ようこそ藍越学園へ   作:TAKUMAKI?

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第五十七話 rainy days

1、夏服チェンジと入梅

 

「やっと衣替えの時期が来たなぁ」

 

朝のHR前、夏服の制服を身に着けた数馬がしみじみと語る。

6月も半ばに入り、藍越学園にも衣替えの時期がやってきたのだった。

 

藍越学園の制服は冬服は藍色のブレザーに男子は象牙色(ぞうげいろ)のズボン、女子は同色のスカート。胸元にはそれぞれの学年に合わせたネクタイとリボンというデザインである。夏服の場合は、半袖のYシャツにブラウス、男子は夏服用の藍色のズボン、女子は同色のスカートを身に着けることになる。

 

「そうだな。さすがにそろそろ冬服だと暑くなってきたもんなぁ」

 

弾もそれに同意するように言う。

このふたりは普段朝のHR前は一夏と駄弁っているのが常だが今一夏はシャルロット、箒、セシリア、ラウラと談笑中のため遠慮しているのだった。

 

「そうね。日本の夏はムシムシしてホント嫌になるくらいだしね」

 

窓の外を見ていたふたりに数馬の後ろの席に座る鈴が応答するように口を開く。

その様子はちょっと気だるそうだ。

それもそのはず。鈴は暑いのが嫌いなのだ。

鈴はほとんど日本に帰化しているようなものだが本来は中国人なので、日本の夏は体質に合わないらしく昔から夏が近づいてくるとこのように気だるそうにしているのが常なのである。

 

「そう言う割りにお前サマーセーターなんて着て、暑くないのか?」

 

数馬の言うとおり、鈴はブラウスの上からサマーセーターを羽織っている。

 

「あのね、女ってのはファッションのためならその辺は二の次なのよ。その証拠に女子はほとんどサマーセーター着てるじゃない」

 

数馬と弾が教室を見渡すと女子の大半がサマーセーターを着込んでいる。

着ていないのはラウラと清香と夏海の3人くらいだった。

 

「この時期はすごく暑くなったと思えば急に冷えるときもあるから困るのよね。そうなったときの処置って意味もあるけどね」

 

「まあ、雨とか降るとまだ寒かったりするよな」

 

3人は窓の外を見る。

今のところ雨は降っていないが空は曇っていて今にも振り出しそうな天気だった。

 

「あ、降ってきたぞ」

 

「え!?うそ!?」

 

窓の外を見るとポツポツと雨が降り出していた。

 

「天気予報じゃ降水確率10%って言ってたのに。当てにならない気象予報士ねぇ・・・。それにしても困ったわ。あたし傘持ってきてないのよ・・・」

 

「置き傘とか折り畳傘とか用意していないのか?」

 

「置き傘はパクられるからやってないし、折り畳み傘なんて持ち歩くの面倒だから普段から持ち歩いてないわよ」

 

「置き傘はともかく、女子なら普通それくらい備えてるもんなんじゃないのか?」

 

「うるさいわねぇ。そう言うあんた達は傘あるわけ?」

 

「俺は鞄にいつも折り畳み傘入れてるし」←数馬

 

「俺は置き傘あるから」←弾

 

「むぅ・・・」

 

何か納得いかなそうな表情を浮かべる鈴。

が、何か思いついたような表情を浮かべる。

 

「ならあんた達の傘どっちかあたしに貸しなさいよ」

 

「「なんでだよ!?」」

 

「男子なら濡れて帰りなさいよ。女と違ってブラとか透ける心配ないでしょーが」

 

「お前・・・、女子がそういうこと堂々と言うなよ・・・」

 

「女なら少しは恥じらいを持てよ」と数馬がツッコむ。

 

「まあ、透けたところで鈴の体型じゃ――――――」

 

(ゲシッ!!)

