁ、日本人なら朝は白くてほかほかのご飯と味噌汁ってのが王道だと思うんだよ。
焼鮭に卵焼きに漬物なんかがあったりしたらもう最高だね。
これぞ正しく日本の朝の食卓って感じがするからな。
「さぁて、お仕事お仕事♪」
俺は朝食作りに取り掛かった。
side out
「さてと。そろそろかな」
朝食の準備を滞りなく終えた一夏は時計に目をやるとそっと呟く。
いつも朝食の準備を終えると同時に百春と十秋が狙いすましたかのようなタイミングで入ってくるのだ。
「おはよう一夏」
「ぅあよ~、ふあ~」
「おはよう百春兄、十秋姉」
噂をすれば百春と十秋がキッチンに姿を見せた。
百春は性格柄、朝の準備を全て終えてキチンとスーツ姿で、十秋は朝に弱いのでパジャマ姿で髪もボサボサでだらしなく顔をとろ~んとさせている。
これが織斑家の朝の日常だ。
ん?誰か忘れてるって?
「千冬姉はまだ?」
誰かとはもちろん千冬の事だ。
「あの姉が起きてるわけないだろう」
口の悪い百春のいつもの一言。
これも何度となく繰り返されてきた朝の光景だ。
「じゃあ、俺が起こしてくるよ。十秋姉は早く顔洗ってきたら?」
「うぃ~・・・」
テーブルに突っ伏していた十秋は何やら唸りながら立ち上がる。
「十秋、転ぶなよ」
「あい~・・・」
百春の掛け声に妙な返事しながら十秋はぺたぺたと歩きながら洗面所に向かった。
「俺は千冬姉を起こしてくる」
「ああ」
朝刊を読んでいる百春に一声掛けて一夏は階段を駆け上がって千冬の部屋の前に立った。
(コンコンコン)
「千冬姉~、朝飯できたぞ~。そろそろ起きてくれ~」
「ん~」
呻き声のような千冬の声が聞こえてきた。
「用意して早く降りてきてくれよ~」
「お~」
半覚醒状態の千冬を確認した一夏は1階へ降りていった。
「「「「いただきます」」」」
食事前のあいさつもそこそこに各々が一夏お手製の朝ご飯に箸を伸ばす。
「む?今日の味噌汁は前のとちょっと違うな」
味噌汁を飲んだ百春が味の違いに気付く。
「あ、わかる?またちょっと味噌の配合比率変えてみたんだ」
時期によって赤味噌と白味噌の配合を変える一夏の味噌汁は多様なバリエーションがあり、織斑家の朝の食卓を彩る。
長年の朝食係を担って培った経験がそれを可能にするのであった。
「最初は焼き魚を骨まで焼き尽くしていた奴とは思えんな」
「千冬姉、それいつの話だよ・・・」
一夏とて初めから料理が上手かった訳ではない。
両親の死後、一夏は料理を覚えようとし始めたころはヒドイ有様だったのだ。
それこそ千冬に負けないほどに。
「そういえば、千冬姉さんは昔、料理しようとして2、3回火事を起こしかけたよね」
「十秋、人の過去をほじくり返すな」
「あら、ごめんなさい♪」
訂正、やはり千冬はスケールが違うようだ。
千冬は生前の両親にも台所立ち入り禁止令を出されている。
一時期は千冬も料理を覚えようとしていたのだが結局挫折してしまったのだ。
「というより、最初に人の過去をほじくり返したのはあんたの方だろう」
「ふんっ」
百春の苦言に立場が不利になったと悟ったのか千冬は鼻を鳴らして食事を再開した。
(ってゆーか、千冬姉の場合は基本的にがさつで荒っぽすぎるから料理には向かないんだよな・・・)
「一夏、お前何か失礼なことを考えているだろう」
「べ、別に何も考えてねぇよ・・・」
「ふん、どうだか」
考えていることを見抜かれて内心ヒヤヒヤする一夏を尻目に織斑家の朝の食事は進んでいく。
「そうだ一夏、お前にひとつ言い忘れていた事があった」
「ん?何だ千冬姉?」
朝食の片付けをしていた一夏にスーツに着替えた千冬はお茶を飲みながら告げた。
ちなみに百春と十秋はもう家を出ている。
十秋は日直、百春は早めに行って片付けておきたい仕事があるという。
「先日、ボーデヴィッヒの家から連絡が来てな。近々ラウラが日本を訪れるそうだ」
「え?ラウラが?」
『ラウラ・ボーデヴィッヒ』
生前の織斑家の両親のドイツでの友人である『ボーデヴィッヒ家』のひとり娘で一夏とは同じ歳の少女。
一夏達もドイツを訪れた際にラウラには出会っているので顔見知りである。
