side 一夏
昼休み。
いつものメンバーに今日からラウラが俺達のグループに加わってよりにぎやかに昼食を取っていた。
今ではラウラもすっかりクラスの人気者だ。
その所為か今日はいつもは別のグループで昼食を取っている谷本さん、相川さん、のほほんさん、鷹月さんなどが俺達のグループに入って昼食を取っている。
大勢で食った方が飯も美味いし、やっぱりクラスメイト同士は仲良くするのが一番だよな。
「うむ。このやきそばパンというものは初めて食べたが結構美味いのだな」
ラウラは購買で買ってきたパンを齧っている。
昼の購買の荒波は小柄なラウラには辛いと思ったのだが、そこは持ち前の身軽さを発揮して難なくパンをゲットしたらしい。
「まさか転入して間もないのにやきそばパンをゲットできる猛者(もさ)がいようとはな」
「あの埋め尽くす人の荒波を軽々と突破していくとはボーデヴィッヒさん侮れないな」
同じ購買組の弾と数馬も感心してた。
昼の購買は本当に凄いからなぁ。
まるでデパートのバーゲンセールで獲物に向かっていく奥様方のようだ。
言い表すならそこはまさに戦場だろう。
他人を押しのけ、自分の糧を手に入れようと動く様はまさに人間の本性を垣間見せていると言えよう。
弱肉強食。
まさにそれを具現化したようなその空間だ。
弱き者はその荒波に飲まれ前進することすら許されず、強き者は波に抗い糧を得る。
そう、これぞ学生の戦場って感じだ。
まあ、俺は普段弁当だから購買は滅多に使わないからあんまり関係ないんだけどな。
「そうそう。購買って言えばさ、私の兄が澄空学園に通ってるんだけど―――――」
相川さんが言う澄空学園とは藤川からシカ電で八駅ほど上った先にある澄空にある学校の事だ。
藍越ほどではないがそこも進学校らしい。
「澄学の購買って何かとんでもないパンを売ってるらしいよ」
「とんでもないってどんなのよ?」
鈴が弁当のチャーハンをスプーンで掬いながら訊ねる。
「やきそばパン見てて思い出したんだけど、『やきそばドーナッツ』っていうのがあるみたい」
「や、やきそばドーナッツ・・・?」
シャルが箸を止めて固まった。
「なんか甘いドーナッツの上にやきそばを乗せた凄いパンらしいよ」
「・・・それって美味しいの?」
鷹月さんがサンドイッチを手にしながら訊ねる。
うん。それは俺も気になる。
「兄が言うに、マシな方らしいよ」
「マシって、まだ他にも変なものがあるのか?」
箒も食事を中断して会話に入る。
今日も箒の弁当は豪華で美味そうだ。
「うん、パンにバナナと納豆をはさんだ『バナ納豆パン』っていうのとか、プリンに醤油をかけたウニの味がする『ウニパン』とか、ドリアンの実ををアンコと混ぜた『ドリアンパン』とか他にも色々あるらしいよ」
「「「「「・・・・・・」」」」」
皆絶句してる。
それはそうだ。
本当にそんなパンが実在したらイヤだからだ。
想像しただけで恐ろしいぞ・・・。
「へぇ~、おもしろそうなパンだね~♪」
訂正、のほほんさんだけは平然としていた。
いや待て待て、面白いのか?
そんなパンがあることが面白いのか?
「えっと・・・、その学園ではそんなパンを食べてらっしゃる方がいらっしゃいますの?」
セシリアの疑問も尤もだ。
そんなパンが売れてるのか?
「ううん、全然売れてないんだって。専ら罰ゲームに使われてるらしいよ」
「ダメじゃん!」
谷本さんの鋭いツッコミが入る。
売れてないのになんでそんなパン置いてるんだ?
