side 十秋
「美味しかったね」
「そうだね。でもちょっと食い過ぎたかも・・・」
カレー博物館で心行くまでカレーを堪能したあたしと二宮くんは博物館をあとにして、藤川駅に続く道を歩いていた。
「二宮くんはどのカレーが一番良かったと思う?」
「ん?そうだなぁ、俺はモグライ・チキンってやつが一番良かったかな。細かく割いた鶏肉とトマトと玉葱とジンジャーペイストが絶妙でナンと一緒に食べるとマジで美味かったな」
なるほど、二宮くんはアレが一番気に入ったみたいだね。
男の子だしもっとワイルドなカレーが好きかと思ったけど意外と王道カレーが好きみたいですね。
具を細かくしてあるからカレーの味が良く染みててナンとの相性もバツグンだったからね。
どんなスパイスをどれだけ使ってるのか解かれば多分作るのは難しくないと思うんだけど、そのスパイスの使い方がわからないんだよね。
まあ、そこまで分析できちゃったらあのお店の立つ瀬無いんだけど。
「織斑さんはどのカレーが一番良かった?」
「ん、あたし?そうだね、あたしはどのカレーも良かったと思うけど、しいて言うならチャナ・マサラかな?ひよこ豆がカレーのソースとかなりマッチしてて美味しかったよ。最後にレモン汁をかけてたのがいいアクセントになってたね」
ひよこ豆はそんなにうちでは買わない食材だけど、今度自分で研究してあのチャナ・マサラ作ってみたいと思ってる。
まあ、あのお店の味を再現するのは無理だろうけど。
「この後はどうしようか?もうすぐ日が暮れそうだし、今日はお開きにしようか?それともまだどこか行きたいところはあるかい?」
もうすぐ藤川駅が見えてくるという頃、二宮くんはあたしにそう切り出してくる。
空を見上げれば確かにもうすぐ日が暮れようかという空模様だった。澄んだ茜色から菫色の空へと変化を始めていた。
「う~ん・・・」
あたしはちょっと考えた。
今日はデートという事で二宮くんと一緒に過ごしていた。
このままお開きにすればそれなりに楽しい一日だったと言えると思うし、実際にあたしは楽しいと思っていた。
男の人と一緒にいて楽しいと思えたのは父さんや百春兄さんや一夏達家族以外では初めてかもしれない。
でも、あたしは二宮くんに言わなければいけない事がある。
「じゃあ、最後にあそこに行こうかな」
だからあたしは最後に二宮くんと一緒に―――――
「
―――――那加瀬海岸に行く事にした。
side out
十秋と修吾はこの日の締めくくりにシカ電に乗って芦鹿島にある那加瀬海岸に来ていた。
東の空はすでに夕闇、西の空には真っ赤に燃え上がる太陽。
天空は菫色と茜色の織り成す神秘的な色彩に染まり始めていた。
ふたりは海岸の波打ち際に並んで立ち、押し寄せる細波と黄金色の水しぶきを眺めていた。
もうすぐ空は、菫色と茜色の入り混じった色から藍色一色へと染まり、点々と星々が輝き始めるだろう。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
海岸に着いてからのふたりは無口だった。
途中の電車の中や海岸までの道のりは他愛ない話をしていたのだが、今ふたりは黙って夕暮れの水平線へと視線を向けていた。
「―――――織斑さん、今日はありがとう。おかげで凄く楽しかったよ」
長い沈黙がふたりの間に横たわっていたが、それを修吾が破る。
この沈黙に耐えられなくなったのか、もうこのデートも終わりという事で一抹の寂しさを覚えたのか、中々言葉を口にできなかったが時間もそろそろ迫っているという事で修吾は口を開いた。
「ううん、こちらこそありがとう。おかげで今日は本当に楽しかったよ」
「そ、そうかい?良かったよ。俺って女の子とデートとかしたことないからもしかして退屈させちゃったかと思ってたからさ」
修吾はホッとしたように安堵の息を漏らす。
十秋もそんな修吾を見てくすっと笑ってみせる。
わずかに射す夕陽が十秋を照らし、彼女の微笑みをより可憐に見せる。
