第五十三話 千冬に愛を込めて
織斑千冬。
国内有数の進学校である私立藍越学園の世界史教師。
また、両親不在の織斑家を家長として支えてきた苦労人でもある。
その為、教師として非常に厳しく、規則・校則を破った生徒には容赦なく処罰を下すなど一部の生徒からは恐れられているが、それと同時に類まれな美貌を持ち、文武両道を兼ね備えたその人柄から彼女に憧れを抱く者は多い。
その反面、「家事ダメ、酒好き、がさつ」など女性としては致命的な欠点も多い。
その実体を知るのは織斑家と一部の人間だけである。
今回はその織斑千冬のお話です。
side 千冬
「ん~~~、朝か・・・・」
朝。
カーテンの隙間から差し込む光に当てられて私は目を覚ました。
この瞬間だけは太陽の奴が大変憎らしい。
「ふぅ~。夕べは寝る前に少し飲んでしまったからなぁ・・・。身体が少しダルイ・・・」
昨日は誘惑に負けて寝る前に酒を飲んでしまったので身体が布団から出るのを拒否する。
誠に遺憾ながら私は寝起きが悪い。
朝は布団の誘惑との戦いが春夏秋冬に関係なく辛い。
すんなりと起きれる一夏や百春が信じられんくらいだ。
(コンコンッ)
「千冬姉~、朝飯できたぞ~。そろそろ起きてくれ~」
「ん~」
どうやら一夏が起こしに来たらしい。
私は唸り声のような返事を返した。
「起きた?じゃあ、下降りてるから早く準備して降りてきてくれよ~」
「お~」
パタパタとという足音が遠ざかっていった。
「むぅ~、起きな・・・ければ・・・」
気力を振り絞って私は頭と身体に覚醒を促す。
「おきな・・・けれ・・・ば・・・zzzzz」
しかし、私の意識はそこで途切れた。
「ハッ!!」
私はハッと布団から起き上がった。
どうやら誘惑に負けて二度寝を決め込んでしまったらしい。
「い、今は何時だ!?」
急いで時計を確認する。
AM7:15
「これはマズイ・・・」
まだ一応仕事には間に合う時間だが急がなければいけない時間だった。
私は急いで着替えて1階へと降りた。
「あ、やっと起きてきた」
「おはよう千冬姉」
「・・・・・」
私の家族である3人が食卓を囲みながら私の方に目を向ける。
妹の十秋は飯を食いながら、次弟の一夏はお茶を飲みながら、長弟の百春は新聞紙を読んでいたが目だけを一瞬こっちに向けてからまた視線を新聞紙に戻した。
「何で起こさなかったんだ!?」
私は少し強い口調で一夏にそう言った。
「えっ?俺はさっき起こしに行ったぞ。そのときに千冬姉も返事したじゃん」
む・・・、確かにそうだが・・・。
「だったら部屋に入ってきて起こせ」
「前にそれやったら物凄い怒ったじゃないか」
「・・・、なら入らなくてもドアから顔だけ覗かせて起こせ」
「前にそれやった時は勝手に人の部屋をドアを開けるなって言われたけど?」
「・・・・・」
くっ、言い返せないぞ・・・。
「千冬姉さんの負けね」
「元々自分で起きないのが悪い」
十秋に百春も一夏側だ。
このままでは私の普段の生活態度についての弾劾タイムに突入しかねん。
時間もないのでそれは絶対避けたい。
「一夏、とにかく飯をよこせ」
「へ?お、おう」
「逃げたな」
「逃げたね」
うるさいなぁ・・・・。
時間も無いからっさと飯を済ませてしまおうと思っただけだ。
おっ、今朝の味噌汁はなめこか。
私の好きな具材にしてくれるとは一夏のやつわかっているじゃないか。
「織斑先生、おはようございます」
「ああ、おはよう山田先生」
朝の職員室。
入室した私に挨拶をしてきたのは山田真耶先生だ。
真耶は中学時代から可愛がってきた後輩で私の受け持つ一年一組の副担任でもあるので教員達の中でも特に親しい相手だ。
まあ、公私の区別はちゃんとつけなくてはならないので私も真耶も学校では教師としてお互い接している。
「織斑先生、ちょっと髪の毛が乱れていますよ」
「む?そうか?今日少し寝坊してしまってな」
「織斑先生が珍しいですね。織斑くん達は起こしてくれなかったんですか?」
「いや、起こしてもらったんだが私が二度寝をしてしまってな」
「まあ、そうなんですか」
真耶は少しクスクスと笑う。
こいつも私のプライベートを知っている人間なので隠す必要は無いが笑われるのは少し腹が立つ。
「山田先生、少し鼻毛が出ているぞ」
「ふえっ!?」
真耶は慌てて鼻を押さえる。
もちろん鼻毛など出てはいない。
「エチケットだぞ。化粧室で確認して来い」
「は、はいっ!」
猛スピードで真耶は職員室を後にして化粧室へ向かっていった。
「さて、そろそろ朝の職員会議の時間だな」
山田先生、遅刻はいけませんよ。
(キーンコーンカーンコーン)
「では、今回の授業はここまでだ。日直、号令」
「起立!礼!」
午前の授業が終わった。
今日は土曜日で半日授業なので本日の授業はこれでお終いだ。
さっさと仕事を終わらせてゆっくりしたいものだ。
「あ、あの、織斑先生」
「ん?」
先ほどまで授業をしていた教室を後にするとその教室からひとりの女子生徒が出てきて呼び止められた。
「どうした?何か用か?」
「あ、はい、えっと、ちょっとご相談したいことがあるんです・・・」
「相談?私にか?」
「は、はい」
う~む?