「なんでもね、購買で働いてる人が趣味で作ってて、それをそこで売ってるみたいよ」
「なんだかわからんが、相当変わり者らしいなその購買で働いてる人は」
俺澄学に進学しなくてよかったと心から思うぞ。
「ためしに今度兄に買ってきてもらおうか?」
「「「「「「「「いや!いいから!!」」」」」」」」
のほほんさん以外が全力で拒否した。
買ってこられてそれを食う破目にでもなったらイヤだから全力で拒否もするだろう。
ってゆーかそんなもの作ってる事自体が食べ物に対する冒涜じゃないのか?
「ちぇ、残念。ちょっと見てみたかったのに・・・」
残念なのかよ相川さん・・・。
っつーかそんなに見てみたいなら自分だけで見てくれよ。
俺達を巻き込まないでくれって。
「もうこの話題は終わりにしよう。ほら、早く食べないと昼休み終わっちゃうよ」
シャルが率先してこの話題を打ち切ろうとする。
さすがシャルだな。
こういう時凄い頼りになる。
シャルの言葉に促されるように俺達は食事を再開した。
side out
昼食もそこそこに食べ終えた一夏達は昼休みの残り時間を雑談しながら過ごしていた。
話は主に欧州組の故郷の話などで会話に華を咲かせていたのだが、和やかな雰囲気が一変する事態がこの後起きた。
「ね、ね、ねぇ~らうっち~、ひとつ訊いていい~?」
「ん?何だ?」
本音がラウラに声を掛けた。
ちなみに「らうっち」とは本音がラウラにに付けたあだ名だ。
「らうっちってどうして眼帯してるの~?」
その言葉を聞いた瞬間、ラウラと一夏の表情が強張った。
この事はクラス全員が気になっていた事だ。
だが、眼帯をしているという事は何か眼に隠したい事があったり、眼の病気を患っている可能性が高いという事だ。
ラウラが訊かれるのを嫌がると思って今まで誰もその事を訊ねてはいなかったのだ。
「ごめんね~。訊いちゃいけないかなぁと思ってたんだけど、ちょっと気になってね~。嫌だったら言わなくていいよ~?」
彼女にも悪気は無いのだ。
本音も無理に訊き出そうとは思ってはいない。
ただちょっと気になったからというだけだ。
「いや、のほほんさん、その事は・・・」
一夏が本音をたしなめようとする。
その事はラウラにとって父親の事以上にデリケートな問題なのだと一夏は理解しているからだ。
「兄様、いい」
「え!?いいのか?」
「ああ。皆は私を受け入れてくれた。なら隠し事はしたくはない」
ラウラの目には決意のようなものが見えた。
一夏も彼女の目を見ると静かに頷いた。
「わかった。お前がそう言うなら」
「すまない兄様」
ラウラはそう言うと眼帯を取り外し始めた。
それを見守る一夏は真剣な表情で、周りのシャルロット達はどこか緊張した面持ちでそれを見ていた。
そしてラウラの眼帯が取り外されて左目が顕になった。
「「「「「「「っ!!」」」」」」」
その左目は右目の赤い瞳とは違い、金色の瞳をしていた。
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アイキャッチしりとり
本音&清香&静寐&癒子「月並みですが何か?」
ラウラ「神様、もう少しだけ」
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オッドアイ。
虹彩異色症(こうさいいしょくしょう)とも呼ばれ、左右の眼で虹彩の色が異なる、もしくは、一方の瞳の虹彩の一部が変色する形質のこと。
ヒトの場合は、先天的な特徴として現れるほか、ワールデンブルグ症候群、まだら症・ぶち症等の遺伝子疾患、後天的にはホルネル症候群、虹彩毛様体炎、緑内障、または、虹彩萎縮や、事故による虹彩の損傷等の要因によって現れる。(ウィキペディアより)