 

「あぎゃぁ!!」

 

鈴が弾の脛を思いっきり蹴り上げた。

 

「人の身体的特徴で貶す奴はモテないわよ?」

 

「君は本当にバカだな、弾くん」

 

蹴られた脛を涙目で押さえながら蹲る弾に鈴と数馬は容赦の無い口撃を浴びせる。

 

「おい、そろそろ朝のSHRが始まる時間だぞ。―――――ん?どうしたんだ五反田?そんなところで蹲って?」

 

席が数馬の隣である箒が一夏達との談笑を終えて席に戻って来ると脛を押さえて蹲っている弾に視線を向ける。

 

「い、いや、なんでもない・・・。俺、自分の席に戻るわ・・・」

 

弾は脛を押さえてトボトボと席に戻って行った。

 

「なんなのだ?」

 

「「さあね」」

 

ふたりの言葉に首を傾げる箒だが弾のことなのでと気にしないことにした。

 

「しかし、梅雨か」

 

「梅雨だな」

 

「梅雨よねぇ」

 

席が近い3人はそのまま窓の外を見ながらそうポツリと呟いたのであった。

 

 

ちなみに弾の置き傘は失言のお詫びとしてそのまま鈴に使われてしまいましたとさ。

 

ん?弾はどうしたって?

もちろん濡れて帰ったよ。

 

 

 

2、変わらないもの

 

藍越学園の剣道場にてひとり正座をしながら瞠目するひとりの少女の姿がある。

彼女の名は篠ノ之箒。

 

「・・・・・・・・・」

 

目を閉じ座るその姿はとても落ち着きを孕んでいてる。

 

「・・・・・・・・・」

 

無言で目を見開き、スクリと立ち上がり正面に竹刀を構える。

そしてゆっくりと竹刀を振り上げて、そのまま振り下ろす。

 

「ハッ!」

 

立ち上がりから竹刀を構え、振り上げ、振り下ろす。

その流れに一切の無駄はなく、神々しいとも呼べるほど美しい動作だった。

 

「ハッ!ハッ!ハッ!」

 

そのまま打ち込みを繰り返す。

今まで何万回、何億回と竹刀を振り続けてきた彼女は息をするのと同じくらいに竹刀を振ることは自然となっているのであった。

 

「ふぅ・・・」

 

打ち込みを終えた箒はタオルで顔を拭って用意していたスポーツドリンクを口にする。

一夏同様、少しぬるめのスポーツドリンクは運動後熱を持った身体に冷たい液体を流し込む事で身体にダメージを与えることをしないためである。

知らず知らずの内に影響を受けたのか箒もそれをするようになっていた。

もちろんがぶ飲みもしない。

 

「最近、一夏とふたりでいることがないな・・・」

 

心の内を吐露するように箒がポツリと呟いた。

そうなのだ。

箒は最近一夏とふたりきりになる事が全くないのだ。

登下校時や昼休みはシャルロットをはじめ、鈴やラウラやセシリアといったメンバーがいるし、箒自身も放課後は今のように剣道部に顔を出していたりする。

休日も何だかんだで実家の神社の手伝いや剣道の稽古やらで一夏と一緒に時間を過ごす事が少ない。

箒自身ももっと積極的に一夏との時間を作らなければと思うのだが、彼女は生来の不器用さ故にそれが中々できないでいた。

その不器用さ故にいつもシャルロットから一歩遅れてしまう。

そんな自分が箒は嫌いだった。

 

しかし、そんな箒にも今は確固たる目標がある。

かつて、箒は中学時代に「全国大会で優勝したら一夏に告白する」という目標を持っていた。

しかし、結果はあと一歩及ばずに準優勝。

一夏への告白も断念せざるおえなかった。

しかし、藍越学園に入学し箒は新たな目標を立てた。

それは「全国高等学校剣道競技大会(インターハイ)の個人戦で優勝する」ということだ。

それは同時に「優勝したら一夏に告白する」といことに他ならない。

それが今箒が抱く目標であった。

 

「今度こそ、私は・・・」

 

箒の目は真剣だった。

今はただ、目標に向かって精一杯の鍛錬を積む。

それが箒の答えだった。

 

「今日はもうあがろう」

 

目標を再認識した箒はこの日はもう稽古を切り上げて帰ることにした。

 

 

 

「・・・・・・・しまった・・・・」

 

剣道場の入り口で箒はひとり佇んでいた。

 

「夕方から降水確率70%だと天気予報で言っていたな。なのに傘を持ってくるのを失念していたな・・・」

 

その理由は今、外は雨が降っているからだ。

天気予報を見ていたにもかかわらず、箒は傘を持ってくるのを忘れていたのだ。

 

「仕方ない。濡れてしまうのは嫌だが、走って帰るしかないか・・・」

 

箒は雨の中を走って家に帰る覚悟を決めようとした。が、そこに――――

 