別に私はこいつのクラスの担任という訳ではないのだがなぁ。
自分の担任ではなく私に相談を持ち掛けるとは何か訳有りなのかもしれないな。
まあ、生徒の相談に乗るのも教師の務めか。
「わかった。なら放課後に職員室まで来い。話を聞いてやる」
「は、はい。ありがとうございます!」
「では、あとでな」
私は踵を返して職員室に向かった。
はてさて、何を相談されるのやら。
side out
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アイキャッチしりとり
真耶「毛なんて出てなかったじゃないですか!」
千冬「からかっただけだ。気にするな」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 千冬
「何?私のようになりたいだと?」
「は、はい!」
放課後に先ほどの女子生徒が職員室までやってきて私は相談を受ける事となった。
何か人に聞かれたくない内容らしかったので誰もいない空き教室を利用する事にした。
相談された内容は聞いての通り、その女子生徒は私のようになりたいと言ってきた。
「織斑先生は美人でスタイルも良くて、知的でスポーツも万能なので男性だけでなくて女性にとっても憧れの的です」
こいつ何やらうっとりした目でこちらを見ているな。
どうも私は学生の頃から同性にやたら人気があったからな・・・。
以前に本気で「お姉さまと呼ばせてください!」という輩が現れたときは苦労したものだ。
私を姉と呼ぶ者はもう充分いるから正直勘弁して欲しかったんだがな。
「私は地味な人間なので織斑先生は正に理想の女性なんです。だから私も織斑先生のような素敵な女性になりたいんです。どうしたら織斑先生のような完璧な女性になれますか?」
ふむ、自分を地味だと来たか。
まあ、言っちゃ悪いがこいつは確かに目立つタイプの女子には見えないな。
髪はお下げでメガネを掛けているので典型的な地味っ娘というやうだろうか?
しかしこいつ、私を完璧と来たか。
何か私に幻想を抱いていそうだな。
「言っておくが、完璧な人間などどこにも居ないぞ。お前は私を完璧だと思っているようだが、私とて苦手なものや得意で無い事だってある。第一、そんな人間がいたら気持ち悪いだろう」
「は、はぁ・・・」
何か納得していなさそうだな。
まあ、私は自分の欠点を晒さないように振舞っているから他者からはそう見えるのかもしれないな。
「で、でも、先生のような女性なら異性にもモテますよね?私もそんな人なりたいと―――――」
「あー、待て」
私は手をかざして言葉を遮った。
「言っておくがな、モテるようになってもあまり碌な事はないぞ」
「え?」
「確かにお前の言う『美人』とやらは男にモテるだろう。だが、だからといって『良い男』にモテるというわけではない」
女子生徒は少し目を伏せる。
「で、でも・・・、私は地味な人間なので・・・」
どうにも卑屈な奴だな。
相当自分の容姿にコンプレックスがあるらしいな。
しかし、このような相談をしてくるという事は――――
「お前、もしかして好きな男がいるのか?」
「えっ!?」
顔を赤くして慌てた様子なので恐らく正解だろう。
このような反応はシャルロットやら箒やらで見慣れているからすぐにわかった。
「そいつの気を引きたいから『美人』になりたいと思って私に相談を持ち掛けて来た。違うか?」
「・・・・・・」
恥ずかしそうに顔を伏せている。
まあ、図星だろう。
「仮にお前がその『美人』になってそいつの気を引けたとしてもそんなのは所詮は外見に釣られて寄って来るだけだ。少なくとも私はそんな男なんぞ真っ平御免だ」
「は、はぁ」
「モテるというのは不特定多数の異性に好かれるという事だ。外見ばかり気にしてないで先ずは中身を磨け。そうして自分の気持ちを素直にぶつけてみろ。その方が相手にもちゃんと通じるはずだ」
「は、はい」
「わかったか。それなら話はこれで終わりだ。これでも私は忙しい」
「わ、わかりました。ご相談に乗ってくれてありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて女子生徒は空き教室を出て行った。
あれで納得したかどうかはわからんが、私は自分の考えをそのまま伝えただけだ。
それを聞いてどうするかはあいつ次第だろう。
side out
「さて、仕事も終わった事だ。今日はさっさと家に帰るとしよう」
仕事を片付けた千冬は職員室に残っている先生達に一言告げてから学校をあとにした。
来月には林間学校、それが終わったら期末試験も待っているので忙しくなる。
この週末は身体を休めておきたいところだった。
伸びをしながら家路を歩いていると――――
「ねぇ~、カノジョ~♪お暇~?一緒にお茶でもしない~?」
(・・・・、なんだこのゴミは?)