その微笑みに修吾は顔が紅潮するのを感じた。
咄嗟に顔を背けてしまい、慌てて顔を戻すと十秋は首を傾げて修吾を見ていた。
「と、とにかく、楽しんでもらえたなら良かったよ、本当に//////////」
何か気の利いた言葉を掛けられない自分をこの時修吾は恨んだ。
そして恥ずかしさの所為かちょっとどもってしまった事が余計にそうさせる。
「うん」
十秋は頷くと視線を水平線の向こうへと戻す。
つられて修吾も視線を水平線の方へ戻す。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
再び、ふたりの間に沈黙が横たわる。
聞こえるのはただ押し寄せる細波の音だけ。
十秋はただ夕暮れの水平線を見つめ、照れつつも修吾は十秋の横顔にチラチラと視線を送る。
「・・・あの、さ//////」
そんな中、均衡を破ったのは修吾の照れくさそうな声だった。
修吾の顔は何か意を決したようでその顔付きは真剣だった。
「その、あの、さ、お、織斑さん、もしよかったらまた今度一緒に――――――」
「――――――二宮くん」
「――――――えっ?」
修吾の言葉を十秋は遮った。
言葉を遮られた修吾は少し呆ける。
そして、修吾の方へ視線を向けた十秋の表情は―――――
「話があるの」
―――――さきほどの修吾よりも真剣な顔だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アイキャッチしりとり
十秋「なんてったって☆会長」
修吾「海に消える・・・」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さっきも言ったけど、今日は本当に楽しかったよ。男の人と一緒にいてこんなに楽しいと思ったのは家族以外では二宮くんが初めてだよ」
「そ、そうなんだ・・・?それは光栄だな・・・」
困惑気味に修吾は笑う。
しかし、十秋の真剣な表情にそれも長くは続かない。
「二宮くんはあたしの事を好きだって言ってくれたよね?」
「えっ!?あ、ああ、う、うん//////」
「その気持ちは凄く嬉しいよ。これまで二宮くんと接してきてそれは充分伝わって来てた。あたし自身も二宮くんの事はどんどん好きになっていたよ。でもね・・・」
十秋の視線が三度、海の方へ移る。
「この気持ちは多分、恋心じゃないと思うの」
一陣の風が十秋と修吾の間を吹き抜ける。
修吾はただ呆然と十秋の言葉を聞いていた。
「そもそも、『好き』という感情自体不明瞭なものだから唯一無二な答えがあるわけじゃない。でもね、身近にそういう娘達は結構いるから漠然とだけど恋心がどういうものなのかはわかるつもり。これはあくまであたしの意見だけど、誰かを好きになるのって自分の全てを知ってほしい、相手のことをもっと知りたいと、そう思える相手ってことなんじゃないかな?」
例えば、シャルロットや箒、セシリアなどがいい例である。
一夏や百春に自分の事をもっと見て欲しい、もっと自分の事を知って欲しい、一分一秒でも長く一緒にいたいなど、彼女達の言動を鑑みれば恋心とはそういうものなんだと十秋は思っている。
修吾の事はここ最近接してきて、確かに好感は持っている。
そんな修吾に対し、自分の全てを知って欲しいと思うか否か。ただそれだけを問うならば、
「今のあたしにとって二宮くんは、他の人よりも仲が良い人、信頼出来る人、一緒にいて苦にならない人、話せば楽しくて波長が合う人、とでも言うのかな? ある意味他の人より特別であることは間違いないけど、それは恐らく友達としてだと思うの」
修吾の顔に陰が差す。
十秋もそんな修吾に気付きながらも言葉を続ける。
「気持ちはないのに楽しいから一緒に居る。こんな曖昧な気持ちで接し続けるのは正直良くないと思うし、何よりあたし自身がイヤなの」
十秋は視線を修吾へと戻す。
「でね、二宮くん」
