このお話は一夏達が藍越学園に入学する以前のバレンタインのお話です。
バレンタイン数日前 フランス・デュノア邸
「う~ん・・・」
「シャルロット~?、そろそろ決着ついた~?」
キッチンでう~んと唸っている娘に『カトリーヌ・デュノア』はキッチンを覗き込みながら、シャルロットに声を掛けた。
「う~ん、もうちょっと・・・」
「もう3時間はキッチンを占領してるわよ。お母さん、いい加減に夕食の用意したいんだけど?」
長時間台所を娘に占領されていて夕食の準備ができないカトリーヌはやや呆れた様子だ。
「ごめん。今日は何かデリバリーを頼んで」
母の呆れの声にも気付かずにシャルロットは鍋をゆっくりとかき混ぜている。
挙句、夕食はデリバリーにして欲しいという注文を付ける。
「あ~、はいはい、わかったわ。ま、せいぜい頑張りなさい」
「うん」
ただ今、カトリーヌのひとり娘のシャルロットがキッチンで手作りチョコを絶賛作成中だ。
その気合の入りようは半端なものではなく、カトリーヌはしばし気圧されたくらいだ。
よくもまぁそれだけ集中力が続くものだと感心する。
娘の有様に嘆息し、ひらひらと手を振ってその場を去るカトリーヌ。
だが決して悪い気はしない、これでも娘の恋路は応援しているつもりだから。
シャルロットがここまで熱心に手作りチョコを作っているのはもちろん、大好きな人に愛情たっぷりのチョコレートを送る為だ。
そのお相手はもちろん、彼女の幼馴染の織斑一夏である。
もっとも、本来フランスではバレンタインにチョコを贈る習慣はあまりない。
だが、そこは親日家のシャルロット。
想い人が日本人ともなれば日本の習慣に合わせてチョコレートを贈ろうとこうしてチョコ作りに励んでいた。
「一夏、喜んでくれるよね?」
遠い異国の地にいる幼馴染の喜んでくれる顔を想像する。
笑顔でチョコを食べてくれる一夏を想像するだけで心が弾んでくる。
残念ながら作ったチョコは当日に間に合うように航空便で日本の織斑家に送るので直接渡す事はできない。
でもその分愛情はたっぷりと込めて手作りチョコを作っている。
できることなら自分が抱いているこの気持ちに気付いてもらいたい。
『シャルロット・デュノアは織斑一夏が大好きです』
慌てず、優しく、『大好き』という想いを込めて鍋をかき混ぜる。
その想いが彼女の作るチョコレートを形作る。
彼女にとって、共に笑い、共に泣き、共に遊んだ一夏の存在は決して小さなものではない。
自分を心から笑顔にしてくれる本当に大切な人なのだ。
シャルロットは本当に幼い頃から一夏のことが好きなのだ。
この想いは、もはや誰にも止められないのだ。
「待っててね一夏♪」
大好きな人の想いを胸に、シャルロットはチョコ作りに励むのであった。
「ただいま~。うおっ!?凄いチョコの匂いがするね・・・」
仕事を終えて帰宅した『ダニエル・デュノア』がチョコの匂いに驚いていた。
「おかえりなさい。シャルロットがキッチンでチョコ作ってるから」
ダニエルを出迎えたカトリーヌが匂いの原因を説明する。
「おお、そうか。やっぱり贈る相手は一夏くんかな?」
「十中八九間違いないでしょ。一夏くんも果報者よね」
「ふたりが本当にくっついてくれると私達も嬉しいんだがね」
「それはあの子次第でしょう。私達は黙って見守っていましょう」
「そうだな」
デュノア夫妻はキッチンでチョコを作っている愛娘の背中を見つめながら微笑んでいた。
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アイキャッチしりとり
カトリーヌ「手作りチョコ!バッチグー♪」
ダニエル「グゥレイトッ!」
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バレンタイン当日 日本・織斑家
この日はバレンタインという事もあって、女子にモテる(本人は無自覚)一夏は多くの女子からチョコを貰っていた。
家族の十秋や千冬(千冬は市販のチョコ)、幼馴染の箒や鈴はもちろんのこと、悪友である弾の妹である蘭、クラスメイトの女子、先輩や後輩からなどなど。
この日にチョコを貰えるのは男子にとってはやはり嬉しかったりする。
が、彼は持ち前の鈍感を発揮して、いくつか本命チョコを贈られているにもかかわらず当の一夏は
「義理でもやっぱり貰えるのは嬉しいもんだな」
これである・・・。
特に箒と蘭は本命チョコなのに気付かれていないのである。
憐れだ。
「しかし、箒や鈴や蘭はまだわかるけど、何で他の女子たちは義理とはいえ俺なんかにチョコくれるんだろうな?」
名前もわからない女子達のも憐れであった。
※一応、本作の一夏は原作ほど鈍感ではありませんが、あくまで
「ん、箒のチョコは甘さ控えめのビターで鈴のはほど良い甘さだな。どっちもうまいな」
自室に戻って部屋着に着替えた一夏はまず箒と鈴から貰ったチョコだけを開けて食べていた。
貰ったチョコの量がそれなりにあるのでまずは特に親しい人から貰ったチョコから食べていこうと一夏は判断したのだ。
「蘭のはちょっと形がいびつだな。まあ、それはそれで可愛げがあるな」
3つのチョコをありがたく味わいながら一夏はお礼のホワイトデーは奮発してやろうと心に決めていた。
「さて、晩飯の用意でもするか」
3つのチョコを食べ終えた一夏はそのままキッチンに行き夕飯の準備を始める。
まだ一夏以外は帰宅しておらず、千冬は仕事、百春は大学で講義、十秋は高校からまだ帰ってきていない。
食事を作るのは十秋と一夏の担当で十秋はまだ帰ってきていないので必然的に夕飯の準備は一夏の役目となる。
一夏は冷蔵庫の中身を吟味しつつ今晩のメニューを考えていると
(ピンポーン)
「ん?」
「すみませーん。お届け物でーす」
何やら宅配便が届いたようだ。
一夏は判子を片手に玄関へと向かい、伝票に判子を押して宅配便を受け取った。
「お、シャルの家からだ」
伝票の送り主のところにはフランス語で書かれた文字が並んでいた。
宛先には一夏の名前が記されている。
早速一夏は届けられた包みを開けてみる。
「お?これは・・・」
綺麗に包装され、赤いリボンでラッピングされたそれは誰が見てもチョコレートだった。
そしてそれにはメッセージカードが添えられていた。
一夏はそれに目を通す。
『A cher vous Je lui donne le chocolat cordial Charlotte(親愛なるあなたへ 心を込めたチョコレートを贈ります シャルロットより)』
メッセージカードにはそう書かれていた。
「シャル・・・、ありがとうな♪」
心温まるような感覚を受けながら一夏はシャルロットの手作りチョコを口にした。
「うん、美味い♪」
そのチョコレートは一夏にはどのチョコレートよりも美味しく感じられたのだった。