わかりやすく言えばナンパだ。
男はチャラチャラした格好で手には炭酸飲料が入ったビンを持っていてそれをグビッっと一回飲む。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・、0点だな」
「ぶぅぅー!はへ!?」
突然の0点発言に男は飲んでいた炭酸飲料を噴出して驚きの声を上げる。
「今までお前のような輩に絡まれたことは何度かあるが、その中でも最低ランクだ。生憎私はお前のような奴に付き合う気は微塵も無い。帰れ」
「まあまあ、そんな事言わずに遊ぼうよ~♪」
(チッ、どうやら口で言ってもわからないようだな)
千冬は男が持っていた炭酸飲料が入ったビンを目の高さまで持ち上げさせた。
「?」
「動かすなよ」
半歩後ろに下がってビンに向かって手刀を一閃。
(シュッ!)
するとビンは真ん中で真っ二つになった。
真っ二つにされたビンの上の部分が道路に転げ落ちて、残った下の部分はジュワワワッっと炭酸があふれ出して男の手を汚した。
「は?うえぇ!!!??」
男の顔が驚愕に染まる。
「次はお前の顔がこうなることになるぞ。それが嫌だったらさっさと消えろ」
容赦無い言葉を浴びせる千冬。
男は驚愕から恐怖に変わった表情で後退りをした。
「あ、ああ、わぁぁ~!鬼婆だぁーーー!!」
情けない悲鳴を上げてその場から逃げていった。
「ふん、二度と顔を見せるな!」
逃げる男の背中に千冬はそう言葉を叩き付けた。
side 千冬
「なるほど。それは災難だったな」
「ふん、男はああいう軟弱者ばかりで困る」
とっぷりと日も暮れた夜。
私は百春と久しぶりにサシで飲んでいた。
今は帰り道で出会ったあのゴミ男の愚痴を聞かせていたところだ。
「一夏ー、つまみがもう切れたぞー。追加はまだかー?」
「はいはい!今できるからちょっと待ってくれよー!」
キッチンでは一夏がつまみを用意していた。
十秋は風呂に入っている。
「まったく・・・、仕事が終わって疲れて帰ってきたら酒に付き合わされるとはな」
「なんだ?姉弟とはいえ私のような女とサシで飲めるなんて幸運なんだぞ」
「悪いが、俺にとっては幸運じゃなくて不運だ。第一あんたの顔なんてもうとっくに見飽きてる」
「なに?私の顔は三日で飽きると言うのか?」
「全然違う」
容赦なく、きっぱりと否定して百春はビールを口に運んだ。
「だいたい、あんた最近酒量が増えていってるんだぞ。ほどほどにしておけ」
「うるさい。昼に飲まなくなっただけマシだろうが」
「自慢になるか、そんなもの」
「はいはい、ケンカはそこまで。ほら、追加のつまみできたぞ」
一夏がキッチンから追加のつまみを持ってきた。
テーブルの上に並べると一夏もコップを取り出して私の隣に座りテーブルに着いた。
「なんだ?お前も飲むのか?」
「おいおい、俺は未成年だぞ。酒じゃなくてジュースでも飲むよ」
一夏はジュースをコップに注ぐと用意したつまみに手を伸ばして食い始めた。
量が結構多いのはどうやら自分も食うからだったようだな。
だから少し時間が掛かったのか。
「珍しいな。お前からこっちの輪に入ってくるとは」
「まあいいじゃん、たまにはさ。あ、これ自信作なんだよ。食ってみてくれ」
そう言って一夏はつまみを勧めてくる。
ふむ、どれ?自信作とやらを味わってみるか。
「あら?何だか楽しそうだね」
風呂から上がった十秋がやって来た。
風呂上りなので少し上気した顔でかすかにシャンプーの匂いがした。
十秋愛用のアーブレイオルガニコのカモマイルハーブシャンプーの匂いだろう。
「十秋姉も飲むか?ジュースだけど」
「うん。じゃあ貰おうかな」
「わかった。コップ持ってくるよ」
「そう?助かるよ」
一夏がコップを取りに行き、十秋が百春の隣に座る。
こうしてると四兄弟全員集合だな。
「はい十秋姉」
「ありがとう一夏♪」
一夏はこういう気遣いがさりげなくできるやつだからシャルロットや箒から好意を持たれるんだと思うな。