「箒」

 

箒に声を掛けてくる者がいた。

 

「一夏・・・?」

 

「ん」

 

その人物は一夏だった。

一夏は片手で傘を差し、もう片方の手を軽く上げながら箒に近づいてくる。

 

「私に何か用か?こんなところまで来て・・・」

 

「いや、箒が傘持ってるか気になってさ」

 

「え・・・」

 

一夏の言葉に箒はちょっと呆気に取られてしまう。

 

「さっき練習行く前に真剣な顔してたからさ。そういう時のお前って周りがみえてなくてちょっと抜けてる所があるからな」

 

「う・・・、そ、そんなことは・・・」

 

ちょっと居心地悪そうに箒は顔を背ける。

心配して来てくれたことの嬉しさや自分の抜けているところを指摘されたことの恥ずかしさが入り混じって箒は少し頬を赤く染める。

 

「何年幼馴染やってると思ってんだよ。そういうところは昔から変わってないよなお前って」

 

「う・・・うるさい!!私は走って帰る!!放っておいてくれ!!」

 

一夏の言葉に少しムカッとした箒は思わず声を荒げて怒鳴ってしまう。

 

(あ)

 

ハッとなって箒は一夏の方を見ると一夏は少し呆けたような表情をしている。

 

(まただ・・・、また・・・やってしまった・・・)

 

箒は自分の言った事を後悔した。

いつだってそうだった。

箒はこの素直になれない性格が嫌いだった。

心配してきてくれた一夏にちょっと自分の恥ずかしい所を指摘されただけでこの醜態だ。

来てくれて嬉しかったのに・・・。

心配してくれてうれしかったのに・・・。

 

「・・・そ、そのだな、私は・・・」

 

咄嗟に何かフォローを言おうとするが、口下手な箒にはそれができずに言葉を詰まらせてしまう。

 

「箒」

 

一夏は箒の手を握った。

突然の事に箒はドキッとする。

 

「何言ってんだよ!放っておけるわけないだろ!・・・ほら帰るぞ箒!」

 

「う・・・」

 

強い口調で一夏は箒を諭した。

箒も握られた一夏の手の温かさにドキドキしながらも結局一夏の傘に入れてもらって帰る事になった。

 

 

(一体私は何をやっているんだ・・・。さっきだってあんな思ってもないこと言って・・・)

 

同じ傘の下、一夏と肩を並べて帰路につく中、箒は自己嫌悪に陥っていた。

 

(最悪だ・・・。今日ほど素直になれない自分の性格を恨めしく思った日はない・・・)

 

「箒」

 

自己嫌悪に陥り俯いていた箒に一夏が声を掛ける。

 

「な、なんだ?」

 

声を掛けられたことに気付いた箒は少し慌てて聞き返す。

 

「もっとこっち寄れよ。肩が濡れるだろ」

 

「あ、ああ・・・」

 

箒は遠慮がちにススッと一夏の方へ寄る。

その瞬間、肩と肩がぶつかって箒の心臓が飛び跳ねる。

しかし、離れるわけにもいかず、箒はそのまま一夏と肩がぶつかりそうな距離で歩を進めた。

 

(一夏の背、伸びたなぁ・・・)

 

ふと箒は横目で一夏を盗み見るとそんな事を思った。

このとき箒は今まで一夏と過ごしてきた時間を思い返していた。

 

共に剣道に打ち込んだ日々、シャルロットや鈴達と一緒に遊び回った日々、束の変な発明にふたりで振り回された日々・・・・。

 

箒の人生の変遷にはいつも一夏がいた。

あの小学2年の6月、いじめられていたところを助けられ、数日後の剣道場で抱きしめられて恋心を自覚してからずっと箒は一夏を見てきた。

 

でも、いつしか一夏は剣道場を去り、背丈も箒より10cm以上高い。

 

(昔は肩の高さは同じだったのに、顔だってまだ『こども』で、それがいつの間にか・・・)

 

手を握ってきたときの一夏の顔は真剣でいっぱしの男の顔をしていた。

 

(一夏は変わったな・・・、それに比べて私は――――――)

 

「――――――なあ、箒」

 

「――――――え?な、なんだ?」

 

「今日って剣道部休みじゃなかったか?」

 

「え?ああ・・・、今日は自主練をしようと思ってな・・・」

 