彼女は一夏にとって『フィフス幼馴染』でもある。
まあ、実際織斑家は全員彼女から懐かれているので彼らから見れば妹みたいな感じで『織斑家の三女的立ち位置』なのである。
「久しぶりに我々の顔を見に来るそうだ。今月が始まってすぐに連絡が来たのだがテストがあったということもあってお前も私達も忙しかったのでな。それでお前に伝えるのを忘れていた。じゃ、確かに伝えたぞ」
「おう」
藍越学園は先月から今月の頭まで定期テストが行われていた。
日頃から「勉強なんてやってられるかー!!」と豪語する生徒たちもこのイベントが近づいてくるとそれなりに教科書に手を伸ばすものだ。
一夏自身は成績も優秀な方なので事前に復習をしておけばテストで泣きを見ることはないのだが、やはりテスト直前は少しバタバタするものなのだ。
まあ、テスト前の日曜日にデートに出かけておいて説得力はないかもしれないが。
※決して作者がテストの存在を忘れていた訳ではありません。・・・・・ホントですよ?
(でもそれぐらいすぐに伝えてくれてもいいような気がするんだけど?)
一夏はそんな疑問を持ったのだが千冬が気を回してくれたと思って気にしないことにした。
「では、私はもう行くぞ。戸締まりは頼んだぞ」
「はいはい、いってらっしゃい」
千冬は鞄を持って立ち上がると玄関で靴を履いて家をあとにした。
「さて、俺も準備するかな」
織斑一夏の一日が今日も始まるのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アイキャッチしりとり
十秋「良い子の皆さん、6月は祝日が一日も無いのは知っていますか?」
百春「完全に忘れてる人もいるだろうな」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 一夏
「おはよう、一夏」
「お、おう、おはようシャル」
玄関を出るといつものようにシャルと合流する。
普通に挨拶を交わしてから学園への道のりを歩き出す。
この前のデートから1週間近くが経った。
はっきり言って今でもあの別れ際のキスのことを思い出すと意識してしまう。
シャルは「お礼だよ!」って言ってたけど、普通お礼で唇にキスはしないと思う。よくて頬だろう。
あれは俺のファーストキスだったんだから意識するなってのが無理な話なんだが。
結構衝撃的だったのでキスの味なんてわからなかった。レモン味とか言ったやつ出て来い。殴ってやるから。
「い、一夏、どうしたの?」
「へ?な、何が?」
「だ、だって、ずっと僕の顔を見てるから・・・」
「ああ!ご、ごめん・・・」
いかん、ついシャルの顔を凝視してしまっていたらしい。
シャルが顔を真っ赤にして俯いてしまった。
やっぱり俺、意識し過ぎかもしれないなぁ・・・。
あのデートの後からはテストがあったからあんまり考える余裕なかったけど改めて思うとかなり照れ臭い・・・。
「・・・・・」
「・・・・・」
お互いにダンマリの時間が流れる。
ドギマギしながら通学路を歩く俺とシャル。
いかん、間が持たない・・・。
何度か話しかけようと思うのだが、うまく言葉が見つからない。
他愛ない世間話程度でいいのに・・・。
「ねぇ」
「お、おう?」
「テストどうだった?」
「ま、まあまあかな?」
「そっか」
「あ、ああ・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
ああ、俺のバカ・・・。
せっかくシャルから話しかけてくれたのに会話を終わらせてどうする・・・。
どうして普通にできないんだ?
箒や鈴達と一緒にいるときは普通にできるのに・・・。
2人になると、ヘンに意識してしまう・・・。
・・・・・・・・違う、逆だ。
どうして今までは普通にできていたんだろう。
生まれた国は違うし長期の休みの間しか会えなかったけど、シャルとは小さい頃からずっと時間を共にしてきた仲だ。
昔からシャルは俺のそばにいたのに・・・。
「・・・・・」
俺、やっぱり意識し過ぎだ。
これじゃまるで、俺がシャルの事を好きみたいじゃないか。
「?」
ここでふと思った。
俺がシャルの事が好き?