「この通り、私の瞳はオッドアイだ。このオッドアイが原因で私は過去にいくらか嫌な目にもあった。だから普段は眼帯でこれを隠しているんだ。人間は自分とは違うものを受け入れる事を避ける生き物だ。瞳の色が左右で違う。ただそれだけの理由で私は周囲の人間から好奇や嫌悪といった目で見られてきた。それにドイツ軍最高司令官である父を持つという立場もあって、私は色眼鏡で見られる幼少期を過ごしていた。学校へも行かず、友人も作らず、ただ家の中で信用できる者達と過ごすだけ。私はずっと自分の殻に閉じこもる日々を送っていた。この目を見れば誰でも私を怖れた。それが当然の周りの反応だと思っていた。人々からは忌み嫌われ、迫害されるべき対象だった。そして蔑(さげす)まれ、疎まれ、忌避される事にも慣れはじめていたころに私は出会ったんだ」
ラウラは目を一夏に向けた。
その場にいた者は全員一夏に視線を向ける。
「そう。兄様に。織斑家の人達にだ」
この時のラウラの表情は健やかなものだった。
「あれはセシリアと出会って少し経ってからのだったかな」
ラウラに続いて一夏が語りだす。
「外交官をやってた両親に連れられてドイツに行ったときに両親と一緒にボーデヴィッヒ家を訪れたことがあったんだ。うちの親とラウラの親は懇意の関係にあったし滞在中の宿として迎え入れてくれたのがボーデヴィッヒ家だったんだ。そこで初めてラウラと出会った」
一同の視線が再びラウラに向く。
ラウラの表情は相変わらず落ち着いていて健やかだった。
「ラウラの父親によかったら娘の相手になってやってくれって言われてな。まあ、最初は瞳を見たときは驚きもしたけどそんな事はどうでもよかったからな。俺はラウラに話しかけたんだ。幸い、ラウラは家で英才教育を受けてたから日本語もある程度は喋れたからな。俺もドイツ語はちょっと話せたけど日常会話がやっとってくらいのレベルだったし、ラウラ日本語を喋れるのは正直助かったよ」
「でも私は最初は兄様を拒絶した。『どうせこいつも他の奴らと同じだ。ただ父様に頼まれたから話しかけてきただけで心のうちでは私を怖れているに決まってる』と思っていた」
「それで、ある時ラウラが俺に向かってこう言ってきたんだ。『所詮、私はオッドアイ。人々から忌み嫌われ、蔑まれ、迫害されるべき存在だ。例えその理由が非科学的な事であっても、世の中は原因ではなく結果を求める。人とは違う。それだけの理由で私は幼いころからそういった目で見られてきた。貴様にとっても私のような存在と関わるのはデメリットでしかないだろう。だから私に構うな』てさ。ラウラはずっとこうして周りから蔑まれて来た。そしてそれが当然だと、思い込んでしまっていた。それが当然であって、逆らうだけ無駄と。だから、ラウラはそれらを受け入れ、自分の存在を否定している。あの時のラウラの自分自身の存在意義を否定する姿に俺は子供心に胸が苦しむような感覚に陥ったよ。だから俺はなるべくラウラに構うようになったんだ。心を開いてもらえるように色々話しかけてな」
「そんな私は兄様はこう言った。『貴様はなぜ私に構うのだ!?貴様はこの眼を、なぜオッドアイの私を嫌わない!!?』と訊ねた。そうすると兄様はこう言ってくれた。『俺はそんなくだらない理由で君を差別する気はない!確かに君は見た目は他の人と少し違うけど本当にほんの少しだ。そんな理由で君が周りから嫌われるなんておかしいだろ!!』とな。言われた瞬間に衝撃が走った。いままで私を苦しめてきた事をくだらないと言ってきたのだからな」
「だってそうだろ?人を評価するのは外見じゃなくて中身だ。そんなのが人を嫌う理由になんかならないさ」
「その言葉を聞いて私は今までずっと抑えてきた感情が爆発した。涙を流して兄様に抱きついたよ。こんな私を受け入れてくれる人がいる事が嬉しかった。自分なんか生まれてこなければよかったと思った事さえあった。でも兄様は違った。私を暖かく受け入れてくれた。その事が嬉しくてしばらく兄様にしがみついて泣き崩れていたよ」