「やっぱりインターハイに向けて鍛錬か?」

 

「ああ・・・、夏休みに選考会が開かれて、それに受かればインターハイに出場できる」

 

「そっか。頑張れよ箒!俺応援してるからさ!!」

 

(あ・・・)

 

このとき箒は胸の奥に何か温かいものが広がるのを感じた。

先ほどの陰鬱とした気持ちは何処かへ吹き飛んで行ってしまったかのように。

 

「ほら、俺はもう剣道は辞めちまったけど、同門だった箒が活躍するのは凄ぇ嬉しいんだぜ。何せ一緒に研鑽し合って鍛錬してきた間柄だしな。ライバルだったお前が良い成績を残せば俺としても鼻が高いわけだ」

 

「・・・・・・・・・・・、ぷっ」

 

「ん?」

 

小さく箒は噴出した。一夏は突然箒が噴出したのを見て首を傾げる。

 

「あはははっ♪一夏、お前もやっぱり変わっていないな!」

 

「はぁ!?何の話だよ?」

 

「昔からお前は変わってないって事だ♪」

 

「なんだよそれ!?ガキって事か!?」

 

「さあな?ほら、さっさと帰るぞ!」

 

そう言って箒は一夏から傘を引っ手繰るとそのまま走り出した。

 

「あ!おい待てよ!それ俺の傘だぞ!!」

 

一夏も慌てて箒の後を追いかけた。

 

(背が伸びて顔も少しずつ大人になっていっても、やっぱり一夏は変わらない。まっすぐな所や、こうして無意識に私の心をすくいあげてくれるところも・・・)

 

道路にふたりの足音としとしと振り注ぐ雨の音が木霊していた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アイキャッチしりとり

 

箒「世々に降りゆく雨のごとし」

 

 

 

一夏「しとしとと 降る雨過ぎ去り 夏が来る」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

3、うなじ美人?

 

「わたくし雨の日は嫌いではありませんわ。元々イギリスは雨が多い土地柄ですし」

 

しとしととそれほど雨足の強くない雨の音を聞きながら、セシリアは一年一組の教室の窓から外に目を向けて言葉を紡ぐ。

 

「だからかしら・・・、雨の音を聞くと落ち着きますの。そうして自分の心を見つめ直す事も出来ますわ」

 

静かに目を閉じて雨の音を耳で楽しみながらセシリアは日本の梅雨を感受する。

 

「恵みの雨とも言いますでしょう?人にも大地にも・・・、雨はかけがえのない物ですのよ。ですから嫌いではありませんわ・・・」

 

それをそばで聞いていた数人のクラスメイト達はそんなセシリアを見てちょっと唖然としている。

セシリアの言っている事は彼女が英国人ということを強く再認識させる口振りではあったが、そんなことよりも大いに気になる事があるのだ。

 

「その髪の有り様で言われましても・・・」

 

代表して癒子がそう返すとセシリアは悲しげオーラを醸し出す。

 

「そっとしておいて下さいまし・・・・・・」

 

そう。気になる原因はセシリアの髪の毛だった。

いつもは煌びやかな長い金髪をしている彼女だが、この日は大量の湿気によって髪が広まってしまいボサボサな状態になってしまっているのだ。

文字で表すなら「モッサァ・・・」であろう。

『髪は女の命』なんて格言もあるくらいだ。

セシリアも今朝からあの手この手で髪を上手くまとめようと必死にケアを施したが結果は変わらずだった。

今のセシリアの心はしとしとと弱く降る雨ではなく土砂降りと言えるほどの天気だった。

 

「湿気でまとまらないならアップにすれば?」

 

「うなじ美人でお色気アーップ♪」

 

見かねた清香と本音がセシリアに髪をアップにする事を提案する。

しかし、セシリアにはひとつ聞きなれぬ単語があった。

 

「うなじ美人?」

 

「うなじ美人は日本の夏の象徴だよ!」

 

「女性の綺麗なうなじに弱い男って多いみたい」

 

「なんなら~結ってあげよっか~?」

 

「そ、そこまで言うのでしたらお願いしますわ」

 

セシリア自身はそのうなじ美人とやらをよく理解できていなかったが、この髪の有り様をどうにかできるのであればそれに越したことはなく、自身の魅力がアップするならとお願いすることにした。

 