「うん・・・」
その瞳は真っ直ぐに修吾の瞳を見据えていた。
この時、修吾は関係を断たれると思った。
一ヶ月近くのロスタイムを自分なりに精一杯やって来たつもりだったが、結局自分は十秋に恋心を抱かせることはできなかったのだと。
逃げ出したくなる衝動に駆られるがここまで来たならば覚悟をしなければと、修吾は十秋の言葉を最後まで聞き遂げよう思った。
修吾はその瞳に吸い込まれそうになりながらもしっかりと十秋の目を見詰めた。
しかし、ここで十秋が口にしたのは予想外の言葉だった。
「それでもよかったら、あたしと付き合ってくれますか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、えっ?」
間抜けな声を漏らす修吾。
まあ、無理もないかもしれない。
断られると思っていたし、何より十秋の雰囲気や語り口調がそんな感じに思えた。
突然の話の飛躍に付いていけない修吾だった。
「さっきも言ったけど今のあたしは二宮くんに恋心を抱いているわけじゃないの。でもね、それはあくまで
「・・・・・・」
何故かはわからないがここで口を挟む事を躊躇われたので十秋の言葉を修吾は黙々と聞いていた。
「この不鮮明な気持ちがあることに気付かせてくれたのは二宮くんなの。この気持ちが何なのかを知るには二宮くんと一緒にいることが一番だと思うの。だからあたしは一歩を踏み出してみようと思う。そのために、今より二宮くんの近い場所に立ちたいの」
「・・・・・・」
「これは二宮くんが求めてる答えじゃないのはわかってるよ。不義理も承知の上だよ。嫌なら嫌だって言ってくれればいいよ。だから――――――」
「―――――嫌なんてことあるはずないじゃないか!」
突如、大声を張り上げる修吾に十秋は少し目をしばたたかせた。
「嫌なんてことあるはずないよ!織斑さんが俺の近くに立ちたいって言ってくれたこと、それが何より俺には嬉しいんだから!さっき言ってたよね。『誰かを好きになるのって自分の全てを知ってほしい、相手のことをもっと知りたいと、そう思える相手ってことなんじゃないか』ってさ。俺もそう思うよ。あの日、君と握手したあの日、君の手に初めて触れたあの日から、俺は君の事を知りたいと思っていた。俺の事を知って欲しいと思っていた。その君が俺の近くに立ちたいと言ってくれるなら、こんなに嬉しいことはないよ。今よりもっと近い場所で俺を知って欲しい、今よりもっと近い場所で君の事を知りたい、それが嫌だなんてこと絶対にないよ!!」
「二宮くん・・・」
提案を断られる事も覚悟していた十秋だったが、修吾の反応に少し驚いて―――――
「・・・・・・、うふふっ」
―――――そして、少し笑った。
「嫌われて拒絶されるかもって考えてたんだけど・・・」
「そんなことしないよ、絶対に」
「そう。よかった・・・。うふふっ」
「あははっ」
ふたりは笑い合う。
先ほど水平線の向こうを見詰めていた時の空気はもうすでに払拭され、どこか安心感を与える空気がふたりを包んでいた。
「ひとつ、お願いしてもいいかな?」
「ん?何?」
「下の名前で呼んでも、いいかな?」
「う、うん・・・」
照れ臭さを感じながらも、嫌だと思わなかったので十秋は頷いた。
「それじゃああたしも二宮くんの事、これからは下の名前で呼んでもいいかな?」
「も、もちろん。大歓迎だよ」
「じゃあ、これからよろしくね。『修吾くん』」
十秋は手を差し出した。
修吾は差し出された手を少し見てから、視線を十秋の顔に戻す。
微笑んでみせる十秋に顔を紅潮させるものの、修吾はその手を握り締めた。
「よ、よろしく、『十秋』」
ふたりの二度目の握手はふたりの関係をほんの少しだけ進める証となった。
そして、この瞬間から、ちょっと特殊な形だが、十秋と修吾は、恋人同士となった。
その瞬間を陽が沈みかけた海と茜色と菫色の入り混じった色から藍色一色に染まりかけた空だけが見ていたのだった。