一同は言葉を失っていた。
ラウラのオッドアイに秘められた過去。
その事実が衝撃的であったからだ。
「まあ、そういうことで俺はラウラに懐かれてな。千冬姉達もラウラがオッドアイだからって差別するような人達じゃないからラウラの事は可愛がってくれたし、ラウラもすぐに千冬姉達に懐いていったな」
「・・・そう、だったんだ」
シャルロットがそう言葉を漏らした。
「らうっち~」
突然、本音がラウラを抱きしめた。
「わっ。何だ突然?」
「ゴメンね。訊いちゃいけないことだったね~」
本音の表情はいつもののほほんとした感じではなく、申し訳なさを表していた。
「でも~、私はらうっちの目は綺麗だし可愛いと思うよ~」
「うん、それは私もそう思う」
本音の言葉に癒子が賛同する。
「そうね。むしろチャームポイントだと思うけど」
「神秘的にも見えて凄くカッコイイとも思うよ」
静寐と清香も同意見だった。
「うん。僕もそうだと思うよ」
「ああ。悪く言う奴らは勝手な事を言っているだけの愚か者だ」
「外見だけで人を判断する器の狭い人間なんて気にする必要はないわ」
「わたくしもあなたの瞳は美しいと思いますわ。それが忌み嫌われる理由になるなんて理解できませんわ」
「そうだな。理解できない」
「うん。だから気にすることなんてないさ」
シャルロット、箒、鈴、セシリア、弾、数馬もラウラのオッドアイを怖れたりはしない。
むしろ、一同はラウラのオッドアイを「綺麗」や「カッコイイ」とさえ言っている。
その言葉がラウラは嬉しかった。
本音に抱きしめられながらラウラは瞳を潤ませる。
泣き出しそうになるのをギュッと我慢しているようだった。
「ラウラ、お前にはこんなにも大勢の味方がいるんだ。もちろんここにいる奴らだけじゃない。俺や千冬姉や百春兄や十秋姉、ボーデヴィッヒ家の人達だってそうだ。確かにお前には今まで敵が多かったのかもしれない。でもこれからは味方もたくさんいる。お前はもう苦しむことなんてないんだ」
最後の一夏の言葉にラウラはとうとう我慢ができなくなり、声を押し殺して泣き始めた。
他の面々も少し目を潤ませながらもその状況を暖かく見守っている。
一夏も安心した表情でラウラを見守っていた。
「だから、ラウラ」
一夏がラウラのそばに寄る。
ラウラは小さく泣きながらも一夏の顔を見上げた。
「ようこそ藍越学園へ。ここはもうお前の居場所だ」
ポンッとラウラの頭に手を載せて撫でる一夏。
この時の一夏は本当に妹をあやす兄のようであった。
「っ!!・・・あり・・・が・・・とうっ」
精一杯の感謝を込めてラウラは泣くのを押し殺してそう言った。
長い年月の中、ラウラを苦しめ続けたオッドアイの呪縛はようやく彼女から解き放たれた。
この瞬間にラウラは本当の意味で藍越学園の仲間になったのかもしれない。
「ふう。もう五限目が始まる時間なんだが、仕方ない。少しだけ待ってやるか」
教室の外で授業をしにやってきた千冬がため息をつきながらも少しだけ笑みを浮かべながら窓の外を見ていた。
おまけ
「そういえばさ、何でラウラって一夏や千冬さん達のこと「兄様」や「姉様」ってよぶようになったの?」
寮の一室でシャルロットとラウラが談笑をしているとシャルロットからそんな質問が出た。
「ああ、それはな、一夏兄様達が私を受け入れてくれた後に専属メイドのクラリッサから言われたのだ。『お嬢様にあれほどの慈愛をお与えになるのは一種の家族愛に近いかもかもしれません!日本では「妹萌え」というものが存在すると聞きます。泣きじゃくった妹をあやす兄。まさにその時のお嬢様はその「妹萌え」にピッタリな感じです!!』って言われてな。それで私は兄様達の妹になろうと思ったのだ。だから次の日からそう呼ぶようにしたのだ」
「そ、そうなんだ・・・」
「うむ」
「妹萌え」を若干勘違いしている感は拭えないのであった。