「よっしゃまかせろ!」

 

「まずはここをこうして-―――――」

 

癒子、清香、本音の3人は「セシリア、うなじ美人に変身大作戦」を実行した。

 

 

 

 

 

 

 

(数分後)

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしら?うなじ美人になれまして?」

 

てれてれと頬に手を当てて恥ずかしそうにしながらセシリアが3人に尋ねる。

 

((やっちまった・・・・・・))

 

癒子と清香は同時にそう思った。

今のセシリアの髪は確かにアップにまとめられている。

が、それは世間で言ううなじ美人とは違った風体となってしまっていた。

 

「夜のお店にいそ――――――」

 

「「シッ!!」」

 

本音がぽろっと口に出しそうになったのを癒子と清香が慌てて本音の口を塞ぐ。

そう。どこをどう間違ったのか、今のセシリアは本音の言葉を借りるなら本当に夜のお店にいそうな女の風体だ。

彼女の煌びやかな金髪がゴージャス感を醸し出して余計にそう見えさせてしまっている。

文字で表すなら「盛!!」であろう。

 

「わぁ!セシリア、どうしたのその髪!?」

 

そこにやってきたシャルロットがセシリアの髪を見て驚きを顕にする。

セシリアはまだちょっと恥ずかしそうにしながらシャルロットに今までの経緯を説明すると、シャルロットは少し小さなため息をついて3人に目配せをした。

 

(セシリアで遊んじゃダメだよ)

 

3人はそんなつもりはなかったのだが、結果的にそうなってしまったので

 

(((ごめんなさい)))

 

3人はシャルロットの目配せにそう答えたのであった。

 

 

その後、セシリアの髪はシャルロットの手でもう一度一からアップし直して綺麗にまとめられましたとさ。

 

 

 

4、カエルピョコピョコ

 

「今日はひとりで下校か・・・。結構寂しいものだな・・・」

 

雨の日の放課後、けりっと小石を蹴りながらラウラがポツリとそう口にする。

ラウラは普段は一夏やシャルロットといった親しい者達と一緒に下校しているのだが、この日は一夏は日直の仕事、シャルロットと箒は部活、鈴は家の手伝い、セシリアは病院の定期検査だ。

千冬と百春はまだ仕事があるし、十秋も生徒会の仕事があるのでラウラが一緒に過ごしたいと思う友人や織斑家の面々は軒並み用事で一緒に下校はできないのであった。

 

「ひとりはつまらんなぁ・・・」

 

より一層強く小石を蹴るラウラ。

蹴った小石はコロコロッと転がって道路の側溝の中へと吸い込まれていった。

 

「特にすることもない。今日はもう自室に戻ってゆっくりするとしよう」

 

ラウラが寮への帰路につこうと一歩を踏み出そうとしたその時

 

(ぴょーーん!)

 

「わっ!?」

 

何かが急にラウラの前を横切り、ラウラはビクッ身体を振るわせる。

 

(ぴょんこぴょんこ)

 

横切ったのは一匹のカエルだった。

 

「・・・・・・・・・」

 

急に目の前を横切ったカエルに驚いたラウラは少し鼓動が早くなる。

 

「ふぅ・・・、脅かしおって・・・」

 

胸に手を当てて呼吸を整えるとラウラは先ほどのカエルに目を向ける。

先ほどのカエルはそばにあるベンチの上に鎮座して「ゲコッ」とひとつ鳴いてみせた。

 

(じ~~)

 

ベンチのそばに寄ってラウラはカエルをじっと見据える。

どうやらそのカエルに興味を持ったようである。

 

 

 

(じ~~~~)

 

それからしばらくの間、ラウラはそのカエルをずっと観察し続けていた。

カエルの方も何故かそのベンチを動かずにずっとベンチの上に鎮座し続けて時折「ゲコッ」と鳴いてみせるのであった。

 

「ん?ラウラか?」

 

そこにひとりの男子が声をかけてくる。

ラウラが振り向くとそこには一夏がいた。

 

「兄様、もう日直の仕事は終わったのか?」

 

「ああ、大した仕事じゃないからな。ところで、お前こんなところで何してるんだ?」

 

「こいつを見ていたんだ」

 

ラウラがベンチの上にいるカエルを指差す。

 

「カエル?お前カエルを見てたのか?」

 