まあ、こいつは鈍感だからそれに気付いてはいない。
釣った魚に餌をやらんタイプだな。
「そういえば、4人でこうやって夜食を取るのって随分久しぶりだよね~」
十秋がそう言ってくる。
まあ、私もさっきそう思っていたところだがな。
「そういえばそうだな。GWのときはシャルロットがいたし。兄弟4人だけでこうして夜食を食うのは久しぶりだ」
別に4人が揃う時間が無い訳ではない。
朝食と夕食は4人揃って食うのが常だ。
だが、改めてこうして4人でテーブルを囲んで夜食をいただくのは随分久しぶりだな。
「夜食なんて食うと太るがな」
「百春兄さんそれは言わない約束だよ~」
「まあ、お前は ある部分(・・・・)だけは太らんがな」(ボソッ)
「千冬姉さ~ん♪何か言ったかなぁ?」
「いや別に」
「うん、自信作なだけあって上手くできたなぁ」
会話もそこそこに4兄弟水入らずの夜食タイムは続いていった。
side out
時計の針は天辺を過ぎ、時間も深夜と呼べる深い時間となった。
「zzzzzzzzzz」
「千冬姉さん寝ちゃったね」
あれから織斑4兄弟は夜食に舌鼓をうちながらもトークに華を咲かせていた。
時間も深夜となり酒も入っていた千冬はそのまま寝落ちしてしまったという訳だ。
「もう時間も時間だ。そろそろ終いにして寝るか」
「そうだな。明日は休みだけどダラダラするのはよくないしな」
「じゃ、あたしはテーブル片付けちゃうね」
「一夏、お前はこの姉を部屋まで運んでおけ。俺は片付けを手伝う」
「わかった」
百春と十秋は片付けを、一夏は寝てしまった千冬を部屋まで運ぶことになった。
この辺の役割分担はの早さは兄弟の成せるところだ。
「ほら、千冬姉。部屋に行くよ」
「ん~・・・・」
一夏は千冬をおんぶして千冬の部屋に向かう。
なるべく乱暴にならないように持ち上げる。
それでも千冬はぐっすりだ。
「よっ、と」
部屋に到着し、一夏はベッドの上に千冬を寝かせて掛け布団を掛けてやる。
「・・・う~ん・・・、父さん・・・、母さん・・・」
「えっ?」
一夏は確かにそれを聞いた。
寝言であろうが、今確かに千冬が萬月と四季の事を呼んだ。
見ると少しだけ目から光るものが流れていた。
(千冬姉・・・・)
千冬は5年前に萬月と四季のふたりを亡くしてから織斑家の家長として4兄弟を支えてきた。
まだ小学生だった十秋と一夏、大学へ進学をしようとしていた百春。
やりたい事も我慢し、ただ家族の為にと働き続けてきた。
でもこのような弱々しいところを見せたことは一度もなかった。
「千冬姉、ありがとうな」
先ほどの寝言を聞いたからかもしれない。
寝ている千冬に一夏は感謝の言葉を告げる。
一夏はいつも千冬に感謝しているがこの日は特にその気持ちが強かった。
もちろん、日頃感謝しているのは一夏だけではない。
十秋だって、百春だってそうだ。
親との死別を理由に進学を諦めようとしていた百春を説得して大学に進学させたのは何を隠そう千冬だった。
学費だってバカにならないのに千冬は働いて働いてそれを払っていた。
百春は普段はぶっきらぼうで千冬に対してはキツイ態度を取る事が多いが、その事には多大な感謝の念を抱いている。
ただ、普段は態度に出していないだけだ。
十秋も両親の死後、塞ぎ込んでいた時期があった。
食事も取らず、ただ部屋に閉じこもっているだけの日々を送っていた事があった。
それを慰めて立ち直らせたのも千冬だった。
一夏だって親の死を受け入れられずに暗い日々を送っていた時期があった。
そんなふたりを千冬は支え続けきたのだ。
間違いなく家長として千冬はこの織斑家を守り続けてきた。
だから一夏は他のふたりの分もこめて寝ている千冬に感謝の言葉を掛けた。
「おやすみ、千冬姉」
一夏は千冬の頭を少し撫でてから部屋を後にした。
「・・・・・、ふふふっ♪」
一夏が部屋をあとにすると千冬はまるで子供のような笑顔を浮かべていた。
きっと良い夢を見ているにことであろう。
幸福な夢を見ながら千冬の夜は過ぎていったのだった。