そりゃ、シャルの事を好きか嫌いかで言うなら間違いなく好きだと言える。
でなけりゃ10年近くも親交があったものじゃない。
でもそれをいうなら箒や鈴だってそうだ。
シャルほどじゃないけどあいつらだって長い時間時間を共にしてきた幼馴染(・・・)だ。
こんな風になることなんて今までなかったのに・・・。
ああもうっ!考えてもわからんっ!!
「あ、あのなシャル!!」
「は、はいっ!?」
つい大声で言ってしまってシャルも驚いている。
そうだ。あれはお礼だったんだ。
シャルはあの時確かにそう言ってた。
なのに俺がこんなにドギマギしてても仕方ない。
こんな事でシャルとの関係を俺は壊したくなかった。
ここで尻込みしててもまたお互いダンマリ状態になってしまうのは目に見えてるので勢いで言ってしまおう。
「お、俺さ、き、気にしてないから!」
「えっ?」
そう捲くし立てるように言う。
半ば、自分を納得させるようでもあったが、こういう手段しか俺の頭では思いつかなかった。
「で、でも、な――――――」
何故だかはわからないが、俺の口からは次の言葉が出ていた。
「忘れないでいても、いいか・・・?キ、キスの事・・・」
「・・・・・っ!!」
シャルの息を呑む音が聞こえた。
俺は顔が紅潮するのをハッキリ感じていた。
正直、メッチャ恥ずかしい・・・。
何で俺はこんな事を口にしたのかはわからない。
自然とそう言ってしまったのだ。
言わないといけない気がしたのだ。
「う、うん」
シャルの顔を見ることはできなかったが、シャルはコクッと頷いてくれたようだった。
「ほら、行こうぜ」
「う、うん」
俺達は並んで学園までの通学路を歩き出した。
side out
side ???
今、私は私立藍越学園の前に立っている。
理由は簡単だ。
今度から私もこの学園に通う事になるからだ。
今日は転入の手続きに来たのだが、如何せん早く来すぎてしまった。
実のところ、私はそわそわしていたのだ。
それは今後通うことになる学園に想いを馳せている訳ではなく、ただ早く会いたい人達がいるのだ。
でも今はその会いたい人たちを驚かせたいが為に我慢をしているのだ。
昨日泊まっていたホテルでも落ち着かなくてホテルの外周を走ってマラソンをしてしまったくらいだ。
「でも、それもあと少しの我慢だ!」
もうすぐ会えるのだ!あの方達に!
「さて、転入の手続きとやらを済ませてしまおう。事務室とやらに行けばいいのだな」
私は校舎に向かって歩き出した。
事務室とやらはすぐに見つかった。
本校舎の2階続く階段の上に職員用入り口があり、その前が事務室だった。
「これで手続きは終了です。ようこそ藍越学園へ。ラウラ・ボーデヴィッヒさん」
「うむ」
これにて、私、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』はここの生徒となった。
愛想の良い事務員に迎えられて行った手続きも終わり、やる事がなくなってしまった。
日本での住居は学園の寮となるのだが、荷物が夕方にならないと届かないのだ。
現時刻はまだ8時を回ったところだ。
まだまだ時間はたっぷりある。
「あの、よかったら学園内を見て回って行ったらいかがですか?」
「む?よろしいのか?」
「ええ。まだ授業も始まっていませんし、これから通う学校ですから気になるでしょう?学園に許可は私が取っておきますので。あ、そうそう――――」
「うむ。ならばそうさせてもらおう」
どうせやることもないし事務員の厚意に甘えることにしよう。
さて、どこから回るか?
side out
「学園を回るならこの許可証を持って行ってね。あと30分ほどで朝のHRが始まるのでそれまでにはここに戻って――――――」
事務員が許可証を持って再びラウラに目を向けると、そこにラウラの姿はなかった。
「あ、あれ?ボーデヴィッヒさ~ん??」
ラウラが許可証を持たないで行ってしまったことで、ちょっとした騒動が藍越学園に巻き起こるのであった。