一夏はそのカエルを手の平に乗せてラウラの前に翳した。

 

「ああ。ところで兄様、こいつを見ていてひとつ思ったのだが―――――」

 

「ん?」

 

「―――――カエルは食うと鶏肉のような味がするというのは本当なのであろうか?」

 

「!?」

 

ラウラの言葉にカエルがビクリと反応する。

身の危険を感じたのであろうか、一夏の手の平からぴょーんと飛んで逃げていってしまった。

 

「行ってしまったな」

 

「はは、そうだな。まあ、カエルの肉は似てるといえば鶏肉のささみに似てるかな。淡白だけど結構美味いぜ。中国とか欧州とかではカエルを食べるのは珍しくないみたいだけど、お前は食べたことないのか?」

 

「ああ。少なくとも私は食べたことはないな」

 

「じゃあ、今度鈴の家の中華料理屋連れて行ってやるよ。あそこって確かカエル肉の唐揚げがメニューにあったはずだからな。あれ結構美味いぜ」

 

「本当か?なら今度是非」

 

「おう。じゃあ、帰ろうぜ」

 

「うむ」

 

一夏とラウラは並んで帰路につく事にした。

 

「あとラウラ、この話題はあんまりシャルの前ではするなよ」

 

「ん?何故だ?」

 

「欧州の蛙食の先駆はフランス人なんだけど、フランス人は蛙食の後続の国々から「カエル喰い」と揶揄を込めて呼ばれてた時期があって、今でも英語でfrog eater(フロッグ・イーター)はフランス人に対する蔑称なんだよ。だからこの話題はフランス人のシャルはあんまりいい顔はしないはずだ。だからシャルの前ではこの話題はするな。お前も『クラウツ』って言われるのは嫌だろう?」

 

「うむ、そうだな。私も確かに『クラウツ』の話題を出されたらちょっといい気はしないしな」

 

※クラウツ・・・ドイツ人に対する蔑称。本来は「キャベツ」をさし、ドイツ人がキャベツの酢漬け「ザワークラウト」をよく食べていたことから、 「キャベツ野郎」という侮辱を込めて付けられた蔑称。

 

「さ、もう帰ろうぜ」

 

「あ、待ってくれ兄様」

 

先を行く一夏の背中をラウラは小走りで追いかけていった。

 

ちなみにこの日、織斑家+ラウラは夕飯に鳳凰(フォンファン)に中華料理を食べに行きましたとさ。

 

 

 

5、まいごねこ

 

雨の土曜日、半日の授業を終えてこれから来る週末に心を躍らせながら家路につく生徒達が校門から吐き出されていく中、シャルロットは一夏と相合傘をしながら下校道を歩いていた。

 

(ふふっ、一夏と相合傘~♪)

 

ここ数日安定しない天気が続いていたが、この日は久しぶりに朝から晴れ間も広がっており、降水確率もさほど高くなかったのでシャルロットは傘を持たずに登校したのだが、三限目あたりから雨が降り始め、下校時間になっても止まないのでどうしようかと思っていたところに一夏が「俺の傘に入っていくか?」と言ってきてくれたのでシャルロットは嬉々としてそれに甘えることにしたのだった。

 

「ごめんね一夏、傘入れてもらっちゃって」

 

「なに、住んでるとこだってほとんど一緒なんだし、あんまり気にするようなことじゃないだろ?」

 

「うん、ありがとう♪」

 

微笑む一夏にシャルロットも笑顔を返す。

傍目から見ると実に初々しいカップルに見えることであろう。

 

「あっ!」

 

「ん?どうした?」

 

「一夏、肩濡れちゃってる・・・」

 

シャルロットが一夏の肩を指差す。

そこを見ると確かに一夏の肩は濡れていた。

 

「ああこれか。1本の傘にふたりも人が入ってるんだ。少しくらいは仕方ないだろ?」

 

「でも・・・」

 

「それにシャルが濡れて風邪でも引いたら大変だろ?俺は結構身体が丈夫だから少しくらい濡れたって風邪なんか引かないからさ。だから気にすんなって」

 

「一夏ぁ・・・」

 

一夏の心遣いにシャルロットは胸が一杯になる。

一夏がしてくれる心遣いがたまらく嬉しい。

シャルロットは改めて自分は本当に一夏の事が好きなんだと実感した。

 

「ん?どうした、ニコニコして?」

 

「ううん、何でもない♪ただ・・・」

 

「ただ・・・?何だよ?」

 

「ただ、一夏って優しいなぁと思ってさ」

 

「そうか?別に普通だろ?」

 

「えへへっ♪」

 

「?」

 

ひとり笑顔でニコニコするシャルロットに一夏はハテナ顔だ。

そんな一夏をちょっと面白いと思いながらもシャルロットは一夏との相合傘を満喫していた。

 

「・・・あれっ?」

 

ふと、シャルロットは道路脇の街路樹の方に目を向ける。

すると、そのすぐそばの植え込みで何かを発見する。

 

「どうした?」

 

「ごめん一夏、ちょっと待ってて!!」

 

「え?お、おいシャル?」

 

一夏の傘を抜け出てシャルロットは道路脇の植え込みに向かい、その後を一夏は慌てて追いかける。

植え込みのそばにしゃがみ込むシャルロットの目線の先には小さな影がひとつあった。

 

「・・・子猫?」

 

「そうみたい。首輪もないし、親猫と逸れちゃったのかな・・・」

 

そこに居たのは1匹の小さな子猫だった。

まだ生後3ヶ月と経っていないいないであろうか、雨に打たれて震えている子猫をシャルロットは両手ですくい上げた。

 

「寒いのかな・・・、こんなに震えて・・・、可哀想に・・・」

 

「そうだな・・。しかしこれは少しまずいな・・・。子猫って確かまだ自分でうまく体温を調節できないはずだ・・・。どっかで温めてあげないと・・・」

 

このまま放っておけばこの小さな命の灯火は消えてしまうことであろう。

あまりに可哀想でシャルロットは見過ごす事ができなかった。

 

「じゃあ、僕の部屋に連れていって温めてあげよう。清潔にしてあげないと病気にもなっちゃうし」

 

「でも、寮内ってペット禁止じゃなかったか?見つかったら寮監にどやされるぞ」

 

「でも、放っておけないよ・・・」

 

子猫を胸に抱いて上目使いで一夏を見つめてくるシャルロット。

結構頑固者のところがあるシャルロットは意見を変える気は無いであろう。

一夏自身もこの子猫を見捨てるような事は考えてはいない。

 

「寮がだめなら、俺の家に連れて行こうぜ。このままじゃ可哀想だし、とりあえず雨が上がるまで・・・な。そこから先の事はその時に考えようぜ」

 

「うんっ!」

 

寮がダメなら織斑家に連れて行けばいい。

一夏の出した案にシャルロットは乗っかった。

 

「やっぱり一夏は優しいねっ♪」

 

向けられたシャルロットの笑顔に一夏は少しドキッとする。

 

「あ・・・、あくもで雨が上がるまでだからな。千冬姉達もなんて言うかわからないし・・・」

 

照れ臭さを隠すように一夏は顔を背けながら子猫を抱くシャルロットを傘に招き入れた。

 

「あはは、それでいいよ♪」

 

ふたりはそのまま織斑家に向かって歩き始めた。

 

 

 

織斑家についたふたりは子猫を介抱するためにそれぞれ行動に移していた。

シャルロットはまず風呂場に子猫を連れて行った。

まずは清潔にするために子猫を洗ってあげよういうわけだ。

シャルロットは今濡れてもいいように持っていた体操着に着替えて子猫を洗面器の上に座らせている。

 

「ほーら、今洗ってあげるからねー。おとなしくしてるんだよー」

 

「?」

 

子猫は洗面器の上で小首を傾げている。

恐らく今から身体を洗われる事をわかっていないのであろう。

 

一方、一夏はキッチンで何やら作業をしていた。

テーブルには牛乳のパックが置いてあり、コンロには小さめの鍋が火に掛けてあった。

どうやら子猫のためにホットミルクを作っているようだ。

 

「やれやれ・・・、さて、どうするかなぁ・・・」

 

ふぅっとひとつ息を漏らす。

じきに十秋や百春達も帰ってくるであろう。

なんて説明するか一夏はあれこれ考えていると

 

「わぁちょっと、暴れちゃダメだって!!ちょっとおとなしく・・・ひゃあっ!?」

 

「ん?」

 

何やら風呂場がドタンバタンと騒がしい。

何事かと風呂場の方に目を向けると身体をずぶ濡れにした子猫がぴゅーっと一夏の方へ向かって逃げてきた。

 

「こらっ、出てっちゃダメだってば!!」

 

逃げた子猫を追いかけてきたシャルロットが風呂場の方からバッと姿を現す。

 

「!?」

 

シャルロットの姿を目にした途端、一夏は目を見開いてギクッとした。

その原因は今のシャルロットの姿にあった。

シャルロットは子猫を洗うために制服ではなく体操着を着ている。

その為か上半身はぐっしょりと濡れていて肌にピタッと張付いている。

しかも濡れる事を考慮してか下着を着けていない。

所謂、「ノーブラ」状態だ。

水気を吸って肌に張付いた白い体操着は少し透けていてシャルロットの肌を一夏の目に晒していた。

 

「あ・・・」

 

自分の姿に気付いたシャルロットは顔を紅潮させてさっと胸を隠すように身体を抱いて一夏に背を向ける。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

暫し、互いに無言の時が流れる。

そして、シャルロットは顔だけを一夏の方へ向けてそっと一言。

 

「い・・・、一夏の・・・、えっち///////」

 

この時一夏はこう思った。

「えっ!?いや、俺悪くないよね!?」と。

 

それがラッキースケベの宿命だ。

 

 

 

数時間後、雨も上がり少し晴れ間の広がった夕暮れ時に一夏とシャルロットは子猫を連れて外に出ていた。

目的は親猫を探すためだ。

まずはふたりは先ほど子猫を見つけた街路樹のそばまで来ていた。

 

「さて、これからどうするか。最悪、うちで飼えないか千冬姉達に相談してみるけど・・・」

 

「うん、でもこの子の親猫も探してるかもしれないし・・・、あ、あれ?」

 

これからどうするかと思案に暮れているといつの間にかふたりのそばに1匹の猫が姿を見せていた。

 

「親猫・・・?」

 

その姿は今シャルロットが胸に抱いている子猫を大きくしたような出で立ちだった。

 

「ニャー♪」

 

「あっ」

 

子猫はたしっとシャルロットの手を離れて親猫にじゃれついた。

どうやら現れた猫は本当にこの子猫の親猫のようだ。

ひとしきりじゃれついたあと、2匹の猫はふたりに背を向けて歩き去っていった。

 

「あぁもう行っちまった・・・。ははっ、薄情な奴だったな」

 

「あははっ、そうだね。でもよかった。ちゃんと親に会えて」

 

「そうだな。じゃあ、用も済んだし帰ろうぜ」

 

「うん」

 

2匹の猫を見送ると一夏とシャルロットは並んで歩き出した。

 

「・・・・・」

 

「どうしたの一夏?ぼんやりしちゃって」

 

「ん?いや、なんかさっきの親子猫を見てたらさ、急に父さんと母さんの事思い出してさ」

 

「一夏・・・」

 

一夏の顔に少し蔭りが映り、シャルロットもなんとも言えない顔をする。

 

「ああ、悪い。辛気臭くなっちまったな・・・」

 

「一夏・・・」

 

「そんな顔すんなって。俺は大丈夫だからさ」

 

ぽんぽんとシャルロットの頭を軽く叩いて一夏は軽い口調でそう言った。

しかし、シャルロットは一夏が少し無理をしているように見えた。

萬月と四季の事は一夏にとって、織斑家にとっては決して軽いものではない。

長年に渡って幼馴染をしていて、萬月と四季の死後の一夏の様子を知っているシャルロットはそれを察することができた。

 

「一夏」

 

シャルロットはぎゅっと一夏を抱きしめた。

 

「へ!?お、おいシャル!?」

 

突然抱きつかれて一夏は狼狽える。

 

「前にも言ったよね。一夏さえよければ僕は一夏の側にいるよって。その気持ちは今でも変わってないよ。僕にできることは少ないかもしれないけど一夏の助けになりたいから」

 

「シャル」

 

そっと一夏はシャルロットを抱きしめ返す。

 

「ありがとうな。シャルは今でも充分俺の助けになってくれてるよ。感謝してしきれないくらいさ。だから、ありがとうシャル」

 

「うん」

 

それからしばらくの間ふたりはお互いの温もりを感じながら抱きしめ合っていた。

 

通行人に見られていることに気付いて顔を真っ赤にして離れるまで・・・。

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